〇スライダーレース
「ひゃっほーい! ですわー!」
ともりちゃんを寝かせて休ませてる間。さきちゃんは長い滑り台みたいなウォータースライダーを1人で楽しんでいた。下で待っててあげてる私とむつみちゃんも、ともりちゃんの傍についてるたきちゃんも、ウェーブストリームに体力と元気を根こそぎ奪われてしまっていた。
そよ「さきちゃんがやってるスライダー、短いけどすっごい傾斜だね」
睦「……フリーフォールスライダー。高さは23mを、傾斜60度で一気に滑り降りる。その速度は最大で時速60キロらしい」
そよ「車のスピードじゃない。そのスピードでほとんど落ちてるようなものなのに、さきちゃんバンザイする余裕あったよ?」
睦「……落下する恐怖で体がすくむとかありえなさそうだね。ほら、手ブンブンふりながらこっちに走って来てるよ」
祥子「そよー! 睦ー! 写真や動画、撮ってくださいましたか?」
そよ「はいはい、撮ったから一旦休んで落ち着こうね」
睦「……このままだと、祥と私達で風邪ひくくらいの温度差生まれちゃう」
祥子「もう、そんなこと言うくらいなら2人も滑り落ちればよかったですのに。私だって、1人で滑ってるの寂しいんですのよ? なんでしたら今からでも一緒に……!」
そよ「元気になったらやってもいいかなって思ってたよ? さきちゃんが滑ってるところ見るまではね」
私「……右に同じ」
言い過ぎではなく、きつい傾斜にさしかかるとき、ほんの一瞬とはいえ、さきちゃんはふわっと浮いてた。しかもこのスライダー、さっきみたいなボートじゃないからしがみつくものもなにもない。
流石にバンジージャンプ一歩手前みたいなスリルは、謹んで遠慮する私たちだった。
祥子「そんなことおっしゃらずに~! せっかくみんなで来てるのに、これ以上1人は嫌ですわ~!」
一人ぼっちが虚し過ぎて涙目なさきちゃん。確かに可哀そうだからなんとかしてあげたいけど、私は穏やかに楽しみたい派だから、さきちゃんの極限体験を求める熱量にはついていきづらい。
そしてそれは、隣で「……仕方ないな」と嘆息するインドア派も同じだった。
睦「……祥が退屈しないように、立希を焚きつけてあげるから。それで我慢して」
そよ「知らないところで生贄にされるたきちゃんかわいそう。せめて無事を祈ってあげよ」
祥子「そんなこと言ってるそよからは全然哀れみの感情が見えませんが。まぁ1人で滑るよりは遥かに楽しそうですわ! 燈と立希のところに戻りましょう!」
疲れるどころかどんどんエンジンが温まるばかりなさきちゃんの後ろで、私とむつみちゃんはやれやれと顔を見合わせてついていった。
立希「——祥子と一緒にウォータースライダー滑れって? やだよ。体力バカの祥子に付き合ってグッダグダに疲れ果てるくらいなら、燈の傍で一緒に休んでる」
祥子「そんなつれないこと言うと思いましたわ」
陰で横になってるともりちゃんへ向いていた黒い頭は、私たちの方をピクリとも振り返らずに、拒否だけ寄こした。
予想通りにべもない反応に、早速さきちゃんがむつみちゃんにアイコンタクトして頼る。
静かにサムズアップしたむつみちゃんが、ともりちゃんへと近づいた。
睦「……燈。少しは回復した?」
燈「う、うん。祥ちゃんが滑る、というか落ちてるところも、見てたよ」
睦「……そっか。祥ぐらい頑張って遊ばなくてもいいけど。でもせっかく楽しいところに来たからには、横になってるよりかはそういう楽しそうなところ見てた方が、気分いいよね」
燈「そ、それは……そう、かな?」
祥子「……きっとそうだよ。——ところで祥、今度はここ行って来たら?」
そよ「サーフヒルスライダー? ……薄いマットに腹ばいになって、コブ付きの下り坂を滑り降りるサーフヒルだって」
祥子「さーふひるというのはよく分かりませんが、真っ直ぐ滑り下りるのはさっきのと似てますわね」
睦「……そのスライダーはレーンで区切られてるから、レースみたいに競えると思う」
私とさきちゃんがパンフレットを見ながら相槌をうってると、むつみちゃんはいよいよ本題に入ろうとしていた。
彼女は空を見上げながら、独り言の体を装ってるだろうにまぁまぁの声量でぼやく。
睦「……あーあ、誰か祥の対戦相手として名乗りでないかなぁ。休んでて退屈な燈も、見てて楽しい思いできるだろうなぁ」
立希「……」
あまりのわざとらしさに、たきちゃんがめちゃくちゃ嫌な顔しながら振り返ったほどだった。
睦「……燈のために、楽しい思い出を作ろうっていう、優しくて頼りになるカッコイイ友達はいないかなぁ~。……チラリ」
立希「チラリ言いながらガン見すんな。そよも祥子も」
そよ「うーん、でもさきちゃんと勝負できそうなの、たきちゃんしかいないからなぁ」
立希「だから、勝負しないって。私だってそんな毎回毎回乗せられるほどチョロくない——」
祥子「度胸比べじゃ私の足元にも及ばないと、そうおっしゃえばいいじゃないですか」
たきちゃんの眉がピクッと反応したのを、私とむつみちゃんは見逃さなかった。
生来の負けず嫌いか、それともさきちゃんを優秀なお姉さんと重ねてるからか。さきちゃんから劣ってると揶揄されて、簡単に聞き流せるたきちゃんではなかった。
立希「…………そんな、チョロく、は……」
今は挑発を流そうと何とか堪えてるけど、それは無駄な抵抗でだろうな、と思っていると。
さきちゃんの良く通る声が、風もないのに微妙に揺れる黒髪へ追撃していく。
祥子「ただ滑り降りるだけです。技術ではなく、どれだけ躊躇わないかという精神面の問題ですわ。どうやら傾斜もそれほどじゃありませんのに、燈と違って回復してるのに、それでも私から逃げるのでしょう? まぁ仕方ありませんわね、立希が私に敵うはずありませんもの! オーッホッホッホ!」
悪役令嬢のテンプレみたいに手を口に添えて高笑いするさきちゃんに、ついにたきちゃんの背中がプルプルと震え出した。まるで、火山が噴火する寸前の振動みたい。
立希「…………やってやるよこのヤロー!!」
祥子「それでこそ私が認めたドラマーですわ! さぁ、参りましょう!」
そよ(さきちゃん怒涛の煽りだったねー)
睦(……自分であれだけ煽れるなら、私のお膳立ても要らなかったんじゃ……)
立希「負けた方が後でお昼全奢りだから!」
祥子「敗者の証として罰を設けるとは、見上げた根性ですわね!」
立希「うるさいっ! 言いたい放題言いやがって、絶ッッッ対吠え面かかせてやる! そよ、ジャッジして!」
そよ「はいはい。むつみちゃんはどうする?」
睦「……燈の傍で、一緒に眺めてる」
燈「ふ、2人とも。よく分からないけど、頑張ってね」
立希「うん。私が祥子を負かすところ、見てて!」
祥子「笑止! 私の華麗な滑りっぷりで立希を置き去りにするところを見せてあげますわ、燈!」
燈(2人とも、どうして相手の負け姿を私に見せたいんだろう……)
困惑顔のともりちゃんに私は苦笑いで手を振ってから、鼻息荒く大股で突き進んでいく2人についていった。
私はその顔を後ろから盗み見る。片方はさっきまで退屈そうに萎えていた瞳が、精気で活き活きと漲っていた。そしてその隣も、怒った顔してるけど声が明らかに活気付いてるから、似たようなものだと思う。たきちゃんはさきちゃんに勝負を挑まれるのが、本音では嫌じゃないから。
そんな、2人の間でしか生まれない表情と、2人にしかない関係を見て。ふと過る。
そよ(……そういえば、私には2人みたいな関係の人、いないな……)
今まで好敵手なんて考えもしなかったのに、妙に意識を引っ張られる。
どうしてそんなことが気になるのか、どうして胸に隙間風が通ってるような空虚感を抱えてるのか分からないから。
私は全部気の迷いだと決めつけて、忘れるためにさきちゃんとたきちゃんの会話に混ざった。
立希「ウオオオオオオオッ!」
祥子「ハアアアアアアアッ!」
マットをお腹に敷いて、両腕を前に伸ばしながら真っすぐ滑り降りる2人は、なんだかスーパーマンみたいだった。……やってることは小学生並みに低レベルだけど。
そんな様子を、私はゴール地点付近でスマホを構えながら待っててあげていた。すごくアホらしいと思いながら。
スタッフの合図(レース的なものではなく、滑っていいですよー、的なもの)により飛び出した2人は、他の参加者がヒクくらいのロケットスタートを切り、現在先頭を競ってる。そして、低レベルな争いはさらに下回った。
立希「くらえ祥子っ!」
祥子「キャッ! 顔に水かけて妨害してくるとは姑息なっ、恥を知りなさいっ!」
立希「グッ、お前だってやり返してるじゃん、このお子様お嬢様!」
祥子「先に仕掛けてきた貴女にだけは言われたくありませんわ、このひねくれ幼児!」
お互いに足引っ張り合いながら勝利をもぎとろうとする画に、醜いと思わずにはいられない。まぁ、こういう仲良しな2人も嫌いじゃないのだけど。
……知り合いと思われないように、離れたところで撮ってよう。際どい勝負になった場合に備えて、一応動画にしていたのだ。
2人「おおおおぉ……ダッ!」
最後のコブで大ジャンプした2人は、滑るのではなく飛んだままゴールに突っ込むつもりらしい。でも跳ねるを大いに凌駕したその飛行は高すぎて……
ドッパーン!
ド派手な水飛沫をあげて、2人は着水した。その様子に周りにいた客全員は奇怪な視線を向け、監視員は眉を吊り上げて彼女たちの方に近づき、そこまで見届けた私は一人そそくさと逃げ帰るのでした。
祥子「スタッフさんに怒られましたわ~!」
立希「祥子が煽ってきたせいで、とんだ恥かいたんだけど!」
祥子「貴女だって水かけてきたじゃありませんか! あれだって怒られたでしょう!」
立希「元はといえば勝負すること自体ダメって怒られたでしょ!」
そよ「はいはい2人とも。この勝負はノーカンね。……二人の派手な水飛沫で、どっちが勝ったか分からなかったし」
祥子、立希「じゃあ何のために頑張ったんだ(ですの)、私……」
睦「……まぁまぁ。過ぎたことは水に流して、ちょうど12時だからお昼にしよう。勝負がノーカンってことは、2人の奢りになるね」
祥子、立希「はいは……」
ピタッと、2人の動きが止まってお互い顔を見合わせる。
立希「……よく考えたら、なんで勝負することになったんだっけ?」
祥子「確か……最初に勝負と言い出したのは、睦でしたわね」
睦「…………ひゅ、ヒュー、フス~」
祥子「口笛吹けてませんわよ」
立希「どっちにしても誤魔化されないから。諸悪の根源であるお前も金出せ!」
睦「……くっ。他人の金で食べるご飯がおいしいのに」
立希「金に困ってないお嬢様のくせしてキタナイ愉しみすんな!」
祥子「いつからそんな意地汚くなったんですの貴女は!」
そよ「それじゃ、3人の奢りってことで、行ってらっしゃーい♪」
燈「えっと、3人とも、ありがとう。あと、祥ちゃんと立希ちゃんの勝負、すっごく仲良しそうで、見てて楽しかったよ?」
ふんわり笑顔のともりちゃんに、何とも言えない難しい顔で押し黙る2人。この2人がセットになると、たきちゃんだけでなくさきちゃんも素直じゃなくなるのだ。
立希「あれで祥子と仲よしって言われるのは、不本意なんだけど……」
祥子「全くですわ。私は立希の低レベルなじゃれつきに付き合ってさしあげただけですのに」
立希「それを言ったら私はお前のしょうもない煽りに付き合ってあげただけだし!」
睦「……いつまでイチャついてるの。さっさと買い出し行こう」
立希、祥子「これのどこがイチャつきなんだよ!(ですの!)」
ギャースカギャースカ騒ぎながら歩いていく3人を見送りながら、私はさっき撮った2人の勝負動画をともりちゃんに見せる。何度見ても醜くて仲良しな2人のじゃれつき合いを、私たちは笑いながら見てるのだった。