上野動物園の中に、パンダカフェ的な飲食店がある。当然パンダはいないけど、パンダの写真や触って良いぬいぐるみがたくさんあるカフェだった。
そこに
立希「あれっ、燈は?」
そよ(今の今まで気づかなかったんだ……)
祥子(ここに来るまでもずっとパンダの餌やりの話で口が止まらなかったですから)
睦「……トイレ。ここにいるって伝えてあるから、心配要らない」
立希「ふーん?」
特に訝ることなく納得したらしいたきちゃん。「……いつからいないのかも分かってないから、トイレで済む」というむつみちゃんの予想通りだった。ホント、大好きなものが絡むとチョロ過ぎて心配になるよ。
という内心をおくびも出さずにカフェのメニューをむつみちゃんと一緒に見る。フリをしながら、たきちゃんの死角にいる店員さんを視界の端でマークしていた。そしてその店員さんがこちらにサインを送ってくる。準備完了らしい。
睦「……この辺りで、誕生日プレゼントを渡そう」
立希「ここで? 私が言うのも難だけど、燈が来てからするものじゃないの?」
祥子「ま、まぁ私たちがプレゼントしてる間に来るのではなくて?」
睦「……スマホ見たら、燈こっちに向かってるって。すぐ来るよ」
立希「まぁ、そういうなら……」
祥子「では私から! 立希、誕生日おめでとうございます!」
立希「あぁ、ありがと……」
包装を解いてたきちゃんが中身を取り出す。出てきたのは1枚のCDだった。
立希「祥子。これ何?」
祥子「私が立希のために厳選したクラシック集ですわ」
立希「クラシック? 祥子には前言わなかったっけ? 私クラシックあんまり好きじゃないんだけど」
祥子「覚えてますわ。なのでロックに近い曲を選りすぐりましたの! プログレッシブロックに近かったり、ドラムセットなしで強いドラムスを感じさせるような曲だったり。実際にプログレバンドがアレンジしてる曲もいくつか入ってますのよ?」
立希「ふーん……。まぁ、音楽の授業で聞くようなやつじゃなさそうだし、ロックに近いって聞くと興味湧くかも。聞いてみる」
祥子「お気に入りがありましたら、是非教えてくださいね!」
自分の好きなジャンルに近い曲をたきちゃんと共有できる嬉しさなのかな。ワクワクニコニコご機嫌なさきちゃん。そんなさきちゃんに、たきちゃんが「なんでプレゼントした側がそんな喜んでんの……」と呆れたように微笑む。たきちゃんだって内心悪くないと思ってるくせに、こんなときまで素直じゃないんだから。
まぁこの調子なら、最後の1人以外には素直にならなさそうだけど。
そよ「じゃあ次は私ね。はい、誕生日おめでとう、たきちゃん」
立希「ん」
つっけんどんな返事をしながら、私があげたラッピング袋を開けるたきちゃん。
立希「何、このグローブみたいなの?」
そよ「それね、ネットで調べたんだけど、ドラマーのためのリストバンドなの」
立希「えっ、何それ?」
そよ「驚くよね、私もそんなのあるんだって初めて知ったよ。何か、手首が固定されてストロークが安定するんだって。もし効果なかったらごめん。でも汗が手に流れるの防ぐ役割もあると思うから、実用性ゼロじゃないと思うんだけど……」
立希「あぁ……なるほど。私が実用性重視するからこれ選んだわけね。まぁ使ってみるよ。別にそこまで効果なくても文句言わないから。まぁ、考えて選んでくれて、ありがと……」
そよ「あら素直」
立希「はぁ?」
そよ「いや何でも?」
まさかの素直なお礼に驚きすぎて心の声を漏らしてしまったけど。それだけ喜んでもらえたならよしとしよう。
喜ぶというか。たきちゃんのことを想って選んだのが伝わったみたいで、それはそれで嬉しいような気恥ずかしいような……。ううん、やっぱり素直に喜ぶところだよね。たきちゃんじゃないんだから。
睦「……さて。私から、誕生日おめでとう、立希」
立希「……ちゃんと真面目に選んだ?」
睦「……開けてみれば分かる。少なくともふざけてない」
そこまで言われても若干疑いを残した目で、たきちゃんは包装を開けた。
立希「これ……なんか立派そうな……何? 腕に巻くようなアクセにしては小さいし、何に使うヤツ?」
睦「……ヘアーカフ」
立希「ヘアーカフぅ?」
たきちゃんは基本、そういうアクセをつけない。なぜそんな馴染みないものを寄こしたのか、という非難が声からありありと伝わって来た。
対してむつみちゃんは無表情のまま。こういう反応は予想してたらしい。思い出すように目を閉じながら、真摯に語り始めた。
睦「……前プールに遊びに行ったとき。立希、ポニーテールだったでしょ? あの髪型、凄く立希に似合ってて恰好よかった」
立希「な、何急に? 今は誕生日の話でしょ? 関係ない話で褒めてこないでよ……」
たきちゃんこそ、ストレートに容姿を褒められたからって照れまくらないで静聴して欲しい。とは口に出さず見守る。
睦「……その時立希は百均で売ってそうなヘアゴム使ってたから。勿体ないな、って思った。でもいつも後ろで縛らなくていいし、TPO的に使いづらかったら使わなくていい。ただの選択肢として、持ってて欲しいって思って、贈った」
立希「んなこと言われなくても……。元々体育のときとか、プールみたいに髪結ばないと面倒なときしかしないし。ていうかさ、私にこんな大人っぽいの、似合わなくな——」
睦「似合う」
立希「く、食い気味で主張しなくてもいいでしょ! まぁ……機会があったらね」
難しい顔をしながらも、割れ物を扱うようにそっと袋に戻すたきちゃん。いつかむつみちゃんの前で披露するときが来るのかな? 来るように画策するべきかな?
っと、ここからが本番にして最後のサプライズだった。私は例の店員さんにアイコンタクトする。店員さんは頷いたあと、スタッフルームに引っ込んだ。
睦「……さて。そろそろオーダーしよう」
立希「いやいや、流石に燈が来てないのに注文するのはないでしょ」
睦「……大丈夫。オーダーするのは料理じゃないから」
立希「は? じゃ何注文すんの?」
たきちゃんがそこまで言った頃には、既にむつみちゃんが呼び鈴を鳴らし終えていた。その呼び鈴は、この席専用の呼び鈴。万が一普通の注文と間違われて店員に来られたら厄介だからね。
ほら、ちゃんと手筈通りやってきた。白と黒な動物の着ぐるみを着た、本日一番のとっておきが。
立希「と、燈!? なんでパンダの着ぐるみ着てんの!?」
睦「……オーダー。立希への誕生日プレゼント」
燈「う、うん! 立希ちゃん、誕生日おめでとう……」
立希「はぁ!? い、いやいや流石におかしい! なんで店の中でこんなことが許されんの!? 何がどうなって……」
サプライズでパンダの着ぐるみを着たともりちゃん。着替える場所や呼び鈴で来たことも併せて、店側が大いに関係してるのは間違いない。そこから先は確かに訳が分からないだろうな。なぜこんな暴挙じみたことが平然と成されてるのか。
店員「お客様。この件にしては、私共把握した上で協力しておりますので。どうかお気になさらず」
立希「は……え、マ、いや本当ですか?」
店員「えぇ。それでは、私はこれで失礼致します」
店員さんはまるで天上人の関係者を相手にするくらい恭しくお辞儀して去っていく。それを呆気にとられた顔で見つめるたきちゃん。去っていく店員さんの奥では、別の若い店員たちが色めきだった声をあげていた。ホールでスタッフ同士がお喋りするのなんて、私はいつもは気にしないのだけど。今回だけは違う。
そこ、色紙とか写真を出さないで。若葉だのみなみちゃんだの、そんなワード出さないで。勘づかれるでしょ。
なんて密かに苛立っていると、むつみちゃんがたきちゃんの顔を無理矢理パンダなともりちゃんへグキッと向ける。
立希「痛ッ!?」
睦「……せっかく燈がパンダになってくれてるのに、違うとこ見てるなんて。燈のお祝いしたい気持ちが蔑ろにされて可哀そう」
立希「そ、それは確かに。ごめん、燈……プレゼント、受け取るね」
燈「う、うん。開けて、いいよ」
私たちがあげたものよりずっと大きな袋をたきちゃんは抱える。ガサガサ袋を下方向に引きずり降ろして、中身を露にさせた。
立希「パンダのぬいぐるみ! しかもでっかい!」
燈「それね、シャンシャンだよ? もしもう持ってたら、ごめん」
立希「いや、持ってない! 部屋にぬいぐるみ1つもないから!」
おや意外。パンダのことになると人が変わるくらい愛でるくせに、ぬいぐるみ1つ部屋に置いてないなんて。まさか部屋に使う物以外何もないとか、そんなことないだろうし。実は一度も行ってなかったし、そろそろみんなでお邪魔したいな。
なんて考えは置いといて。最後のお祝いも仕上げに入ろう。私はスマホのカメラアプリを起動しながら席を立つ。
そよ「それじゃ、たきちゃんとともりちゃんで写真撮ってあげる。ともりちゃん、たきちゃんをギュッって抱きしめてあげて♪」
立希「バカそよ! そんなことされたら、私萌え死ぬ!」
燈「い、いやだった……?」
立希「嫌なわけ絶対ない! だからそんな哀しそうな顔しないで! 超嬉しい! 最高に幸せ! 燈大好き!」
そよ(どさくさに紛れておかしなこと口走るほど壊れちゃったな……)
祥子(まぁ幸せそうですし、いいでしょう)
燈「エヘヘ……じゃあ、ギュってするね」
立希「や、やばい……顔に力入らない……そよ、私の顔モザイクかけといて……」
そよ「誕生日の主役モザイクしてどうするの?」
でも確かにたきちゃんの顔はだらしないほどふにゃっふにゃになっていた。だからともりちゃんとの2ショットは本人に見せづらかったけど、むつみちゃんが乱入したことでたきちゃんはいくらか顔を引締められたので、いっそ5人で写真を撮る。
それでもたきちゃんにしてはニッコリ笑顔で写っていたから、お祝いは大成功と言ってもいいのだと思った。