『映画好きの馬鹿で、そいつが組の名前も決めて、代紋もつくって、裁判のときは殺し合うだの、組に入れるときは盃交わすだの、くだらねぇ取り決めをいっぱい作った』
1日目
7月26日
今日から本格的にライブ配信の準備作業へ取り掛かっていく。まずは音響テスト。野音に来た私たちは、早速ステージで演奏するよう指示される。
みんなと一緒にステージへ上がった私は、ベースをアンプに繋いでチューニングし始める。ふと目の前の、座席が階段状に奥へ上っていく客席を見て、手が止まった。
本番を想像してしまったから。満席の会場は人が蠢いて渦を巻く蟻地獄となって、私を飲み込もうとしている。震えるピックが鉄筋みたいな弦に力負けした。
そんな緊張を自覚したとき、対角線上から能天気な声が響いてきた。
祥子「なんて広大な会場でしょう! 本番が楽しみですわ~♪」
身体を支配していた力みがどっと抜ける。頼もしいやらなんやら。
でも、慄いていたのは私だけじゃなかった。私の右隣、センターから心細そうな声が聞こえてくる。
燈「ここで、ライブするの? こんな広い会場に、どのくらい人が入るの?」
そよ「3000人だね」
燈「さ、3000……?」
元々緊張しいだったともりちゃんは、これまでのバンド活動でだいぶマシにはなったけど、流石に相手が悪い。
そこへ、私の反対側にいる子がギターを抱えながら、ウキウキ声をかける。
睦「……燈、燈。久々にカボチャの出番だよ」
立希「懐かしいな。初ライブ以来じゃん」
燈「金平糖じゃ、ダメ?」
睦「……想像してみて。金平糖なら3000粒でも、ダンボール1箱分くらい。でも会場の席が全部カボチャになったら、どう?」
目を瞑るともりちゃん。素直にイメージしてるらしい。
すると、閉眼したまま表情がパァと明るくなった。
燈「すごい……。こんなに大きなカボチャ畑、初めて見た」
立希「そりゃそうだろうけど。まぁ緊張が解けたならいいか」
私の真後ろでたきちゃんがドラムセットを調節しながら苦笑する。私に絡んでこないところを見るに、緊張していたのは気付かれなかったみたい。よかったよかった。
祥子「しかし、せっかくこれほどの大舞台でライブできるというのに、観客がカボチャというのは虚しくありません?」
そよ「虚しいというか、すっごい間抜けだよね」ビビってたのを棚に上げる私。
睦「……しかも、それを配信する。画面の向こうではみんな大笑いに違いない」
立希「そんな風に笑われるのヤダよ! 私達はお笑いグループじゃないっつーの!」
風見『みなさーん。おしゃべりはその辺にして、そろそろ演奏をお願いしまーす』
客席側にある、昨日顔合わせしたテントから、スピーカーで穏やかに注意される。和んでてすいません……。
さきちゃんが口元のマイクを通して返事する。
祥子「承知しましたわ。みんな、準備はよろしくて?」
立希「切り替え早いやつ……。燈、もう大丈夫?」
燈「うん」
睦「……実は緊張してたそよも、大丈夫?」ちぇ、チューニング音でバレてたか。
そよ「もう大丈夫でーす。いつでもどうぞ、さきちゃん?」
浸るように微笑むさきちゃんの指が、キーボードの白黒に優しいタッチで沈み込む。雲の切れ間から降り注ぐ天使の梯子みたいなピアノのリフに、クリーントーンのギターがつむじ風となって絡みつく。
ハイハットのフィルインから、ドラムによる8分6拍子のビートで温かみが巡る。春日に微睡む前奏を、ベースの対旋律が影に沈む歌へ繋げる。
薄く目を開いたボーカルが寂しげな詞を紡ぐ。真夏に灼くる野音の会場が、春日影へと塗り替えられていく。手を止めこちらを向くスタッフたちがちらほら増えていった。
✿ ✿ ✿
風見『CRYCHICさん、一旦休憩に入ってください』
そう指示した風見さんは、音響機器とパソコンを交互に触る作業へかかり切りになった。録った演奏を基に、配信上の音を調整してるのだろう。
私たちはテントに戻ろうとステージから降りる。そこへ、黒Tシャツを着た若い男たちが、客席側から階段をドタドタ駆け下りてきた。
「良い演奏だったぜ嬢ちゃんたち!」「感動した!」
汗まみれの笑顔たちに至近距離で囲まれ、私たちはむさくるしさに苦笑い。対応に困っていると、集団の後ろから新しい声が投げかけられる。
「平坂組の連中だよ。昨日四代目には会っただろ? そこの組員」
「お疲れさんス、テツの叔父貴!」「叔父貴も来てらしたんですか」
タンクトップで短髪の青年、テツさんは筋骨隆々な体つきをしていて、屈強そうな集団の中でも存在感があった。
「俺は組員じゃないけどな。アリスんとこの探偵団。こいつらが警護の下見に来るってんで、俺もちょっと寄ったんだ」
この人も20歳くらいに見える。若いけどちゃんとした大人の探偵が、あの小さな女の子についてるんだ。武闘派そうな仲間がいるのは心強いな。
なんて、荒事に対峙するテツさんの働きっぷりを想像していたときだった。彼にバタバタ移動していたスタッフがぶつかってしまい、スボンの後ろポケットに挟んであった冊子がバサッと落ちる。
テツ「おっと。俺の生命線ともいえる情報源が」
祥子「探偵業に扱う資料でしょうか?」
睦「……パチスロの雑誌が?」
テツ「探偵は関係ねぇよ。俺のライフワークを支える資料だ」
そよ「い、息抜きにパチンコしてるんですよね? 探偵業の合間とかに……」
テツ「逆だな。ギャンブルの合間に探偵してる。その優先順位は覆せねぇ」
「テツの叔父貴はパチスロと競馬が本業っすもんね」
燈「えっと、アリスちゃんはニート探偵だから、その仲間ってことは……」
立希「うん。この人もニートだね。今度はギャンブル狂か……」
まともな大人もいると思ったら。私の感心と安堵を返して欲しい。酷暑の陽ざしと新たな社会不適合者との出逢いに立ち眩む私。そこへ、まだ興奮気味だった平坂組員たちによって更なるストレスがもたらされる。
「嬢ちゃんたちがフェケテリコか!」「でも去年の人たちと違うぞ?」「あれだ、妹分だ」「俺らでいう2次団体か? いいな」「そうだな、俺たちもそろそろ傘下持つべきだもんな」「作るならナルミの兄貴の組か」「それだ! 嬢ちゃんたちは藤島組なんだな!?」あぁ、意味分からな過ぎてキモチワルイ……。
あまりにも参った私は見限ることで平静を取り戻す。この人達は馬鹿なんだ。まともに学校通わなかったんだろうなぁ。
でも。少なくても悪い人たちじゃなさそうだった。
「ジーンと聴き入っちまってよぉ」「俺、事務所借りて平坂組になった頃思い出した」「俺も」「あの頃の無敵感ヤバかったな」
昨晩会った四代目さんほどの
でもそういう野蛮さを見せない。若いのもあって本当にやくざなのか疑わしいくらい。
なんてことを、テツさんに当たり障りなく伺う。
テツ「まぁ実際極道ってわけでもねぇよ。任侠気取ってる不良チームだと思っていいぞ」
そよ「任侠……自警団みたいですね」
睦「……だから裏社会の事件も解決してるやくざなんですね」
立希「でも不良の集まりがライブ運営までやっちゃうのか」
テツ「そっちはデカい商家産まれの四代目が1人でやってんの。他はこんなのばっかりだからな」
テツさんがビジネスに弱そうな組員たちを顎でしゃくる。頭の出来が違う四代目さんは見た目だけでなく実態も一匹狼らしい。
でも立派な家で育ったのに、なんで不良チーム引っ張ることになったんだろう。
その転機が気になったのは、付き合いの長そうなテツさんもだった。
テツ「つーか、平坂組ってどうやってできたんだ?」
「テツの叔父貴も、その頃まだ出逢ってませんでしたもんね」
組員の中で一番背の高い人が相槌打つ。「俺は電柱って呼ばれている」なんて言うので、色々飲みこんでそう認識する。
そこから電柱さんによる昔話が始まった。主役になるのはもちろん今の頭である四代目、雛村壮一郎さんと。彼と同年代で組に名が冠された、任侠好きの平坂さん。
6年前。当時修羅道という名前だった不良チームに、女性と同棲中の四代目さん(まだ14歳くらいだと思うんだけど……)はまだいなかった。その女性が働くキャバクラと、平坂さん率いる修羅道が揉めたのが、出逢いのきっかけらしい。
そこで四代目さんはチームのたまり場に赴き、トップの平坂さんに殴り込み……もとい、話し合いを持ちかけた。『大勢抱えてるくせに、バックにやくざがいる店と揉めるな』……人数とか関係なく正論である。
で、『度量がビック』な平坂さんと意気投合し、やくざを店から追い出して後釜に自分たちがついたのだとか。無茶苦茶だけど、それが後に商業界でも裏社会でも活躍する自警団の始まり。
電柱「2人でチームやるようになって、壮さんが本気出して縄張り増やして。事務所借りるくらまで大きくなって、平坂さんが代紋と組の掟作って。そこで平坂組って名前に変わったんです」
テツ「で、あいつら5分の盃と一緒に何か交換したんだっけ? あぁ、5分ってのは対等な関係ってこと」後半は私たちに向けた注釈。
電柱「そうっす。スーパー盃っす」
テツ「それそれ、懐かしいな。はなまるでラーメン食いながら、お前らホモかよってつっこんだら、あいつが『それどころじゃない仲だ』なんて悪ノリして。で四代目がキレてラーメンひっくり返しながら大喧嘩して、ミンさんに大目玉くらったわ」
どうも平坂さんという人は、不愛想で堅い四代目さんとは真逆そうなタイプらしい。それでも肩を並べ、多くを蹴散らし引き入れ、旗印をあげて組を起こした。
今やとんでもない噂になるほどの任侠団体を生んだのは、他の人とは交わさないものを共有する仲の2人だった。
燈「四代目さんにとって、平坂さんは部下じゃなくて、友達、ってことですか?」
電柱「ダチなんてモンじゃない。義兄弟だ。どっちが上とか下もない、唯一壮さんと対等な人だった。けど……平坂さんは組抜けちまった。ずっと前に」
テツ「そういや、戻ってきたあいつとやり合ったのも丁度1年前か」
しんみりした声を皮切りに、組員たちが口々に言い始める。
「結局組に戻ってこなかったな」「そりゃそうだろ、血みどろの潰し合いだったんだぞ」「平坂さん、今はどこで何してんだろうな」「壮さんに聞くと黙って殴るし」
血よりも濃い酒を交わした2人は、結局血で血を洗う別離を辿ったらしい。こうして、狼は一匹になったとさ。きょとん顔なともりちゃんの横で、私はあっさりまとめた。それどころじゃなかったから。
昨晩のやくざな話と、時期が被っていて見過ごせない。
そよ「まさかとは思いますけど、去年ライブハウスが嫌がらせされた件と何か関係が?」
テツ「……あぁ。その話で俺は来たんだったな」
祥子「と、いいますと?」
テツさんが言いにくそうに頭をガリガリ掻いて、私たちに真面目くさった表情を向けてきた。
後から思い返せば私の質問に答えてなかったけど。話が重大過ぎてこのときの私は気づかなかった。
テツ「昨晩、四代目は人が襲われた話、しなかったろ?」
立希「……何それ」
テツ「やくざが手出したのは箱だけじゃない。ナルミも、美嘉って女すら襲われたんだ。ナルミはボコボコにされたし、女は病院行って松葉杖つくほどのケガ負った」
暑さを忘れるくらい、血の気が引いた。相手のやくざは本物だった。女子供でも容赦しない、暴力団。
辞退した方がいい。納得だった。みんなだって痛感してるのは、固まった表情から分かる。
テツ「ナルミから話聞いてよ。四代目が悪いんだけど、舐めてるんだろうなって。だから念押して辞退させるつもりだった。……演奏聴くまでは」
睦「……え」
テツ「俺もこいつらと一緒だ。中退した高校時代を思い出した。まだボクシングに熱中してて、あいつらと馬鹿みたいに能天気な補講楽しんで。……悪くなかった。潰すには惜しい」
ガタイの良さはボクシングやってたからか。その経験は探偵になったテツさんの中でまだ息づいていて。血肉となった思い出は、私たちによって掘り返されてしまった。
そう思うのは。様々な苦味が入り混じった想いを一息に飲み干した後みたいな、空っぽの薄笑いをしてたから。
テツ「まぁ敵さんの目的も見えてきたし、なんとかなりそうだからな。でも辞退しないならくれぐれも気をつけろよ?」
祥子「……ご忠告、痛み入りますわ」
テツ「おう。――そろそろいくぞお前ら」
「押忍! 男、磨かせてもらいます!」
漢くさい返事を揃えて、組員がぞろぞろ会場の外へ向かっていく。こう締めくくられては大人しく辞退する気も霧散していく。微妙な表情を4人で見合わせる。
残りの1人は、意外にもイカつい男性へ声をかけていた。
燈「あのっ、テツ、さん」
テツ「ん?」
燈「なんで、ボクシングも、高校もやめて、パチンコしてるんですか? どうしてニートになったんですか?」
テツ「なんだお前。大人しそうに見えて出しゃばりだな」
燈「アリスちゃんと出会ってから、なんとなく。ニートってなんだろう、って……」
テツ「学校も仕事もしてねぇやつだけど。そうだな、俺の場合は……」
テツさんはスボンからパチンコの冊子を抜き取り、不敵に笑いながら見せつけてきた。
テツ「パチスロと競馬が俺を呼んでたからだ。そういう、宿命だったんだよ」
その道を選んだことになんの迷いも未練もないと言わんばかりに断言して、その人も背を向けて去って行った。私の頭にはさっきの薄笑いがこびりついている。そのせいで、やる気のない無職というニートへの認識が、陽炎のように揺らいでいた。