CRYCHIC交響曲   作:りょーへい

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6番 朗読会開始。一歩、踏み出す

 

 

 睦side

 

 瀬田さんが所属するバンド、ハロハピのSNS宣伝もあってかいくらか見物人も集まった中。

 薄頼先輩が部長らしく開会の挨拶をして、いよいよ朗読会は始まった。

 放送部の人が持ってきてくれたブルーシートを広げ、CRYCHIC5人は見物客に混じって体育座りする。

 そして早速、挨拶を務めた薄頼先輩、整井先輩の順で朗読が行われた。

 2人とも京都府の朗読コンテスト決勝に残った実績に見合う、素人が聞いても上手いと思う読みだったけど。

 薄頼先輩の夢十夜は明治時代、そして整井先輩の更科日記はさらに古い平安時代の作品。

 古風な文芸作品に親しみのない私には、上手い以上の感想は持てなかった。

 ——だからこそ、現代小説を扱った春山さんの朗読が刺さりやすかったのかもしれない。

 

花奈「——『アンタさ、本当は私に勝ちたいんでしょ』」

 

 黒ずんだ感情を煮詰めたような声が、明るくて人懐っこい春山さんから出たものだと認識するのに数瞬要した。それは、誰かから言われたセリフがぐちゃぐちゃな心境の中リフレインした声だったらしい。

 それを表現するかのように若干声色は変わり、胸の内を曝け出す聲に私は引き込まれていく。

 

花奈「私は唇を噛みしめ、ぎゅっと目を瞑った」

 

 何かを堪えるように諦めてきた『私』が自然と頭に描かれる。

 けれどその『私』の声は、徐々に変わっていく。

 逃避していた自分を認め、弱さを認め、そんな自分が誰かの負担になっていたことを認めて。それまで見ないフリをしてきたものと向き合おうする『私』は、確かに変わりたがっていた。

 でもおかしなことに。その変化のきっかけを、春山さん自身に関わる人として思い浮かべてしまう。

 作中での『私』の話なのに、読み手の実体験が投影されてるような。

 まるで春山さんと変わっていく『私』がシンクロしてるみたいに聴こえていた。

 そして1段落読み終わった聲は、すぅっと息を吸った。

 

花奈「『でも、伝えようとしなきゃ、なんにも始まらないんだよ』」

 

 絶妙な間を置かれて凛と響く聲。『私』のお気に入りらしいこのセリフが、朗読全体を通して1番立てられてる部分だと、心で理解する。作品のテーマみたいなセリフが強調され、自然と胸に沁み込んでくる。

 人が人として生きる上で、誰にとっても大事なこと。

 だからこのセリフに痛みを覚える。

 私は、燈にちゃんと伝えようとしただろうか。

 

花奈「自分の自尊心だけが大切で、傷つくことが怖くて。そのせいで大切なものを見失う」

 

 どこまでも今の私を言ってるような読みに耳まで痛くなってきてつい歯噛みしてしまう。体育座りしてる格好の私は、聲が止んでも腕に爪を食い込ませて内なる痛みを相殺していた。

 だから周りから拍手が起こったおかげで我に返り、慌ててみんなに追従する。

 でも私の左隣から拍手が聞こえなかったから、気になって伺う。

 その先で燈の打ちひしがれたような青ざめた顔を目にして、頭に警鐘が鳴り響いた。

 完全に放心している様子から、私より深刻に呑まれてることを察する。

 次が燈の出番、というのも作用してそう。このまま行かせたら絶対碌なことにならない。

 そう思った私はすぐ立ち上がってブルーシートから出る。進行役の人(確か、夏江さんという不愛想な人)に事情を説明して少し時間を置いてもらうよう頼んだ。

 

 

 

 

 

 人が密集している空間から燈を連れ出し、人気のない遊具辺りに座らせた。

 これで少しは落ち着かせれるといいんだけど。

 

睦「……燈。温かいお茶、一口でいいから飲んだ方がいい。……きっと、気分が和らぐから」

 

燈「ごめん、睦ちゃん……頑張るって言ったのに、頑張りたいのに……。花奈ちゃんの読みが、色々凄くて、次は私が読むんだと思うと……あそこで声を出すのが、怖い……」

 

 燈がペットボトルを一口煽って、下ろす。

 良かった。燈が、素直に内心を吐露してくれて。

 燈の支えになりたかった私は、こんな些細なことでホッとしてしまう。そんな場合じゃないのに。

 でも、今の私なら燈の心に寄り添える。だって、彼女を恐れる気持ちはよく分かるから。

 

睦「……確かに、凄かった。春山さんの読みは、自然と頭にイメージが流れて、引き込まれる読みだった。私も……痛かった。特に最後の文が」

 

燈「睦ちゃんも……?」

 

睦「……やっぱり、燈も痛かったんだ。凄いよね、きっと元の作品も良いんだろうけど、声だけでここまで心に突き刺してくるなんて。まるで燈みたい」

 

燈「えっ?」

 

 燈が目を見開いて私を見る。その不安そうな目はきっと素直に受け取ってない。無理もないか、本当に思ってる事とはいえ強引な流れの自覚はある。

 それでも伝えたかった。だって……。

 

睦(……さっき聞いたセリフにもう影響されるなんて、私ってこんなチョロかったかな……?)

 

睦「……燈は自分で書いた詩を歌って、それが私達CRYCHICの、ライブに来たお客さんの、たくさんの人の心に突き刺さってた。それは誰にでもできることじゃない。今の春山さんくらい、凄いことだよ」

 

燈「そ、それはみんなの演奏があったからで……」

 

睦「……それもあるかもしれない。でも結局バンドなんてボーカルが物を言うよ。燈の叫びが人の心に届くものだから、認められてきた。燈の声は、ちゃんと伝わるものなんだよ」

 

燈「……自信、ない……」

 

睦「それでいいよ。春山さんみたいに凄い読みができる自信なんて無くていい」

 

 ペットボトルを心細そうにかかえる両手へ、私は手を伸ばしてそっと包み込む。

 伝われ。凄くなくても私が、私達CRYCHICが味方だって想い。人肌に溶けて、燈の冷たい手を温めろ、と念じて優しく握る。

 それから私は、不自然なくらい明るくはっちゃけテンションな幼馴染をイメージして声真似した。

 

睦「……『上手く歌おうとしなくていいですわ。自分の思いが伝われば、それでいいんですの!』……なんてね。ライブのとき祥がよく言ってる通りで、きっと大丈夫だよ」

 

 和ませるために若干オーバーな表現をしたけど、燈の反応的に悪くなかったみたい。

 

燈「……ふふっ。なんか、似てた」

 

睦「……伊達に10年幼馴染やってない」

 

 笑ってくれた燈に私も頬を緩ませる。

 少しは元気になってくれたかな。

 

花奈「あのっ、燈ちゃん!」

 

燈「あっ……花奈ちゃん……」

 

 春山さんと、その後ろからCRYCHICの3人が近づいて来た。そよのなんとなく気疲れした表情と春山さんのタイミングから、燈が大丈夫になるまで彼女を引き止めてくれたのかもしれない。

 

花奈「えっと、燈ちゃんの番だけど時間置いてるって聞いて……。人前で初めて朗読するんだもん、緊張するよね?」

 

燈「そ……そうだね。それも、あったかな……」

 

花奈「それも?」

 

睦「……いや、こっちの話だから気にしないで」

 

花奈「? そっか……?」

 

 あなたの朗読で追い詰められたんですよ、とは言えないのでとにかく流そうと話題を探す。

 でも好都合なことに、向こうから話を変えてくれた。

 

花奈「そういえば、燈ちゃんはどうしてその詩を朗読の題材に選んだの?」

 

燈「えっ、えっと……この詩が朗読されてるのを、テレビで見たのがきっかけで……」

 

花奈(テレビで朗読……もしかして……ううん、訊くのはやめよう)

 

花奈「……そうなんだ。私がさっきの『青い春を数えて』を選んだのはね、好きだからなの」

 

燈「好き……?」

 

花奈「うん……」

 

 そこで春山さんは目を閉じ、スゥっと息を吸い込んだ。

 

花奈「『でも、伝えようとしなきゃ、なんにも始まらないんだよ』」

 

 あのセリフだ。痛いほど突き刺さって、でも忘れちゃいけない、人間社会の真理。

 ついさっき励ます力になった苦しみが、声と共に身体を吹き抜けていった。

 

花奈「このセリフが読みたいから、そのための原稿を作ったんだ。私は、どこまでも好きって気持ちに従って読んでる。だからね、燈ちゃんも自分の気持ちを大事にして欲しいな。例えそれがどんな気持ちでも、燈ちゃんらしさに繋がるはずだから!」

 

 その人は声を弾ませながら、暖かな春に咲く可憐な花のように笑った。

 本当に不思議な人だ。この純真さに当てられて、お気楽思考に『そうかも』なんて思わされてしまう。

 燈もそうかなと思って見ると、何かに気付いたようにハッとした顔をしていた。

 

燈(そうだ。睦ちゃんのことで頭がいっぱいだったけど、あのとき私だってちゃんと自分が感じた思いがあって……。そっか、あんな思いでも、声に出していいんだ……)

 

燈「ありがとう、花奈ちゃん。大事なことを、思い出せた……」

 

花奈「本当? 燈ちゃんの役に立ったならよかったな」

 

 何が燈の気づきに繋がったのか、私には分からなかったけど。

 ともかく燈が自信持って読めるようになったなら、なんでもいい。

 と、そこで進行役の夏江さんがすももケ丘の人たちや瀬田さんと一緒に来た。

 そして、責めるような口調で燈に訊ねてくる。

 

夏江「これ以上時間置いてると見物客帰りそうなんだけど。まだかかる?」

 

燈「ご、ごめんなさい……」

 

睦(……せっかく良い感じになってきたのに。空気読めない、というか読まない人……)

 

花奈「気にしないで燈ちゃん! 夏江さんは誰にでもキツいだけだから、怒ってるわけじゃないんだよ?」

 

夏江「春山は余計なこと言わなくていいから!」

 

 真っ赤な怒り顔で春山さんに突っかかる夏江さんとそれでもニコニコ顔な春山さんは仲良しみたい。

 どうやらウチのツンデレドラマーと似た部類らしい。そう思うとからかいたくなってくるけど、そんな場合でもないから自重しよう。

 しかし、燈に意思確認する人はまだいた。

 

吉祥寺「真面目な話、高松さんはホンマに大丈夫か? 無理なら止めといてもええで?」

 

燈「い、いえ。もう大丈夫です。それと、吉祥寺先生……」

 

 燈は腰掛けていた遊具から立て上がって、瀬田先輩の横にいる糸目の陰険顧問に近寄っていく。

 私はまだ燈にイチャモンつけてきたこの人を快く思えなかった。

 でも、当の本人は違うらしい。

 

燈「練習のとき言われたこと、今分かりました。詩に対する思い、表現したいこと。きっと、届けてみせます。薫先生にも」

 

吉祥寺「……なら、頑張ってみ」

 

薫「うん。応援しているよ、燈ちゃん」

 

 しかと頷く燈。

 さて、最後に背中を押すのは私達の役目。

 それが分かってる3人も私と燈の近くに集まって来た。

 

立希「燈。ライブでいつも良い歌してる燈ならきっと大丈夫。頑張って」

 

そよ「そのライブと違って1人に感じるかもしれないけど。私たちも見えるところにいるから、独りに思わないで? 応援してる♪」

 

祥子「さっき可愛い可愛い幼馴染に真似されたセリフをあえて贈りましょう。燈、上手く読もうとしなくていいですわ。自分の思いが伝われば、それでいいんですの!」

 

燈「ありがとう、3人とも…………ふふっ……」

 

祥子「な、何で笑うんですの!?」

 

燈「ご、ごめん祥ちゃん。さっきの睦ちゃんの真似を思い出しちゃって……ふふっ……」

 

祥子「む~つ~み~! 貴女の悪ふざけのおかげで私の名言が台無しですわ!」

 

睦「……いやぁ、それほどでも……」

 

祥子「どこを誉め言葉と受け取れたんですの!」

 

立希「はぁ……緊張感ゼロなんだけど」

 

そよ「きっとこれくらいがいいよ」

 

 そよの言う通り。いつものCRYCHICらしい雰囲気に、燈もリラックスして臨めるはず。

 最後に私が片手を上げながら、燈を送り出す。

 

睦「……燈が読みたいように読んで。後悔を残さないように」

 

燈「うん。見ててね、睦ちゃん」

 

 燈は私達4人とハイタッチを交わした後、読み位置に向かって行った。

 

 

 

 燈side

 

 原稿を手に取って読み位置に向かう。その間、テレビで詩の朗読を聴いたときのことを思い出していた。

 あのときは詩の世界を深く描写する朗読に引き込まれていたけど、詩自体にだって感じ入るものがあった。

 

 『自分にはこれしかない』。みんなとズレていた私は思いを書き殴ることで自分をひっそり慰めてきた。

 でもそれを祥ちゃんに認めてもらって、初めて自分で認められる何かを得た。

 私には詩を書くことしかできなかった。それがあったから、CRYCHICに出会って、今生きていられる。

 そんな生命線も言える私の大切な部分に、あの詩がナイフのように突き刺さったんだ。

 

 睦ちゃんに勧められるまま練習してた私は今までそれを見失っていたけど。薫先生や吉祥寺先生、そして花奈ちゃんの言葉があったから、それが一番大切なものだったことに気付けた。

 そして、気づいたことと言えばもう1つある。

 

 あのとき睦ちゃんも、同じだったんじゃないだろうか。なんとなく、あの詩が私以外に刺さるとしたら、睦ちゃんが思い浮かぶから。

 だから私に読ませようとしたんじゃないのか。私たちが同じだと、信じたかったから。

 もしそうだとしたら。やっと睦ちゃんに追いついた。ギリギリになっちゃったけど、本当の意味で睦ちゃんに応えられる。

 

 目指すべきゴールをはっきり捉えたような心境で読み位置につき、お客さんの方へ顔を向けた。

 CRYCHICのみんながいないと思ったら、ブルーシートから少し離れて奥に立っていた。私がちょうど真っすぐ向いた先で応援してくれているんだ。その中でも睦ちゃんの心配そうな顔が目立つ。安心してもらえるよう笑顔を返した。

 その近くには花奈ちゃんもいた。彼女を見ると、自然とあのセリフが頭に再生される。

 

『でも、伝えようとしなききゃ、なんにも始まらないんだよ』

 

 今が、そのときなんだ。あの詩を聞いたとき思ったこと。この詩の朗読を練習する過程で思ったこと。聴いてくれる人みんなに伝わる自信はないけれど、せめてたった1人には伝えたい。ずっと私を想ってくれた親友1人には、この叫びを届けたい。

 

 ステージで台本を構えるという、ライブじゃ絶対しないことに違和感が過る。

 いつも自分の心から湧き出た思いをぶつけていた。

 ステージで誰かの言葉を叫ぶのは初めてだ。それでも構わない、伝えなくちゃいけないんだ。

 この聲に、意味をくれたあの人へ。

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