睦side
私の家の、地下のスタジオでCRYCHICのみんなとテレビを見てるときのことだった。
といっても、誰も本気でテレビを見ていたわけじゃない。
おしゃべりをする傍ら、なんとなく点けていただけ。
私もみんなの会話に気が向いていたので、それが朗読について取り上げた番組だとは分かってなかった。
——実際に詩の朗読が披露されるシーンまでは。
『薔薇色の万華鏡よ』
良く通る声がテレビの方向から聞こえてきた。
朗読のプロなのか、その声には妙な迫力があって、自然と言葉が脳にこびりつく。
その不可思議な力によって、一瞬で私は薄桃色にギラつく万華鏡の中に引きずり込まれた。
『さざめく光の渦
きらびやかに閉じ込められた
美しく矮小な世界』
妖しい光を反射させる鏡の1面1面に、私が映っている。
数えきれないほどの、同じ顔をしてる私。思い出したくなかったけど、覚えはあった。
これらは、昔の私。ギターに会う前に生み出しては使い捨てていた、昔の私達。
当時は幼かったから無意識だったけど。今思うと吐き気がするほど虚無で、気持ち悪い私の異常性。
遠い昔に消えたはずの私達が今、揃って目を向けてくる。眩暈を覚えるほど私だらけな万華鏡には、出口がない。
『笑い声が聞こえる
かたんと模様が変わるたびに
回れ万華鏡よ 踊れ
光あふれ闇を恐れて——』
耳に入ってくる声は笑ってないのに。
せせら笑いが頭に響く。その笑い声は鏡に反響するように、どんどん増幅されていく。
メリーゴーランドのように世界が回る。鏡に映っているその瞳たちが目まぐるしい。吐きそうだ。
踊るな。回るな。笑うな。
光るな。私を1人の世界に戻して——
『ああ 私の
カ・ゲ・ヲ・カ・エ・セ』
そうだ。たった一人しかいない、今の私に戻して——
『壊れたシャンデリアに付きまとわれて
私の影が無い
かたんと回る万華鏡の外で
巨大なピエロが嗤う』
人に影がない、とは。実際に起こったらどうなるのだろう。
分からないけれど。少なくとも、もう人間ではなくなるのだろう。
私のそういう人間性を奪おうとする黒幕なのか、なんなのか。
鳥かごのような万華鏡の外に、巨大な道化の影が透けて見える。
妖しく歪められた口元に喰われると思った瞬間、心の悲鳴を全身から迸らせた。
「——やめて!」
テーブルに置いてあったリモコンをひったくってテレビを消して、私は静まり返った空間で荒い息を繰り返していた。
そしてようやく思い出す。CRYCHICのみんながいたことを。
心臓の鼓動がうるさく響く。耳鳴りが私の神経を逆撫でして、吐き気はまだ収まらない。
こんなにささくれ立った心境で、みんなに接したくなかった。今の私を、見られたくなかった。
そよ「ど……どうしたの、むつみちゃん? テレビ、嫌だっ——」
睦「今日はもう帰って」
そよが気遣ってくれてることは頭の片隅で理解していた。
でも、それを慮る余裕が、少しもなかった。
睦「……お願いだから、1人にして。お願いだから……」
祥子「む、睦! でも……!」
私が過去に人格形成をしていたことは、祥ですら知らない。
だから、こうやって抵抗するのは仕方ないことだって、分かっているつもりだけど。
睦「……1人にしてって、言ってるの!!」
珍しく。本当に珍しく声を荒げて怒鳴った。
再び訪れた沈黙が痛い。自分が悪いのは分かってるのに、他にどうしようもなかった自分が嫌になる。
みんなに向ける顔がなくて、背を向けて俯くことしかできなかった。
燈「……分かった。睦ちゃん、また明日ね」
遠くから遠慮がちに別れの挨拶がされた。
どんな顔してるか、怖くて見れない。
尚も別の声が続く。
立希「何か話したいことができたら、いつでも電話して。夜中でも出るから。……また明日な」
いつも気の強そうに張っている声が、今は精一杯丸まっている。
最後の一言は、明日には笑顔で会おうと言ってるような思い遣りを帯びていた。
そよ「さきちゃん……」
祥子「分かってますわ。睦、何かあったらいつでも連絡してくださいまし? 私は……できることなら、今の貴方を放っておきたくありませんわ……」
そよ「大丈夫だよ、むつみちゃん。1人になりたいときだってあるから、今はその気持ちを尊重するけど。いつまでもむつみちゃんを独りにはさせないから。私たちCRYCHICを、信じていいからね?」
また明日、と2人は声を揃えて。
4つの足跡が、階段を上って地下から出て行った。
私はスタジオに置いてあったギターを抱いてふさぎ込む。
大好きなみんなに応えられず、自分の過去に飲まれたままどうにもならない自分が惨めで、情けなかった。
♢ ♢ ♢
そよside
立希「祥子! 睦のあれはどういうこと!? 幼馴染でしょ、何か心当たりないの!?」
祥子「あったらもう少しぐらい何か言えましたわ! 貴女こそ睦といっつもふざけ合うくらい仲良くなった仲でしょう! 何か聞いてるのではなくて!?」
立希「知ってたらお前にこんなこと聞いてない! それくらいちょっと考えれば分かるでしょ!」
祥子「私を考え無しのお馬鹿さんとでも言いたいんですの!?」
立希「お前がそう思うんだったらそうなんじゃないの!?」
そよ「2人とも。むつみちゃんが心配で苛立つのは分かるけど、不毛な言い合いもそこまでにして。……私まで苛立ってくる」
むつみちゃんが明らかに何かを抱え込んでるのに何もできないやるせなさを、黙って自己処理できずぶつけ合う直情的な2人を嗜める。
むつみちゃんの家から近くにあった公園で、私たちはあのまま解散できるわけもなくたむろしていたのだけど。
むつみちゃんのために少しでもできることを見つけたいのに、それ以前の状況だった。
そよ「たぶん、誰も心当たりなんてなくて。話すどころか追い出したむつみちゃん的に、知られたくないこと、なんじゃないかな?」
立希「……」
祥子「そんな……睦があんなに取り乱すくらいのことなのに。知って、寄り添うこともできないなんて……」
たきちゃんは忌々しそうに舌打ちして、さきちゃんは辛そうに顔を歪めていた。
2人の気持ちは嫌というほど分かる。私だって何もできない自分が腹立たしくて、情けなくて。
沈黙が流れる。このままでいいわけないのに、何の活路も見えない。
そんな行き詰った状況を、もう1人が変えてくれた。
燈「さっきテレビで流れていた詩、なんだったんだろう……」
立希「え? あ、あぁ……そうだった。あの詩の朗読が始まってから睦の様子が変になったんだった」
そよ「調べてみる! そこに何かヒントがあるかも!」
祥子「お願いしますわ」
スマホで番組表を検索し、さっきの番組を見つけ出して詳細を調べる。
情報を追っていくと、やがて件の詩に辿りついた。
そよ「見つけたよ」
立希「見せて!」
そよ「今コピペして送るから」
祥子「届きましたわ。……これは……」
燈「万華鏡に閉じ込められて、苦しんてる……?」
立希「……分かんない。どういう意味合いの詩なのっ?」
そよ「それが……人によって解釈が違って、何とも言えないの」
祥子「それでは睦が抱えている問題が見えませんわ!」
そよ「分かってる! でもこれがヒントなのは間違いないから、なんとか見つけ出して……」
2人の完全に焦れた声に私まで焦りそうになるのをなんとか堪え、詩の解釈なんて慣れないことに必死に取り組もうとしたとき。
燈「……これ」
立希「どうしたの、燈? 何か気づいた?」
燈「気づいたっていうか……さっきはピエロが嗤ったところでテレビ消しちゃったけど。まだ続きがあったんだ、って思って……」
そう言われてみると、確かにそうだった。
でもだからなんなんだろう。
むつみちゃんを助ける分かりやすいヒントに繋がってると思えず、私にはそんなことしか思えなかった。
でも。ともりちゃんはそうじゃなかったみたい。
燈「私、戻るよ」
祥子「い、今睦に会いに行くんですの? さっきの様子じゃ、逆に追い詰めるだけでは……」
燈「かもしれない。睦ちゃんを傷つけるかもしれない。……嫌われるかもしれない」
胸の前でギュっと両手を握りしめるともりちゃんは不安そうだった。
自分がやろうとしてることが正解かどうかなんて、どこにも保障はない。
だから怖気づく。相手が大切であればあるほど、無難に走る。それだって間違いじゃない。
それはともりちゃんだって分かってるはずだろうに。
それでも。
燈「それでも。睦ちゃんはこの詩を最後まで聞くべきだと思う。この詩で追い込まれたなら、なおさら。この詩は、決してそれだけじゃないから」
相手を傷つけ嫌われる恐れよりも遥かに大事な想いをその瞳に覗かせながら、我らが誇る作詩担当は言い切った。
そんな彼女に、私たちは信じて託そうと決心したのだった。
♦ ♦ ♦
睦side
昔の話のはずだった。
そんな過去を抉られて、終わったという事実が揺らぐ。
万華鏡に映った無数の私を思い出す。
もし。今の私が、いつかあの中に加わったら?
ギターが好きで、CRYCHICが大好きで。凄く満たされている、唯一大事にしていたい私がいなくなったら? CRYCHICはどうなるんだろう。
その場その場のためだけに創られる、みんなとの思い出も積み重ねも何もない人格にCRYCHICが務まるだろうか? みんなに真正面から向き合えるはずもないのに。
……違う、そうじゃない。私が、みんなと離れたくないんだ。あの中に加わるということは死ぬのと同義だから。
そうなるのが、たまらなく怖い。でも……こんな異常なこと、誰にも相談できるはずない……
この恐怖を、1人でずっと抱えると思うと。みんなと一緒にいても孤独に思った。
「——睦ちゃんっ!」
上か透明感溢れる声が勢いよく降ってくる。
弾かれたように顔をあげると、燈が悲愴な顔で私に臨んでいた。
「……燈。今は、一人に……」
「——薔薇色の万華鏡よ」
燈が階段を降りながら、携帯を顔の前に上げて読みだした。
一瞬で体が強張る。さっきテレビで流れていたほど声に力はなくとも、あの詩に間違いなかったから。
「さざめく光の渦
きらびやかに閉じ込められた
美しく矮小な世界——」
「やめてっ!!」
燈から逃げるように背を向けて耳を塞ぎ蹲る。
燈はそんな私の前に回り込み、耳を塞ぐ手をどけさせて、無理やり聞かせてきた。
私ともみ合いになり、途切れ途切れになってでも読もうとする燈の魂胆が分からないから、とにかく抵抗した。
「笑い声がっ……聞こえる……
かたんと模様が、変わるたびに……!
回れ万華鏡よっ 踊れ……!」
「いやぁあああ! 離して、黙って、私に入ってこないで!」
再び吐き気がするほど歪に煌びやかな万華鏡に閉じ込められそうになる。
そのイメージから逃れようと目をきつく瞑り、無我夢中で燈を突き放そうと暴れた。
乱暴に手を振り回して足までぶつけたのに。
殴られながら、蹴られながら。それでも燈は私から離れなかった。
「かたんとっ回る万華鏡の……外で!
巨大なピエロが、嗤う!」
「うわぁああああ!!!」
結局万華鏡から逃げれなくて、見たくもないのに鏡に私達が映り出す。
それでも大声で耳を塞ごうと必死な私に、燈は一際大きな声でぶつかってきた。
「ここから出して!
いらない!
何ひとつ、いらない!
ここにあるものは!」
喉が止まる。
いらない。ここにあるものが。ここに映ってる私達が。
要らない。否定したかったことを、認めてもらえた気がした。
万華鏡の世界にひびが入る。妖艶な光が影を潜んでいく。
「いっそ指先さえ見えない 暗闇の中で生きていたい
時の流れが聞こえるほどの 静かな深淵の中で」
私が抵抗しなくなったことで、落ち着きを取り戻した声が詩を続ける。
鏡がバラバラに砕け散る。そこに映っていた過去の私達ごと散り散りになって、塵と消えた。
残ったのは、真っ暗な世界に私1人。私が守りたい、たった1人の私自身。
その静謐は、私の心に安らぎを与えてくれた。
恐る恐る目を開ける。
燈の、優しい月明かりのような微笑が胸に沁みていく。
「やがて ひとすじの光がさしたら
私は、本当の私の影を見るだろう」
「……」
「さっきの詩はね、こういう詩だったんだよ」
言葉が出なかった。こんな儚い希望を添えるような詩だったなんて。
本当に、私のことみたいだった。突然さした光によって、私は唯一の私を手に入れたのだから。
なら最後まで聞いていれば救われていたのに、途中まで切って塞ぎこんだ自分がバカみたいだった。
そしたら、みんなにもあんな態度とることなかったし、今みたいに燈と取っ組み合いになることだって……
そこまで思ったとき、燈の顔を良く見て気づく。
「……と、燈……顔に痣が……ご、ごめん、私が殴ったから……」
「ううん。睦ちゃんの救いになれたなら、こんな痛み……どうってことない」
暴力を振った私を、燈は抱きしめてくれた。
その温かさに、涙が出そうになる。
「ごめん、本当にごめん燈……みんなにも、謝らなきゃ……」
「大丈夫。みんな、睦ちゃんを心配してただけだから。誰も怒ってないから、大丈夫……」
「むつみ~~~~~!」
また上からけたましい声が飛んで来たと思ったら、本当に誰かが体ごと飛び込んできた。
この勢い、誰かなんて言うまでもなかった。CRYCHIC一の元気娘が燈ごと私を抱きしめる。
でもその顔と声はかなり狼狽していた。
祥子「燈を信じて上で待ってましたが、大丈夫そうなので飛んできましたわ! 睦、もう平気ですの!? そ、その……どうして、とかは……」
睦「……ごめん。あんまり言いたくない、けど。でも、もう大丈夫だから」
私がなんとか笑顔で応えると、祥も破顔してくれた。
そのタイミングで、やはりそよと立希も階段を降りて私たちの傍まで来てくれた。
そよ「もう、さきちゃんっ! ともりちゃんに託そうって話してたのに、抜け駆けはズルいでしょ?」
立希「ま、まぁ……無事に落着したなら、私は何でもいいけど?」
祥子「な~に1人だけクールぶってるんですの! さっきまであんなに睦が心配で心配で仕方なかったくせに!」
立希「そ、それはお前だろっ!」
そよ「みんな心配してたってことでいいじゃない」
なんとなくいつもの雰囲気に戻ってきたことに、私の居場所だということを強く感じて嬉しさが湧いてくる。
だからつい、さっきまでのウジウジも忘れて調子に乗ってしまうのだった。
睦「……それとも、立希は本当に私のこと心配してくれなかったの?」
立希「はぁ!? こっちがどんだけ心配したと思って……るほどじゃないけど……」
祥子「どっちなんですの……」
燈「睦ちゃん、いつもの調子が戻ってよかった」
そよ「さっきの取り乱し様を見ると、切り替えが良すぎるとも思うけど……本当に大丈夫になった証拠だし、いっか♪」
睦「……うん。まぁいっか、ってことで」
立希「自分で言うな! って、本当に調子戻ってるし」
祥子「いいじゃありませんか! 楽しそうな睦が一番ですわ!」
睦「……私も、心からそう思う」
その言葉通り私は笑えた。
そよも同じように笑って抱きついてきて、立希はやれやれって顔で頭を撫でてくる。
4人に囲まれて、温かい。
窓から差し込む陽光によって、ちゃんと影は見えていた。くっつきあう私達による5つの陰影は、私の居場所にちゃんと光が当たっている証拠。
私を満たすCRYCHICという陽だまりこそ、私が私であるための救い。
私は、CRYCHICの若葉睦以外に、他ならない。
そんな当たり前のことが、この上なく誇らしくて、手放せなかった。
完
Kaleidoscope in abyss
薔薇色の万華鏡よ
さざめく光の渦(うず)
きらびやかに閉じ込められた
美しく矮小な世界
笑い声が聞こえる
かたんと模様が変わるたびに
回れ万華鏡よ 踊れ
光あふれ闇を恐れて
ああ 私の
カ・ゲ・ヲ・カ・エ・セ
壊れたシャンデリアに付きまとわれて
私の影が無い
かたんと回る万華鏡の外で
巨大なピエロが嗤(わら)う
ここから出して
いらない
何ひとついらない
ここにあるものは
いっそ指先さえ見えない
暗闇の中で生きていたい
時の流れが聞こえるほどの
静かな深淵の中で
やがて ひとすじの光がさしたら
私は本当の私の影を見るだろう
※後書き※
現在『花は咲く、修羅の如く』とのクロスオーバーもので詩の作成を依頼していたのですが。
入り江わにさんに依頼した詩の1つに、個人的にかなり睦な詩だと思ったものがあったので、小説にしてみました。
この方はバンドリのアニメを見てないとのことです。睦のダ重人格事情については軽く説明しました。
原作知識ゼロなのに怖いくらい素晴らしい詩を書く人だと思ったので、自分の作品じゃ碌な宣伝にもなりませんが、一応下記に作者様のココナラのページを張貼っておきます。
https://coconala.com/users/411095