立希「祥子、さっきは……って……」
楽屋の扉を開け放ちながら謝ろうとした。1秒でも間を置いたら謝りづらくなるから、勢いに任せた。
でも、言い切れなかった。祥子たちだけじゃなくて、もうとっくにいないと思ってたAfterglowの人たちまでいたから。
き……気まずい……。出鼻くじかれたのもそうだけど、感じ悪く出ていったきりだったし。でも失礼を働いた先輩が何故かここで待ってたみたいだし、祥子には悪いけどまずはこっちに謝るのが筋か。
立希「あ、あの……Afterglowのみなさん、さっきはすいませんでした。嫌な態度を取って……」
つぐみ「ううん、こちらこそごめんね立希ちゃん」
ひまり「本当にごめんなさい! 私、立希ちゃんが嫌がること言っちゃったよね?」
立希「い、いえ。あんなことで腹立てる私が悪かったので……」
ホントだよ、って内なる声が聴こえる。言ってて悲しくなってくる、私何歳児なんだ?
合わせる顔がなくて、たまらず頭を下げる。そんな私へ、芯の通った凛々しい声が射し込んでくる。
巴「立希、頭を上げてくれ。聞いて欲しいことがあるんだ」
立希「え……」
引き寄せられるように宇田川先輩の方を見る。切れ長の目が真摯にこちらを向いていた。
巴「さっき、アタシと妹の仲見ただろ? アタシたちはいつもあんな感じで仲良いんだけどさ。それでも、すれ違ったことだってあるんだ」
情けなさそうに眉尻を下げるその人が、私には意外だった。先輩が弱いところを曝け出すなんて、舐められかねない。私には、後輩のためにそこまで無防備になれないと思う。
巴「アタシに、あこの自立した成長を喜べない弱さがあったからなんだ。あこに真っすぐ向き合えないアタシを、それでもあこは『世界で一番カッコいい』なんて言ってくれた。だからアタシは、そんなあこの期待に、意地張って応えることにしたんだ。みっともない弱さを隠し通てでも、あこにとって自慢の姉でいたいから」
確かに恥ずかしいことかもしれない。でもその人は堂々と言い切って、口調も瞳も揺るぎなかった。その人が本気でそれを貫こうとしてるってことは、微塵も疑えなかった。
巴「それが、アタシの『姉妹としての向き合い方』。アタシ以外だと、天才な双子の妹と向き合うのに悩んで、自分を追い詰めた人も知ってる。何が言いたいかっていうとさ……」
宇田川先輩が悲し気に微笑む。その痛ましい色が、説得力となって言葉を重くする。
巴「凄い姉妹を持つとさ、大変だよな。姉とか妹とか関係なく、少しは分かるつもりだ。だから、立希があんな風になるのも、理解できるんだよ。血の繋がりみたいに、切っても切り離せない問題の苦しさは」
今まで嫌というほど飲み込んできた、淀んだ鉄の味がする思い。あの人の妹であることからは、死ぬまで逃げれないんだろう。
そして、次にどういうことを言われるかもなんとなく予感してる。
でも。
巴「だから。立希がそれを受け入れた上でどうしたいのか、見つけられるといいな。お姉さんと向き合え、なんて言わないからさ」
それが、私の目に姉としても最上級生としてもふさわしく映る人と、私との差だった。
睦のおかげで、何も無くて不安な中歩める気にはなった。でもどの道を歩めばいいのか、その先の何を目指せばいいのか、はっきりしてなかったから。ぶっちゃけ右往左往する私しか、想像できてなかった。
立希「私は……」
どうする。どうしたい。お姉ちゃんみたいになりたいの? そうじゃないのはなんとなく分かる。じゃあ具体的には?
貰った明かりを一欠片だって手放さないように、心臓辺りの服をキツく握りしめる。目の前にいるはずの遠い存在に向き合ってられなくて俯く。それでも答えを探そうと、脳を闇雲に働かせて藻掻いた。
そこに、優し気だった宇田川先輩の声と比べるとだいぶ容赦のない、圧さえ感じる声が耳に突き刺さる。
「今見つけなくていいんじゃない?」
気が弱ってたからか責められてるようにすら感じて、声の方を向く。黒髪ショートに赤メッシュなんてパンクな髪型した美竹先輩の目が、私を鋭く真っすぐ射抜いてくる。
蘭「焦って出した答えなんて、碌なものじゃない。不安だろうけど、今決めるのはよしなよ。まだ、迷ってるんでしょ?」
何もかも図星だった。返事が喉に詰まって出ないくらいに。
蘭「だから、まずはその邪魔な迷いを晴らすよ。あたしたちが」
立希「……え?」
どういうことか、すぐには呑み込めなかった。
でも美竹先輩を囲む4人の幼馴染は、勝ち気な笑みを讃えている。
蘭「あたしたちのライブ、見てて。立希の目を曇らせる余計なもの、吹き飛ばしてみせるから」
そこまで言った美竹先輩は、こちらに真っすぐ歩いてきた。楽屋から出ようとしてると察して、慌てて道を開ける。
すれ違いざま、不敵な笑みでもう一言だけ添えてきた。
蘭「『あたしたちらしい』、最高のライブで」
かっこつけにも思えるそのセリフの意味を、私は全身全霊で浴びることになる。
間奏中、私がいる客席側から大歓声が沸き上がる。声の洪水に飲み込まれながらも、私の目は鮮烈なバンドサウンドを響かせるステージに釘付けだった。色とりどりのカクテルライトに照らされた5人の存在感は、声援もライトも霞むくらい圧倒的だった。
ぎらついた音色のギターがカッティングでライブフロアの闇を切り裂き、赤熱した余韻を爆発みたいなドラミングが痛快に吹き飛ばす。派手さだけじゃない。燃え盛る演奏の生命線としてグルーヴを巡らせるベースは私の脈動を支配し、アコースティックピアノの克明な旋律で心身が解きほぐされる。
それらが合わさった演奏は足し算じゃなく、ただの掛け算ですらなかった。お互いの音と共鳴することで相乗し合い、高め合った5つは融合して更に膨れ上がり、何百人も騒いでるライブスペースを覆い尽くすほどのエネルギーをぶつけてくる。爆風みたいな音圧に腹を突き上げられ、心臓が滾り喉が燻る中。ボーカルの灼けついた吠え声が私の耳を焦がして、意識を暁色に塗り替えた。
空を真っ赤に染め上げる巨大な夕陽が、うったえてくる。どんなに世界が生きづらくっても、どんなに苦しくても。眉間に皺寄せて睨んだままじゃ、何も変わらないでしょ?
綺麗事じゃない。そんなつまらないものに、胸にわだかまる靄を燃やし尽くす力があるはずない。これは、この人たちだけの問題を乗り越えて掴んだ、Afterglowだけが放てる炎だ。
全身の毛が燃え立つ。心臓というエンジンが急激に回り出して、じっとしていられない。演奏が終わった瞬間、邪魔な周囲を掻きわけて走り出していた。
※後書き※
何の曲か伝わるって自信がないくらいだから使用楽曲コードも要らないと思ってるのですが。著作権的にマズければ早急につけます。