CRYCHIC交響曲   作:りょーへい

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9番 帰路 〜変化という名の未来へ〜

 

 

 あれから興奮冷めやらぬ様子で激闘を振り返るさきちゃんにうんうん相槌打ちつつ、更衣室で着替えた私たちはトコナッツパークを後にした。

 今は電車に揺られながらみんなで帰ってるところ。窓から見えるオレンジ色の夕陽が、おかえりと言ってくれてるみたい。プール特有の虚脱感が、余計にそう思わせていた。

 疲れてるのは席に座ってるともりちゃんとむつみちゃんも同じらしく、口数少なめに目をトロンとさせていた。

 

そよ「2人とも、眠かったら寝てていいよ? 最寄り駅に近づいたら起こしてあげるから」

燈「ん……だいじょうぶ……」

立希「いや、無理して起きてなくても……。ほら、祥子なんてガチ寝してるし」

 

 私と同じ立ち組のたきちゃんが、ともりちゃんの肩で寝息を立ててるさきちゃんをジトーと見下ろす。

 体力と元気が私たちと異次元な彼女でも、大はしゃぎだったプール後の睡魔には勝てなかったらしい。

 別にそれを非難するつもりもないけど。さきちゃんに続きたくない理由を、むつみちゃんが目をこすりながら呟く。

 

睦「……なんとなく、勿体ない」

燈「うん。私も、なんとなくそう思ってて……」

 

 2人の気持ちも分かる。私たちは遊んだ日の帰り道はいつも、その日の話で盛り上がっていた。私はそんな時間が、思い出を共有してる感じがして大好きだった。そこまで含めて楽しい思い出として完成する、大事な工程。

 

そよ「じゃあみんなでお喋りして眠気覚まそっか! 私は今日の中なら……あれ?」

睦「……碌な思い出がない……」

立希「最初の激ヤバ流れるプールも、一番の目玉らしいウォータースライダーも、アスレチックも、とんでもなかったしね」

燈「で、でも、最後の水鉄砲大会じゃ、優勝したよ?」

立希「私的にはそれが一番めちゃくちゃだったよ。やっぱ祥子に付き合えば付き合うほど、カオス度も比例するな」

そよ「そうだね。ウォータースライダーレースもヒドかったもんね」

立希「ヤなこと思い出させないでよ……」

 

 本当に疲れ切ってるのか、ツッコミに力がないたきちゃん。

 思い返せば、今日は彼女のことを考えることが多かった気がする。そんな彼女と自分を比べることもあったからか、たきちゃんが自分自身をどう思ってるのか、私は気になっていた。

 ——疲れもあったんだろう。碌に頭を働かせず、ぼんやりとした意識で口を動かしていた。

 

そよ「たきちゃんは……自分が変わったって、思う?」

立希「は? 何急に?」

そよ「えっと……ほら、CRYCHIC結成した頃のたきちゃんじゃ、今日みたいにさきちゃんに付き合わなかったんじゃないか、って……」

立希「そりゃあの頃はまだ知り合ったばかりだし当然でしょ」

そよ「……それも、そっか……」

 

 何が聞きたいのか分からなくなった私は曖昧に微笑んでお茶を濁そうとした。そんな私に訝し気に眉をひそめるたきちゃんは、宙を見上げて黙ったかと思うと、声色が幾分楽になった。

 

立希「……変わったんじゃない? 私は元々海もプールも興味なかった。興味ないことに付き合うなんて無駄だって避けてきた人間だから。バンドに入る前の私が、今の私みたら信じられないと思う」

 

 中学時代、吹部とお姉さん周りで人間関係が上手くいかなかった彼女は、人付き合いを拒絶していたんだと思う。それが故の、結成時の悪態だろうし。

 そんな彼女は今や、遊びたがりな友人の誘いになんだかんだ付き合うし、ウォータースライダー勝負や水鉄砲大会のときみたいにノるときはノるし、今みたいに空気読んで本音を晒してくれる。

 他人を遠ざけてきた彼女は、他人のあやふやな感情にも寄り添うようになったのだ。彼女自身は、そんな変化をどう思ってるんだろう。私の胸奥で蠢いてる何かと、一緒だったりするんだろうか。

 いや。まずはその何かをはっきりさせないことには、何にもならないんじゃないか。

 

そよ「……私も、海とかプールなんて行かない派だったから。関係を壊さないように適当な言い訳用意して逃げてたのにな……」

燈「そういえばそよちゃんも、立希ちゃんと一緒にプール反対してたね」

立希「去年の夏合宿じゃそんな感じ全く見せなかったから、ぶっちゃけ意外」

そよ「私だってその頃はまだ、みんなにも外面で本音隠してたからね。そんな外面もみんなにはやめて、山だのプールだの行きたくないところにも行くようになって、どんどん知らない私になっていくみたいで、ちょっと……」

睦「……変わるのが、怖い?」

 

 揺らぎの正体にラベルが貼られて、輪郭が浮かび上がる。

 まさか自分で明確にする前に当てられると思ってなかったから、参ったような笑いが漏れてしまう。

 

そよ「……かなり要領得ない言い方だったのに、よく分かったね」

睦「……私も、たまにそう思うから……」

 

 声にどこまでも深く落ちていくような重みが孕んでいて、言い知れぬ胸騒ぎを覚える。

 私は自分で予測できない変化が漠然と怖いと思っていた。でも、彼女が今垣間見せた不安は、そんな浅いレベルのものだろうか。

 何か、むつみちゃんの根幹に深く関わるような、大きな問題の壁を前に成す術無く立ち尽くしてるような……。

 そこで彼女は、ふぅっと一息ついて、闇が渦巻くような瞳を閉じる。

 

睦「……そよの変化を躊躇う気持ちは、分かるかもしれない。でも……」

 

 言葉を切りながら和らいた表情には、目が温かな光を取り戻していた。

 

睦「……立希は自分が変わったって言うけど、それはちょっと違うと思う」

 

 不穏な様子だったむつみちゃんに少し心配そうな目を向けていたたきちゃんは、ほっとしたように肩を下げながらも素で否定的に返した。

 

立希「そうか? 自分で言うのもアレだけど、最初の頃に比べたらかなり付き合いマシになったでしょ」

睦「……付き合いが良くなったんじゃない。元々、立希はそういう優しい人だったんだよ。今はただ、本来の立希でいられるようになっただけ」

 

 頬を優しく緩ますむつみちゃんが、真っすぐたきちゃんを見つめる。珍しく少しも茶化してない、心からの想いだった。

 

立希「……元々の私を知らないくせに、何言ってんだか……」

 

 そう毒づきながらそっぽ向くたきちゃんの顔が赤いのは、絶対夕陽のせいじゃなかった。

 

燈「そっか。変わっていくのって、怖いことなんだ。私は自分を変えたいって思ってばかりだから、まだみんなには、遠いな」

 

 聞き手に回っていたともりちゃんは、私の方を向いてとつとつ喋り始めた。私の想いを飲み込みながら、自分のと照らし合わせるように。

 年始に自分を変えていくと誓った彼女はそうなんだろうな。そのひたむきさが、少し羨ましい。

 

燈「でも、大丈夫な、気がする。どれだけ変わっても、みんなと一緒にいられたら……」

 

 控えめに、それでも確かに微笑んだともりちゃんの言葉が耳から心に溶けていく。

 確かに私は、みんなと一緒にいるようになってから変わり始めた。でも、みんなと一緒にいることに不安を抱いたことなんて、1度もなかったじゃないか。

 なら、そうだ。ともりちゃんの言う通り、何がどう変わっても。きっと……

 

そよ「そうだよね、大丈夫だよね。私もそう思う!」

祥子「ふわぁ~……。何の話をしてるかと思えば、今怯えてても仕方ないことじゃないですか」

 

 口元を隠しながらあくびするさきちゃんがちょっとヒドいこと言ってくる。自分だけ呑気に寝てたくせに、よくさらっと一言で片づけてくるな、この悩み無縁そうなお嬢様は……。

 

立希「寝坊助お嬢のくせに、上から言ってくるじゃん」

そよ「大財閥のご令嬢には、庶民レベルの悩みはしょうもなかったかな~?」

祥子「違いますわよ。そんなことに気を取られていたら勿体ないという話ですわ! 夏休みは始まったばかりですのよ!? ライブに楽しいイベントに、思い出盛りだくさんな夏にしましょうよ!」

 

 そうしてたら悩んでたことすら忘れますわ、と満面の笑みで言い切る我らがリーダー。私たち4人は全員きょとんと固まり、苦笑いを向け合う。全く、このお嬢様についていってたら、本当に些細なことで悩んでられなくなりそうだよ。

 

立希「んじゃ、リーダー様が言った通りしばらくは目先のライブに集中するから」

祥子「それに異存はありませんが、終わったら遊びに行きましょう?」

燈「確か8月は、そよちゃんが花火見に行きたいって言ってたよね?」

そよ「うん! 覚えてて貰えると、なんか嬉しいね♪」

睦「……それ以外にも、夏休みは大事なイベントがある。祥の言う通り、確かにつまんないことで悩んでる暇はないね」

立希「睦、大事なイベントって? 何かあったっけ」

睦「……まだ秘密」

立希「な、何なの? ……絶対禄でもないこと企んでるでしょ……」

燈「? ……あっ」

立希「えっ、燈も何?」

そよ「ふふっ、秘密だよねー?」

燈「う、うん。ひみつ……」

立希「何で私だけハブられてんの!?」

祥子「さぁ、どうしてでしょうね? ふふっ♪」

 

 納得いかない顔でプンスコ憤慨してるたきちゃんを囲むように、私たちはクスクス笑い合ってるのだった。

 

 

 ここにいると、どんどん変わっていく。今までは良い変化だったけど、今日みたいに陽炎のような気の迷いに惑わされそうにもなる。

 これからも、そんな風に迷うかもしれない。でも大丈夫。私はCRYCHICのみんなと一緒に変わっていく未来が少しだけ怖いけど。それ以上に、楽しみに生きていたいと、強く想った。

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