私は気づいたらステージ袖と通路をつなぐ出入口付近を目指して走っていた。着いたときには、ステージから戻って来られたAfterglowさんがスロープを降りて来たところだった。
立希「凄かったです! あんな熱いライブ、初めて聴きました!」
私はそのまま先頭の美竹先輩の目の前まで迫って叫んだ。なんだかとても驚かれてる気もしたけど、気にしてられない。
立希「Afterglowさんにしかない熱を感じました! こう……誰が相手でも、ありのままの自分達をぶつけて貫く強さが音に、歌に宿ってて……無敵なカッコよさがありました! 最高でした!」
蘭「ありがと。立希に伝わってよかったよ」
モカ「うんうん。モカちゃんもだいまんぞくー。満足したらお腹減って来ちゃったよー」
にこやかな青葉先輩の呑気な返しに、私が1人分しか幅のないスロープを塞いでたことに気付く。慌てて広い所まで引き下がると、通路からはCRYCHICの4人も私に追いついてきたところだった。
蘭「立希」
もう私なんか放って楽屋に戻ってもよかったはずなのに、美竹先輩たちは私の前で立ち止まってくれた。落ち着いた声なのにライブ後特有の熱気がこもっていて、すぐ横のライブステージから漏れ聞こえる音響に全く埋もれない。
蘭「あたしもさ。今の立希と同じくらいの頃、家族と上手くいってなかったんだ」
立希「え……」
ステージの上で強く熱く叫んでいたこの人にも私と似たような経験があって、それを曝け出してくれてることに、私は戸惑った。私みたいな情けない姿した美竹先輩を、とても想像できない。
蘭「それに向き合えない弱さのせいで、何よりも大事な居場所を見失いかけた。その時誓ったんだ。変えたくない物のために、変わっていこう、って。それが、あたしらしさ」
巴「アタシたちらしさ、だろ?」
蘭「……そうだね」
自分たちらしさ。そうだ、あのライブで受けた熱エネルギーは、言語化するとそれが一番しっくりくる。Afterglowさんだけが燃やす炎に、くべられる想い。
蘭「あたしたちは、『いつも通り一緒にいる』ためにバンドやってる。周囲や環境がどう変わろうと、あたし達が積み重ねてきたものを守る。そして、さらに胸張れるあたしたちで在るために、最高のライブを目指してる。それが、あたしたちの在り方」
5人で一緒にいるって原点があって。何を大切にするのかもはっきりしていて。この先どこへ、何の為に目指してるのか、明確にしている。
強い。内面的な強度が、私と比べものにならない。
蘭「立希は、どんな風に生きたい? お姉さん抜きで、どうなりたい?」
立希「お姉ちゃん、抜きで……」
妹としてではなく、私を認めてもらいたかった。そういうのに囚われないで、私自身がどうなりたいか。
ライブの熱に浮かされてたけど、やっぱりまだ見つけられてないのが、しょうもない私の現実。
でも。今の私には、この熱と光がある。なら、今は『まだ』情けなくても。1歩ずつ、今度こそ自分で積み重ねて行ける気がする。
どうしたいのか分からなければ。まずはそこを、はっきりさせるところからだ。
蘭「うん。さっきと違って、迷った目してない。悪くないね」
立希「悪くない、ですか……。ありがとうございます」
蘭「あと。立希も周り、見失わないようにね。『椎名真希の妹』として、バンドやってるわけじゃないんでしょ?」
立希「……はい」
それを見失ったら、もう本当にどうしようもないから。それだけはないようにしないと。
ちゃんと考えてある。だからそこに、不安はなかった。
蘭「これからCRYCHICのステージでしょ? 楽しみにしてる」
立希「はい。……あのっ」
歩き去っていく背中に、1つだけ誓いたかった。
立希「今回には間に合わないですけど。次共演するときには……今より『私らしく』在ってみせます。Afterglowさんに、少しでも近づきたいから」
蘭「それじゃ、次も楽しみにしてる」
今度こそ離れて行く5つの背中。見送っていると、祥子たちが寄ってきた。
祥子「……もう、大丈夫そうですわね」
立希「あぁ。……祥子」
祥子「な、なんですの? 私も謝るべきことがあるような、そうとも思えないような……よく分からないのですがっ。 立希に言いたいことがあるなら先に聞いてさしあげましょうか?」
別にこいつには非が一切ないのにそれでも気にしてしまうのが、根っからバンドメンバーを対等に、大切に想うこいつらしさ、だよな。
わざとらしくそっぽむいて、気まずそうな顔のやつに。私はお言葉に甘えて遠慮なく言わせてもらった。
立希「それなんだけど、やっぱもうちょい待って」
祥子「謝罪を延期ですって!? 聞いたことありませんわよ!?」
ちっ、世間知らずのくせに正論でツッコんできやがって。でもしょうがないでしょ。
立希「まだ何にも答えを見つけてないのに、ゴメンの一言で済ませてたまるか。私にとって、お前はそんな軽い存在じゃなんだよ」
祥子「立希……」
睦「……良い風に言ってるけど。謝罪を先伸ばしてるクズには違いない」
立希「ぐっ……悪かった、お前の幼馴染に酷いこと言ったのは本当の本当に反省してるし、もう言わない……はずだから!」
祥子「睦には謝ってるじゃないですか! しかもはずですって!?」
立希「うるさいうるさい! もう決めたことなの、大人しく待っとけ!」
祥子「キ~~~! これが謝ろうとしてる人間の態度とは、とても思えませんわー!」
そよ「はいはいさきちゃん、気持ちは分かるけど地団駄やめようね」
燈「あ、ステージから聞こえるドラムと同じリズムだ」
そよ「ともりちゃんはどこ気にしてるの!? 少しはたきちゃんの横暴気にしてあげなよ!」
燈「えっと。祥ちゃんに誤魔化しなく向き合おうとしてるのが、誠実な立希ちゃんらしいって、思ったんだけど……」
立希「うっ……」
燈から予想外の不意打ちをくらう。こういうこと言われるのが、一番むず痒くていたたまれない。
ほら、祥子が余裕の笑みを取り戻してるし。
祥子「仕方ありませんわね。気持ちの整理にお時間かかる立希の未熟さを、受け入れてあげましょう。燈の心優しい見解に免じて」
立希「くっ……クソッ、この……」
そよ「たきちゃーん。怒る権利ないよー」
睦「……まともにツッコメないところ見ると、分かってるみたい」
燈「そう言えば。私たちの出番って、Afterglow、さんからすぐ、だったよね?」
祥子「えぇ、そうでしたわ。そろそろ楽屋に戻って準備しましょう。と、その前に……」
祥子が咳払いして、祥子らしい笑みを湛える。自信満々で、楽しそうで、誇りに満ちていて。真夏の太陽みたいに燦然と輝く、焼き焦げそうな笑み。私はいつだってこんな風に笑っていられる力が羨ましくて。それ以上に、こんな風に笑ってるこいつが、一番、その……。
そう、『悪くない』んだ。
祥子「高校生になって初めてのライブ、初めてライブするステージ、何よりも初めてオファーを頂いたライブです。その期待に応える音楽を叫びましょう! 行きますわよ、CRYCHIC!」
4人「おぉー!」
5人の声と5つの手が上がる。
あぁ、必ず良いスタートになるよう、私のちっぽけな全力で支えてやるよ!
つぐみ『えへへ……いいバンドだよね、やっぱり!』
巴『あぁ、やっぱバンドは結束力あってこそだよな!』
モカ『友情、努力、勝利、だね~』
蘭『それじゃあスポ根漫画でしょ』
ひまり『……』
つぐみ『ひまりちゃん? ボーっとしてるけど、どうかした?』
ひまり『……羨ましい』
蘭『は?』
ひまり『さっきの見たでしょ! 祥子ちゃんの掛け声に、4人が息揃えてぴったり合わせてたよ!』
巴『あー……そうだな……ほら、それはそれとして、アタシたちも戻ろうぜ」
ひまり『流さないでよ! まだ1年の付き合いのあの子たちでもやってるんだよ!? 私たちも負けてられないよね! それじゃあいくよ~みんな! えい、えい……」
モカ「ひーちゃんひーちゃん。ライブ終わったよー?』
ひまり『うぅ~! やっぱり乗ってくれない! 今まで1回しか決まってない! こっちは10年以上の付き合いなのに!』
つぐみ『あはは……ごめんねひまりちゃん』
蘭『謝らなくていいよ、つぐみ。これがあたしたちの『いつも通り』でしょ?』
ひまり『こんないつも通り、納得いかなーい!』