~〜〜時は朗読会の日から10日程遡る~〜〜
睦side
3月21日
私の家のスタジオでバンド練習を終えた後。
CRYCHIC5人でテレビをコの字型に囲うように、イスやソファを並べてくつろいでいた。
何気なく点けていたテレビではバラエティ番組が放送されている。今回取り上げられていたのは珍しいことに朗読だった。
ゲストとして登壇していたのは、西園寺修羅という子役の頃から有名な女子高生芸能人。
全国高校放送コンテスト朗読部門優勝の実績もある彼女は、朗読CDだの朗読舞台だので大活躍。
そんな風に紹介している番組を、私達はへーと相槌打ちながら駄弁る。
スマホを弄ったりお菓子食べながらおしゃべりする傍ら流してるだけで、誰も熱心には見ていなかったのだ。
実際に、朗読を披露するシーンが来るまでは。
——『自分』を持って生きる人々に
私の気持ちはわからない——
出だしに強調された『自分』というワードを耳にして、心臓をギクリと揺さぶられる。
まるで急所を掠めたように全身から血の気が引いていく中、絶対的な隔絶を思わせる、重く深い声に引き摺り込まれた。
——だから私は
完全に響く 私だけの倍音を——
声帯の違いで人それぞれ声が違うように、同じ楽器、同じオクターブでもその人次第で音色は周波数的に違いが生まれる。それが所謂、その人の音、演奏、……うた、なんだろう。
それが誰にも負けないほどの力を有していたら、とてつもない支配力となる。今の私が、身をもって思い知らされていた。
ここまで引き込まれてるのは、明らかに
その聲に紡がれる詩は、私のことを捉えていた。
——生きていくために 自分を砕くしかなかった
割れ目を
1人の人間として欠けている——
人間性の欠落をうたう詩に、昔の自分が思い起こされる。
誰にでもどんな状況にでも合わせる、空虚で歪だった幼少期の私。
やがてギターに出会って、その同調性を失くし愛想を捨てた代わりに、大切なものを得た今の私。
どっちにしても普通の人とは欠け離れてる。
それでも人間みたいに呼吸してられてるのは、私だけのものがギターにあると信じてずっとしがみついてきたから。でも……。
ジクジクと疼く胸元をギュっと握っていると、恐ろしくも女の聲に嘲笑が孕んだ。
——他人にはわからない
当たり前に愛されて 当たり前に持つ『自分』
そんな当然から外れた私は
共感されないこと、みんなと違うこと、
その痛みも恐怖も哀しみも全部飲み干して、全て
そう言わんばかりに空気を震わし、こちらを殺すつもりで振るわれる振動の刃。
自分には、これしかないのだから。
そんな声なき聲が、私の奥底、踏み込まれたくないところまで突き刺さる。傷口から怖れが広がって、金縛りにあったみたいに固まってる。
——
完全に調和したとき 『自分』は完成する
それはどこまでも虚しい独奏曲
でも もしもこれが砕かれてしまったら
私の苦痛と一緒に 全て塵と消えるだろうか——
感情的だったさっきまでと打って変わって、無感動に、吸った息を吐くぐらい当たり前に宣言される。
最後の、少しだけ温度を含んだ問いかけすら、それでも軽々しかった。それならそれで本望だと鼻で笑ってるみたい。
この孤独を歩むことに微塵も迷いがない。
そんな女の生き様に、私は朗読が終わった後も心臓を鷲掴みにされたままだった。
どうしてそんなに全力で、
私にはできない。傷ついて、少しでも損なうことが怖くて、1人で不特定多数にぶつけられやしない。
私には、本当にギターしかないから。
もしもギターを失えばCRYCHICにもいられない。これだけは守らなければ、私じゃなくなってしまう。
唯一在る人間性を無くしたら、私はどこまでも透明になって、空っぽになって。
それでも生きなければいけないなら、きっと昔の私みたいに……
そこまで考えて、死同然の恐怖が現実に引き戻してくれた。深く息を吐き出して生き心地を取り戻す。
ドグドグと嫌な鼓動をする心臓を密かに呼吸で落ち着かせながら、コの字の端っこに座っていた私は周りを見る。
祥子「これは……全国1位なのも納得の力量ですわね……」
立希「あぁ。朗読なんて聞かないからよく知らないけど、この人が本物なのは間違いない」
そよ「美人の女子高生だから取り上げてるわけじゃないんだね~。……ちょっと怖いくらいだったけど」
彼女に対する評価は概ね同意だったけど、彼女自身はどうでもよかった。
それは1人だけ焦点が別だった子も同じだったかもしれない。
燈「凄い……詩の言葉1つ1つが今も耳に残って、情景がはっきり浮かんで……。朗読って、こんなに凄いんだ……」
呆然とした顔で感嘆の声を上げる燈は胸元の服を掴んでいた。その仕草で私と同じくらい心に深く刺さってることを確信する。
そんな対面に座る彼女の様子を把握した途端。
傷を抉られ平常じゃなくなっていた心が、救いを求めて騒ぎ出した。
(そうだ、燈なら……)
私と同じで、CRYCHIC以外では自己主張が控えめで、下手で。
私と同じで、詩を書くことでしか自分を慰められない、『自分にはこれしかない』という傷があって。
私と同じで、CRYCHICでしかありのままを表現できない燈なら。
私とどこまでも
(燈なら……!)
燈に私と同じくらいこの傷に苦しんで生きていて欲しかった。
そんな同類が傍にいることで、私は独りじゃないんだって安心できるから。
でもこのままじゃ詩と共に忘れてしまうかもしれない。なら、忘れられないよう刻み込めばいい。その方法はたった今理想的なまでに示されたばかりだ。
あれほど感情を込めれるようになったなら、燈はそれだけ深く苦しむことになるだろう。一度聞いただけで囚われた私には分かる。この詩に関われば同類として縛られるはずだと。
要するに、同じ傷のなめ合いをしていたいがために、燈にも囚われていて欲しかったのだ。
……そんな歪んだ願望を大切な友達に抱くなんて許されるはずない。
頭では分かってるのに、拠り所を求めるように胸のざわめきは鎮まるどころかどんどん膨れ上がる。
私はその渇望に溺れて、口を開いてしまう。
睦「……燈は、朗読やってみたいと思わないの?」
燈「え?」
睦「せっかく詩を書いてるんだから、こんな風に読むのもいいんじゃないかなって。ほら、詩と朗読って関わり深そうだから、やってみたら得られるものもあるんじゃないかな」
まるで友人の可能性を広げようと助言するかのように、私は捲し立てた。偽善の自覚があっても止められない。
対して燈の反応は芳しいものじゃなかった。
燈「で、でも……私にはあんな風に読めないよ……」
睦「いきなりは難しいだろうけど、やってみるだけでも意義はあるよ。それに燈は去年からずっとなりたい自分に向けて頑張るって言ってたでしょ? 今は丁度春休みになったばかりだし、何か始めるには絶好の機会だよ。朗読なんて詩を書いて歌う燈にはとっつきやすくて、まさに打って付け」
立希「睦……?」
祥子「言ってることは分からなくもないですが……」
たたみかける私に違和感でも抱いたのか、訝し気な表情を向ける2人に気を払う余裕がない。
今は燈をその気にさせることしか考えられなかった。
その彼女は私に迷うような顔をしている。あと少し押せば丸め込めそう。
そんな醜い希望を抱いて、熱に浮かされたように話を決めにかかった。
睦「大丈夫、きっとライブで歌うのと同じだよ。そうだ、今度のライブでこの詩を朗読してみよう。それ用のセットリスト考えるから」
燈「睦ちゃん……私は……」
睦「大丈夫だよ。燈の歌は評判良いから、きっと朗読だって——」
そよ「むつみちゃん」
私を制止するような手が肩に優しく置かれる。いつもより若干硬めな呼びかけもあって、頭に冷水をかけられたようにハッとした。
隣に座っていたそよの表情はどちらかといえば笑っていたけど、困ったように眉尻が下がっている。
窘められた——否、窘めてもらって——ようやく落ち着きを取り戻した。失った熱望の代わりに罪悪感が湧き上がる。
最後は燈の推しに弱いところに付け込もうとしたのもあって、余計に後ろめたい。
友人失格な行いを酷く恥じ、後悔した。
睦「……ごめん。燈の意思を無視して勝手なこと言って……」
燈は黙ったままこちらを不思議そうに見つめるばかりだった。
他の3人も顔を見合わせている。
私がこんな風に言い寄ったのは初めてだから、みんな困惑してるんだろう。
みんな、私が理解できないのだ。
そう思うと燈やみんなに向き合っていられなくて、俯くしかなかった。諦めるように目を伏せる。
(やっぱり……この傷は、1人で抱えるしか……)
燈「やって、みる……」
真っ暗な視界で弱々しい声が耳を掠め、目を見開く。
聞き間違いかと思いながら顔を燈に向ける。
その表情は声の通り覇気のないものだったけど、それでもちゃんと私に向けられていた。
燈「まだどうしたらいいか分からないけど。この詩の朗読、挑戦してみる」
睦「……いいの? 私から言っておいて難だけど……」
私に訊ねられて、その目があたふたと左右に泳ぎ始める。
そして、まるで今考え付いたことをそのまま口にするみたいに返答してきた。
燈「え、えっと……睦ちゃんの言う通りだなって、思って。その、詩を書くのにも活かせるかもしれないし、やりたいことが見つかる、かもしれない……から。と、とにかく。睦ちゃんがここまで言ってくれたなら、やってみるよ」
燈は弱弱しく微笑んだ。その気遣わし気な破顔に心がズキンと痛む。
言うまでもないけど、燈は心優しい子だ。
本当に嫌なら断っただろうけど、そうじゃないなら相手の心情を思って流されてしまう、ささやかでか弱い優しさ。
だから、借りてきた理由を最もらしく並べてはいたけど。
よく分からないながらも、私が朗読させたがった気持ちを汲み取って、やると言ってくれたんだ。
自分勝手な願望を、自分勝手に押し付けようとした私なんかに応えてくれる燈に。
罪悪感、願望が受け入れられたことの喜び、そんな自分への嫌悪感、何よりお人よしな燈への感謝と心配。
複雑な想いが喉でこんがらがった私はなんて言えばいいのか分からなくて。
睦「…………うん。応援してる」
結局、そんなつまらない返事しかできなかった。
(ちょっと。放っておいていいわけ?)
(……流れが不自然とはいえ、燈の挑戦自体は悪いことではありません。しばらくは見守りましょう)
(ちゃんと見ておけば大丈夫だよ。
(なら、いいけど……)