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朝。幸福が泡沫のように消えた空しさと共に、目を覚ます。
ベットから出ようとしたら、枕元に覚えのないラッピング袋を見かけた。
なんだかクリスマスみたいな状況を訝しみながら、ぼんやりとした頭でとりあえず開ける。
「……え?」
夢にまで見たココロドロップが、そこにあった。寝ぼけてるのかとほっぺをつねる。痛みで現実と分かると、覚醒と共に思考が錯綜し始めた。
(なんでコレが、ここに? なんで私が欲しがってるって分かったの? なんで今? プレゼントなら昨晩貰ったのに、なんでコレも? なんで……ここまでしてくれたの……?)
本来嬉しいはずなのに、色んな『なんで』で埋め尽くされてしまう。
でも唯一、贈り主達だけは分かりきってるから。
私はそのままの恰好でアクセサリーを握りしめたまま、寝室から飛び出した。
リビングは窓から朝陽が射し込んでいて、白い輝きに満ちていた。
そのせいか、既に制服に着替えていた4人がなんだか眩しく見える。
そんな大げさな感傷を抱くのは、これからの展開を予感したからかもしれない。
「ね、ねぇちょっと! これ……!」
大げさな感傷を張り上げた声で振り払いながら、握っていたものを掲げた。
「いつも落ち着いてるそよが身だしなみや挨拶より先にそれ? 本気で混乱してるか寝ぼけてるみたいじゃん」
「えぇ、まるで枕元に置いてあったプレゼントに興奮してる子どもみだいですわね」
「……この季節にサンタなんて、珍しい」
「き、きっとそよちゃんがいつも優しくていい子だから——」
「そういう茶番要らないよ! これ、みんなで渋谷行ったときに見つけたアクセサリーでしょ? なんで……」
どうしてこれをプレゼントしてくれたの? あの時あからさまな態度に出してなかったはず。あれ以来話題にも出してないのに。どうして、私が欲しがってるって……。
「そよがそのアクセサリー気に入ったって、私達が気づかないと思ってたの? 舐めすぎ」
「……そよは、極稀に感情隠しきれてない。私達は、ちゃんと分かってる」
それは1年前なら自覚がある。バンドが楽しくなってきた頃とかはクラスメイトにも見抜かれるくらいだった。
でもアクセサリーのときも、そんなに分かりやすかったんだ……。
「そよちゃん。こっちが本命の、サプライズプレゼントだよ。昨日以上に驚いてるみたいで、よかった」
「ということで、遠慮なく受け取ってくださいまし?」
「でも、プレゼントは昨日……」
どうして追加でこれをくれたのか、なんで昨日一緒に渡さないで今なのか、気になることはあったけど。
疑問以上に……虚しい。
(違うの、私1人だけこれ持ってても意味なくて。どうせ気づくならそこまで気づいて欲しかったのに……)
掲げていた手を力なく垂らす。思わず視界が床に向いてたと気づいて、直ぐに意識して口角を上げた。
よく分からないところもあるけど、みんなが私のためにプレゼントしてくれたのは確か。なら、ここはいつもみたいにとりあえずお礼しなきゃ……。
(あぁ、結局みんなにもこうなんだ……)
クラスメイトへの儀礼的な対応を思い出しながら。
私は萎む心を奮い立たせて、けれど顔までは上げれずに笑声を上げた。
「……あははっ。ビックリしたけど、う、嬉しいよ。ありが——」
「——外面に逃げなくていいから。分かってるって言ったでしょ」
鋭く、でも怒りを感じない声に遮られて反射的に口が止まる。私は相手の感情が読めなくて、目線を上げ相手の顔色を伺った。
たきちゃんは——難しい顔をしていた。何て言おうか迷ってるような、なんで口挟んじゃったんだというように頭をかきながら。
「では、トップバッターは立希ですわね」
「……素直に、ね」
「立希ちゃん、頑張って」
それでも3人から背中を押された彼女は、目を閉じて一息つき、覚悟を決めたように私を一直線に見てきた。
——制服の襟元に隠されていたチェーンを引っ張り上げ、雫型のアクセサリーを露にしながら。
「それ……!」
分かってるの意味を、今理解る。私に贈ったココロドロップを彼女も身に着けているということは、お揃いという願いまで叶えてくれたということで……。
でも驚いた心が理解に追いつかない。そんな私を待たず、たきちゃんは口を開く。
「そよ。1年前……バンド結成したての頃さ。苦労したでしょ」
「……え、えっ?」
「だから……私が、空気乱すようなことばっかり言って。いっつもそよがフォローしてくれたじゃん。今さらだけど、ごめん」
いきなり何の話かと思ったけど、去年を思い出しながら咀嚼する。
確かに彼女は、お姉さんの話題で感じ悪い態度返して、素人のともりちゃんにも容赦なく厳しいこと言ってた。
でも素直じゃないたきちゃんが、そんな前のことを謝ってくると思わなかった。どうして今さら、そんなことを?
「もしフォローしてくれるそよがいなかったら。私のせいでバンドはまとまらずに、崩壊してたかもしれないから」
ただ。私の願いを完璧に叶えてくれた上で、真剣な顔するたきちゃんにとって。それ相応に大事なことを言おうとしているのは、すんなり伝わって来た。
「私は、今でこそ大切に想ってるこの場所に、馴染めなかったかもしれないんだよ。だから……ありがとう。そよがいてくれて、感謝してる」
「……!」
希にしか見ない、たきちゃんの優しい眼差し。照れすら見られないその表情から、どれだけ純粋にそう想ってるか伝わってくる。私は……胸奥が震えるくらい戸惑った。
だって、こんな心に来ること言われるなんて想像もしてなかったから。こういうのはいきなりされると困るのに。
けれど2人目は、動揺する私を待ってくれなかった。
「……空気悪くしてたのは、私も。ほとんど喋らなかったし、全然笑わなかったから……そよを困らせてたと思う。ごめん」
「そ、そんなこと……」
ない、とは言い切れない。
首元のチェーンをつまんでアクセサリーを見つめる、無表情のむつみちゃん。
あの頃の彼女は人形のように表情が凝り固まっていて、何考えてるのか分からず接しづらいところは、あった。
「……そよがいつも雰囲気良くしようと頑張ってくれたから、まだバンドもどきで保ってた。そよがカラオケを提案してくれたから、私もみんなと一緒に楽しいときを過ごせて、もどきはバンドになり始めた。ありがとう、そよ。そよのおかげで、今に繋がってる」
「……」
でもそんな彼女は今、白い陶器のような頬をふわりと綻ばせている。
たおやかな若葉が芽吹いたみたい。その成長を尊く想うからこそ、言葉が心に届く。あの頃から今に繋がってきたお互いの軌跡を、肯定したいから。
たきちゃんから始まった感謝の言葉が、私の中にスルリと流れ込む。奥底から穏やかな叫び声があがり、じんわり広がっていく。
「あの頃のことなら、私が一番そよちゃんに、感謝してる。歌えなかった私を優しく励ましてくれて、歌えるようにカラオケに連れてってくれて、歌いやすいようにって気遣ってくれた」
ともりちゃんはあの頃、知らない世界に迷い込んだみたいにビクビクオドオドしていた。明らかに気が弱そうな彼女を楽にさせようとした気遣いが、一番多かったかもしれない。
「きっと、そよちゃんがいなかったら、CRYCHICのボーカルになれなかった。大好きな居場所に、いられなかった。ありがとう、そよちゃん。私を、助けてくれて」
「……ともりちゃん」
アクセサリーを両手で掬うともりちゃんは、眩しいくらい純粋な好意と感謝を笑顔に燈らせていた。
……違うんだよ。私は、せっかく入ったバンドが良い場所にしたかっただけで。だから手を差し伸べるのだって当たり前、なはずなのに。
体の内側から熱が溢れて、目頭に突き刺さる。とうとう誤魔化せなくなってきた。
「そよ。バンドのまとまりだって、発足人である私が気遣うことでしたのに。バンドの方向性や、歌えない燈のケアをしたりと音楽のことばかりで、結局貴女1人に押し付けてしまいました。ごめんなさい……」
「さ、さきちゃんが謝ることなんて……!」
本当にない。彼女が一番雰囲気を乱す要因のない子だったから。
ただ当時からリーダーリップが強くて目線が前に前にと行きがちだから、私ほど向いてなかっただけ。
「そうですわね。やっぱり、ありがとう、ですわ。そよと出逢い、バンドに誘って本当の本当に良かったですもの! だから貴女が生まれてきてくれたこの日が、自分のことのように喜ばしいんですの!」
「——」
出逢った頃から、お日様みたいに笑う子だった。あれからより明るく、いつも祥福そうに笑う彼女が大好きだった。
さきちゃんだけじゃない、ともりちゃんもむつみちゃんもたきちゃんも、みんな大好き。私こそみんなとの居場所が守れたならそれで十分だから、こんな大げさに感謝されるようなことじゃ、ないのに……。
嬉しそうに、誇らしげに掲げられたココロドロップ。銀色の雫は窓から差し込む朝陽を反射して、私の目を奥まで射し貫く。きっと、その眩しさのせいだ。
だから……込み上がっていたものは、零れてしまったんだ。
「み、みんな……ズルイよ。あれから一度も話題に上がらなかったから、みんなはどうでもいいのかな、って思ってたのに。こ、こんな……不意打ちみたいに……」
唇のわななきと喉の震えが、揺さぶられた心臓で増幅され膝までうつる。みんなから貰った宝物を抱きしめながら蹲ってしまう。涙でぼやけた世界に足音が4つ、直ぐに近づいてくれた。
「いや、不意打ちじゃないとサプライズにならないでしょ」
「本当は何度も言いそうになったんですのよ? だってあんなにCRYCHICらしいアクセサリーなんですもの! みんなで揃えたいに決まってますわ!」
「……燈も、ちゃんとボロ出さずによく頑張った」
「えへへ。ありがと、睦ちゃん」
俯く私に、みんならしい暖かい雰囲気がさんさんと降り注ぐ。暦的にはまだギリギリ春だから、これもきっと、春日影。冷たい傷
「そよ! このアクセサリー、ロケットペンダンドでしてね。中に写真を入れられますのよ!」
「……それで、渋谷で遊んだときのプリクラならちょうどいいサイズ、って話してた」
「私は、みんなの手で星を作ったの、貼りたいな」
「燈がそれなら私も」
「……じゃあ私は、立希がぶりっ子ポーズとってたので」
「機械に指示されて撮ったんだから私だけじゃないでしょ!」
「ふふっ、そよはどんな写真がいいですか?」
なんだかいつものギャグらしくなってきたところで、さきちゃんが楽しそうに振ってくる。
私は握っていたペンダントの、綺麗な草花が彫られた表面を開いて、夢想した。
大好きなCRYCHICのみんなから貰った、お揃いのロケットペンダント。私たちの証たる宝物の中に、どんな思い出をしまいたいだろうか。
「……今」
「今?」
「すごく、すっごく嬉しかった。人生で一番なくらい。こんなにあったかくて、優しくて、思い遣りの籠った誕生日は初めてで。誕生日って、こんなに満たされるものだったなんて、知らなかった。だからこの瞬間を撮って、この想いと一緒に、ずっと残したいな」
例えぐしゃぐしゃに泣き腫らした、みっともない笑顔でも、一生いつでも思い出したい。幸福な想いから紡がれた願いを、みんなも優しい笑顔で頷いてくれる。
さきちゃんがいそいそと制服のポケットからスマホを取り出して、撮り慣れてる私に預けてくれた。
小さい写真にするのを考慮してか、さきちゃんが私たちを抱き寄せ密集させる。私はインカメにしたスマホを上に掲げてみんなに合図した。
「それじゃ、撮るよー」
「えぇ——そよ、誕生日おめでとうございます!」
「これからもよろしく!」
「——ありがとう! こちらこそよろしく♪」
改めて贈られたお祝いの言葉に、幸福感を顔いっぱいに広げながらシャッターボタンを押す。
そこには、それぞれがペンダントを手にしながら、それぞれらしい笑顔を咲かせていた。
どんな宝石にも劣らないくらい輝いて見える、最高の写真が撮れたのだった。
誕生日というものに良い実感を持てなかった。近年は家族にもきちんと祝ってもらえなかったし。学校の子に祝われたときは嬉しさよりも相応の反応をしなきゃ、と気を張っていたから。
だから。自分の誕生日をこれ以上なく幸せに祝ってくれる人がいて。
それを心の底からただただ喜んで。自分が生まれたことを素直に認められる日が来るなんて、思ってもなかった。
いつかベットの上で膝を抱えていた暗闇の日々が、夜明けを迎えたように白く薄れていく。
「早く、このペンダントつけて、ライブしたいね」
「……燈がライブに積極的なのも珍しいけど、気持ちはよく分かる」
「えぇ! 楽しみですわね、立希!」
「はいはい……。まぁ、楽しみなのは否定しないよ」
私と同じくらいペンダントに愛着湧いてる4人の会話が胸に沁みて、また視界が滲む。心が凝縮した熱い結晶は頬を伝い、ココロドロップに落ちる。雫は瑞々しく弾け、窓から差し込む陽光に煌めいて散った。
(あぁ……私の、宝物。みんなも大切にしてくれる、私たちCRYCHICの象徴……)
愛おしくて、満たされ過ぎて。両手で宝物を握りしめる私の傍には、お互いを大切に想い合う友達がいる。
過去を溶かし未来を照らす陽だまりに囲まれる中、私は人生で一番運命に感謝した。
CRYCHICに巡り合わせてくれて、ありがとう。
私と一緒に歩んでくれて、ありがとう、みんな。
もう私は、誕生日が愛でたい日だって、信じられるよ。
「じゃあ、みんなで登校しよっか!」
私は、鳥が大空に羽ばたいていくように身軽な気分で立ち上がる。
そうして、これからもずっと一緒にいる運命の4人と、日常を歩んで行くのだった。