CRYCHIC交響曲   作:りょーへい

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4番 問い掛けと提案 A面

 

 

 スタジオの窓から差し込む陽光はオレンジ色に染まっていた。忙しいだろうに昼過ぎから夕方まで付き合ってくれた大学生2人には本当に頭が上がらない。

 今は練習の締めとして燈が自分で強調するところを考え、本番のつもりで朗読したところだった。

 素人の所感だけど歌ってるときぐらい声量は出てたし、ここを強調したいんだろうな、というのも何となく伝わってきた。

 アクセントを含めた発声はもちろん今後の課題だけど、切れ目や間もぎこちないながら挟んでたし、練習初日としては大きな進歩ではないだろうか。

 

(……そう、燈はこれからなんだ。朗読を学べて良かったと思えたら、今日はそれで十分。なのに何か物足りなく思っちゃうのは、きっと心のどこかで昨日の全国1位と比べてるからだ。燈じゃなくて、私がおかしいんだ……)

 

 未熟なのを差し置いてもどこか空虚に感じてしまった印象を、密かに息をついて吐き出す。

 そして読み終わった燈へ一番に近寄って、笑顔を作り燈の手を取って褒める。

 

睦「……燈。始めたばかりなのに上手に読めてたと思う。伝えたいところもちゃんと強調できてたよ」

 

燈「強調したところは、結局教えられた通りの箇所で……。……ううん、睦ちゃんが、そう言ってくれるなら、良かった……」

 

 燈も笑ってくれる。でも何となく曖昧で、どこか陰があった。

 きっと出来栄えに満足できてないからだろう。燈は元々謙虚な性格だから、改善すべきところがあるレベルじゃ素直に称賛を受け止め辛いんだ。

 とにかく燈を元気づけて、朗読について良い勉強になったと前向きに思ってもらいたい。そうすれば、燈を朗読の世界に無理やり引っ張った私も少しは救われる。

 けど、そんな馴れ合いは許されなかった。

 

「——君は、本当にそれでいいのかい?」

 

 突然響き渡った演技声に、握っていた手がビクっと震える。

 燈が動揺したことを感触で理解した瞬間、それが手を伝って私の心臓にまでうつってきた。

 弾かれたように声の方を向くと、突然演技した瀬田さんは不敵な笑みを作っていた。けど決してふざけて言ったセリフじゃない。

 それは案じているような瞳から伝わって来たし、決定的なのはお目付け役の千聖さんがやれやれとした表情で静観してるだけだから。

 

薫「すまない。燈ちゃんが何のためにその詩を朗読したいのか、最後まで見えなかったものだから。つい、昔()った劇のセリフが、口をついてしまったんだ」

 

燈「……私、は……」

 

 瀬田さんが1番大事と言っていた、何を表現したいか、という話だろう。付きっ切りで指導していた先生にまで伝わらなかったということは、最初からそんなものないかもしれなくて……。

 その推測を裏付けるように燈は言葉を詰まらせてる。繋がってる手も、目線も、力なく垂れ下がっていた。

 

睦「……燈……」

 

 燈の手をギュっと握る。元気づけたかった意図もあったけど、言葉にならない感情をそこに込めないと自分を保てなかった。

 馬鹿な私は、燈が私のために朗読をするのがどういうことか、今更ながら思い知ったのだ。

 自心から湧き出た思いのない読みなんて作業でしかない。図星を突かれたように狼狽えてた燈はたぶん薄々でも分かってたんだ。それでも私のためって読もうして、その結果どうしたらいいか迷い悩むことになった。本来ここまで追い詰められる必要もなかったのに。

 なのに、こうなるよう無意味に仕向けた咎人がいる。自分のことしか考えてなかった私だ。

 その罪の重さに押し潰されそうなのを、私は燈の手を支えにして堪えていた。

 

 所詮人に言われてやらされたものなんて、何にも成りやしない。

 私が昔やらされた芸能活動が、一体何に繋がった? やってよかったなんて1ミリも思えなかったのに。

 それと同じことを大切な友人にしてしまった事実が、頭を嫌悪と絶望で埋め尽くし、首に重く乗しかかった。

 

 私が昨日、あんなこと言い出さなければ。

 あんな身勝手な思いくらい1人で抱えていれば、燈を苦しめることもなかったのに。

 

(……ごめん、燈……)

 

 口に出すことすら許されない謝罪を吐きそうになりながら飲み込んでると、()()()()助け船が割って入ってきた。

 

千聖「いいじゃない、薫。初めての挑戦なんだもの。表現したいことが曖昧でも、とにかくやってみることに意義があると思うわよ?」

 

薫(……ここで言っておかないと、優男のフリして容赦ない糸目の先生にイジメられそうだと思ったのだけど……まぁともかく、かな)

 

薫「……それもそうだね。せっかくその意義がより実る舞台も用意できたのだから」

 

そよ「舞台……ですか?」

 

 そよたちも近くに集まって来た。みんながいるという実感で汚泥のような気分から幾分掬い上げられる。

 そこで燈の手を力んで握っていたことに初めて気づいた。これ以上痛めないように、そっと離す。

 私が千聖さんにお願いしたのは、指導役についてだけ。だから瀬田さんが何を言おうとしてるのか、私も把握してなかった。

 ただ舞台というワードからある程度予想できる。けど、その通りだとするとあまり歓迎できる流れではない。

 

薫「私は京都にある高校の演劇部顧問と知り合いでね。放送部も兼任している彼によると、放送部が月末に東京へ遊びに来るそうなんだ。いい機会だから、彼らと合同で朗読会を開くのはどうかな?」

 

祥子「朗読会ですか! なるほど、専門的に朗読を学ぶ同世代と触れ合いつつ朗読の発表もできる、一石二鳥な機会ですわね!」

 

薫「まさに祥子ちゃんが言ってくれた通りのメリットだね。どうかな、燈ちゃん。参加してみないかい?」

 

燈「私が、こんな朗読を……知らない人たちに……」

 

 確かにいい機会だとは思う。燈さえ乗り気ならば、の話だけど。

 燈は基本的に人前が苦手だ。ライブでは私達が一緒だから平気だろうけど、1人で大勢を前にするのは酷だろう。

 何より、ついさっきまでのやりとりから時期尚早なのは明白だった。

 これ以上燈を少しだって追い込ませたくない私は、庇うように半歩前に出る。

 

睦「……燈は人見知りだし、大勢の人とか、人前だって1人じゃ苦手です。まだ教わったばかりですし、いきなり本番なんて酷過ぎるので、せっかくですけど遠慮しま——」

 

千聖「それを決めるのは燈ちゃんよ。朗読に挑戦すると決めたのと同じでね」

 

 ここで千聖さんが立ちはだかってくることは想定してなくて、私は一瞬たじろいでしまう。

 でも引けなかった。今の燈が朗読を望むとは思えない。なのに周りに流されてやらされるなんて、もう絶対ダメだ。

 自然と語気が強くなる。

 

睦「……でも、燈は!」

 

千聖「——燈ちゃん。普段から朗読に励んでる人たちと関わることは、詩を書いて歌うあなたにきっと良い刺激を与えてくれるわ。不安だろうけど、もしよかったら参加してみるのはどうかしら」

 

 千聖さんは喚く私を余裕でスルーしつつ、燈に微笑みながら尋ねる。

 私のここまでを全て予知した上での振る舞いに、大人らしい思慮深さを感じてつい口をつぐんでしまう。

 

立希(ちょっと、このアイドル穏やかそうに見えて意外とグイグイ来るんだけど)

 

そよ(うーん、微妙なところだけど……何か考えがあるように感じさせるのが、また止めづらいよね……)

 

祥子(ここまで来たら、本当に燈次第でしょう)

 

 コソコソ話する3人を気にも留めず、私は燈へ向き直る。

 

睦「……燈。無理しなくていいから……」

 

燈「睦ちゃん……」

 

 私個人の願望を言えば、もちろん参加して欲しい。祥や千聖さんが言った通り、燈にとって良い経験になると思うから。朗読に挑戦してよかったと思えるチャンスではある。

 でも私の願望なんかより遥かに、これ以上燈に望まない選択をさせて追い詰めたくなかった。そんなことになるくらいなら最悪朗読なんてやめてしまってもいいくらい。

 燈を苦しめたくないのはもちろんだけど、それは全部元凶である私に罪悪感という形で返ってくるからでもある。もはや燈の苦しみは私の苦しみだった。

 気弱そうに揺れていた瞳が、じっとこちらを見つめてくる。

 まっすぐこちらを覗き込んでくる友人と違って、今私はどんな顔で燈を案じてるようなことを言ってるんだろう。

 今度は本当に燈のためになっている? また自分勝手に話をして、燈の意思を無視してない?

 疑心暗鬼のような感情が過って、何が正しいか分からなくなって。

 燈と向き合うのも後ろめたくて、顔を逸らすように俯いたとき。

 

「私、やってみます」

 

 儚くも芯の強い声に耳を疑い、反射的に顔を上げる。

 ただ私に気を遣って始めただけで、自身に表現したいものがない。

 性格、準備期間、経験量、モチベーション。あらゆる要素が挑戦に向いてない。

 それを本人も分かってるはずなのに、どうして揺るぎない視線を真っ直ぐ向けていられるのか、私には分からなかったけど。

 1つはっきりしてるのは、私には茨の道を進もうとしてる燈を止めることも導くこともできない、ということだけ。

 私は爪が食い込むくらい拳を握りながら、自分の不甲斐なさを噛み締めた。

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