〇流れるプール
祥子「さて、最初は水慣れも兼ねて流れるプール、という話でしたわね!」
そよ「そうだね。そういうつもり、だったんだけど……」
燈「えっと……流れるプールって、人を飲み込むほどの波が立つの?」
立希「いや、そんな派手なもんじゃなかったはず。……私の知ってる流れるプールは、だけど」
睦「……超激流プール、なんて名前から察するべきだった」
目の前に広がるプールでは、海かと思うくらいの波が、しぶきを上げて流れる人を水没させていた。
……このプールでは全員浮き輪をつけてるので、底に沈む人はいなさそうだけど。揺蕩うような大人しさをイメージしていた身としては、あまりの激しさに見てるだけでも背筋が凍るものがある。
おかしいな。まだプールにも入ってないのに、猛暑を忘れそうになるなんて。
睦「……説明プレート読んだけど、ここでは通常の3倍速く流れるのと、定期的に発生するさっきみたいな大波が売りみたい」
そよ「あんな波にしょっちゅう襲われると思うと、流石にちょっと怖いね……」
燈「う、うん。溺れないかな……」
祥子「ホラ見なさい立希! ちゃんとスリルが待ってたじゃありませんか!」
立希「はいはい、私の負けだよ。まさか非常識はっちゃけお嬢様の基準で作られたプールがあるなんて、想像もしなかったんだよ……」
そよ「あと泳げない人は利用しないでくださいってあるね。ともりちゃん、大丈夫そう?」
燈「一応……。水泳の授業で、25mくらいなら、なんとか泳げるくらいだけど」
立希「あと睦……は、なんとなく泳げそうな気するけど」
睦「……疲れるまでは、泳いでいられる。水に浮かぶのは得意」
祥子「全員問題ありませんわね! ではいざ、激流に飲まれましょう!」
立希「イヤな言い方すんな、本当に飲み込まれて溺れたらどうすんの」
たきちゃんこそ不穏なことを言わないで欲しい。そうツッコミたくても軽口が叩けない私は、さっきの大波で少し怖気づいていたらしかった。
……みんなで無事に戻ってこれるといいなぁ。
『全員浮き輪は装着しましたねー。では、絶対に浮き輪から外れないように流されてくださーい♪ ……絶対ですから』
笑顔なのに目だけ笑ってないスタッフが絶対を2度も繰り返しながら、私たちを超激流プールに送り出してくれた。
睦「……立希。絶対手を放しちゃダメだって。絶対だよ」
立希「そのフリはシャレになってないんだよ。お前こそ、大波に飲まれても手離すなよ。……絶対だぞ?」
睦「…………」
立希「『浮き輪が外れたらどうなるんだろう……』みたいな顔と沈黙やめろ! ただでさえ睦は貧弱だから心配なんだよ!」
そよ「ともりちゃんもね。浮き輪にしがみついてるんだよ?」
燈「う、うん……! ずっと全力で、握りしめてるね……!」
そよ「流されてるだけの間は楽にしていいんだよ! ずっと力込めてたら疲れちゃって、肝心なときに力入らないじゃない!」
祥子「みんな! 早速波が来ましたわ!」
どうやらずっと後ろを向いて待ち構えていた……というより待ち望んでいたらしいさきちゃんが喜々として叫ぶ。
でも今回は水飛沫もあがらないほどの、大人しい波だった。浮き輪ごと持ち上げられて、すぐに押し流される。飲み込まれるようなことも全然なくて、私は拍子抜けした。
そよ「これくらいなら平気そうだね。むしろ波乗りみたいで楽しいかも!」
立希「確かにね。こういうのでいいんだよ」
祥子「そうでしょうか……。さっきの大波くらい激しいのが欲しいですわ……」
睦「……祥だけはそうだろうと思った」
燈「祥ちゃんはブレなくて、流石だね」
なんて言いながら、私たちはしばらく平穏に流されていた。
波がなくてもそこそこ速いから、自分で泳ごうとしなくても勝手に流れていく。楽で気持ちいい感覚に、私だけでなくみんなも、たきちゃんですら笑みが浮かんでいた。
立希「これを浮き輪に寝そべるみたいな恰好で楽しめたらなぁ。もっと楽に浮かびつつ空も眺めながら流されてて、最高なんだけどなぁ」
そよ「ドーナツ型の浮き輪に体入れてるから、立ち泳ぎの恰好だもんね。たきちゃんの言う事も分かる」
睦「……それやったら、絶対出禁だろうね」
立希「浮き輪に寝そべってたら、絶対波で沈むからね」
祥子「いっそ、浮き輪をボード代わりにしてサーフィンできたら楽しそうじゃありませんか?」
燈「祥ちゃん。ちゃんとサーフィンできるプールもあるんだから、そこで楽しもうよ……」
そよ「そこそこ流れも速くて波もあるのに、さきちゃんにはそれだけじゃ物足りないみたいだね」
祥子「さっきの規模ではそうですわね。しかし……今回はどうやら違いますわ……!」
後半から色めきだったさきちゃんの声に、私たちはギョッとして顔を見合わせ、一斉に後方を振り向く。
来た。白い飛沫を上げながらせり上がった水面が、猛スピードで迫ってきてる。さきちゃんの言う通りさっきと違う、空が見えなくなるほど高い波が、鎌首もたげて襲い掛かってくる……!
「キャ~~~!!!!(♪) ゴポポポポ……」
全員悲鳴(1人楽しそうだったけど)を上げながら、私たちは今度こそ水の中に飲まれた。でもそれも一瞬のこと、浮き輪のおかげですぐ浮き上がり、青い空と塩素混じりの空気を味わう。
とは言っても。爽快な気持ちになることもなく、むしろ逆の感情が渦巻いていた。
祥子「プハァ! 良い波でしたわね!」
そよ「どこが! 自分より遥かに高い波の恐ろしさでいっぱいだよ!」
燈「う、うん。凄い勢いで、浮き輪があるのに、沈められるくらい強かった……」
立希「うっかり浮き輪から手離したら、本当に溺れただろうね」
笑顔のさきちゃん以外、みんな顔を青くして消沈していた。さっきまでのほのぼの楽しい雰囲気が嘘みたい。
私たちの間でふつふつ芽生えた考えを、むつみちゃんがボソリと零す。
睦「……もうさ、ここはいいんじゃない? あがろうよ」
そよ、燈、立希「異議なし!」
祥子「そ、そんな~! もう1波くらい飲まれましょうよ~!」
立希「どんだけスリル味わいたんだよこのお嬢様は……」
物足りなそうなさきちゃんに逆らいながら、私たちは早々に激流が過ぎるプールを後にした。
その後、私たちは何の流れもない普通のプールで口直しした。さきちゃんだけ唇を尖がらせて退屈そうだったけど、私たちは浮き輪に寝そべり平和な時間を堪能したのだった。
〇みんなでウォータースライダー ~ウェーブストリーム~
祥子「さぁさぁさぁさぁ! みんな十分休んだでしょう!? そろそろあの、とてつもなく高くて長いアトラクションに行きましょう!?」
立希「ウォータースライダーな。確か名前は……」
睦「……ウェーブストリーム。高さ25m、最大径射角67度の、トコナッツパークが誇る最大のウォータースライダー」
燈「67度って、90度の4分の3だから……75%は直角、だね」
そよ「ちょっとともりちゃん、急に理系的にならないでよ。8割近く直角に落ちるって思ったら怖くなるじゃない」
睦「……ちなみに高さ25mを学校で例えると、3階建て校舎のおよそ2倍くらい」
立希「じゃあ私達はこれから、6階の高さからほとんど垂直に落下するってこと? 自殺じゃん」
祥子「どうしてそう恐ろしい想像に持っていくんですの。遊びなんですから、楽しいに決まってますわ!」
そんなポジティブシンキングは度胸が並外れたさきちゃんだけ、と言いたいところだけど。
常識的に考えれば中学生以上であれば誰でも遊べるアトラクションなのだ。実際、スライダーを見ればカーブがいくつも連続しながら高度を下げてるのだから、傾斜がきついところもどうせ最後の一瞬だけに決まってる。
私はオーバーなネガティブシンキングを恥じて溜息と共に吐き出し、明るい調子に切り替えた。
そよ「まぁ、みんな一緒にボートに乗って滑るんでしょ? みんな一緒なら怖くないよ、楽しもっか!」
祥子「その調子ですわそよ! ではウェーブストリームとやらに向かいますわ!」
睦「……まぁ、せっかく大型レジャープールに来たのに、最大のウォータースライダーとやらを体験しないのはもったいない」
燈「さっきみたいに、ボートにしがみついてれば、大丈夫?」
立希「今度は傍にいて助けてあげれるから。何があっても燈だけは私が守るよ」
そよ「他はどうでもいいみたいな言い方やめようねー」
1人でズンズン行ってしまうさきちゃんに早歩きで追いついてあげながら、私たちは階段を上ってスタート地点を目指した。
『みなさんボートに乗りましたね。ボートの取っ手からくれぐれも手を離さないように。絶対ですからね!』
5人(ここのスタッフ、やけに注意喚起がしつこいな……)
『それではみなさん、いってらっしゃーい!』
本当に6階くらい階段を登った先で、私たちのボートはスタッフに押し出されて流され始めた。
シャーっと、水面を滑っていくボート。遅すぎず早過ぎず。怖がりなともりちゃんも平然としてられるほどの、ちょうどいいスピードだった。
燈「思ったより、速くないね」
睦「……うん。もっと、最初からクライマックス、みたいなのを想像してた」
祥子「えぇ……正直期待外れですわ……」
立希「あのな。祥子の期待に応えるもんばっかりだったら、常識的な一般人はついてこれないんだよ」
そよ「でも確かクラスの子に聞いた話だと、このスライダーはカーブ曲がり始めてから急に激しくなるって……」
睦「……それって、今がジェットコースターでいう最初のゆっくり上がっていくところ、ってこと?」
燈「あっ、カーブ」
ポツリとつぶやかれた一言から、世界が急変した。
ズシャアアアア!
180度のカーブを、ドリフト走行で急旋回したみたいに強烈な圧が、身体を横殴りに引っ張ってくる!
立希「ちょっ、急に遠心力ヤバ過ぎ!」
そよ「ふ、振り落とされそうっ!」
祥子「楽しくなってきましたわね! ほら、このカーブから傾斜がきつくなるから……」
睦「……ボートで先が見えないからまさかとは思ったけど、まさかもう67度の傾斜が……」
燈「——へ?」
間抜けな声を耳にした瞬間、落ちるように急加速しだした。
そよ(嘘でしょ、こういうのって最後のお楽しみ的にとっておくものじゃないの!? いきなりこんな傾斜にしたらずっとこのスピードが続いちゃうじゃない!!)
自分の常識的な推測を裏切る設計に怒りが湧いてくるけど、すぐにそれどころじゃなくなってくる。
視界が高速で流れていく様は本当にジェットコースター地味ていて、でもセーフティバーのような体を固定するものなんてない。つまり自分の腕だけで踏ん張らなきゃ、本当にボートから放り出されて大変なことになってしまう。それだけでも十分怖いのに、ボートは断続的な浮力でも働いてるのかバウンドしてて、グワングワン揺らされ恐怖心は煽られっぱなしだった。
燈「は、速い! 揺れる! また怖い~!」
睦「……燈、手、離しちゃ、ダメ」
祥子「あら、睦も珍しく顔を力ませて余裕がありませんわね」
立希「1人だけ顔眺められるくらい余裕か——って、猛スピードでカーブに突っ込もうとしてるんですけど!?」
そよ「最初のスピードでも十分凄かったんだよ!? このスピードじゃ洒落にならないって!」
さっき以上の圧を覚悟しながら必死にボートにしがみつく。本気も本気で体を抑えつけてるのに、それでも暴風雨みたいな勢いに負けそうで思わず目をつぶる。
あぁ、どうかゴールまでこの身が無事でありますように……。
睦「……これ、ヤバイ。ボート、命綱」
燈「~~~~~~ッ!」
そよ「あとどれくらい!? 目開けてられないから誰か教えて!」
祥子「そんな、もったいないですわよ! この振り回される勢いもですが、高速で流れていく景色もまた最高だというのに! あら、ここからカーブが連続しますのね」
燈「ま、まだ続くの……!? た、たきちゃ、たすけ……」
立希「ゴメン燈! 私もボートにしがみつくので精一杯!」
祥子「仕方ありませんわね。ほら燈、私が捕まえておりますから」
燈「は、はなしちゃ、や……」
立希「てか祥子、私も支えて!」
睦「……私、も」
そよ「さきちゃん余裕ありそうだし私も!」
祥子「私の手は2本しかありませんわよ!?」
カーブの連続で散々ぐちゃぐちゃに振り回された後、やがてボートはゴールのプールにザパァンと飛び込む。
流れ着いた後も、さきちゃん以外の私たちはぐったりしたまましばらく動けずにいた。
祥子「ココナッツパークが誇る最大のウォータースライダー……その謳い文句通り、最高に楽しめましたわ! 凄まじいスピードで高所から下りながら、しかも激しい揺れを楽しめるなんて……! みんな、もう一度——」
そよ、睦、立希「行きませんわよっ!!」
祥子「私の口調を真似てまで被せなくてもいいでしょう! ねぇ燈……燈?」
燈「……まだグラグラする……体にちから、はいらなぃ……」
そよ「あぁ、これは三半規管の弱さも影響してそうかな? でもウォータースライダーでもこうなっちゃうか……」
睦「……無理もない。さっきのは全力でヤバかった」
立希「燈、とにかく休もう。歩けそう?」
祥子「このぐったり感は無理そうですわね。私と立希で運びましょう」
こうして私たちはまたしても休憩を挟むことになった。……ここのプール、なんかしんどいものばっかりじゃない?