CRYCHIC交響曲   作:りょーへい

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4番 問い掛けと提案 B面

 

 

 燈side

 

 締めの練習として詩の朗読をしながら、私は虚しい引っかかりを覚える。

 睦ちゃんが連れてきてくれた先生から朗読を学んで。

 何も知らなかったときより少しは上手く読めるようになった気はした。これからどうすれば良くなるかも知った。

 だけど。結局表現したいところも見つけられず、先生に教わった通りの箇所を強調して教わった通り読んでるだけだった。これでいいのだろうか。

 そう疑問に思いつつも睦ちゃんが笑顔で励ましてくれたから、ならいいのかな、って流そうとしたとき。

 その人は、的確に間隙を突いてきた。

 

「——君は、本当にそれでいいのかい?」

 

 ずっと付きっきりで教えてくれた先生に問われ、ギクッとする。やっぱりこれは()()()()んだ。

 私以上に、先生は私自身に読みたい思いがないことを見抜いていた。

 思考と共に体が硬直する。どうすればいいのか、何て言えばいいのか分からない。まるで空っぽの容器になったみたい。

 そんな中いきなり提案された朗読会。

 今まさに朗読について迷っているところなのに、知らない人達の前で、いきなり1人で挑むなんて良いイメージを抱けなかった。せっかく勧められたけど、逃げたかった。

 その気持ちを察してくれたのか、睦ちゃんがいち早く口を挟んで私をかばってくれる。

 

「……燈は人見知りだし、大勢の人とか、人前だって苦手です。まだ教わったばかりですし、いきなり本番なんて——」

(睦ちゃん……)

 

 そんな睦ちゃんを見ながら、考えていたのはそもそもの動機だった。

 私は昨日、睦ちゃんがそこまで言うなら、私に読んで欲しそうな睦ちゃんのためにって、朗読に挑戦しようと思った。

 だから、その意味じゃ睦ちゃんが納得してくれるなら私もそれで満足するくらいで。

 睦ちゃんが朗読会に反対なら、私もいいかな、なんて思ってる程度だった。

 

『——君は、本当にそれでいいのかい?』

 

 先生のセリフがリフレインして、気づく。

 例え睦ちゃんがきっかけだとしても、これはあくまで自分の挑戦なのに、どこまでも他人本位だった。

 睦ちゃんを理由に始めて、睦ちゃんを言い訳に逃げようとして。私は、どうしたいんだろう。

 

「……燈。無理しなくていいから——」

 

 心配そうに顔を覗き込む睦ちゃんの表情は昨日みたばかりのものだった。

 私に朗読を勧めてきたときの、まるで自分のことみたいに必死さが滲んでる表情。

 そんな睦ちゃんが放っておけなくて、朗読しようと思ったんだ。

 この2年近くで、たくさん話してたくさん思い出を作って。

 バンドでも普段でも、助け合って笑い合って。

 大好きな睦ちゃんのためになるなら、できることをしたかった。

 そんな私は、他人に理由を置いてるだけかもしれなかったけど。

 

 ——誰かのために朗読すること自体は、そんなに間違ってることなのだろうか。

 

(私は、大好きな睦ちゃんのために、この詩を読む)

 

 今一度考え直した上で、心の中で唱える。やっぱりしっくりきた。果ての見えない真っ暗なトンネルにも踏み出せる理由。

 私は、本当にこれでよかったんだ。例え誰かに間違っていると言われても、迷いなく頑張れる気力が湧くから。

 睦ちゃんのために、何を言われても曲げない、私自身の覚悟を決めればよかっただけ。

 やがてその子が辛そうな顔になって私から逸らす。こんなところまで、昨日そっくりだ。

 それだけで、私の心は自然と決まった。

 この決心は、後悔に繋がらないという確信があった。

 だってこれは、私が大切な友達のためにできることなのだから。

 

「私、やってみます」

 

 誰かに流されるわけでもなく、誰かに責任を逃すこともなく。

 私は、私と睦ちゃんのために腹式呼吸で宣言した。

 

 

 

 

  

 練習が終わって睦ちゃんの家から出た後、白鷺さんに誘われるまま先生と3人きりになった。

 

千聖「燈ちゃん。私がこの件に関わった理由はね、睦ちゃんのためなの」

 

燈「睦ちゃんのため?」

 

千聖「昨日睦ちゃんは、あなたのことで凄く悩んでたの。自分の身勝手を押し付けてしまった、自分を気遣って朗読するって言ってくれた燈のためになりたい、って。だから燈ちゃんの朗読を助ける、というよりは友達の助けになりたい睦ちゃんを助けたかったのよ。酷く……辛そうな顔をしてたから」

 

燈「……」

 

千聖「本当は言うつもりなかったのだけどね。半日近く燈ちゃんを見てたら、きっと知っていた方が力になるんじゃないか、って思ったの。だって、あなたが朗読する理由は()()()()()睦ちゃんのためでしょう?」

 

 その通りだった。

 事実、さっき朗読会へ自分なりの覚悟を決めたばかりだけど、今はさらなる火が燈された気がするから。

 私だって、そんな睦ちゃんにどこまでも応えたかった。

 

薫「良い目になったね。闘志の湧いた、儚い瞳だ……」

 

千聖「強そうなのか弱そうなのかどっちなのよ」

 

薫「そういえば燈ちゃん。君や睦ちゃんは詩のタイトルを知っているかい?」

 

燈「あっ……。そういえば、知らなかった……睦ちゃんもかな? ずっとあの詩って言ってたから」

 

薫「フッ。知らなくて君に読ませようとしたなら、それこそ運命だね。この詩のタイトルは……」

 

 先生からタイトルを聞かされる。なるほど、知っていたら気恥ずかしかったかもしれないけれど。

 確かに、まるでこうなることが初めから決まってたみたい。私の歯車に先ほど燈った熱が伝わり、回り出す。立ち止まっていられなかった。

 

燈「瀬田先生。本番まで、できるだけ練習に付き合ってくれませんか?」

 

薫「朗読を専門にしてないのに先生は面映いけど……君の覚悟にできる限り応えよう。あぁ、でも1つだけ条件があるんだ」

 

燈「条件、ですか?」

 

薫「師弟関係になるくらいなんだ。親愛の証に、名前で呼んで欲しいな」

 

燈「分かり、ました。改めて、よろしくお願いします、薫先生!」

 

薫、千聖「やっぱり先生はつけるんだ(のね)……」

 

 

 

 

 

 ♢ ♢ ♢

 

 時を同じくして。

 CRYCHIC残りの3人組は揃って帰っていた。

 そよと祥子がスマホを片手におしゃべりしていて、その後ろを仏頂面の立希がイライラとついていく。

 

祥子「しかし、パスパレの白鷺さんだけでなく瀬田さんもバンドやってたんですのね。ハロー、ハッピーワールドでしたか?」

 

そよ「そのハロハピのSNSアカウント見つけたけど、フォロワーもいっぱいで人気らしいよ。アカウント使って朗読会も宣伝してくれるって」

 

祥子「なら当日は賑わいそうですわね!」

 

立希「そんなことより。燈はともかく、睦はこれ以上放っとくのまずくない? 昨日といい、さっきといい。明らかにいつもの睦じゃなかった」

 

祥子「そーんなこと、立希に言われるでもなく10年来の幼馴染は最初から気づいてますの」

 

そよ「学校でいつも一緒のクラスメイトもでーす♪」

 

立希「こっちは真面目に話してるんだけど。なんでそんな平気でいられるの。月ノ森組は心配じゃないの?」

 

祥子「今回は燈に任せなさいな」

立希「だからその燈は……朗読で、いっぱいいっぱいだったでしょ!!」

 

 往来で立希が声を爆発させ、そよと祥子はしょうがないな、と顔で見合わせながら立ち止まる。

 周囲の通行人から怪訝に見られるほど騒いでしまい、罰の悪い立希は深く溜息を吐き捨て黙る。

 

立希(クソッ。睦のしょぼくれた顔が頭から離れない! いつもみたいに表情筋固まらせたままふざけてりゃいいのに……なんであいつのあんな顔見せられなきゃいけない!! なんで私は何の助けにもなれてないんだよ!!)

 

祥子(まったく、そんなにカッカして。立希こそ睦が心配で心配で仕方ないんですから。……まぁ、立希がそうやって曝け出してくれるから、私も見かけ上落ち着いていられるのでしょうが)

 

そよ(分かりやすいたきちゃんもだけど、幼馴染のさきちゃんも内心穏やかじゃないよね。今回はこっちの2人をフォローする役回りかな)

 

そよ「さっきのともりちゃん、見たでしょ? 昨日みたいに流されたんじゃなくて、ちゃんと自分の意思で朗読会に臨んだじゃない」

 

立希「……やるときはやる燈の朗読が、睦の助けになるって言いたいんでしょ。それはいいけど、今あいつから話聞こうとしなくていいわけ?」

 

祥子「ならどうして立希は自分で話を聞きに行かないんですの?」

 

立希「それは……」

 

そよ「分かってるんでしょ? むつみちゃんは昨日みたいに相手のためを装って何かさせようとしたことなかった。さっきみたいに意思を聞く前に決めつけて話を断ろうとしたこともなかった」

 

祥子「そこまで睦にさせる何かは、簡単に踏み込んでいい領域ではありませんわ。……例え、ずっと一緒だった幼馴染でさえも」

 

立希(祥子……そんな複雑な顔するってことは、本当はお前だって話を聞きたいんじゃないの……?)

 

そよ「だからたきちゃんは、私たちを動かせようとしたんじゃないの? 1人じゃ踏み込めないから、仲間が欲しかったんでしょ?」

 

立希「……じゃあどうすればいいんだよ……」

 

祥子「なんとなくですが。今の睦を救う鍵は、あの詩だと思うのです。睦がそれを燈に望み、燈がそれに臨むと覚悟したなら。私達はせめて見守りましょう? 何かあった時、いつでも助けるためにも」

 

立希「………………分かったよ…………」

 

 

 

 

 

 それぞれがぞれぞれを案じながらも、日々は過ぎていく。

 燈は薫と時間を合わせて練習し、家でもボイスレコーダーを使って朗読に励んでいた。

 それを数日繰り返していると、あっという間に朗読会当日を迎えたのだった。

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