CRYCHIC交響曲   作:りょーへい

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2番 驚きの来客と思わぬ展開

 

 

 あの後、徐々に和気あいあいとした雰囲気に戻った私達は夕方になって解散した。

 みんなを無駄に広い玄関で見送った後、私はリビングに向かう。

 これから調べ事で自室に籠るから、軽食と飲み物を取りに行きたかった。

 リビングの扉をガチャリと開きに中に入ると、母であるみなみちゃんとこちらに背を向けたもう1人がテーブルで話をしていた。ずっとスタジオにいたから気づかなかったけど、どうやら来客がいたらしい。

 その来客がこちらに振り向いて、私は驚く。こちらが一方的によく知っている女性だったから。

 

「こんにちは。お邪魔しています」

 

森みなみ「あぁ、睦ちゃん。知ってるでしょう? パスパレの白鷺千聖ちゃんが遊びにきてくれたのよ?」

 

睦「……どうも。娘の若葉睦です」

 

 まさか私が好きなアイドルバンドグループ、パステルパレットのメンバーが家に来るなんて。十中八九、仕事上の大先輩であるみなみちゃんとの付き合い以上に意図はないのだろうけど。

 そうと分かっていても、夢のような来客にびっくりして固まった私は、そんな当たり障りのない挨拶しか出てこない。

 

森みなみ「ちょうどいいから、睦ちゃんもおしゃべりしていきなさい」

 

千聖「えぇ、よかったらどうかしら?」

 

 あれよあれよと憧れのアイドルと交流する機会がお膳立てされていく。知らない芸能人なら気は進まなかったけどパスパレの千聖さんなら別だった。

 ——でも。その興奮よりもずっと大きな気掛かりが、私を支配していた。

 

睦「……ごめんなさい。やらなければいけないことがあるので、せっかくですけど遠慮させて頂きます」

 

 心苦しいけど、今は燈のために朗読について調べなければいけなかった。

 練習の仕方、朗読において何が大事か、朗読をする人がどういう仕事や趣味に繋げていくのか、朗読に関わるイベントはないのか。

 初めて調べる事柄だから、アプローチから考えていかなければいけない。明日燈に会ったとき迷惑にならない程度に整理して伝えるためにも、時間はいくらあっても足りなかった。

 そんな私の反応が、みなみちゃんはお気に召さなかったらしい。

 

森みなみ「少しくらい付き合ってもいいでしょう? 今は春休み中だから勉強も必要ないのだし」

 

睦「……勉強じゃない。でも、それより大事なこと、だから……」

 

森みなみ「睦ちゃんがそこまで大事なんて言うってことは、バンド絡みかしら? それにしたって、せっかく来てくれた私のお客さんを放ってまでやることなの?」

 

千聖「(バンド……)みなみさん、用事があるなら無理強いするのは申し訳ないですから……」

 

 その遠慮は何の意味も成さない。みなみちゃんは私の都合なんてどうでもいいだろうから。

 私を引き止めてるのは大女優としてのメンツがあるから。来客を快くもてなそうとしてるのに、その娘が無碍にしては体裁が悪かろう。

 そんなくだらないことに、燈へ報いたい気持ちを邪魔されたくない。燈が朗読をすると言ってくれたあの儚い笑みが、ずっと脳に焼き付いて今ももどかしかった。今度こそ燈のためにならなきゃ。私を思って望んでない挑戦に踏み切ってくれた優しさに応えるために。

 そんな私の心境を知る由もない、母親に当たる人物は的確にズケズケ踏みにじってきた。

 

森みなみ「いいのよ千聖ちゃん。所詮()()()でやってることなのだから。そんなことより、娘として今くらい私への来客を優先しなさい?」

 

 確かにあなたの俳優業と比べたら遊びでしかない。

 娘として、母親への来客に対応すべき義務はあるのかもしれない。

 でも。燈への想いをどうでもいいものと軽んじられたようで、朗読を聞いてから精神的にいっぱいいっぱいだった私はついカッとなる。

 

睦「……いい機会だから言っておく。CRYCHICは、私にとって大事な居場所なの。そのメンバーを助けるための調べ物が大変そうだから、今は時間が惜しい。そもそも来客に対応させるなら事前に知らせるべき。私は知らなかった」

 

千聖「……」

 

森みなみ「……睦ちゃん、あなたね……」

 

  芸能人らしい大人の笑みを消して真顔になるみなみちゃん。娘にも滅多に見せなかった顔に怖気づきそうになるけど、それよりも強い感情が胸奥に渦巻いていた。

 母親として抑えつけてくる森みなみへの対抗で気持ちを昂らせた私は、勢い余って口からぶちまけていた。

 罪を犯したときから胸を圧迫して、苦しくて仕方なかった想い。

 

睦「私は……! 燈に強要させてしまった! 燈の意思で決めることだったのに、私の醜いエゴで操ろうとしてしまった! なのに燈は自分勝手な私に気を遣って、わけが分からないだろうに朗読するって言ってくれた! だから今度こそ純粋に、燈のためになりたい! 違う、ならなきゃいけない! 少しでも朗読について学ばなきゃいけないのに、呑気におしゃべりしてる暇なんて……ない!」

 

 みなみちゃんを黙らせるため、燈への懺悔を吐き出したかったから、もう2度とCRYCHIC絡みで軽々しく扱わせないため。

 色んな意図があったように思うけど、言い終わった後は虚しいだけだった。

 自分をみなみちゃんと呼ばせる母にも、今日出会ったばかりの人にも通じるはずないというのに。何をヒステリックに叫んでるのか。

 私が口を閉ざした後も黙ったままの2人を放って、とにかくリビングから離れようと踵を返した、そのとき。

 

千聖「待って。朗読、と言ったのよね? もしかしたら力になれるかもしれないわ。だから、よかったら詳しく話してくれないかしら?」

 

 その声はさっきまでのような芸能人らしい外面の柔らかさを失っていた。

 1人の人間として話を聞かせて欲しい、そんな風に踏み込んできた彼女はやはり愛想を捨てて真剣な表情だった。

 意外だった。彼女は芸能人としての付き合いという、あくまで仕事の一環としてこの家に来ていたと思っていたから。

 だからその家の娘の面倒事に自分から首を突っ込むなんて出過ぎた真似は必要ない。何か意図があるなら分かるけど、真摯な面差しから邪な思惑を一切感じなかった。

 そんな相手を自然と信用してしまい、流されるようにこれまでの経緯を話していた。

 

千聖「……なるほど。私の知り合いに、長年舞台の演技に携わってきた人がいるの。朗読も声の演技の1つではあるから、その人なら教えられることがあると思うわ」

 

睦「……もしかして、その人を紹介してくださる、ということですか?」

 

千聖「えぇ。あなた達さえよければ」

 

睦「……もちろん、朗読に明るくない私達には願ってもない話ですけど……」

 

千聖「その顔は、どうしてそこまでするのか分からない、という感じね」

 

 図星だった。そして言い当てられたことにも内心舌を巻く。

 私は顔に感情が出ない方だから、初対面の人にこうもあっさり見抜かれるとは思ってなかった。

 やはり幼い頃から芸能界で生きてきた人の目というのは、他と違うのだろうか。

 

千聖「大した理由はないわ。純粋に友達へ報いたい睦ちゃんの助けがしたかっただけ」

 

睦「……初対面の私のためだけに、そこまで……?」

 

千聖「そうね……。それで納得できないなら、みなみさんの娘であるあなたに恩を売っておくのも悪くないと思ったから、でもいいわ」

 

森みなみ「まっ、千聖ちゃんも言うようになったのね~」

 

千聖「ふふっ、これくらい図太くないとみなみさんの期待には応えられないと思いまして」

 

 そこから2人が笑顔で冗談の応酬を交わし出す。なんとも女優業界を体言したかのような会話を聞き流しながら、私は気持ちを整理する。

 本音を言うと、私が直接的に燈のためになりたかった。朗読について調べて、私が燈に教えて役に立ちたかった。その方が、自分を許せそうだから。

 でも、素人の私がネットや本なんかで表面的に知った情報より、知識と経験を備えた人から教えてもらったほうが確かに決まってる。

 どっちの方が燈のためになるかなんて、考えるまでもなかった。

 モヤモヤとわだかまる我を理屈でねじ伏せて、息をつく。

 改めて、千聖さんに一歩踏み出した。

 

睦「……朗読の指導をしてくれる人、紹介して頂いてもよろしいですか?」

 

千聖「えぇ。任せてね」

 

 自分と3つしか違わないはずなのに、そこらの大人よりずっと深い人生経験を感じさせるその人は、柔和に頷いてくれた。

 

 

 

 

 

 ♢ ♢ ♢

 

 その日の夜。千聖はさっそく昔馴染みに電話をかけ、事の説明をした。

 

「……と、いうことなのだけど。お願いできる?」

「他ならぬ千聖の頼みだからね。聞くに決まってるだろう? 演劇にも関わる基礎的なことしか、教えられないけれど」

「それでもいいわ。あぁ、そうだ。もう1つ、私からってことを伏せてやって欲しいことがあるのだけど。あのね……」

「……またさっきより無茶そうな頼み事だね」

「睦ちゃんとしては、燈ちゃんに今回のことを良かったと思って欲しいのよ。だから、なるべく良い影響を与えられる機会を作って欲しいの」

「君がそこまで言うなら仕方ないね。今まで知り合った演劇関係者を通して連絡取ってみるけれど。期待はしないで欲しいな」

「そう、ね……。動いてくれるだけでも助かるわ」

「でも、どうしてそこまで?」

 

 相手の問いに、千聖は森みなみとの会話を思い出す。

 自分の娘にみなみちゃんと呼ばせるその大女優は、芸能界を10年程度しか生きていない小娘ではとても汲み取れない複雑な笑みを讃えて、一人言のように呟いていた。

 

『小さい頃は、この私すら恐れるほど演技の才能があったのだけどね。それはギターを弾くようになってからはさっぱり見なくなって、バンドを組んだ今となってはその時に戻るのを恐れてすらいるみたい。そういう居場所を見つけたことに喜ぶべきなのか、役者界に携わるものとして安堵しつつも嘆くべきなのか……。あの頃も今も、相変わらず扱いに困る子ね』

 

 具体的にどういう才能なのかは、ぼかされたから分からない。ただ、睦ちゃんがバンドという居場所に出会えて、そこが大好きなことだけは分かったから。

 覚えのある話。手を差し伸べるには、それだけで十分だった。

 

「大切な仲間の助けになりたい、良い方向へ進んで欲しい。その気持ちを支えてあげたいと思ったから、かしら」

「ふっ……そうかい。君のそういう優しさを、私は誇らしく思うよ」

 




*後書き*

森みなみはここまで娘のことを把握してるかというと、アニメを見てる感じ『意識して』放置してる故分かってない気がするから、大事なところが絶妙に原作と解釈違いで歯痒いのだけど。
キャラの解釈違いなんて今更か、と思って開き直ることにします。
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