湧き上がる拍手の中オドオドとお辞儀する燈に、はしゃぐように駆けつけた薄頼先輩が燈に肩を組んだ。
瑞希「燈すっげぇな! 最後のって自分で考えた詩だろ!? 練習で読んでなかったってことは、今考えたのか?」
燈「は、はい……考えたっていうか、想ったことを、そのまま……」
瑞希「さっすが普段から詩を書いてるだけあるな~! バンドでも歌詞担当してるんだろ? 聞いてみたいな!」
燈「えっと……今日もこの後、ライブするので……よかったら……」
そよ(あのともりちゃんがライブの宣伝してるよ! 一番そういうのが苦手なあのともりちゃんが!)
立希(あぁ、バンドマンらしい燈……朗読と同じくらい感動した!)
睦(……それは流石に言い過ぎ。超感動ものだった朗読を貶してるから)
祥子(というか、宣伝というより遊びにでも誘うかのような気軽さに感じましたが……)
3人とコソコソ話しながら、私は早く燈の元に駆けつけて話したいな、と思っていたら。
見物客側にいた、すももケ丘の男の子によって、本当に宣伝の場になろうとしていた。
「どうせライブの宣伝するなら何か歌ってよ。作詞担当ってことは、ボーカルだろ?」
燈「えっ……演奏なしは、ちょっと……」
夏江「冬賀、アンタね……アカペラは流石に無茶ぶりって分かるでしょ」
冬賀「あ、アコギなら持ってきてるけど」
そう言ってどこかに置いてあるらしいギターを取りに行った自由人冬賀氏。
彼の中では燈が歌うのは決定事項らしい。
……他の楽器ならお手上げだったし、なぜ京都からアコースティックギターなんてかさばるものを持ってきてるのか心底謎だったけど。
これ以上なく私向きの展開だった。
私は隣の3人がどう介入するか相談してる中、1人で燈の元に向かう。
瑞希「ってことらしいけど、弾き語りできるか?」
燈「い、いえ……私、楽器弾けないので……」
睦「……燈。私が弾くから。もしよかったら、1曲歌って」
燈「睦、ちゃん?」
燈の横に並び、本当に持ってきていたアコギとピックを受け取りつつストラップを肩にかける。
きょとんとしてる燈に、笑いかけながら提案した。
睦「……ほら、今日ライブでカバーする曲あったでしょ? あれなんて、今にぴったりだから」
燈「……うん、そうだね。睦ちゃんが一緒に弾いてくれるなら、いいよ」
瑞希「おっ、マジでライブしてくれるらしいぜ! みんな拍手~!」
パチパチと送られる拍手の中で、私はお客さんの方へ向く燈の反対側に回る。
「……今回はアコギだから、いつもと違って自由に位置取れる。だから……」
自分の背中を燈にぴったりくっつけて、もたれかかった。
「……燈とこうしてくっついて弾きたい」
「そっか。ならこれでやろう。私たち2人だけのライブ」
「……うん」
燈と背中合わせになり、その温度と重みと存在を感じて、ようやく居心地ついたようにほっと息を吐き出した。
右手で燈の手を探り、手を重ねる。燈も優しく握ってくれた。
「……やっと、私の1番自信持てるもので燈を支えられる」
「私はずっと、睦ちゃんに支えてもらってたよ?」
「……やっぱり私は、ギター握ってこそだから。私には、ギターしかないから」
「私も、詩を書くことしかなかった。だから今回の朗読だって、1人だったらここまで頑張れなかった。ずっと支えてくれる睦ちゃんに頼って、ずっと一緒に読んでるつもりだったんだよ?」
「……燈……」
「せっかくだから、最後まで支えてくれる?」
「……任せて。今の私達、きっと無敵だから。どんな叫びにも一瞬で合わせるよ」
「うん。どこまでも信じてるね、睦ちゃん」
「……いつでもいいよ、燈」
繋がっていた燈の手が離れて行った。
私は目を閉じ耳と背中から伝わる感覚だけを研ぎ澄ませてピックを構えた。
前より活舌の良くなったボーカルによるアカペラから始まった。
物語を読み聞かせるような、没入感のある声が静寂に響く。
1段落ついたところで生まれた空白に、私はそっと弦を揺らした。
響きが加わったことを喜ぶように、声が温もった気がした。
呟くような燈の問いかけに、私は子気味良くも柔らかいアルペジオで付き合う。
Bメロに入るところでコードストロークを疾走させた。傍をついてくるボーカルは共鳴して、しっとりした歌声が高まる。
背中から伝わる熱が、脈動が、息遣いが。燈がどう歌うつもりなのか瞬間瞬間教えてくれる。燈にも私の高まりは伝わっているのだろうか。いや、分かり合えてるに決まってる。
見えなくても、燈が気持ちよさそうに空へ歌ってる顔が目に浮かぶから。私と同じ顔をしてるって信じて疑えなかった。ずっとこのまま燈と歩んでいたかった。
だから。Bメロを歌い終わったところで燈が離れていったことにどうしようもなく戸惑った。不安に駆られてサビ直前のところで演奏を止めてしまう。
私の真横に3歩分遠ざかった燈は、こちらに向き直って叫んだ。
「誰かの言葉でも構わない 伝えたいんだ
この聲に 意味をくれたあなたへ」
どこまでも私に想いを届けてくれる大切な親友に、私はくしゃっと笑った勢いで激しく弦を掻きむしった。
はしゃぎ回るバッキングに乗って歌声が走り出す。楽しそうに駆け出した私達は、誰も手の届かない場所まで舞い上がる。
やがて最後のフレーズに辿り着いた。燈が手を差し伸べる。打ち合わせしなくても、背中合わせじゃなくても。
私達は息ぴったりだった。燈の声が先行する。
「この声を」
「想いを」
『僕ら』
燈の代わりに想いを歌い、僕らはハモる。元と歌詞を変えたのに、食い違いは1文字だって無かった。
最後の最後、私はダウンストロークした手をそのまま前に伸ばす。無音の中、私達の在り方を象徴した。
『信じてる』
こうして、私達は朗朗と歌い切った。
湧き上がる拍手も気に留めず、私たちはどちらからともなく駆け出し、抱きしめ合う。
お互いの気持ちがどこまでも同じで、通じ合っていて、絶対的に信じ合えることを。
お互いが大切で大好きなことを、シンプルに言葉で確かめ合えた。触れ合っていないと、嘘だった。
睦「……燈……本当にありがとう。燈と出会えてよかった、燈と一緒に生きれて、よかった……」
燈「私も。大好きだよ、睦ちゃん。だから、これからも傍にいてね」
抱きしめる腕にギュッと力を込めて肯定を返す。
言葉さえ蛇足な、この満たされた2人の世界に。
お嬢様言葉がやかましく近づいてきて、割って入って来た。後ろからはやれやれと残りの2人がついている。
祥子「ちょっと2人とも〜! ジーンと来るライブだったのは認めますけど、流石に2人の主張が強すぎですわ! CRYCHICは5人でCRYCHICでしょう!?」
そよ「それはそうだけど、こんなときぐらい空気読もうよ……」
立希「でも祥子の言う事も一理ある。今のライブでお客さんには2人ありきに思われでもおかしくない」
そよ「ちなみに口をへの字にしてるたきちゃんは、ともりちゃんとむつみちゃんのどっちに妬いてるの?」
立希「そもそも妬いてないんだけど!?」
瑞希「え~、こんな感じで仲良しバンドグループ、CRYCHICは今日ライブするらしいです! 5人揃ったらさっきの2.5倍は凄いかも? みなさんよかったらあたしたちと一緒に見に行きましょう! 吉祥寺が奢ってくれるから!」
顧問「薄頼……顧問の先生を財布代わりにするんやない」
オチもついたところで温かな笑いの中もう一度拍手が巻き起こる。
ライブの熱に浮かされた私と燈は顔を見合わせて、3人を抱き寄せた。
祥の言う通り、何と言っても私達は5人揃ってCRYCHICだから。
2人で始まった朗読会も、5人で終わりを迎えたかった。
密集してちょっと熱いくらいの私達に、強い風が吹き抜ける。その勢いは公園を彩っていた桃色が飛び散るくらいだった。
桜が流され、舞い上がっていく。終わりと始まりの季節を象徴する散華。明日からは新年度だ。
私達はこれ以上なく良い節目を迎えられたことに、肩を寄せ合い笑顔で祝福し合った。