プール遊びパートじゃありません。ただそよが自分を見失って暗いだけの話です。
ともりちゃんと一緒に陰で休んでいると。
「どうしてむつみちゃんは2人を勝負させたの?」と聞かれたので、私はここまでの流れを話した。
彼女は「立希ちゃんも災難だったね……」なんて苦笑いしたと思ったら。その笑みは儚い色合いに変わったから、私の意識は引き寄せられた。
遠くの空を見渡すように、少し細められた目が気になる。災難な目に自ら突っ込むたきちゃんを、果てしない先に浮かべてるみたいだから。
「立希ちゃんは、すごいね」
「……何が~?」
私も似たことを思っていたから、なんとなく言わんとしてることは想像ついた。
それでも訊いたのは、彼女がどんな想いを抱いたのか、その心に触れて確かめたかったから。
そうすることで。さっき気の迷いと切り捨てた感傷の正体を、掴めそうな気がした。
「祥ちゃんと、対等以上であろうと、してるから。祥ちゃんは勉強もスポーツもできて、音楽も凄くて、おまけにお家は私たちと住む世界が違う。完璧なくらい凄い祥ちゃん相手に、それでも負けないって張り合う立希ちゃんは、強くて、かっこよくて……祥ちゃんと違う意味で、凄い」
ともりちゃんが遠い目で凄いと割り切った想いは、よく分かる。今回の張り合いはとても程度の低い話だったけど。さきちゃん相手にあそこまで対抗心を燃やして楯突くことは、彼女を知ってる人間なら難しい。家柄成績才能魅力、あらゆる要素がその気にすらさせないから。
ともりちゃんに倣うように空を眺める。澄み渡った青の向こうにぽつんと浮かぶ雲は、何者にも囚われず流れゆくようだった。
私には無理な生き方を、素直に称賛する。
「確かに凄いよね。相手が誰だろうと屈さないたきちゃんも。それに、自分に闘争心むき出しでかかってくる相手を喜べるさきちゃんも」
そう、さきちゃんは楽しそうだった。いつも以上に無気になったり、他の人には決してしない挑発をしたり。
唯一自分に真っ向から立ち向かってくれるたきちゃんに、さきちゃんはきっと救われてる。それは逆も同じ。そんなさきちゃんだから、たきちゃんは本気で張り合えて活き活きできてるんだろう。
私には、2人が救われているとしか思えなかった。だって——私には、そんな相手ができる気がしないから。
(……あぁ、さっきの気の迷いは、こういうことか……)
輪郭を成してきた不快な感傷が、胸の内から暴れ出ようとする。喉の下で抑え込みながら、ともりちゃんへ私の想いを返した。
「私は、お互い気持ちよくぶつかり合える、2人の関係性が凄いって思ってた。本気で付き合えて、自分らしさを活き活きと発揮して。お互いを高め合うために必要な……特別な繋がり、みたいだから……」
語るごとに、心のコントロールが効かなくなる。口にした想いが毒のように体中を巡って心に還り、意識はぼんやりと侵されていた。
なんて奇跡的によくできた関係だろう。ただ自分らしく生きようとしてるだけで、そんなつもりもないのに相手を引っ張り上げていて、そんなこと望んでなかったのに助けられている。
どうやったらそんな関係を築けるんだろう。私は2人より仲良い人間関係を広く作っているはずなのに、そんな深い関係を創る術が全く想像できない。
……でも本当は1つだけ分かってることがある。それは目を逸らしたくなるような
だから私は、たきちゃんとさきちゃんが、あの2人みたいな関係が……。
「なんか……羨ましいかも」
「そよ、ちゃん……?」
ともりちゃんの伺うような声が、遠く聞こえる。あの2人と私を比べ始めて、意識は思考に支配されていた。
別に馬鹿みたいな勝負をしたいわけじゃない。ただ、自然に共存してるだけでお互いを輝かせる関係性が、眩しいだけ。
だって、手が届く気しないから。私は上辺だけの関係しか築かなかったんだ。そんな人が掴めるはずがない。
そこまで考えて、実は手を伸ばそうともしなかった自分に気付いて、虚な嫌気に襲われる。
(……今の私、良い表情できないな……)
ともりちゃんから顔を見られないよう、立って陰から離れていく。
日向に出るや否や目に痛い陽光を浴びせられ、私は手でひさしをつくり光源を見上げた。そのまま、届くはずもない相手に手を伸ばしてみる。私の掌が灼けるだけで、何も得られやしない。
遥か彼方からか、それとも私の真裏に伸びる影からか。分かってないお前には無理だと、嗤う声が伽藍洞な器に反響する。その通りだと思う。これは、
運命とは、星の巡り。1人の人間が願ったところで、叶うものじゃない。
(私は、特別な繋がりならCRYCHICっていう居場所だけで満足してたはずだった。なのに、いつの間に他も求めるくらい欲張りになってたの? これから……私の中で、何がどれだけ変わっていくんだろう……)
私は未来が怖かった。私の知ってる、慣れ親しんだ私からどんどん乖離していくみたいで。
そんな臆病で、欲張りで、自分を見失いがちな私は——。
恵まれていたことすら忘れてしまう、とんだ大馬鹿者だった。
「そ、そよちゃんっ」
背中に叩きつけられた声は珍しく力んでいて、何事かと振り向く。
いつも奥手で控えめで、勝負事なんて自分じゃ考えもしなさそうな女の子が。
ズンズン私との距離を詰め、眉を逆八の字に上げて両拳を握り、瞳に優しい力強さを込めながら、声をぶつけてきた。
「お昼の後は、私たちも、しょ、しょうぶ、しようっ!」
「——……」
欲しいと願った相手が巡り合いに来てくれた、はずだった。でも心の渇きは癒えるのではなく、幻のように無かったことになった。
代わりに満ちたものは、馬鹿みたいに迷い悩んだ私を、照らし導く確かな
(……そっか。私は、全力でぶつかれる相手が欲しかったんじゃない。私もそういう相手が作れるんだって、自分に証明したかったんだ。そういう関係を作れないような、薄っぺらい人間じゃないって、安心したかっただけなんだ……)
泥沼に溺れる前に引っ張り上げられた先で見出した答えを、強く深く、もう忘れないように噛みしめる。私は、1人じゃどうしようもないことを助けてもらえる友達に巡り合えていたんだ。
そんな仲間と、1年以上も付き合ってたっていうのに。
「……私も馬鹿だな」
「えっ?」
「ううん。ごめんねともりちゃん。ちょっと夏の暑さと、あの2人の無駄な熱さにやられて、おかしくなってたみたい。ホントは勝負相手が欲しいとか、そんなに思ってないの」
「そ、そっか……」
「うん。そんな相手いらない。私にはこうやって、慣れないことしてまで私を元気づけようとしてくれる大好きな友達がいるから。その人と一緒にいたいな」
「そっか……!」
「ともりちゃん。ありがとう」
ともりちゃんの両手を掬って、目を閉じ胸いっぱいに広がる感謝を込める。私の手が温かく包まれた。猛暑の中でも煩わしさなんて欠片も感じない、不思議な陽だまり。
「そよちゃんが、寂しそうに見えて。正直そよちゃんのこと分かってるか自信なかったけど、それでもそよちゃんに手を伸ばしたかった。もう助けてもらうだけの関係に、甘えたくなかったから」
「ともりちゃんもばかだなぁ。元からそんな、一方的なんかじゃないのに」
「そ、そうかな……?」
「そうだよ」
優しく、でも否定も疑念も挟む余地がないくらい強く断言する。その想いは、ちゃんとともりちゃんに伝わってくれた。
「そよちゃん。私、お昼食べれそうなくらいには回復したから、もう大丈夫。午後も、たくさん遊んで、いっぱい思い出作ろうね」
「うん!」
2人で笑顔を咲かせていたら、買い出し班の3人が袋を下げて帰ってくるのが見えた。
私たちは肩を並べて陰に戻り、お昼の準備しながら3人を迎えようと仲良く協力するのだった。