〇華麗なる波乗り族
「2度目のひゃっほーい! ですわ~!」
荒れた海に立つ大波くらい高いのに、その波の上をボード1つで華麗に滑る女の子がいた。
彼女の名前は豊川祥子。サーフィン経験は無いと語っていた、家柄的にはお嬢様の中のお嬢様なはずの、その実誰よりも出鱈目なお転婆娘である。
アスレチックの後、私たちはサーフィンやボディボードを体験できるプールに来ていた。一応係の人にやり方は教わったけど案の定難しくて早々にリタイアした私とともりちゃんは、残り3人の波乗りを見守っているところだった。
燈「祥ちゃん、すごいね……」
そよ「前から思ってたけど。さきちゃんにできないこと探す方が難しいかもね」
立希「小さい波に乗って立つだけでも無理なのに、なんで経験者でも難しそうな大波乗りこなしてんの、あの規格外お嬢様は……」
奮闘したものの、結局波乗り成功には至らず、疲れた顔でペタペタと戻って来たたきちゃん。
彼女が憎々し気に睨む先では、波からジャンプしてボードと共に回転しながら水面に滑り下りるさきちゃんの姿。周りにいた経験者らしき人たちからも、ポカンとした顔をされながら注目を集めていた。そんな視線をものともせず、水面を滑りながらこちらへ手を振ってくるさきちゃんに、私はともりちゃんと一緒に控えめに振り返してあげる。どうか周りから同類と思われてませんように。
立希「てか睦は?」
燈「あれ? そういえばどこだろう……」
そよ「戻ってきてないってことは、まだ滑ってるのかな?」
立希「ん? なんか祥子とは別の、お嬢様っぽい水着着た人がボディボートで大波に乗ってるけど……」
燈「あれは……睦ちゃん、だね」
そよ「さきちゃんとは正反対に目立たないあの感じはむつみちゃんだね。あの子もやったことないって言ってたはずだけど……」
ボードに立つさきちゃんんとは違い、寝そべりながら波乗りするのがボディボードらしい。むつみちゃんはそれで波乗りに成功していた。さっきのさきちゃんと同じ、刑務所を囲う外壁くらい高い波なのに。いつもの無表情のまま、淡々と腹ばいで波の上を滑っている。氷上のペンギンかな?
そよ(もしかして、上流階級の娘には波乗りの才能が受け継がれてるのだろうか。いや、そうに違いない。もうそう思うことにしよう。鈍くさくない私やたきちゃんですら小さな波にも乗れなかったんだから、そうじゃなきゃ説明つかないや☆)
後から思うと、この瞬間の私は、夏とプールの魔力で正常な思考力が奪われてたとしか思えなかった。
立希「くっ……祥子だけじゃなくて、睦にも負けるなんて……」
そよ「まぁまぁ。あれは生粋のお嬢様だけの特権みたいなものだから。庶民の私たちと比べちゃダメだよ♪」
燈「? お嬢様とサーフィンって、関係あるの?」
立希「ないでしょ。何わけ分からないこと言っての、そよ」
2人に共感してもらえなくてしょんもり項垂れる私。せっかく励ましてあげたのに!
冷たい反応のおかげでいくらか正気に戻った私は、戻って来たさきちゃんむつみちゃんをいつもの私らしく笑顔で迎えてあげる。
そよ「2人とも凄かったねー! 本当に未経験なのが信じられないくらいだよ」
祥子「そうですか? 私は楽しかったので何でもいいですけど!」
立希「いっつも無自覚に出鱈目なお嬢は置いといて。なんで睦はあんなに上手かったの?」
睦「……バレー習ってるから」
燈「バレー、すごいね……」
立希「バレーで鍛えたバランス感覚に全幅の信頼を置いてるのは分かったけど、それだけじゃ絶対大波に乗れないでしょ」
祥子「何でもいいではありませんか! それより別のところ行きましょう!」
そよ「時間的に次が最後になりそうかな? リクエストある人いるー?」
今日は夕方までにしようとみんなで話していたのだ。人気なナイトショーがあるのは知ってるけど、明日からはとある超ビックライブの準備に忙しくなるから遅くまで遊ぶのはやめよう、とたきちゃんから提案されていたから。体力に自信のないともりちゃんむつみちゃんと、ショーにそこまでこだわりがなかった私も賛成した。ライブのためなら、と不承不承なさきちゃんだけは遊べるだけ遊び尽くしたかったみだいだけど。
祥子「次で最後ですか……どうせなら一番みんなで盛り上がる、締めにふさわしいものがいいですわね! 少々悩ませてくださいまし……!」
だからこの通り、未練を残さないようバンド練のときより熱心な表情だった。でも確かに、良い思い出としてふさわしいアトラクションがあればいいな。それこそショーなんてうってつけかもしれないけど、まだ時間じゃない。
と、そこで辺りを見渡していたむつみちゃんが指さして声をあげる。
睦「……あの看板見て、祥」
祥子「何ですの、睦? ……トコナッツスプラッシュ?」
そよ「あぁ、そんな名前のをパンフレットで見たかも。ちょっと待って」
私はパンフレットを取り出してみんなに見えるように広げる。件のものは、アトラクションというよりイベントのようなものだった。
立希「障害物のあるエリアで水鉄砲を撃ち合う大会ってこと?」
そよ「みたいだね。ポイみたいなのを頭に付けて、破れたらアウトって感じかな」
睦「……要はサバゲーの水鉄砲版」
燈「これ、5人一組で参加するイベントみたいだね。チーム戦、なのかな?」
祥子「私達で水鉄砲大会に出るなんて、最高に心躍るイベントですわね! これに出て、優勝で有終の美を飾りましょう!」
なんだかことわざの使い方が微妙におかしい気もしたけど、楽しそうなイベントではある。さきちゃんが完全にその気になって、他のみんなからも異議が唱えられないなら、もう決定かな。
私個人的にも、懐かしい思い出が蘇って悪くない気分だった。
そよ「それじゃ、イベント会場行ってエントリーしよっか」
祥子「えぇ! 早速決戦の地へ赴きましょう! どこにも負けませんわよ~♪」
立希「決戦て。乗り気過ぎて今日イチテンションバグってるし」
睦「……いかにも祥が好きそうなイベントだもん。仕方ない」
燈「でも、なんだか去年海で遊んだこと思い出すな……」
ともりちゃんの言う通り。さきちゃんの別荘近くの海で遊んだとき、みんな(ほぼ私とさきちゃんとたきちゃん)で水鉄砲で遊んでいたのだ。
15、16歳になって水鉄砲で遊ぶ機会が増えるとは思わなかったけど。今回はCRYCHICのみんなで敵と戦うイベントだから、ちょっと楽しみ。
サバゲー経験の無い私たちが、今まで培ってきたチームワークでどこまで通用するか、興味があったから。
〇CRYCHIC VS トコナッツスプラッシュ ~作戦会議編~
イベント会場にてエントリーを済ませた私たちは、水鉄砲を用意してから作戦会議をした。
……作戦会議と呼べるほど立派な話し合いだったかは、疑問が残るけど。
祥子「私は最前線で敵のポイを撃ち落してきますわ!」
立希「はっちゃけ暴走お嬢様な祥子らしい役割だよ。私は後ろで適当に撃っとく」
祥子「もう! 水鉄砲を2丁も持っておきながら、そんな消極的でどうしますの!」
立希「お前がそうしろってうるさいから仕方なく持ってあげたんでしょ……」
さきちゃんは去年にたきちゃんがやってた2丁水鉄砲姿がいたく気に入ったらしい。運営がレンタルしてるものを適当に1つ取るたきちゃんにもう1丁持つよう、それはそれはしつこくねだっていた。他人の装備にそこまで固執する様はまるでわんんぱく盛りな男の子みたいで、そう思うと残念さも1周回って微笑ましくなってくる。
さきこくんは本当に楽しそうだね。
「さきこくんは本当に楽しそうだね」
祥子「ちょっとそよ! 淑女を殿方扱いするとは、なんて失礼なんですの!?」
そよ「あっごめん。心の声漏れちゃってた♪」
睦「……謝罪になってなくて笑う」
燈「でも祥ちゃん。小さい男の子みたいに元気で、可愛かったよ?」
祥子「うぅ……。燈のは悪意ゼロだからこそグサッと来ますわ……。私、豊川家の令嬢なのに……男の子なんて……」
今更しょぼくれてもしょうがないと思うけど。
むしろそんなことで元気無くされてもこっちの調子が狂うので、いつものさきちゃんに戻るよう宥めてあげよう。
そよ「分かった分かった。私とたきちゃんがさきちゃんの後ろから撃ってフォローするから。牽制役がいれば、たぶんさきちゃんも暴れ……じゃなかった、立ち回りやすいでしょ? だから元気だして?」
気を損ねないよう、男の子っぽいフレーズは避けてあげる私だった。でも要らない気遣いだったみたい。
睦「……なるほど。前の祥と後ろの立希そよで三角形を作るような陣形、か」
祥子「なんだかトライアングルみたいでカッコイイですわね! 気に入りましたわ!」
まさに男の子が反応する要素に食いついてたから。
単純な淑女(笑)で助かりますわ、さきこお嬢様。
と内心ほくそ笑んでいたら、今度はたきちゃんが目つき悪くしてつっかかってきた。
立希「何勝手に私のポジション決めてるの」
そよ「他に希望するポジションあったの?」
立希「ともr——」
睦「……燈を守る役以外で」
立希「な、なんで?」
睦「……他人を攻撃することに人一倍抵抗がある燈には、最後方から広く戦況を俯瞰して敵を見つける役に徹してもらうから。つまり、一番安全圏にいる以上守る必要がない」
燈「私、そんな役割だったんだ……。頑張るねっ!」
両手を胸元でムンっと握り込むともりちゃんの役目は、確かに合ってるし本人も乗り気だから良いと思う。
ともりちゃんのやる気向上と引き換えに、使命を奪われた誰かさんの顔から覇気が抜けていくけど。
立希「じゃあもうテキトーに、祥子が撃ち漏らした敵でもピューピュー撃ってる」
そよ「あからさまにやる気失っちゃってー」
祥子「そうですわよ立希! 去年の鬼気迫る水鉄砲捌きをまた見せてくださいまし!」
立希「あの時の私は祥子の別荘に置いてきた」
睦「……まぁ、今はせいぜい澄ましたこと言わせてあげよう」
立希「そう言うお前は何様なんだよ」
睦「……私は遊撃として、最後においしいところ持っていく影のエース様。敬うといいよ、立希」
得意げに口角を上げるむつみちゃんには、狙っている展開があるらしい。実に、しょっちゅうくだらないことをコソコソ企む彼女らしかった。
たきちゃんも似たようなことを思ったのか、呆れ混じりで軽口を返す。
立希「睦こそせいぜいほざいてな。ウロチョロしてる間に撃たれないようにね」
燈「わ、私も、みんなが敵に撃たれないように、頑張って見張ってるね!」
そよ「一緒に頑張ろうね、ともりちゃん。あと撃ちたかったら撃ってもいいからね♪」
祥子「役割も決めて盛り上がってきましたわね! あとは大会で私達のチームワークを発揮するだけですわ! 目指すは優勝! CRYCHIC~~~、ファイト、オー!」
3人「おぉー!」立希「おー」
拳を掲げるさきちゃんの鼓舞に、私たちも応えて声を揃える。1人、明らかに乗り気じゃないKYがいたけど両脇にいた私とむつみちゃんで手を掴みばんざいさせた。
それから間もなくアナウンスがされて、各チームごとに指定されたポイントへ移動するよう指示される。
足首まで水が浸っているフィールドにはサバゲーらしくドラム缶の連なりやゴム製の壁などの障害物が置かれていた。自分たちの指定位置についた私は、遊びと分かっていても少しドキドキしながら大会開始の合図を待つ。
そして。
『時間です。自分達のポイ以外、残らず殲滅してください』
やや物騒なアナウンスを皮切りに、水鉄砲サバゲー……否い、トコナッツスプラッシュは始まった。