この話はわちゃわちゃ練習パートなので、ほとんど話は進みません。伏線もろくにないので、飛ばしても問題はないです。
3月22日
話の早いことに、千聖さんはもう指導役へ話を通してくれたらしい。しかもちょうど今日予定が空いてるとのこと。
CRYCHICで今日も私の家に集まる予定だったので、早速来てもらうことにした。
とんとん拍子で事が進んだのは良いけれど、その指導役は中々に癖の強い人だった。
「やぁ子猫ちゃんたち! 今日はよろしく頼むよ。あぁ、サインが欲しければいつでも言ってくれ!」
オーバーな身振りと合わせてキザに主張してくる王子様のような女性。奇抜なキャラに燈が怯えたように半歩下がった。
すかさず私は燈を安心させるよう傍に寄り添いながら紹介する。
睦「……燈、みんなも。この人が朗読を指導してくれる、瀬田薫さん、らしい……。あと、こちらが瀬田さんを紹介してくれた……」
千聖「白鷺千聖です。この人が迷惑かけないようにお目付け役で来たの。よろしくね、みんな」
そよ「わぁ、すごい! 本当にパスパレの白鷺さんに会えるなんて~!」
立希「このコネ力、流石芸能人の娘って感じ?」
ちなみに立希は私を芸能人の娘としてここまで直球な揶揄をしたことはない。
妙にわざとらしい揶揄いだったけど、そんなことより初対面の年上相手に緊張気味な燈が気掛かりで適当に流す。
睦「……昨日偶々家に来てらして、流れで相談させて頂いた」
立希(ちょ!? いつもだったらこういうジョークに悪ノリするくせに、まともに返すなよ……調子狂うなぁ)
祥子「それにしても……瀬田さんはその、随分個性的な方なのですね……」
千聖「そうね。この人は度々個性的な世迷言を吐くけれど、無視してくれて構わないから。安心して頂戴?」
CRYCHIC「は、はぁ……」
薫「フッ……千聖は相変わらずつれないね。あぁ、儚い……」
千聖「薫に付き合ってると話だけで日が暮れるから話を進めるけれど。こんなでも中学から演劇部に所属しているの。演劇に関しては確かな技術と研鑽を重ねているわ。……才能もあるみたいだけど」
睦「……聞きたかったのですが、朗読と演劇はそれほど深い関係なのでしょうか」
薫「もちろんさ。声の出し方から大事なのは演劇も朗読も同じだからね。学校によっては演劇部と朗読をする放送部で途中まで同じ練習をするほどでもあるんだ」
そよ「そうなんですね! それは知らなかったな~」
薫「私も朗読について専門的に取り組んでるわけじゃないから、どうしても聞いた話や基本的な範囲に収まるけれど。燈ちゃんは初心者なんだよね?」
燈「は、はい……」
薫「なら、入口まで案内することぐらいなら務まりそうだ。大船に乗ったつもりでついてきて欲しい!」
その髪をかきあげるようなオーバーアクションがなければ安心して乗り込めます、とは流石に突っ込めなかった。
だけど、ここまできたら泥船だろうがタイタニック号だろうが乗っかる他はない。
という考えはみんなも同じだった。
祥子「ま、まぁ私達の知り合いには他に心当たりもありませんし……」
そよ「千聖さんが紹介してくださった人だし、きっと大丈夫じゃない?」
睦「……そこを信用ポイントにするのがいかにもそよらしい」
立希「まぁ変な言動はともかく。さっき言ってたことはもっともらしいし、朗読の先生としてはひとまずいいんじゃない、燈?」
燈「う、うん……。ちょっと怖いけど、頑張ってみる。よろしくお願いします、瀬田さん」
4人「よろしくお願いします!」
みんなで改めて挨拶する。よく聞かなくても好意的とは思われない会話を目の前で繰り広げてしまったけど。瀬田さんはそんな失礼を咎めることもなくニヒルな笑みでは頷いた。
薫「うん、いい子猫ちゃんたちだ」
燈「あの、さっきから言ってる子猫って、もしかして私たちのこと……?」
千聖「そうみたいだけど流してくれて大丈夫よ、燈ちゃん」
睦「……燈。確かに変なところもある人だけど、私達も練習に付き合うから。心配しなくて大丈夫、一緒に頑張ろう?」
燈「睦ちゃん……ありがとう」
薫「美しい友情……あぁ、なんて儚いことか!」
千聖、睦「この儚いも流していい」
燈「う、うん。なんとなく分かってきた」
そよ(なんだか疲れる人だけど、本当に大丈夫かなぁ)
そんなこんなで、瀬田さんによる朗読の指導が始まった。
先生が面倒くさい言い回しや話を始めたら、すかさずお目付け役がにこやかに制する。
そんなシーンに苦笑いしつつも、結論から言うと教え自体は基本的に真面目でまともなものだった。
ステップ1 体力作り
薫「正しい発声のために正しい姿勢を作り、維持すること。声や呼吸をコントロールする横隔膜を動かして鍛えること。声を出すためにも身体作りというのは大事なんだ。今日は省略するけれど、部活だとウォーキングやランニング、筋トレをする日だってあるぐらいだからね。一応、こういうトレーニング方法があるということを紹介しておくよ」
薫からトレーニングについての動画を見せてもらいながらしゃべる5人。
祥子「読むために、筋トレですか……。意外と体育会系なんですのね」
立希「確かに、文系なイメージ強いからそこまでしてるとは思わなかった」
燈「う、うん……。そこまでするなんて、朗読って思ってた以上に奥深いんだね」
睦「……そうだね。読むだけになんでそこまでしなきゃいけないんだって思っちゃうくらい」
そよ「むつみちゃん? ともりちゃんのやる気削ぐようなこと言ってるよ?」
睦「……っと、失敬」
燈「ううん。そういう、ものぐさなところが睦ちゃんらしいなって思うから、変に気を遣わないで?」
睦「……じゃ遠慮なく」
立希「お前の遠慮なくは本当に身も蓋もないから少しは自重しろ」
祥子(立希はようやく睦にツッコめて嬉しそうな顔してますわね……)
ステップ2 発声練習
肩と首のストレッチをしたあと、ようやく声を出す練習に入る。
薫「まずは長く声を出す練習をしよう。ロングトーンと呼ばれるものだね。お腹に手を当てて、腹式呼吸を意識しながらあーと10秒くらい発声し続けてくれ」
燈「は、はい。あー--------……」
睦「……うん。ちゃんと最後まで安定してた」
祥子「CRYCHIC自慢のボーカルならこの程度は当然ですわ!」
薫「そうか、燈ちゃんはボーカルだったんだね。ならその綺麗な声も、10秒くらいならまだ余裕がありそうな心肺機能も納得だ」
燈「あ、ありがとうございます……」
睦「……えへへ……」
立希「なんで燈が褒められたのに睦が得意気なの?」
睦「……自分だって後方師匠面でウンウン頷いてたくせに。顔に『ワシが育てた』って書いてあった」
立希「どんな顔だよ!」
そよ「はいはい、脱線もそこまでね」
それからは10秒から少しずつ時間を伸ばして、20秒のロングトーンを終えたら今度は違う練習に移った。
薫「今度は逆に短く切って発声する練習だよ。ここでも腹筋を意識して、あっあっあっ……と30回繰り返そう」
燈「あの、私腹筋ぜんぜんないんですけど、大丈夫でしょうか……」
薫「どれどれ?」
立希「何燈の服めくろうとしてるんですか!」
薫「すまない、お約束かと思ってね」
祥子「どんなお約束ですの?」
睦「……そういったジョークに燈は耐性ないので、遠慮してください」
千聖「薫? あなた後で覚えておきなさい?」
薫「や、やだなぁ。ちょっとしたおふざけじゃないかぁ……」
そよ(自業自得だけど、針の
ステップ3 活舌練習について
そんな騒ぎもありつつ短い発声練習をした。
ロングトーンからここまで、基礎トレーニングしかやってないのに意外と疲れる。
燈は大丈夫だろうかと様子を見ると、くたびれたような顔でイスに座っていた。
燈「姿勢を正して、お腹の筋肉を頑張って動かすのって、こんなに大変なんだ。これだけでヘトヘトかも……」
睦「……やっぱり燈も? 同じだね」
薫「ちょうどいいから休憩しようか。その間に、トークで送ったものを見て欲しいな」
送られてきたものを見てみると、ひらがなが羅列してある。
読んでみると、有名なものだった。
燈「あめんぼあかいな、あいうえお。うきもに、こえびも、およいでる……」
祥子「これは北原白秋が作詞した有名な『五十音』ですわね」
睦「……誰もが聞いたことあるやつ」
そよ「さきちゃんは作者とタイトルまでよく知ってたね」
立希「そういえば、詩は聞いたことあっても誰が作ったとか知らなかった」
祥子「私は家ではよく読書してますので、こういった文学にもそれなりに通じてるんですの」
そよ「さきちゃんのこと久々に名家のお嬢様って感じたな~」
祥子「豊川家の淑女として当然ですわ! ……ってそよは褒めてないですわよね?」
立希「遊びになったら誰よりも淑女から遠ざかるのに」
祥子「豊川家5か条1つ! 遊ぶときは憚ることなく全力で遊ぶべし!」
睦「……10年近く一緒にいるのに初耳の5か条で草」
立希「絶対今考えた5か条で草」
そよ「さきちゃん、ついにそんな嘘までついて……」
祥子「キ~~~! 寄ってたかってこの私を馬鹿にして~~~!」
燈「祥ちゃん、そんな激しい地団駄踏んで騒ぐくらい体力あるの、羨ましいな。私もウォーキングから体力作りしようかな……」
千聖(お嬢様らしからぬ振る舞いで注目するのはそこなのかしら?)
薫(フフッ。どうやらこのバンドもハロハピやパスパレに負けず劣らず仲が良いらしいね)
休憩後に活舌の練習として五十音を音読したあとは、今までより専門的な知識の指導に入ったのだった。
ステップ4 朗読における『読み』について
薫「さて。今の燈ちゃんに関わりや興味があるか分からないけれど、一応朗読コンクールについて話をするよ。演劇部の活動で耳にしたことがある程度の範囲だけど」
祥子「コンクール……昨日テレビに出ていた西園寺修羅という方が優勝していた大会でしょうか?」
薫「あぁ、そうだね。まぁ彼女については色々と賛否両論みたいだけどここでは置いておくとして。話の主旨としては、その朗読コンクールでは何を基準に評価されるのか、だね。つまり正しい読みとは、という話がしたかったんだ」
燈「誰かと競うのは、苦手ですけど。そういう話なら……」
薫「受け入れてもらえそうでよかったよ。まずはさっきやった発声や発音が正しいか。基本中の基本だね」
そよ「それもあって、さっきまでやってた練習が基礎トレーニングになるんですね」
薫「そういうことだね。疎かにできない基礎という意味では、単語のアクセントも大事になってくる」
立希「アクセント……あぁ、同音異義語をちゃんと言い分けられてるかってことですか?」
薫「うん、例えば橋や箸みたいなことだね。今のはほとんどみんな無意識で使い分けてるだろうけど、その単語のアクセントが正しいか迷ったときはアクセント辞典で正しい読み方確認する癖をつけた方がいい」
燈「そ、そうなんですね……辞典持ち歩かなきゃ」
薫「今ならスマホアプリがあるから、また後で教えるよ。さて、ここまでは聞き馴染みのあるワードだったろうけど……」
瀬田さんが紙に何か書いてそれを私達に見せてくれる。
いくつかの感じに、ルビがふってあった。
そよ「
祥子「漢字のおかげで各々なんとなく意味は分かりますわね。でもプロミネンスとは、例えばどのような形で強調されてるのでしょう?」
薫「いい質問だね。これは例文を読み上げる方が伝わりやすいかな」
再び紙に書いていく瀬田さん。
そこには
私は学校に行った。
だが、その日は休校だった。
薫「この例文で一番伝えたいところは『休校』だったこと。読み上げると……」
瀬田さんは最初の一文を淡々と読み流す。
けど、2文目は「その日は」で音を下げながら一瞬途切れさせ、次の音を上げることで『休校』というワードが一際印象強く残った。
薫「こういう、大事な部分に強制を置くことを『立てる』と呼ぶそうだよ」
燈「聞いてみると、分かります! 強調はそうやってするんですね!」
そよ「ともりちゃん、すごく感心してるね~」
睦「……でも分かる。必要な情報がスッと入ってくるよう、狙って読まれていたから。まさにお手本だった」
立希「間と切れ目の違いが分からなかったけど、今みたいに強調させるための単語と単語の空白が切れ目か」
祥子「そのようですわね。なんでもない例文なのに、これだけで奥深さを思い知らされましたわ……」
薫「伝わったようで何よりだよ。他にもイントネーションや間の取り方も教えるべきなのだけれど……それよりも、早速実践してみようか。燈ちゃんが挑戦しようとしている詩を扱って、ね」
瀬田さんはそう言いながら新しい紙を取り出し、今度はそのまま燈に手渡す。
燈に並んでその紙を覗き込むと、昨日西園寺修羅が朗読していた詩が書いてある原稿だった。
その文を目にして、昨日の緊迫がぶり返しそうになる。さりげなく原稿から目を背けて平静を取り戻す。
薫「燈ちゃんが挑戦する作品は、昨日テレビで取り上げられた詩だったよね? それは、
立希「すんごい名前……」
そよ「芸名でしょ?」
睦「……それにしたってキラキラ過ぎる」
祥子「むしろキラキラとは真逆な雰囲気なのですが……」
燈「えっと、確か単語のアクセントを覚えて、大事なところを強調して……」
薫「アクセントをいきなり全部気を付けるのは難しいから一旦忘れてくれて構わないよ。まずはさっき話した強調や間の取り方をポイントにして読んでみよう。できれば、さっきまで練習してた発声のコツは意識してね」
燈「腹式呼吸……」スゥ~、ハァ~……
薫「良い調子だ。さて、最後に一番大事なことを言っておこう」
燈「一番大事、ですか……?」
薫「君がこの詩を読んで、何を表現したいか、何を伝えたいか、だ」
燈「……」
薫「演劇では身振り手振り、足りなければ大声で叫んだりもして表現する。けれど朗読では全部必要ないんだ。息遣い、抑揚、間。それらを繊細に使い分け、口だけで文章の世界を表現する。仮にさっきまで教えた基準を全て正しくできても、聞き手に何も想像させない読みというのは評価されない。つまり、朗読として認められない、と言っても過言ではないだろうね」
燈「私、は……」
睦「……燈……?」
歯切れ悪く声も消え入りそうな燈を心配する。
まるで、心当たりのないことが大事と言われて戸惑っているような……。
薫(この感じは……先に突っついておいて正解だったかもしれないね……)
薫「いきなり過ぎて困らせたかな? 要は下手でもいいから自分が伝えたいことを意識して欲しい、と言いたかっただけなんだ」
燈「分かり、ました……」
薫「さぁ、気持ちを切り替えるためにもう一度腹式呼吸をして……うん、いいね。それじゃあ今回は練習としてどこに間を入れるか、どこを強調するかを話していくよ」
燈「はいっ!!」
薫「フッ。お腹からしっかり発声した良い返事だ」
燈にマンツーマンで教え始める瀬田さん。燈も自然体で話を聞いている様子だった。
そんな2人の邪魔にならないよう、私達は少し距離を置いてヒソヒソ話す。
そよ(何も腹式呼吸で返事しなくても……いきなりの強い声にビックリしたよ)
祥子(まぁまぁ、気合が入っていて良いじゃありませんか)
立希(最初は瀬田さんのこと苦手そうにしてたのに、今じゃ完全に信頼してる目してるしね)
睦(……うん。良い先生を紹介できたみたいで、よかった……)
それはまるで自分自身を納得させるために出たセリフだった。
一緒に練習しただけで何も役に立っていない自分とどうしても比較してしまう。
それでも瀬田さんの教えは最初の奇天烈な印象を大きく裏切り非常にためになるものだった。
だから、やっぱりこれでよかったのだ。
あとは燈が朗読について学べて良かったと思えるよう祈りながら、見守ることに徹した。
燈がさっき見せた戸惑いについて、流したまま忘れた私は。
後々、自分は取返しのつかないことをしたんだと思い知らされることになる。