CRYCHIC交響曲   作:りょーへい

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3番 真相、思慮、誓い

 

 

 立希side

 

 ※ ※ ※

 

 初めてそいつと会ったときの印象は、人形だった。

 人間離れした静かな可憐さ、全く変わらない表情、微動だにしない所作。

 けど、関わっていくとちゃんと喋るし歌うし笑うところを見たから。やっぱり同じ人間なんだと、少しずつ理解していった。

 そう、私と同じだったんだ。家族絡みで嫌な思いを抱えてることも、口下手なところも、意外とロック調で激しい音楽にノるところも。……まぁ、口下手だったはずなのに、おかしいくらい饒舌になったのは置いといて。

 そんな風にリンクするところもあるからか、そいつが隣にいて、じゃれるときはじゃれて、肝心なときは息ぴったりなのが、当たり前になってた。

 私にとって、そいつは……そういう意味の、特別。でも相手が同じ思いなのかは分かんなかったから。自分だけかな、なんて予防線で自分を守っていた。

 

 だから。そいつが私のためにそこまでしてくれたことが、最初は素直に受け止められなかったんだ。だって私なんて、今じゃ自分の家族にすらそこまで想われないのだから。

 

 ※ ※ ※

 

 

 

カフェのバイト「ご来店、ありがとうございましたー」

立希「あの。ウチの連れが無理言ったというか……なんというか、お願いを聞いてくださったみたいで。その、ありがとうございました」

口の軽いバイト「いえ、お礼を言いたいのはこっちです! あんな超有名人たちのサインとか貰えちゃったんですから、あれくらいお安御用ですよ~!」

立希「超有名人たち?」

店長「——ちょっと。こちらにいらっしゃい」

バイト「やばっ、秘密なんだっけ? あ、あはは、ありがとうございましたー……」

立希「…………」

 

 立希はカフェを出た後、トイレと適当言って4人から離れる。目指したのはパンダの獣舎。

 

立希「あの、訊きたいことがあるんですけど……」

 

 ……。

 

飼育スタッフ「……バレてるみたいだから正直に答えるとね。まぁ、お恥ずかしながら、言う通りだよ。昔からみなみちゃんのファンだったから、レア写真貰った勢いでつい喋り過ぎちゃった。本当は餌やり体験って、SNSで告知もしてないイベントだったんだよ」

立希「そうですか。そこまで教えて貰えれば十分です。ありがとうございました」

スタッフ「……言い訳にならないのは百も承知で言うけど。半分は釣られたから。もう半分は、なんだか熱心そうだったからだよ」

立希「熱心?」

スタッフ「パンダ好きの友達を喜ばせたくて、何かイベントがないか調べてたんだって。そういうのを切実な顔で言われるとね、弱いんだ」

立希「……」

 

 

 それから立希は一旦思考を止めて、4人の元へ戻り動物園を出た。

 電車で各々自分の家に帰る中、立希は帰宅せず睦についていくと言う。スタジオのある睦の家でドラムの練習したいと言って。

 立希はそよと祥子の「バレたか」というような苦笑いをスルーして、3人と別れた。

 そして睦と同じ駅で降り、2人で歩く。

 ずっと黙ってる睦の隣で、2人っきりになれた立希は、ようやく本題に意識を向ける。

 意識して止めていた思考が頭を巡り、大きくて重たい何故を育てた。それは1人で抱えるには苦しいから。努めて冷静さを保とうとしながら、口火を切る。

 

「思い返したらさ。今日のイベント、おかしいことだらけなんだよね。私達が来た途端パンダの餌やり体験が始まったし。カフェでだって、普通あそこまで勝手なことできないでしょ」

「……そう?」

「そうだよ。向こうにそれだけのメリット与えて取引しない限りな。例えば……大物タレント絡みで良い物あげたり、とか」

「……」

 

 惚けられないよう先に逃げ道を塞ぐ工程すら、まどろっこしくて苛々させられる。

 落ち着いて話そうと気張る今も、頭の何故が心をかき乱すから。

 もう限界だと、それをぶつけにかかる。

 

「お前、お笑いの若葉と森みなみの娘として見られるの、一番嫌いだったでしょ。なのになんで、自分からそれを利用してまで今日のこと計画したの?」

「……面白い推理だね、探偵さん。小説家にでもなったらどう?」

「この期に及んでくだらないジョークで誤魔化すな」

 

 おどけた調子の芝居声を、立希のギザギザな声が叩き切る。ふざけた冗談に付き合う余裕がなかった。

 立希自身もどうして気が立ってるのか、分かってなかった。理性を押し潰す程膨張した感情は、色んな想いが入り混じっていたから。

 睦が嫌がっていたことをさせてしまったことに、怒りを覚えているような。

 そこまでしてくれることに嬉しさを覚えながら、そう思うことすら恥ずかしいし申し訳なさが混ざり募って、やりきれない想いへと裏返るような。

 相手の厚意を素直に受け取れない自分に対する歯がゆさも相まって。訳の分からない憤りを抑えきれず、声にドロドロと流れ込んでいく。

 

「誕生日祝いだからって、なんでそこまで無理したんだよ。それも、たかが私なんかのために……」

「——やめて」

「え」

「……立希の誕生日に、立希のこと軽んじること言わないで。例え本人でも、嫌」

 

 さっきまでのふざけた調子じゃない。力強く射抜いてくる目は本気で訴えていたし、声が悲しいほど棘ついていた。

 睦からそこまで真剣な想いをぶつけられると思ってなかった立希は、狼狽えたショックで悪感情の坩堝から抜け出す。

 そして、そんなことを言いたかったわけじゃなかったと思い直し、慌てて修正していく。

 

「い、いや、ここまでしてもらえると思ってなかったから、なんか恥ずかしくて、別に嫌なわけじゃないけどなんか落ち着かなくて、理由が気になったっていうか、なんていうか……」

「……」

 

 隣から返事が返ってこない。立希は小さくごめんと呟く。今日一番むず痒かった。ギャグ混じりだったお祝いの方が、よっぽど気楽に受け取れていた。

 心からの想いを直球でぶつけられると、弱かった。慣れていないから。

 蝉の鳴き声だけが耳をつんざく。汗でじっとり張り付く服が気持ち悪い。でもそれ以上に、睦との間にこの沈黙があるのが、立希はどうしても受け付けられない。口下手らしく、「暑いな」なんて話題でも振るべきだろうか。喉元までせり上がった天気の話題は、引き結んだ唇を突き破る気がしなくて、口の中で霧散する。

 息が詰まりながらも逃げるように前を向いて足を動かしてると、横から大人しいソプラノボイスが聞こえてきた。 

 

「……誕生日祝いって、凄く素敵だよね」

「え?」

 

 ポツリと呟かれた言葉に、立希は心底ホッとした心地で反応する。でも、何を言いたいかは、全く分からない。

 だから表情を伺う。睦は綺麗な夢を思い出すかのように、目を細めながらささやかに微笑んでいた。

 

「そよのとき、凄く幸せそうに喜んでくれてた。祝った側の私が報われたくらいだった。CRYCHICのみんなには、それくらい幸せなお祝いしたかった。立希にも……そんな風に、救わて欲しかった」

 

 立希は前半部分に対して、内心同意した。これ以上ない宝物を貰ったように涙を零すそよは、2か月半経っても印象強く記憶に焼き付いている。

 けど後半部分はやっぱり受け取りづらい。まるで自分が救われることを望んでるみたいだ。実際のところどうなのかは、考えたくない。

 今年は睦達に、CRYCHICに。随分手の込んだお祝い尽くしをプレゼントされた。それを悪く思ってない。それだけで十分。

 救われたいほど、飢えてないはずだ。立希はそう思いたかった。なのに口がはっきり動いてくれない。

 

「別に私は……そよと家庭環境違うし。救われたいなんて、別に……」

「……そうだよね……」

「……」

 

 曖昧な否定に合わせたかのような相槌をされて、立希は直感した。睦が、椎名家の家族関係は良くないと想像してることを。そしてそれは、概ね当たりだった。明確な根拠なく決めつけられてるように感じなくもない。でも、決して怒る気にはなれない。

 致命的なラインを割って踏み込まなかったから。決めつけではなく、慮りだと分かる。そしてそれは、似た傷を負ってきたからできたんだろう。

 そういうヤツだから、だよな。立希は心の中で、いつも隣り合える理由を抱きしめる。

 その想いから、言葉を紡ぐ。

 

「礼は言う……じゃないな。ありがとう、睦」

「……」

「嬉しかったよ。自分がされて嬉しいことばっかりだった。それを分かってくれた上で計画してくれたんだと思うと、見透かされてるみたいでムカつかなくもないけど。……なんかこう、余計に幸せだった」

「……ならよかった」

 

 本当にちゃんと応えられただろうか。睦が、心から自分を想ってお祝いしようとしてくれたことに、報えただろうか。

 

(報えるわけないでしょ……)

 

 立希は睦からは見えない側の拳をきつく握り込む。想いの籠った行為に、言葉だけでつりあえるはずがない。だから、必ず返すと固く心に誓う。

 そんな決心なんて少しもしてませんよ、とアピールするように。立希はいつもの調子で睦に絡む。

 

「いつもだったら恩着せがましく自分からネタばらししそうなのに。私が聞き出そうとしなかったら、黙ってるつもりだったでしょ。よく分かんないよ、睦は」

「……私はいつも控えめて奥ゆかしいお嬢様だから」

「今更よく言えたよその戯言!」

 

 睦は噴き出すように笑い出す。立希もつられるように呆れ顔で笑いながら、睦の隣で楽に呼吸した。

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