前奏 誕生日の実感、急な押しかけ
誕生日を心から喜べた日なんて、親が離婚してからは1度もなかった。
唯一の肉親となったお母さんは毎年仕事で忙しいから。1人じゃ広すぎる家で、いつも以上に、独りという現実に押し潰されるし。
学園で仲良くしてる子に祝われても、それは嫌われないよう『いい子』の外面を張った私へのお祝いだから。本心では受け取れないのに表面上は嬉しそうに振る舞うのは、余計心苦しかった。
私にとって、誕生日は祝われて初めて実感できる日。でも世間的にはめでたい日らしいのに、そんな実感したことなかった。
恵まれてるのに詰まらなくて、うんざりと沈む黄昏時。
48階建てマンション最上階の一室に、教室くらい広いリビングで10人くらい座れるソファを独占する私は、溜息を吐き出す。裕福な環境を息苦しく思うなんて贅沢なんだろう、でもそんなことどうでもよかった。
握っていたスマホに目を落とすと、暗い心傷を呼び起こしたトークアプリが開いている。
『今日も遅くなるから、晩御飯用意しなくていいよ』
『明日の誕生日こそ早く帰るから、2人でお祝いしようね!』
毎年恒例の宣言に、つい苦笑いが浮かぶ。大好きなお母さんはこんな風に祝おうとはしてくれていた。
私のために頑張っている家族を思って、返信文を打ち込む。
『分かった、明日は楽しみにしてるね!』
可愛いスタンプと共に送信した。既読が付くかな、と画面を眺めていたら、ブラックアウトして私の顔が映る。送った文面と裏腹な虚しさをそこに視て、心底嫌になった。反射的にスマホをソファに投げ捨てる。
大好きな人に期待したくてもできなくて、祝わってくれる人には素直に向き合えなくて。もういっそ、誕生日を祝う習慣なんて、無かった方が楽だったのに。
心身に蔓延する嫌な空気に参って、私はソファに倒れ込んだ。
重い静寂が漂う空間で、時計がカチッカチッと刻む音を無意識にカウントする。初夏の暑さを和らげる、エアコンの機械的な唸りすら耳に障った。
今日の夜も、長そうだな。私は眠って少しでも時間を速めようと瞼を閉じた。
——そんなクサクサした感情は、新たに届いたスマホの通知音で取り払われることになる。
スマホをチェックする。通知欄に、新着メッセージ。
『そよ、今日みんなで泊まりに行ってもよろしいでしょうか!』
ひとりぼっちの城に突如ファンファーレが流れたみたいに唐突で、私は呆気にとられるのだった。
燻っていた鈍重な靄が、霧散していく。
そういえば。
これまでの誕生日には、CRYCHICのみんながいなかったっけ。
そよ「……で、4人とも泊まりに来てくれたんだ」
祥子「みんなでお泊り会というのをしてみたかったんですの!」
立希「って、祥子がうるさいから」
睦「……遊び道具持ってきた。朝まで遊ぼう」
そよ「ごめんね。私、徹夜しない主義なの」
燈「そ、それじゃ、せめて日付変わるまで……」
祥子「そ、そうですわ! つれないこと言わないで夜を楽しみましょう!?」
立希(この時点でもうバレてそうだよなぁ)
睦(……それはもうしょうがない)
微妙に緊張してるともりちゃんで真意を確信した。さきちゃんは慌ててカバーしてるけど、誕生日前日に泊まる時点であからさまなんだよね。コソコソ話す2人は誤魔化す気無さそうだし。
まぁいいかな。CRYCHICが集まった途端、さっきまでの昏く苛立った感傷はだいぶ薄れてくれたから。
1秒が辛かった心境から楽になれただけでも、感謝したいくらい。
と、いうわけで。急遽CRYCHICのみんなとのお泊り会が実施されることになった。
正直急に押しかけられるのは好きじゃない。でも他でもない4人がそういう意図で来てくれたなら、むしろ嬉しかった。
みんなが持ってきてくれた夕飯を食べて、お風呂に入って。
むつみちゃんが家から持ってきた遊び道具で、0時まで時間を潰すのだった。
☆ ☆ ☆
家にいるのが好きじゃなかった。独りで過ごす高層マンション最上階の一室は、やたらと時間間隔を引き延ばされた異空間のようで気が滅入るから。
CRYCHICに出会ってからは、特に耐え難くなった。あっという間に過ぎ去る時間を知ったから。
でも。そんな呪縛も、みんながいたら最初から無かったみたいに消え失せるらしい。
そよ「うそ、もう0時じゃない……!」
まだ21時くらいの感覚だった私は驚愕した。
数年間理不尽なくらい遅かった時感が、魔法のように解けたみたい。
立希「そんなに驚くこと? めちゃくちゃ遊んでたじゃん」
睦「……楽しい時間は、あっという間」
確かに結構遊んだ。神経衰弱にUNOにジェンガに人生ゲーム。
それでも私はむつみちゃんの言葉を、何度口にしても飽きない大好物のように噛みしめる。やっぱり凄いな、みんなは。一緒にいるだけでこの家でも平気なんだ。
燈「えっと……もう、いいんだよね?」
祥子「えぇ、今日のメインイベントに移りましょうか!」
2人の意味深な発言に、そういえばそんなのもあったな、と思い出す。
せっかく計画してくれたんだし、ちゃんとサプライズにも付き合ってあげないとね。
なんて偉そうなこと思うけど、過去クラスメイトからのお祝いで感じていた心苦しさは全くなく、私は心がウキウキと舞い上がるのを自覚しながら素知らぬフリをした。
そよ「メインイベント?」
祥子「ハッピーバースデー、そよ!」
睦「……誰よりも早くお祝いしたい。って、祥が言ってた」
立希「お前も乗り気だったでしょ」
燈「えへへ……サプライズでお祝いしたけど、驚いてくれた?」
そよ「うん、驚いた! ありがとう、みんな♪」
燈「良かった……睦ちゃんとサプライズの特訓した成果を、出せた」
私の言葉を真に受けて嬉しそうに口角を上げるともりちゃんをなでなでしてあげる。ありがとうね、ともりちゃん。でも特訓はまだまだ続けようね。
ちなみに私が察していたことは、他3人が苦笑いしてることからちゃんと伝わっている。
祥子「と、とりあえずプレゼントを渡しましょうか……みんな、準備くださいまし」
みんなが荷物からそれぞれラッピング袋を取り出して戻って来た。去年は初ライブでそれどころじゃなかったから、初めてみんなからプレゼントもらうな。私はワクワクしながら待った。
燈「はい、そよちゃん。誕生日おめでとう」
そよ「可愛いアルバムだね。しかも大容量!」
燈「たくさん思い出を撮って、残して欲しいから。私は、歌詞に残すね」
そよ「うん! ありがと、ともりちゃん♪」
私はGWを機に、少しだけ写真を凝るようになっていた。その時もみんなを巻き込んで色々あったのだけど、それはともかく。そんな私にともりちゃんがアルバムをくれた理由をすぐ察して、私は嬉しくなった。
彼女は春日影を始めとして、思い出を歌詞に変える子。思い出を大事にする者同士の親近感から贈ってくれたんだと思う。だからシンプルな品でも、温かい好意が詰まっていた。
立希「それじゃ次私。はい、誕生日おめでと」
そよ「これ、
立希「私も中学の頃は吹部だったから。コントラバスの人はそれ使うって聞いて、一番オーソドックスなの選んだ。合わなかったらアレだけど……」
そよ「ううん。今使ってるの正直微妙で、変えようかと思ってたからタイミングよかったな。ありがと、たきちゃん」
松脂は弓の毛に塗って、弦との摩擦を高めて楽器の音を出しやすくするためのもの。
吹部経験を活かしつつ見た目より実用性重視なプレゼントに、リアリストなたきちゃんらしいと納得した。
そんな彼女はそれでも若干不安だったらしい。たきちゃんは私の返事で目元を緩ませ眉尻は下げながら、「ならいいけど」と控えめに笑った。
睦「……次は私。そよ、誕生日おめでとう」
そよ「紅茶セットだ! 6種類もあるね~」
睦「……実は私用にもう1セット買ってある。2人でお気に入りの紅茶、探そう」
そよ「いいね、それ! すっごく楽しそう♪」
祥子「私も! 私も混ぜてくださいまし!」
睦「……祥は自分で買って」
祥子「幼馴染がアイスティーのように冷たいですわ!?」
そよ「ふふっ、さきちゃんが好きそうなのちゃんと教えてあげるから。むつみちゃん、ありがとう♪」
私と同じく紅茶党なのにぞんざいな扱いでショック顔のさきちゃんを慰めつつ、むつみちゃんに私の好物に歩み寄ってくれた嬉しさを伝える。
ささやかな微笑みを向けてくれる彼女はプレゼントを渡す時から瞳が煌めいていた。喜ばれる自信があったからだろうな。むつみちゃんもお気に入りの紅茶探しが楽しみにしてることまで、その表情から伝わってくる。1年前はバンドのときつまらなそうに顔を沈ませていた、あのむつみちゃんが、ここまで豊かな表情するようになったんだな……。
彼女と積み重ねた記憶が静かに流れ、胸の奥がじんわり疼いた。
祥子「気を取り直しまして! 最後は私ですわね。そよ、おめでとうございます」
そよ「この瓶、アロマオイルだね」
祥子「そよの好きなアールグレイを贈らせて頂きましたわ。これで気分良く癒されてくださいまし?」
そよ「うん、使うのが今から楽しみ! ありがとね、さきちゃん」
お気に入りの紅茶の匂いを選んでくれた手堅さに感謝しつつ受け取る。楽しいときははっちゃけガチなさきちゃんだけど、こういう大事なところは外さないんだよね。
普通に嬉しいプレゼントをくれたさきちゃんに笑顔を返しつつ、もらったプレゼントを見渡す。
アロマオイル、紅茶セット、松脂、アルバム。馴染みあるものだけに、無意識に値段を見積もってしまう。
……どれもクラスメイトからのプレゼントと大して変わらない規模なのが引っかかった。
(ううん、プレゼントは気持ち! バレバレだけどサプライズでお祝いしてくれるだけで十分嬉しいことだし、それ以上望むなんて贅沢だよね……)
素直な喜びが胸に満ちていて、自然と頬は緩んでいた。なら、いいんじゃないかな。結び目のような引っかかりより、みんなの好意に目を向けよう。澄み渡る快晴の空に綿雲がポツンと浮かんでるくらい、何でもない気の迷いだと思い直した。
そよ「みんなありがと! 大事に使わせてもらうね♪」
睦「……それは私達があげたガチャガチャをつけてくれてるから信じられる」
立希「あぁ。GWに渋谷で遊んだとき、癇癪起こしたそよに献上したな」
そよ「その節はどうもすいませんでしたね!」
祥子「あの時のそよは珍しく怒りを露わにしてましたわよね」
それは私へのガチャガチャ選びのときだけ、好みがパッと思いつかないみんなが悪い。別に本気で怒ったわけじゃないから、今となっては笑い話なのだけど。なんだかんだ、みんな私の好みとか分かってくれてると証明してくれてるし。
燈「でも、あの日も楽しかったね。歩き回って疲れたけど」
祥子「えぇ! またみんなで渋谷を回りたいですわ!」
そうして話題は盛りだくさんだった渋谷散策の話に移っていく。
でも私は、その日に出逢ったある物を思い出して、会話に参加せず考え事に耽ってしまう。
(そういえば、その日ココロドロップ見つけたんだよね。みんなとお揃いのアクセサリーを買おうって話になって、見繕ってたらまさにCRYCHICって感じのアクセに出逢ったんだけど……)
結局は売り切れで買えなかったそれが脳裏に蘇る。
名前の通り心の雫を象徴したような涙のフォルム。瑞々しい器に生命力溢れる自然の意匠。雄大かつ繊細な時の流れを感じて、積み重ねてきた思い出が色鮮やかに想起させられる。心の叫びを洗練させる私たちに、ぴったりなアクセサリーだと思った。
私はそれを、みんなで一緒につけたシーンを毎日のように妄想しては、今みたいに浸っていた。それくらいCRYCHICのお揃いが欲しかったから。
(……って。ついさっきみんなからプレゼントもらったばかりなのに、別の物に執心したら失礼だよね……)
心から嬉しいプレゼントよりも囚われるなんて、何て薄情なんだろう。でも夢に浮かぶような心地よさに抗い難いのが答えな気がする。そんなにアレが惜しかったんだ……。
祥子「……よ。そよっ!」
そよ「……えっ?」
立希「えっ? じゃないよ。さっきから全然喋ってないけど、眠いの?」
そよ「あ~……うん。あんまり夜更かしになれてなくて……」
みんなへの勝手な罪悪感から咄嗟に嘘で合わせてしまった。
でも実際日付も変わって良い時間だから、本当に寝ようかな。
睦「……今日の主役に、無理させるのは不本意」
燈「うん。もう、寝る?」
そよ「ごめんね。あと、お祝いしてくれてありがと! 嬉しかった! おやすみ♪」
4人「おやすみ(なさいませ)」
そのままリビングで寝るという4人と別れて、自室に入った。
勉強机にプレゼントを飾るように並びべてみた。気まぐれにさっき話題に挙がったGWのガチャガチャも、贈り主を揃えて添える。あぁ、勉強する所なのにプレゼントだらけで賑やかになっちゃった。
今月は貰ってばかりな月だったな。ついでにあの日ココロドロップを買えていれば、文句無しだった——
(……アクセサリー1つにそこまで執着するなんて、おかしいよね)
自分でもしつこいと感じてしまい、かぶりを振りながら自嘲気味に嘆息する。
1人で抱え込むくらいなら、みんなに欲しいって打ち明けて一緒に買おうと誘うべきかな。でもあれっきりアクセサリーの話題はあがらなかったから、少し切り出しづらい。みんなとお揃いにしたいという願いと併せて、私だけ拘り過ぎてるみたいで、恥ずかしいのだ。
まぁいつかチャンスがあるよね、と踏ん切りをつけながらプレゼント達に背を向け、ベットに入る。
消灯して真っ暗にしたけど、遊んだり喜んだりしたばかりだからか、まだ眠くなかった。
だから私はその平凡だけどささやかな幸福に浸りながら、睡魔がやってくるのを待つのだった。
その日は、ずっと欲しがっていた宝物を大好きな人たちと一緒に揃えられて、喜びを爆発させたような胸の高鳴りを夢見た気がした。
☽ ☽ ☽
カチャ、キィ……
ト……ト……
カサッ
ト……ト……
パタン