休憩① ビリヤード~豊川祥子の独壇場~
祥子「それではお次は……」
そよ「ストップ、さきちゃん。休憩のお時間です」
祥子「ノッてきたところですのに!?」
そよ「と、わんぱくお嬢様がおっしゃると思いまして。『私たちの休憩時間』とさせて頂きます」
祥子「どういうことですの?」
そよ「私の方で疲れない遊びを選んでおいたから、休憩タイムではこの中から選んでね。そしたらさきちゃんは遊びたいだけ遊べるし、私たちは休めるの」
立希「流石そよ。これ以上ない完璧な提案」
睦「……この策士ママ、頼りになり過ぎる」
祥子「なんだか遊び足りない子どもの手綱を上手く握られてるような気がして複雑ですが……このまま遊べるならいいですわ!」
気のせいじゃないよ、なんて気を損ねるようなことは言わないでおいた。上手く転がせれたらそれでいいからね。
さきちゃんが最初の休憩タイムに選んだのは、ビリヤードだった。
やったことない私たち3人とむつみちゃんはさきちゃんが遊ぶのを見て休憩することにする。
燈「あっ、これ祥ちゃんの家に置いてあるのと、一緒の台……」
そよ「家にビリヤードテーブルがあるところもだけど、選んだ遊びが珍しくお嬢様っぽいね~♪」
祥子「一言余計ですわよ、そよ」
立希「ふーん、家でやってるんだから、さぞ凄い技見せてくれるんだろうなぁ」
プレッシャー目的で煽るたきちゃん。意地悪く口端を吊り上げてたから、もしかしたら実は下手くそというオチを期待してたかもしれないけど。
睦「……実際素人からしたら凄いなんてものじゃない」
そよ「と、いうことでとくとご覧あれ」
どうやらその予想は外れてるらしい。私たちは高校生離れした妙技の連続を目にすることになる。
祥子「では、ナインボールでブレイク・ラン・アウトを狙ってみますわ」
睦「……説明しよう」
立希「人指し指突き上げてまで、それも絶対言いたかったネットミームでしょ」
睦「……SNSが流行る前から有名過ぎてそんな部類かは分からないけど。とにかく、ナインボールの説明から」
むつみちゃんの説明をまとめると、こうだ。
手球と呼ばれる白球を
当然最初から直接9番を狙っていいわけなく、手球はまず一番小さな番号の的球に当てなくてはいけない。
そしてブレイク・ラン・アウトという、名前からして凄そうな大技。別名マスワリとも言う。
本来ナインボールは対戦形式で、
・手球をポケットに入れた時
・手球が一番小さい番号に当たらなかった時
・一番小さい的球に当たった後、いずれの球もポケットに入らなかった時
マスワリはノーミスで1番から9番まで順番に落とすこと。
つまりは一度も相手に順番を回さない完全試合である。
睦「……というのが、豊川家ローカルルールとなっております」
祥子「本来はファウル等色々ルールがあるのですが。まぁ細かいことは流してください」
立希「なんか雑だな……」
そよ「まぁ私たちがやるわけじゃないんだし、いいんじゃない?」
燈「う、うん。祥ちゃんが凄いことするってことだけは、なんとなく分かった」
祥子「それだけ分かっていれば何も問題ありませんわ、燈!」
立希「自分で言うな自分で」
たきちゃんに野次られながら、さきちゃんが三角形の木枠を使って、9個の的球を菱形に密着させて並べ終える。これがスタートの形らしい。
祥子「ついにお見せしましょうか。おじい様とお母様に虐められながら鍛えた我が妙技を!」
睦「……祥は小さい頃から2人にビリヤードでボコボコにされてきたらしい」
立希「いや、ゲームの様子を想像できないからどうボコボコにされたかよく分かんないけど」
睦「……たぶんそれもこれから何となく分かってもらえる」
燈「そ、そうなんだ……」
そよ(分かっちゃっていいのかな……まぁ本人が見せたいんだからいっか)
微笑ましくも可哀そうな過去をにおわせながら、さきちゃんは真剣な表情で手球を撞く長細い棒のキューを前傾姿勢で構える。
キューを握った右手を真っすぐ後ろに引いて、左手をキューの先端辺りに添える。プロみたいに様になっていて、正直私はカッコイイと思ってしまった。
さきちゃんによって勢いよく撞かれた手玉が、菱形にまとまる的球へ激突して、派手な音を鳴らしながら10個の球が四方八方に弾ける。
ビリヤードの開始を華やかに告げる、最初の一打。これを、ブレイクショットと呼ぶんだとか。
そしてさきちゃんがマスワリを宣言した通り、まず1番の的球がポケットインする。ガコンという音と共に満足気に微笑むさきちゃんに、とりあえず拍手を送っておいた。
が、どうも私たちの中に敵みたいな人がいるらしい。
立希「喜ぶには早いんじゃない? 次2番に当てて落とすんでしょ、位置的にどう考えても無理じゃん」
2番はポケットのすぐ近くにある。手球もその直線上にある。そこまではさきちゃんに好都合だった。
でも手球は2番との間で、いくつもの的球に囲まれてるのだ。
そこに間を通り抜けるような隙間はない。たきちゃんの言う通り、どうやっても2番じゃない的球に当たってしまう詰んだ状況だった。
睦「……立希はそれをなぜ嬉しそうな顔で言うのか」
そよ「失敗して欲しいんでしょ」
燈「立希ちゃん、意地悪……」
立希「さ、祥子。どうすんのさ?」
周りを無視してさきちゃんを追い詰めようとするカッコ悪いたきちゃん。
対して実際に追い詰められてるはずの挑戦者は、困り顔どころかたきたちゃんに対する呆れ顔で、余裕すら感じさせる。
祥子「あのですねぇ。この程度で根を上げる実力ではマスワリなんて宣言しませんわ。愛しの家族に何度この状況を意図的に作られて泣かされたと思ってるんですの」
そよ「そ、そっか。こうやってボコボコにされてきたんだね……」
本当に回収してしまった伏線はともかく。隙間なく並べられた的球の壁をどうやって突破する気なんだろう。
と思って見ていると、さっきは水平気味に構えていたキューを45度くらい傾けて構える。
でも向きがおかしい。手球を2番に向けてではなく、逆側、テーブルを囲むクッションと呼ばれる枠に飛ばす向きなのだ。
立希「ハハッ、あいつどこ狙ってるんだ?」
睦「……これ以上ないかませ役なセリフありがとう」
そして2打目。斜め上から撞かれた手球は浮いたままクッションにぶつかって、逆側に跳ね返る。
燈「わっ、すごい! ボールが、ボールの壁を飛び越えていったよ!」
そよ「ビリヤードってボールをジャンプさせれるんだ! なんだか芸術的!」
立希「う、嘘でしょ……そのまま本当に2番を落としたし」
睦「……クッションジャンプショット。的球に囲まれたとき使う、祥の十八番の1つ」
立希「技名あるんだ……つーか確かに、恰好良いじゃん……」
祥子「どうです? 惚れ直しましたか?」
燈、そよ「さきちゃんカッコイー!」
綺麗な水色の髪をサラッと払うキメキメなさきちゃんに、ともりちゃんと私は黄色い歓声を飛ばした。
立希「ちっ……ヤな感じ……」
睦「……そこはもっと、某R団がぶっ飛ぶとき叫ぶ感じで……」
立希「本当にかませ役になったりするか!」
なんだか複雑そうな表情からツッコミ顔へとコロコロ忙しいたきちゃんはそっとしておこう。
その後も、さきちゃんの妙技が連発する。
3打目は体をひねって台に半身を向けキューを縦に構える。
ほぼ真上から撞かれた手球はカーブの軌跡を描き、またも障害物を避けて3番をポケットに落す。
睦「……マッセ。手球と的球の直線距離が近い場合に使う変化球技。なお、台を傷つけやすい技でもあるので禁止してる店もあるとか」
立希「解説役頑張ってるね、睦」
睦「……そこは『解説役乙』だよ、立希」
立希「だからお前側に染まらないって」
4打目はまたも手球をジャンプさせる。4番の間に邪魔な5番があるから。
4番は飛び上がった手球にぶつけられて、ポケットに落される。
「おぉ!」と声を上げる私とむつみちゃんと、いつの間にか応援側に堕ちてたたきちゃんだったけど、
祥子「——いいえ」
睦「……まだ、終わってない」
2人の言う通りだった。4番にぶつかって元いた方向へ戻って来た先には、さっきまで邪魔していたけど今や次の目標である5番。そのまま当たって、ポケットイン。1撞きで2個連続落とす技の凄さは、はしゃいでいた素人を呆気に取らせるほどだった。
睦「……零式ジャンプ。手球と的球の間に邪魔な球を意図的に配置されまくった祥が、泣き喚きながら編み出したオリジナル技」
燈「祥ちゃんのおじいちゃんもお母さんも、結構お茶目さんだもんね」
そよ「そこで諦めるどころか反骨精神で逆に2つポケットさせる好機に結び付けるさきちゃんも、なかなか大物だよね」
祥子「睦。これってそんな技名でしたの?」
睦「……今私がつけた」
立希「命名お前かい」
睦「……べ、別にっ、某テニス漫画からパクったわけじゃ、ないんだからねっ」
立希、そよ「いや知らないから」
今までと同じように正式名称として覚えようとした私は騙されたショックで、たきちゃんと一緒に冷たくツッコんでしまうのだった。
祥子「この配置は……。ふむ、そろそろお終いにしましょうか」
立希「いやいや祥子。まだ4球も残ってるじゃん。いくらお前でも1撞きじゃ無理でしょ」
睦「……凄いね立希。最後までお手本のようなフラグ建ててくれるなんて」
そよ「うーん、こればっかりは私もたきちゃんと同意見なんだけど……」
燈「でも、本当にできたらすごいよね。魔法みたい」
キラキラと目を輝かせるともりちゃんの言う事はもちろん同感だけど。
台の上でバラバラに配置されてる4球を、どうやって1撞きで全部落とすつもりなんだろう。
ジャンプやカーブを描くマッセを使っても、不可能にしか思えなかった。
祥子「では睦。上手くいったら技名を付けてくださる?」
睦「……期待して考えとく」
しかしニヤリと不敵に笑い合う幼馴染には、そんな奇跡的な軌跡が見えてるらしい。
さきちゃんは構えたままピタッと止まる。いや、よく見ると目だけ動かしてミリ単位でキューの先を調整してる。たぶん、何か計算してるんだ。
やがて彼女の目線とキューが定まる。そして、手球へと鋭い刺突が繰り出された。
素早く台を駆ける手球はまず6番に当たり、2つの球は双頭ヘビのようなY字を描いて疾走する。
手球はクッションに跳ね返って7番を弾き、その先のクッションでまた跳ね返って8番へ。
6番、クッション、7番、クッション、8番。ここまでW字を描いた手球は最後に9番へぶつかる。
そよ、燈、立希「——」
睦「……
私たちが目を丸くして絶句する中、決め台詞を吐くむつみちゃん。
成功の確信は正しく、6番から9番の4つはすべからくポケットに落された。
台の上には白球が中央で静止して、終わりまで美しかった。
睦「……
祥子「いいですわね。不可能を可能にする女……エネイブルと呼んでもよくってよ?」
背中合わせでポーズを取り、これでもかと恰好つける2人。ただの解説役は放っておいて、さきちゃんは確かに恰好良すぎるので過剰とは思わなかった。
しかし私たちは感動よりも驚愕の方が大きすぎて、さっきほども盛り上がれない。
いやだって、ここまでできるなら……
立希「祥子……お前、ビリヤードのプロになるつもりか?」
祥子「何言ってますの、娯楽でプロを目指してどうしますか。どうせプロになるなら、音楽がいいですわ!」
そよ「勿体ないような……興味ないことには見向きもしないさきちゃんらしいような……」
燈「エネイブル祥ちゃん。もしかして他にも魔法みたいな技あるの?」
祥子「と、燈っ。やっぱりその呼び名は恥ずかしいのでやめて頂けますか?」
睦「……自分で言い出したくせに」
調子に乗り過ぎたのか顔を赤くしてそそくさとキューを片付けてしまうさきちゃん。どうやらこれで打ち止めらしい。他に何かあるなら私も見たかったけど、まぁ十分楽しませてもらったからいいか。
本来の目的でもある休憩もちゃんと取れたことだし。
そよ「さて、さきちゃんも恥ずかしがってここまでっぽいし。そろそろ次に行こっか?」
祥子「そ、そうですわ! この行き場の無いエネルギーは運動で発散させるに限りますわ~!」
睦「……なんか、余計熱くさせた気がする」
立希「まぁ私達は休めたんだからいいんじゃない?」
燈「祥ちゃん。またビリヤートしてるところ、見せてね。私、また見たいな」
祥子「もう……しょうがありませんわね。今日の恥ずかしさが消えた頃なら、いいですわよ」
どうやら本当に魅せられたらしいともりちゃんの純粋なお願いに、はにかみながら頷くさきちゃんでした、っと。
立希「……祥子。あのさ……私にもさ、その、ビリヤード教えて……」
睦「……立希。流石に祥レベルに追いつくのは無理だと思うよ」
立希「……だよなぁ……」
たきちゃんの嫉妬はともかく。私もさきちゃんにビリヤードを教わりたかった。
実際、次々と華麗に球を落としていくさきちゃんは、憧れるくらい恰好よかったからね。