燈side
私たちが目指している高屋神社の本宮は、標高400mに及ぶ稲荷山の頂上にある。
下宮から頂上までの道のりは1500m、時間にしておよそ50分程度と聞いていたのだったけど。
山道を登り切った後、最後に長い長い石階段が待ち構えているのは知らなかった。
上っても上っても終わりが見えない、無限に思える石段に四苦八苦しながら。
私は疲れからか、霧がかったように鈍い頭で考え事をしていた。
『みんな変わったのに、私だけ何も変わってない、って思って……』
『何となくみんなを見てると、このままじゃ嫌かなって思っただけだから』
先日こんな疑念を抱いたときは、色々はっきりしていなかった。
みんながどうやって変われたのか、その変化がどういうものなのか。
それに比べて自分はどう違うのか、何を良くないと思ったのか。
でも、この登山中のみんなの会話がヒントになってくれた。
睦ちゃんは出会った春の頃と違って、自分の意思でCRYCHICのギターをやっている。
立希ちゃんは夏の合宿で、慣れないのに自分から馴染もうと歩み寄った。
そよちゃんは秋を経て、悩みがあれば今度は自分から話すと言った。
みんなは自分から動いて、意思を持って変わったんだ。
きっと引っかかってたのはそこだった。
みんなと違って受け身なまま変わらない自分が嫌だったんだ。
私はさきちゃんに引っ張られるようにCRYCHICへ入った。
作詞もボーカルも言われるがまま担当してて、今もみんなについていこうと必死なだけで、何か変わったわけじゃない。
これまでの活動には、私の意思が欠けていた。言われたからやってるなんて受動的な姿勢。
胸張ってみんなの仲間と言い張るためには、それじゃダメだと思う。
私自身の理由で、自分から動けるようにならないと。変わっていくみんなと対等とは思えない。
(……でも。私ってどう変わりたいんだろう。やりたいこと、なりたい私が無いから、ただついていくだけだったんじゃないのかな?)
音楽を始めとして、好ましい方へ思うままに突き進む祥ちゃんが羨ましかった。
誰の顔色も伺わず、誰にも屈せずはっきり物を言う立希ちゃんが羨ましかった。
誰にでも優しく、いつだってみんなの支えになってるそよちゃんが羨ましかった。
最初は自分と同じ、意思を感じなかったのに。夏に宣言した通り意思を持った人間に変わった睦ちゃんが羨ましかった。
みんなを羨ましがるだけで、私は何も変わらなかった。
こうなりたいというビジョンすら無かったから。
動き出す理由も目的もなくて、1歩も踏み出すことが無かった。
このままじゃダメなのは分かってるつもり。
でも、どうすべきか思いつかない。どこに向かえばいいのか分からない。
まるで行く当てを見失った迷子みたいだった。
薄暗い霧の中を彷徨うように、答えが見つかる気がしなかったけど。
何百段という長さの石階段を超えた先で、山頂の本宮にようやく辿り着いたとき。
踏破と同時に昇った日の光で、私の視界は晴れ渡る。
鮮明になった視界では、澄み渡るような空と海の青が白銀の朝で煌めいて、胸を打つ爽やかさがあった。
その衝撃に疲弊していた脳までクリアになり、1つの答えを見出しそうだった。
祥子「着きましたわ! ここが天空の鳥居……! 見てくださいまし、綺麗な日の出が目の高さにありますわ! まさに雲の上にいるようです!」
そよ「ホントだね〜! 日の出もだけど、街だけじゃなくて海まで一望できるなんて壮大だね〜!」
立希「なるほどな。水平線まで見渡せるなんて、天空の鳥居って名前でテレビに取り上げられるわけだ」
睦「……ハァ、ハァ、ハァ、ハァ……。みんな、よくあの階段上り切った後に、そんなテンションで、いられるね……」
そよ「確かに果てしなかったねー。テレビで270段くらいって言ってたっけ?」
立希「まぁもやしっ娘の睦がよく登り切ったよ。お疲れ」
睦「……ハァ、ハァ……。疲れた体に、立希のデレが、沁みますなぁ」
立希「人がせっかく褒めてやってるのにデレとか茶化すな」
盛り上がる仲間達の後ろで、燈は言葉なく山頂からの景色に目を奪われていた。
海の向こう側から燦然と輝く朝日が眩しい。
そうだ、今年最初の日の出だ。
新しい1年の始まりを何よりも象徴してる、スタートを切るにはこれ以上ない機会。
(今までだって、やりたいこと、なりたい自分なんて分からなかった。分からないからって1歩も踏み出さなかったら、私一生このままだ……)
踏み出したところで何かが変わるわけじゃないことぐらい分かってる。
それでもこの日の出を前に、今照らし出された思いを誓いたい。
例えそれが勢いだけの行動でしかなかったとしても、なりたい自分を探してる途中でも。
受け身なだけの自分から変わりたい、という思いは間違ってないのだから。
迷って立ち止まるくらいなら。中途半端でもこの答えを
日の出から視線を手前に戻すと、御来光に照らされ眩い友達が目に焼き付けられる。
私が頑張れる理由にして、かけがえのない居場所。
みんながいたから作詞も歌も頑張れた。他の色んなことも、この登山だってそうだった。
でもそこにしがみつくだけの私はもうやめる。
これからは自分の足で、みんなと進んでいくんだ。
庇護されてばかりではなく、時には私が守ってあげれるような。
そんな対等な関係を築ける自分になりたい。
そんな自信を持てるようになりたいから。
私は先にいるみんなを追い越して、崖際まで寄る。
この朝日はCRYCHICの新しい思い出に刻まれるだろう。
そんな大切な光景に向かって、私は大声で叫んだ。
燈「私はー!
祥子「……懐かしいですわ。私に、私たちに初めて見せてくれた、燈の叫びでしたわね」
燈「うん。でも今のは、その時と意味が違うんだ。言われるままに流されて、自分から行動を起こさない、ただの子どもな自分から、変わりたい」
みんなに聞こえるように、自分の胸に刻み込むように。
はっきりと、地平線から昇る太陽の輝きに負けないように宣言する。
燈「私、流されてばかりで努力が足りなかった。だからまずはそこから変わるよ。いつかなりたい自分を見つけて、そこに届くためにも。もし、新しいことを始めたら、上手くできるよう努力するよ。歌も作詞だって、もっとよくなるように自分で努力してみる。そうやって、受け身がちな私から、変わっていくよ」
努力は人に言われたり、流されてやるものではない。
自分の意思で、自分から始めるもの。
私がしてこなかったもの。私が変わるためにすべきこと。
努力できる人間になれば、いつかなりたい自分を見つけたときにだって活かせるだろう。
その努力が失敗したり目標を見失うこともあるかもしれない。
でも私には温かく迎い入れてくれる、家族のような仲間がいるから大丈夫。
失敗しても、挫けても、きっと何度でも挑戦できる。
だからみんなとの新たな思い出となる大事な光景に向かって誓えるんだ。
これが私の、変わっていくための1歩目なんだって。みんなにも覚えててもらいたいから。
祥子「……立派ですわ、燈。貴女の意思を尊重して、応援します」
そよ「うん! なんだかともりちゃんらしい答えかも!」
立希「その努力をするときは言ってよ。なんでも手伝うから」
睦「……ハァ、ハァ……今、なんでもって……」
立希「おいお嬢様、荒い息で余計いかがわしくなってるから。空気読め」
祥子「——さて、諸々めてだく
燈「……うん! 祥ちゃん、みんなも。明けましておめでとう、これからもよろしく!」
4人「明けましておめでとう。こちらこそよろしく!」
きっと私が悩みを晴らすときまで待ってただろう挨拶を、ようやく交わした後。
私はもう一度朝日へ向いて叫んだ。
最後にこの気持ちだけは、思いっきり口に出しておきたかった。
燈「私はー! CRYCHICが、大好きー!」
祥子「私もですわー! CRYCHICを結成して、本当に本当に良かったですわー!」
そよ「私はー! 大好きなCRYCHICを今年も、来年も、再来年も! ずっとずーっと、大切に見守りまーす♪」
睦「……登山なんて趣味に目覚めた、青春熱血バカ幼馴染の……祥の、バカー!」
立希「少しは振り回される側の気持ちも考えろー! このバカお嬢様ー!」
祥子「ちょっ!? 大声罵倒はやめてくださいまし!」
燈「そんな祥ちゃんも好きー!」
そよ「私もー! でも熱血すぎるのは勘弁かなー♪」
祥子「いつの間に私絡みの叫びになってます!? えーい、私だって……!」
それから私たちは、気が済むまで天空の鳥居から叫び合戦をした。
日が昇りどんどん明るくなる朝焼けが、そんな私たちを温かく見守ってくれてるみたいだった。
時は流れ、ある日のライブイベントにて。
燈「次の曲は、みんなで初日の出を見に行ったときのことを歌にしました。聞いてください……『