後日。そよの家に一度集合したCRYCHICは、これから花見をするために台所で重箱の準備をしていた。
今日向かう先が以前朗読会をした公園だからか、作業中の話題は自然とその時の話になっていた。
祥子「やっぱりあのときの燈の朗読、素晴らしかったですわ! あれっきりなのも勿体ないですし、どこかで朗読の機会を作りたいですわね!」
立希「祥子はいっつも禄なこと言い出さないけど、今回ばかりは同意」
睦「……何から何まで右に同意」
祥子「はいはい、すっかり2人の調子を取り戻して結構でございますわね!」
重箱を台所に分けながら口を尖らせる祥子の顔はどこか緩んでいた。
同じ安堵を覚えていたそよが、仕方ないなという顔で祥子に寄り添う。
そよ「もう、拗ねないで、さきちゃん。そうだ、ライブでだったらポエトリーリーティングなんて形もあるよね!」
祥子「それですわそよ! 私の誕生日を思い出しますわね……。あ~~~! 次のライブが待ち遠しいですわ~~~!」
燈「うん。歌も、詩も。今なら前より、少しだけ楽しみかも」
そよ「珍しいね。ともりちゃんがライブにそこまで意欲的なんて」
いつもより前向きそうと言われて照れるようにはにかんだ燈は、料理品を台所に並べながら朗読会の日に教わったことを話す。
燈「あのね、そよちゃん。朗読のイントネーションって、一文字一文字音程が決まってるんだって。花奈ちゃんが、原稿を読むときの音を楽譜みたいに覚えるのも良いって教えてくれたんだ。これって、歌にも生かせそうだなって」
祥子「なるほど。朗読とはそんなにも音楽に関わりがあるんですのね……」
燈「朗読は音程を把握する耳も大事だから、音楽をやって耳を鍛えていた人は向いてるんだって。これは……ギター持ってた男の人が言ってた」
立希「へー。祥子じゃないけど、なんか一気に朗読が身近なものに感じてきたかも」
そよ「そんなこと言ってたら、さきちゃんが『私達もやってみましょう!』とか言い出しちゃうよ?」
祥子「ちょっと! 最近私の声真似が流行ってませんこと!?」
睦「……でも燈、楽しそうに朗読のこと話すね」
燈「うん。あれからも詩を書いたら言葉のアクセントとか調べるようになったり、朗読するならどこを立てよう、どう間を置いて、イントネーションはどうなるかなって考えるようになったんだ。そしたらね、なんだか前より詩のことを広い目線で捉えられるようになった、気がする……。ちょっと、面白いかなって思えてるんだ」
そよ「凄いね、ともりちゃん……。今回のことで成長してるみたい……」
重箱に料理した品を詰めていくそよの声と表情に、ほんの少し憂いが滲んでいたことには誰も気づいていなかった。
立希「いつか本当に詩人になって有名になってたりしてね。あの吉祥寺って糸目の顧問が言ってた通りに」
それは朗読会の日、別れ際に吉祥寺から燈に話したことだった。
『練習のときは厳しいことも言ったかもしれんけど。本番は宣言した通り、君自身の思いが乗った良い読みやった。まだまだ技術不足やけど、このまま磨き続ければ自分で書いた詩を読んで多くの人を感動させる、美しい詩人になれるかもなぁ』
燈「そ、そこまでは自信ないけど……。詩人、っていう生き方に興味は持った、かな。なんだか、なりたい自分の候補が1つ見つかった、かも」
祥子「それは素晴らしいことですわ、燈。仲間として、友人として、私達もずっと応援しています」
燈「ありがと、祥ちゃん。それに……睦ちゃんには、一番ありがとう。睦ちゃんのおかげで今の私があるから。睦ちゃんに朗読勧めてもらって、本当に良かった」
睦「……燈……。私こそ、本当にありがとう。朗読も、歌も、それ以外も。私がどんなときだって傍で支えるから」
万感の思いと共に笑みを交わし合う2人の空気に、完成した箱を重ねていく立希が茶々を入れるようにぼやく。
立希「ケッ。睦より私の方が支えるし。今回みたいに危なっかしい睦には任せられない」
そよ「たきちゃん、終わったことを蒸し返さないの」
睦「いいよ、そよ。燈に対してが一番だけど……心配、ていうか迷惑かけてごめん、みんな」
睦が笑顔から一転して神妙になったことで雰囲気まで雲がかった。思わず全員の手が止まる。
そんなつもりのなかった立希は睦の表情を見て、気が動転し慌てまくる。
立希「い、いや迷惑ってほどじゃないし今のだって軽口のつもりっていうか……あ、謝んなくったっていいでしょ!」
祥子「焦り過ぎて妙な逆切れしてますわよ?」
真剣な話をしてるつもりだったのにイマイチ締まらない空気に、睦は苦笑いする。
けどいい機会だからと、あの日の誓いを翻さないよう、退路を断ちにいった。
睦「いつか……。いつか、きっと、その……」
睦はギュッと拳を握る。
いつか自分の異常性を打ち明けるという、その宣言だけでもまだ重く大きくて、胸につっかえて喉を塞いでしまう。
燈「大丈夫だよ、睦ちゃん。言いづらかったら、無理しなくて大丈夫。私たちはずっと一緒だから、焦らなくったって、いいよ。みんな、いつだって聞くから」
燈が睦の手をそっと包む。睦は朗読直前で交わしたやり取りを
睦「……いつか、話すから。待ってて」
燈「うん!」
立希「……ふぅ(丸く収まってくれてよかった~!)」
睦「……立希も、ずっと気に掛けてくれて、ありがと。すっごく心配してたでしょ?」
立希「は? 全然してなかったけど? 決めつけやめてくれない?(澄まし顔)」
祥子「嘘おっしゃい」
そよ「あのときのたきちゃん、動画に撮っておけばよかったな~♪」
立希「ううう、嘘じゃないし! そよは妙なこと口走んな!」
睦「……今思うと立希のウザ絡みは心配の裏返しだった。逆の立場ならきっと私もそうしたと思うから」
立希「そ、そんな絡み方してない、はずだけど……」
そよ「むつみちゃんに構ってほしくて仕方ない絡み方してたよ?」
立希「ダウト! 私がそんな構ってちゃんなはずないから! 完ッッッ全にダウト!」
祥子「顔まで真っ赤にして、必死になんですから」
睦「……祥も、ごめん。ずっと一緒だった幼馴染に隠し事されて、嫌だったよね。そよも見守っててくれて、ありがとう」
祥子「……みんなと一緒に、信じて待ってますわ。もう、私達は2人っきりじゃないんですから」
そよ「うん! むつみちゃんが元気になってくれたなら、何でもいいんだよ♪」
作業を再開させていた5人は重箱を完成させ、最後にそよが風呂敷で包んだ。
燈「それじゃ、お弁当も準備もできたことだし、みんなでもっと元気になりに行こう?」
祥子「えぇ! いざCRYCHIC春の恒例行事、花見へと参りましょう!」
睦「……今日でまだ2回目なのに恒例とは……?」
立希「ていうか祥子、花見好き過ぎじゃない? 『朗読会の打ち上げですわ~!』とか言いながら、去年みたいに何日も前から熱心だったし」
祥子「日本が誇る美しい風景を鑑賞する、季節行事で最も美しい風習が嫌いな日本人がいまして!? あとついに立希まで声真似ブームに乗っかって~!」
ダンダンと地団駄を踏む祥子にそよが苦笑いで窘めつつ味方する。
そよ「埃が飛ぶから台所で暴れないの。まぁ春といえば花見ってくらいだしね。明日から2年生だし、景気づけには悪くないんじゃない?」
燈「うん。1年生のことを振り返るのも、良さそう」
祥子「つまりですね! 桜を見ながら語り合う話題は尽きないということですわ! さぁさぁ、みんな急ぎましょう! 早く行かないと桜が散ってしまいますわ~!」
祥子は重箱を抱えてスキップしながら玄関に向かっていった。
そよ「さきちゃん、楽しみなのは分かったからスキップしないで! 重箱の中がぐちゃぐちゃになっちゃうでしょ!」
立希「ていうか満開時期になったばっかで散ってたまるか! どんな暴風だよ……」
睦「……まぁまぁ。みんなで用意した料理も待ってることだし。行こう、立希」
立希「はいはい、睦もなんだかんだ楽しみなわけね。……しょ~がないな~⤴」
燈「ふふっ、立希ちゃん、睦ちゃんに手引っ張られて嬉しそう」
そよ「たきちゃんはむつみちゃんに寄って来られるが大好きだからね。さ、私たちも行こう? ともりちゃん♪」
燈「うん! 一緒に行こう、そよちゃん!」
2人二組で手を繋いで外に出た4人を、待っていた祥子が『仲間外れは許しませんわ~!』と喚いて抱きつく。
わちゃわちゃな雰囲気で、5人は桜咲き誇る公園を目指して行ったのだった。
【ちなみに】
燈「この前薫先生にお礼の連絡したら、今度は一緒にバンドしよう、って言ってもらった」
祥子「それはいいですね! ハロハピの方々がどんな演奏するのか、興味ありますわ!」
睦「……そういえば。私もパスパレの千聖さんにお礼の連絡したんだけど……」
立希「えっ、なんで浮かない表情してんの、睦?」
睦「『ふふっ、お礼なんていいのよ。言ったでしょう? これは睦ちゃんへの『貸し』だって』」
そよ「……って言われたの?」
睦「……(コクン)」
睦の憂鬱気味な表情の理由を察した燈以外の3人も、似たような表情へと変わっていった。
そよ、祥子、立希(あの人に貸し作るの、なんか怖いなぁ。どんな風に取り立ててくるんだろう……)
※千聖の貸しは、必ず回収させます※