自分はここにいない 居場所がないって 言い聞かせてるだけ
同じものを見てるはずなのに
同じところにいるはずなのに
違うらしい
人間になりたい
——とある少女のノートより、抜粋
0日目 キックオフ・ミーティングス~ニートとやくざと探偵と~
※ ※ ※
高校1年の夏に、私たちCRYCHICは色んな人と出逢った。軍人かぶれ、高校生紛いの逸般人、元ボクサー、女泣かせのヒモ、ヤクザさんたち。そして、引きこもり探偵の女の子。彼らはみんな種類の違うニート(候補含む)だった。
ニートという言葉は一昔前のニュースや新聞で見聞きしていた。要はやる気のない無職の若者として認識してたけど、ニートにもそれぞれの顔があった。たくさん知り過ぎて、ただ学校にも行かず働きもしない人という意味を見失いそうになる。
「ニートというのはね。何かが『できない』人間や、何かを『しようとしない』人間のことじゃないんだ」と、引きこもり探偵はわざわざ教えてくれた。
「ちがうのはただ、ルールなんだよ。みんなが双六をやってる盤の上に、ぼくらだけチェスの駒を並べているようなものさ」
「何それ」
「……分かるような、分からないような……」
「みんなにとって……邪魔、ってこと?」
弱々しく呻くのは、自分をひきこもりニートと重ねていた不思議系少女。紫がかった黒の前髪を垂らす彼女へ、探偵はじっと視線を送り、ふっと表情を柔らかくした。賑やかな集団が横を通り過ぎただけで掻き消されそうな、儚い笑み。
「先に進みたい人間にとっては邪魔だろうね。一括りにまとめて処理したい気持ちも、指さして嗤いたい気持ちも理解るよ。
「そこまで卑下されなくても……」
「でもね」
探偵は差し込まれた気遣いを、芯の通ったソプラノボイスで遮った。傷ついた様子の少女が顔を上げる。その子に正対する引きこもりニートは、今度は自嘲的な微笑ではなく、雲1つない蒼穹みたいにすっきりした笑い顔だった。
「ぼくらはぼくら自身を嗤わない。ダンゴムシは身を丸めたのを悔んだりしないし、ペンギンは空が飛べないのを恥じたりしないのと同じように。それが生きるってことだよ、違うかい?」
少女はくしゃっとした笑みで応えた。妙に通じ合う2人を余所に、1人静観していた私は残りの3人と微妙な顔を見合わせる。なんか小難しいこと言ってるけど、結局社会に馴染もうとしない駄目人間なのは変わらないんじゃない?
そんなどうしようもない界隈と由緒正しき名門お嬢様学校は、トー横と六本木くらい社会階層が違う。要は関わることなんてない、はずだったんだけどなぁ。
何かきっかけさえあれば、想像したこともない人種と出逢い、縁を築いていく。そういう数奇な世界を神様が創って、そこで私たちが生きていることだけは確かなんだと思う。その神様が、本当に1人1人のことをメモ帳に書き記しているかは知らないけど。
でも私は、そんな馬鹿馬鹿しい思想に倣って記そうと思う。大きなライブの準備に取り組む最中出逢った、おかしな人たちとの交流と、ろくでもない大事件を。
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7月25日
千代田区の広大な日比谷公園内に、森の中を扇状に切り取った広間がある。ステージを要にして客席が階段状に広がる、日比谷野外音楽堂。通称野音と呼ばれる
何の因果かその舞台へ上がることになってしまった、ただの学生バンドである私たちCRYCHICは、集会場テントの下で1人の男性と向かい合っていた。
今日はフェケテリコのライブ出演者兼配信準備班として、配信スタッフの人と顔合わせしに来ていたのだ。蝉の大合唱が響き渡る会場に入ったときは、入道雲と青空が丸見えなライブスペースを余計広大に感じた。
でも怖気づいたってしょうがない。みんなと成功を誓った円陣を思い出し、前向きに気を引き締めて打ち合わせに取り組んだ。
「――と。今後の予定も打ち合わせましたし、今日はこんなところですかね。改めて、これから宜しくお願いします」
パソコン等様々な電子機器が並ぶ机の前で、配信班の主任である風見さんへ、声を揃えて返事をする。フチなし眼鏡と白衣をかけて、ヒョロっとした外見がいかにも理系な人だった。でも社会人としてはかなり若い。私たちとそう変わらないくらいに見える。
そのおかげか、私たちもあまり気後れすることなく接することができた。
風見「ちなみに、何か希望するアイディアはありますか?」
睦「……ニコニコみたいに、画面にコメント流したいです」
立希「マイナーなネット文化でライブ汚そうとすな」
風見「前例は結構あるみたいですけどね」「……ほらぁ」「ドヤ顔で迫るなっウザ暑苦しい!」
風見「しかしコメントの弾幕ですか。……少佐もそんな要求してたな」
そよ「少佐?」
むつみちゃんとたきちゃんのじゃれ合いを放置して、風見さんはステージ側の客席へ指す。そこには小学生みたいな背丈で変な迷彩的服装の男性と、風見さんくらいの年の男性がノートパソコンを挟んで何やら言い争っている。
彼らの存在自体はとっくに気づいていた。でも迷彩男の見た目以上に奇怪な発言が、私に気づかないフリをさせていたのだ。
「藤島中将! 配信画面を大日本帝国テイストにするぞ!」
「どんなテイストですか! ガールズバンドライブの世界観ぶち壊さないでください」
「ならばニート意識高揚のための格言を――」
「ならばじゃねぇよ。配信は少佐の洗脳道具じゃないんですよ!」
「貴様! それでも自分と共にニート界の明日を切り開く先導者か!」
「そんなもん先導してたまるか!」
……色々意味不明だけど、確か少佐って中将より階級下じゃなかったっけ。
ダメだ、錯誤してる要素しかない会話に狂わされてる。頭を振ってどうでもいい疑問を追い出した。
風見「背の低い方が少佐。あれでも配信画面の解像度に大きく貢献してくれた大学生なんです。人物を自動でフォーカスするプログラムを開発するほどの技術者ですね」
立希「ニートがどうのって言ってますけど……」
風見「ニートを自称して誇りに思ってる人ってことしか、僕も分からないですね」
苦笑いでさらっと片付けるので、私もあの人のことはスルーすることにした。大学生なのかニートなのか軍人なのかよく分からない人と関わりたくないし。でも、せっかくの野音ライブにこんなのが関わってるなんて。玉に瑕、聖地に泥だよ。
そのうち少佐と呼ばれる人が憤慨した様子でどこかへ去っていく。その人の相手をしていたポロシャツの少年が、こちらに歩み寄ってきた。
「初めまして、藤島鳴海です。配信準備の監督も言いつけられたんで、ちょくちょく様子見に来ると思う」
風見「藤島さんはまだ高校3年生なのに、プロモ部門もイベントのサイト管理も当日の統括も担当されるんですよね? ご愁傷様です」
鳴海「せめてそこはお疲れ様じゃないですか? や、詰め込まれ過ぎてホント大変ですけど」
大変とか以前に、普通高校生の立場でそこまで仕事任されるものなのかな。そもそも社会人でもないのに、なんでライブ運営に関わってるんだろう。
訝しむ私の耳に、こそこそ話が届く。そちらをチラ見すると、大人のスタッフさんたちが畏怖の表情している。
「あの人が藤島さんか。極道どころか中国マフィアさえ返り討ちにしちまう、渋谷を牛耳る平坂組のナンバー2」
「去年のライブだって、あの人が組のトップ代行したからチンピラ追っ払って完遂できたんだろ?」
「てか、渋谷に出回った薬物事件すら警察より先に叩き潰したってマジ?」
……組ってやくざ? その副長が、この人? この……外見が平凡を極めて、どこにでもいそうな男子高校生としか表現しづらいような、この人が?
にわかには信じられないけど、藤島さんは居たたまれない様子で「じゃ僕はこれで……」とそそくさ離れていく。図星だとしたら……え? 裏社会と深く結びついてる高校生に、私たち関わらなきゃいけないの?
祥子「どうもこのライブには、個性的な方々が関わっているようですわね」
品行方正成績優秀なお嬢様の極みに見えてその実誰よりもじゃじゃ馬な子がそれ言う? まぁ向こうよりは(ギリギリ)マシ、かな?
ははっ、と乾いた笑いで相槌打ってる風見さんへ、年の近いスタッフさんが近づいて肩を組んだ。
「よっ、はかせ! 女子高生バンドとおしゃべりできて役得だな!」
風見「仕事ですって。あと僕の名前は
「でも、もうそろそろ会議だってさ。お楽しみは終わりだ」
風見「聞いちゃいませんね。ではCRYCHICのみなさん、僕はこれで失礼します」
私たちは会釈して遠ざかっていく風見さんたちを見送る。一番関わることになる人が普通そうな風見さんでよかったと、しみじみ噛みしめた。
テントから空を見上げるともうオレンジがかっていた。私たちも響子さんに報告して帰ろうと、さきちゃんがスピーカーモードで電話をかける。
響子『――報告ありがとう。ところでみんな、お腹減ってない? 紹介したいお店があるんだ。ある意味この季節にぴったりだよ?』
テントの影で打ち合わせしただけなのに、うだるような暑気でたっぷり汗をかいた。そんな私たちが夏にぴったりという文言で期待するのは、もちろん身体をヒヤっと冷却させるアイスとか。
でもスマホから聞こえてきた店名は、氷菓どころか真逆な食べ物を冠するもので、私たちは聞き返さずにはいられなかった。