立希「な、何ここ!?」
睦「……なんというピンク。まさに女の子しか入ることが許されない領域」
壁から窓枠からケーキやクッキーのオブジェから。部屋にある全てがピンクを基調としたガーリーな世界観に、クール系コンビが驚愕して固まっていた。
祥子「こ、これほどメルヘンチックに振りきれる世界があるのですね……。私、女子高生というものを侮っていたのかもしれません」
燈「う、うん。確か、女子高生ってここに良く来るって、話してたよね? みんな、すごい……」
女子高校生達から絶大な支持を集める『世界一可愛いプリ店』にやってきた私たち。さきちゃんとともりちゃんも主張の激しい内装に圧倒されて変な尊敬を抱いてるみたい。みんな大げさだな。私もあんまり女の子女の子してる空間好きじゃないけど。
そよ「さきちゃん、女子高生らしいことしたいって言ったんでしょ? 思う存分女子高生なプリクラして思い残すことのないようにしようね」
立希「ってプリクラ撮るの? 聞いてないんだけど」
プリクラコーナーを目と鼻の先にして、予想通りの人物が予想通りの反応をぶつけてきた。たきちゃんからしたら心底嫌そうなのは分かるけど、ここまで来たからにはやり遂げたかった。せっかくさきちゃん発案の街巡りに1日付き合ったんだから、やりたいことを消化させてあげたい。
そよ「いいじゃない、たまの1回くらいお嬢様の夢に付き合ってあげなよ」
祥子「これぞ女子高生って感じじゃありませんか! 1度くらい付き合ってくださいまし!」
睦「……1回くらいなら、楽しそう。付き合ってくださいまし」
立希「でも私がプリクラなんて……似合わな過ぎでしょ、やっぱ4人だけで——」
燈「ねぇ。プリクラって、何するところ?」
立希「マジか……」
おっと、ここにもお嬢様並みに常識を知らない子がいたか。
私はその後の展開を見越して、あえてシンプルに説明した。
そよ「みんなで写真撮るところだよ」
燈「そうなんだ。立希ちゃん、みんなで写真撮るの、嫌なの?」
立希「うっ……それだけ聞くと私がとんでもなくノリ悪いやつみたいじゃん……」
そよ「実際そうだよ」
立希「分かった、もう分かったから。こうなったらしょうがないし、付き合ってやる」
そよ「それじゃ、みんなあの中に入るよー」
別にこだわる気もなかったので一番近いプリクラ機を指さして、みんなを促す。
カーテンを開け、5人で筐体の中に詰め込んだ。
分かってはいたけど、3人分しかない空間に5人はやっぱり狭いなぁ。
立希「ねぇ、ぎゅうぎゅう詰めで狭過ぎるんだけど!」
睦「……もしかして、5人でやるものではないのでは?」
そよ「おかしいよね。女子高生をターゲットにしてるのに、5人ぽっちも想定してないなんて」
祥子「この窮屈感も、これはこれで楽しいですわ!」
燈「みんなとなら、おしくらまんじゅうみたい……」
人混みが苦手なともりちゃんを心配してたけど、どうやら大丈夫そう。
私はコインを入れて適当にモードとフレームを選ぶ。
そこからはさっそく撮影タイムに入る。「ポーズを取ってね!」というアナウンスがされた。
計3種類、私たちはわちゃわちゃ騒ぎながら撮るのだった。
〇テイク1、ピースしてね!
立希「えっ、ポーズ指示されんの?」
そよ「たきちゃんみたいに何していいか分からない人向けにね、指示してくれてるんだよ」
祥子「ピースですわね! せっかくですから女子高生らしいピースを教えてくださいまし、そよ!」
そよ「私もそんなに女子高生詳しくないから、好きなピースでいいんだよー」
睦「……じゃあ、ギャルピース」
燈「そ、そうなんだ。ギャルさんって下向きにピースするんだね」
睦「……なんでだろうね」
そよ「あぁ……ギャルと真反対みたいな雰囲気の2人が、ギャル化しちゃった…ふふっ、可笑しいの……」
立希「何面白がってんの! 燈がギャルになったらプリクラに連れてきたそよのせいだから」
祥子「どんな心配してますの?」
そよ「あとそれ逆恨みが過ぎるでしょ」
〇テイク2、ぶりっこになってね!
そよ以外「ぶりっこ?」
そよ「はいみんな。手をグーにして、口元に寄せてね」
祥子「なるほど! あざとい女子みたいになりましたわ、これがぶりっ子ですわね!」
立希「こんなんでいいんだ。ピースより恥ずかしくなくていいか」
睦「……なんでこれがぶりっ子なんだろう」
立希「それな。もっと他にありそうなのに」
そよ「2人がやってるのはファイティングポーズだよ! 何闘おうとしてるの、手は横に揃えるの!」
立希、睦「そんなイタイ子みたいなポーズできるわけないでしょ」
そよ「それをしろって指示されてるでしょー!」
燈「そよちゃん、今日はツッコミよく頑張るね」
そよ「頑張りたくて頑張ってるわけじゃないんだよ……みんなボケ過ぎなんだよ……」
立希「いい気味。少しは私の苦労を思い知った?」
祥子「ぶりっこぶったまま疲れた顔するほど味わってるようですわね……」
そよ(やかましい……ほっといてよ)
〇テイク3、好きにポーズ決めてね!
祥子「す、好きにと言われましても……」
睦「……急に突き放してきたね」
立希「そよ。こういうときどうすんの?」
そよ「最初は指示されるの不満げだったくせに、よく堂々と聞けるね。みんなノリでポーズとってるから、定番なんて知らないよ」
燈「うーん……そよちゃん、星みたいなポーズってある?」
そよ「こっちはこっちですんごい唐突。見たことないし、難しいんじゃないかな?」
燈「好きなもの思い浮かべたんだけど……星が一番、ありそうかなって、でもやっぱり、できないよね……」
立希「待って燈。ねぇ、何かあるでしょ。みんな考えなって」
睦「……急に張り切って仕切り出した」
祥子「立希の変わり身っぷりは置いといて。1人で無理ならみんなで作ればいいのではないですか?」
そよ「そういう常識に囚われない発想するとこ、流石我らがCRYCHICのリーダーだねー」
睦「……ピース。ピースした指先を5人でくっつけあったら、それっぽくならない?」
立希「やってみよう」
燈「わっ、綺麗な星型になったよ!」
そよ「むつみちゃんもやる~♪」
睦「……ふふふん。かなり女子高生レベル上がった」
祥子「なんだか悔しいですわ!」
立希「お前の発想があってこそだけどね」
そよ「じゃあみんな、そろそろ撮るよ~」
燈「うん。私たちだけの好きなポーズで、撮ろう」
満足げに微笑むともりちゃんの言葉に、私たちもつられたようにそれぞれ自然と笑うのだった。
プリクラは撮って終わりじゃない。むしろ、そこからが醍醐味と言っても過言じゃないくらいだ。
それは筐体の外でできるので、広々とした空間で私たち5人は固まっていた。
さっき撮った写真のデータを前に、私は備え付けのペンを握っている。
そよ「撮った写真を加工できるんだよ。例えばこうやって……」
燈「わっ、目がおっきくなっちゃった!」
睦「……なんかそんな芸人いたよね、昔」
立希「耳でしょ、それ」
祥子「そよ、私にも! 私にもさせてくださいまし!」
そよ「はいはい、それじゃ一緒にやろっか♪ はい、このペン持って」
祥子「なるほど、これで操作するんですのね……あっ、これは猫耳ですわね!」
睦「……立希につけて。今日一番猫にモテた立希に」
立希「1人だけ猫耳つけてたまるか、みんなにつければいいでしょ。もっというと燈につけて!」
燈「私、立希ちゃんからそんなに猫っぽく見えてるのかな……」
そよ「違うよ。ただ可愛いともりちゃんが見たいだけだよ」
睦「……燈のファンみたい。気持ち悪いストーカー的な」
立希「そんなキモいこと言ってないでしょ!」
祥子「どうでしょう……かなり際どいですわよ?」
そんな騒ぎの中、私とさきちゃんで盛りを楽しんだ。
出来上がったプリをみんなに配って、109を出る。
空を見上げると真っ赤な太陽はだいぶ西に傾いていて、もう夕方なんだと実感する。
スマホで時間を見る。10時に集合したから、7時間も渋谷を巡っていたらしい。体感的にはその半分だったから、楽しいときの時間の過ぎ去り様は不思議だな、と思った。
ただその分疲労感もたっぷりだった。明日もあることだし、今日はもうゆっくりしたいな。
そよ「良い時間だから今日はもう解散にしよっか。明日は脱出ゲームも控えてるしね」
睦「……そういえば、体疲れてる。今日明日ゆっくり休ませないと、明後日のスポッチャで体バラバラになっちゃう」
立希「どんだけ自分の体貧弱だと思ってんの。でもまぁ、疲れたは疲れたか」
祥子「みんな疲れたんですのね……。私はまだまだ体力が有り余ってますのに……」
燈「祥ちゃんは本当に元気だね。私もクタクタだよ……」
残念そうな1人を除いて賛成をもらったので、みんなで駅に向かう。
そよ「でも、たまにならみんなと1日街で遊ぶのもありだよね。しょっちゅうは疲れそうだけど」
祥子「また行きましょう! 今度は違う楽しみに巡り合いたいですわ!」
立希「せめてライブの予定がない時期にしてよ?」
睦「……あと祥は余った体力で私をマッサージして」
燈「む、睦ちゃん、それはさきちゃんが可哀そうだよ……」
なんて話しながら駅前でみんなと別れた。
私は電車で帰り、家に帰ってそのまま自室のベットにダイブする。
こんな風に気を抜いてダラけると、さらに疲労感が重たく押し寄せてくる。私はこの遊び疲れるという感覚に陥る度、みんなで初めて遊びに行ったカラオケを思い出すのだ。
まだ仲良くなる前の頃。目つき悪いドラムはすぐ空気乱すこと言うし、むっつりギターはほとんど喋らないし、歌えないボーカルはオドオドするばっかりだし。勢いばっかりのキーボードにして発起人は指針を示しても上手くまとめてはくれなかったな。
「あのとき、カラオケ提案できて、本当によかったな。あれからバンドとして上手く回り出して、みんなとも仲良くなったから……」
あのカラオケは普通に楽しかった。久々に遊び疲れるくらい。
それと比べると、今日は色々めちゃくちゃで、正直女子高生らしい遊びか疑わしいけど。あの時より距離が縮まってて、その分色々詰まってて、だから自然体で怒ったり笑ったりできて。今日のことも大切な思い出になるんだろうな。
「疲れるけど……やっぱり、大切な居場所なんだな……」
その居場所と出会って、大体1年。そうだ、1周年だ。
揃いのアクセサリーを買おうと提案したときのことを思い出す。あのときは思いつきで言ったけど、その根底には結成1周年の記念に、という想いも無意識ながらあったかもしれない。
私にとって、運命の日と言っても差し支えないくらい大事な日だから。だって、初めてできた大切な居場所に出会ったんだ。その喜びをいつでも思い出せるような、形あるものをみんなと共有したかった。
「やっぱり……欲しかったな……ココロドロップ……」
そんな宝物として相応しい
心残りを胸に抱えながら、それでも抗い難い睡魔に負けて微睡に堕ちていった。
☆ ☆ ☆
時は少し遡って、CRYCHICが渋谷駅で解散した後。
そよ以外の4人はグループトークを通じて、適当な公園に集まり直した。
睦は電話している。それが終わるのを、3人は黙って待っていた。
睦「……ではそれで、お願いします。……はい、失礼します」
やがて、睦がスマホを耳から離した。
立希「で、どうだった?」
睦「……オーダーした。店で聞いた通り、納期は直前頃になりそう」
祥子「アクシデントが怖いですが、ひとまず良しとしましょう。ではみんな、『それ』以外で各々プレゼントを用意するのですよ?」
燈「うん、分かってる」
立希「まぁ、そうなるよな。別に文句あるわけじゃないけど」
睦「……冗談抜きで、そよはCRYCHICのお母さんだった」
祥子「えぇ。去年度、特にバンドを結成してからまとまる前なんて、そよがいてよかったと何度思ったことか」
立希「分かってるよ。こんな私がバンドに、みんなに馴染んだのだってそよが何度もフォローしてくれたおかげだって」
燈「私も。歌えなかった私を優しく励ましてくれて、歌えるように考えてくれて。だから、大事なあの初ライブに繋がって、ここまで続いてる」
沈黙が流れる。みんな同じもしもを考えていた。
もしそよがいなかったら。
去年ほとんど初対面のメンツでバンドを組んでから、初ライブに漕ぎ着けるまでグループが壊れないようにまとめていたのは、そよだった。バンド内の空気を常に気遣い、会話で調節して、良い雰囲気を作ることに誰よりも積極的だった。
そんな気遣い屋がいなかったら、コミュ力の低いバンドメンバーばかりでは馴染めずに瓦解してただろう。今はもうそれぞれにとって大切な居場所となっているのに、そこまで辿り着けなかった可能性が高い。
それをみんな、分かっていたのだ。
燈「そよちゃんは、去年の秋CRYCHICが大好きって言ってくれて。その言葉通り、ずっと優しく見守ってくれた。そんなそよちゃんの思い遣りに、1年に一度の大切な日にこそ、お返ししたい」
立希「なんか、まるで母の日みたいに思えてきた。時期も近いし」
睦「……母の日? なんで?」
燈「えっ」
祥子「……」
立希「……お母さんに日頃の感謝を伝える日だからだよ。一般的にはね」
睦「…………そっか。うん、いいね、それ」
祥子「えぇ。大切な友達でもあり、仲間でもあり、母のように私達の居場所を守ってくれたそよに。1年間のありがとうを込めて、お返ししましょう!」
3人「おぉー!」
自分たちの居場所になるまで繋ぎ止め、守ってくれた『気遣いしい』へ恩返しをするため。
4人は気持ちを1つに誓い合った。