対11話 彼女の秘密が守られた世界
今日はライブの日だった。
今回も無事に成功して楽屋でCRYCHICのみんなと喜びと感動を分かち合う。
そこへ、ノックをする音が響く。
一番近くにいた私が返事しつつ扉を開くと、サングラスを外しながら女の子がニコッと笑っていた。
見に来るとはメッセージで知っていたけど、立場もあるから楽屋にまで来てくれるとは思ってなかったから驚きもあったけど。
すっかり有名になった昔馴染みの来訪を、私は笑顔で迎えた。
扉を閉めながら、まずは向こうから挨拶をしてくれる。
「祥ちゃん。ライブお疲れ様。いい演奏だったよ」
祥子「
初華「もちろん、祥ちゃんが来て良いって言ってくれる限り、駆けつけるよ」
祥子「そんな暇もないでしょうに……SUMIMIの活動に支障が出ないよう、無理はなさらないで?」
初華「心配してくれてありがとう。大丈夫だけど、気を付けておくね」
そよ「嘘! さきちゃん、SUMIMIの初華と知り合いだったの!?」
睦「……私も知らなかった」
祥子「私は夏になるとよく別荘のある島に遊びに行ってましたの。ほら、中学の頃みんなで行ったあの島ですわ。初華とはそこで出会ったんですの」
燈「そっか。お嬢様な祥ちゃんらしい出逢いだね」
立希「クラスメイトにアイドルがいることも驚いてたけど、まさかバンドメンバーと知り合いだったなんてね。ホント、三角さんには驚かされてばっかりだよ」
睦「……しれっと立希まで身近な関係だし」
そよ「世間は狭いってやつだね~」
初華「そうだね。立希ちゃんもお疲れ様、私達って結構縁があるよね」
祥子「縁と言えば! 初華は星が好きなんですの。燈ともきっと話が合いますわ!」
初華「そうなんだ。私はよくプラネタリウム見に行くけど、もしかして燈ちゃんも?」
燈「う、うん。そっか、えっと……初華ちゃん、もよく行くんだ。もしかしたら、どこかですれ違ってたかも……」
初華「ふふっ、そうだね。今度プラネタリウムで会ったら、一緒に見ようね」
燈「う、うん!」
睦「……流石アイドル。人見知りの燈とも速攻で馴染むなんて、コミュ力が半端じゃない」
そよ「うんうん、さきちゃんだけじゃなくて私たちも話盛り上がりそう! あ、立ったままも難だし、座っていく?」
お客さんである初華を気遣ってそよが仕切り直そうとする。
けど多忙な彼女にはそこまでの余裕はなかったらしい。
初華「ありがとうそよちゃん。せっかくだけど遠慮しとくよ。これからSUMIMIの仕事がまだ残ってるから」
睦「……もう夜になる時間帯だけど、今から? 人気アイドル、大変過ぎる……」
立希「見るからに引いてる顔した睦には無理そう」
初華「あはは、こういうのは慣れだよ、睦ちゃん。それじゃ、失礼するね」
祥子「せっかく来てくださったんですから。外まで送りますわ」
初華「本当!? 嬉しいな、ありがとう祥ちゃん!」
祥子「もう、そこまで喜ぶことでもないでしょう?」
大げさに声と表情を弾ませる初華に、私は苦笑い気味に返しながら楽屋を出た。
睦「……ところで。私達自己紹介してないのに、向こうは顔と名前一致してた」
燈「あ、そういえばそうかも」
そよ「さきちゃんから聞いてたんじゃない? ていうかライブでもメンバー紹介してるからおかしくはないでしょ?」
立希「それもそうか。だから、おかしくはないよな……」
そよ「うん。きっとおかしくないよ」
睦「……そうだね」
燈「?」
燈以外は違和感を覚えていた。名前を知ってたのは確かにいい。でもクラスメイトの立希はともかく、初めて接するとは思えないほどの、あの気安さは?
まるで、ずっと前から会ったこともない自分たちを初対面と思わないくらい意識していたような……。
そんな執着をされる覚えはないので、3人は気のせいだと思うことにした。
私と初華はライブハウスの外に出るまでおしゃべりをしながら歩く。
初華の、はしゃぐ心のままに駆け出しそうになるのを堪えながらゆっくり歩くちぐはぐさを可笑しく思いつつ合わせる。
そうは言ってもさほど長い距離じゃないから、あっという間に見送りの時間はやって来た。
ライブハウスの入り口付近まで来たところで、初華が立ち止まる。
初華「ここまででいいよ。送ってくれてありがとう、祥ちゃん」
祥子「こちらこそ、来てくれてありがとうございました。今日は碌に話せませんでしたけど、無理のない範囲でまた見に来てくださる?」
初華「……うん」
そこで初華の笑顔にどこか陰が差した気がした。
確かに口角が上がって目だって笑っているのだけど、さきほどまでの楽感情が押し殺されたような作り笑いに見えて、引っかかりを覚える。
初華「ねぇ祥ちゃん。祥ちゃんは今、幸せ?」
なぜそんなことをこのタイミングで、そんな顔して聞くのか。
質問に質問で返したくなるのを堪える。この話はきっと一言二言で終わる話じゃない。
これから仕事を控えてる相手に、長話するような流れにしてはいけないだろう。
またいつかの機会にでも、ゆっくり聞けばいい。
祥子「はい! 大好きなCRYCHICのみんなと一緒で、音楽が出来て! 私は幸せいっぱいですわ!」
だから相手の質問に心から答える。この幸せを少しでもお裾分けして元気になってもらるように、ライブ後の胸に湧いている幸せのまま笑顔を向けた。
そんな私の意図が通じたのか、初華はニコッと返してくれた。
初華「ならよかった! それじゃ、これからも幸せでいてね! CRYCHICのみんなによろしく!」
祥子「はい! ごきげんよう、初華」
手を振ってライブハウスの自動ドアを抜けていく昔馴染みに、私も手を振って見えなくなるまでその背中を見送った。
♢ ♢ ♢
ライブハウスを出てサングラスをかけた少女が歩道を歩いて行く。その後ろを、同じ建物から出てきた1人の男が追った。
「初華ちゃん。……いや、ここは
「……来てらしたんですね」
「今は席を外してる妻と一緒に、娘の応援にね。……元気でやってるかい? 問題はなさそう?」
「はい……。誰にもバレてなさそうなので」
「こっちもお義父さんからは何も聞いてないから、そこは安心していいはずだ」
「そうですか。お気遣い、ありがとうございます……」
「……学生をしながらの人気アイドル。それに加えて、誰にも話しちゃいけない秘密があるなんて、相当なストレスなはずだ。吐き出したいことがあれば、ここではいいんだよ?」
「いえ……。望みなら、さっき叶えてきましたから」
「そうか。一応言っておくけど、いくら歪で遠かろうが私達は家族だ。随分と年は離れてるが、私と君は兄妹……だからね。何かあったら、頼ってくれていいんだよ?」
「はい。でも……いいんです。あなたには……お義兄さんには、もう十分過ぎるほど助けて頂いてますから」
「何を言って…‥私は何もしてないじゃないか」
「何もしてない、をしてくださったじゃないですか。私という存在を知っても、問いただすことなく胸の内にしまってくださった。だからきっと今の私がいて、今の豊川家が守られて。それが一番祥ちゃんのために……なってるんだと、思ってます」
「情けないことに、妻の支えがなかったら危なかったよ。彼女がお義父さんに話をつけようとする私を止めて、一緒に抱えてくれなかったら。こうはなってなかったかもしれない。あのときの私は、今以上にこの家の恐ろしさを理解してなかったからね」
「遅ればせながら。奥様のご快復、心よりお祝い申し上げます」
「気持ちは有難く受け取るけれど、そのことよりも。……君は、本当にこのままでいいのかい? だって今の君は1人——」
「大丈夫です。……ちょっとしつこいくらいのお節介な相方が、独りにしてくれませんから」
困ったように笑う彼女は、確かに大丈夫じゃない感情も少なからず持ち合わせていたけど。
それでも無理せず笑顔で憎まれ口を叩けるだけの大丈夫も、負けないくらいあったのだった。