③野球 〜過集中の代償〜
何がいいかとフロアを回ってるとき、声を上げたのは意外にもむつみちゃんだった。
睦「……今や世界中で知らない人はいないオータニ=サンに、私達もなろう」
ワールドワイドの活躍をする超有名人は、貧弱少女の興味を引くほど影響力を持ってるらしい。流石である。
立希「それ言い過ぎじゃなさそうだもんな。とんでもないよあの人」
祥子「目指せ甲子園! ですわ!」
そよ「大谷ならどっちかとういとメジャーリーグだと思うけど」
燈「野球の人だよね。私も、ホームラン打てるかな……」
立希「燈。あの人パカパカ打ってるとこニュースになってるけどね、本当は簡単に打てないんだよ」
燈「そうなの?」
たぶんともりちゃんは野球というものを大谷関連のニュースでしか見たことなんだろう。
そうでなければ、曇りなき眼で驚けるはずがない。
ホームランはバットに当たれば出るものと、本気で認識していた証拠だ。
睦「……野球の常識を色んな意味で壊す男、大谷」
そよ「常識外れな成績ばっかり残してるらしいし、しょうがないよね」
祥子「私達も音楽界でそんな成績を残せるように! バッティング行きますわ!」
立希「野球やって大谷をあやかっても、バンドで大谷級にブレイクするわけないからな」
さきちゃんの言いたいことを正確にくみ取った上でツッコむたきちゃんは流石だなと思った。
祥子「よっ!……ほっ……それっ!」
カキーン、パカーンと金属バットの快音が響く。
本人曰くやったことはないらしいけど、どうしてこうもパカパカ打てるんだろう。
そんな疑問を、私以上に煮えたぎる思いで抱いてるだろう人物が、さきちゃんの隣のバッターボックスに入る。
立希(祥子のフォームをできる限り真似して……こうか? いや、まずバットに当てないと話にならない‥…くそっ金に才能に体力に、全部持ちやがって~!)
立希「ふんっ! いいぞ、今みたいによくボールを見て、脇は締めてコンパクトに振れば、当たる!」
天才を必死に追う泥臭い凡人の成長を見て、なんだか残酷な気分になってきた私も空いてるバッターボックスに入る。
私の隣にはむつみちゃんが入っていた。……バットを構えずに何故かスマホを見てる。
そよ「むつみちゃん? スマホで何見てるの?」
睦「……何見てたか、当てて見て」
そういうとむつみちゃんはスマホをしまい、左打席でバットを構える。
野球中継なんて見ないから、私は野球選手の構えに詳しくない。それでもだいぶ既視感はあった。中継を見なくてもニュースを見てれば誰でも見たことがある構え。あのともりちゃんだって知ってるくらいんだから。
その構えを、かなりの精度で真似してるのだ。このひ弱で細身な野球経験皆無のはずの少女が。
そよ「大谷の真似? すんごい似てない? 練習してた?」
睦「……初めて」
最小限の言葉を素っ気なく呟くむつみちゃん。
無表情で事も無げに言ってるけど、考えれば考えるほど空恐ろしい。
たった今意識して観察しただけで、そっくり再現したの?
どうやら彼女は物真似が異常に上手いらしい。
……いや、いくらなんでも上手すぎない?
私の中で言葉にならない違和感が駆け巡って、胸の内をざわめかせる。
そよ(集中してるから、だよね? ……だから、いつものむつみちゃんと、何か違って見えるんだよね?)
私の存在なんて欠片も意識にないかのような無色の目をしてるからか。声に温度を感じなかったからか。それともスイッチが切り替わったように、雰囲気がどことなく変わった気がしたからか。
今目の前に映っている少女をむつみちゃんと呼ぶことに、心のどこかで躊躇っていると。
むつみちゃんに向かってピッチングマシーンからボールが飛んでくる。
そして。ブウゥン、と間抜けな風切り音が鳴った。
メジャーリーガー並みに様になっていたフォームから繰り出されたと思えない程、みっともなくて弱々しいスイングだった。おまけにタイミングも振った位置も全然ズレてたし。
睦「……立ってるだけなら割りと頑張れたけど。スイング真似するなんて無理」
そう結論づけた彼女は、私がよく知っているいつものむつみちゃんだった。頭ではなく安堵した心がそう判断していた。
睦「……そよ? 私の物真似に反応するか、自分のバッティングに集中するかどっちかにしてよ」
そよ「えっ、う、うん。構えまではそっくりだったね。スイングは、やっぱりむつみちゃんだったけど」
睦「……スイングまで真似できたら、流石にそれで食べてくよ」
そよ「確かにね~」
そんな風に適当な会話をこなしつつ、私は自分の打席へと意識を戻すことにした。
バッティングに集中するというか。何かに集中することで、さっき考えてたことを忘れようとした。
なんとなく、触れちゃいけないことのように感じたから。
私は飛んでくるボールにバットを合わせることだけを意識して、一心にスイングした。
睦(……大谷の真似しようと張り切って集中したら、いつの間にか意識飛んでた。もしかして私……本気になり過ぎてた? 大丈夫だよね、私は……ちゃんと
全員遊び終わって、5人は集合する。これで野球はお終いかな。
燈「野球って、ホームランどころか……バットに当てるのも、難しいんじゃ……」
立希「野球っていうのはね、10本のうち3本打てたら良い方なスポーツなんだよ。つまり、燈の感じたことは間違ってない」
結局カスリもせず全球素振りしただけで終わり、シュンとなったともりちゃんを、たきちゃんが現実的に慰める。
でもまぁ、『ホームランは簡単に打てるもの』という恥ずかしい認識を改められただけ良かったのかもしれない。
ともりちゃんと同じ結果だったむつみちゃんは、恨みがましい声色を隠そうともしない。
睦「……次は素振りで終わるようなつまんないスポーツ以外にしよう」
祥子「野球しようと言い出したのは貴女なんですが……」
そよ「とにかく次は楽に楽しめるスポーツにしようか。私も打ったら手がしびれるスポーツはちょっと……」
あの痛いくらいなビリビリ感を最初味わったときは、その場でバットを投げ捨てようかと思ったぐらいだった。さきちゃんたきちゃんはよく熱中できたな。
立希「打てないとイライラするけど。上手く打てたら気持ちいいし、1人で集中できるし、私は悪くなかったな」
祥子「私も楽しかったですが、次はみんなで楽しめるスポーツを遊びましょうか!」
バッティングの楽しいところを話し合う2人を先頭に、私たちは次の遊び場を探しに行くのだった。