立希のセリフが燈表記になってた箇所、報告ありがとうございました。
河原の水面から吹いてくる風に涼みながら、草場の陰から夏の虫たちによるしんしんとした鳴き声を聞き流す。
陽もすっかり落ちて薄闇になったから、もう良い頃合いなのに。開始時刻から5分近く経ってもまだ始まらなくて、私は内心焦れてきた。どうも、思ってる以上に楽しみだったらしい。
そんな焦燥を忘れようとみんなと1列になってお喋りしていたら。待ちきれないとばかりに空を睨んでいたさきちゃんが、色めきだった声を上げた。
祥子「あっ! 花火が上がりましたわ!」
その声に反応して見上げた瞬間、空に無数の赤い星屑が放射状に弾けた。目に焼きつく光が余りに鮮麗で、さっきまでのもどかしさや、呼吸さえ忘れて見入ってしまう。
一瞬遅れて、バスドラムを何千倍も強くしたような重低音で我に返りながら驚く。耳だけでなくお腹にまで響くほどの音圧だったから。あれ? 花火ってこんな感触受けるものだっけ? 星のような光が、1粒1粒宝石みたいに輝いて見えたっけ?
祥子「綺麗ですわね~!」
睦「……迫力ある」
立希「まだ1発目で、しかもシンプルなやつなのにね」
燈「うん。でも、凄い惹かれる……」
そよ「うん……そうだね……」
私は碌な相槌がうてなかった。青に緑と、色を変えて咲き乱れる星の華に意識を奪われて、お喋りどころじゃないから。
煌めく光の爆発に目を奪われて、大砲のような轟きに耳を奪われるだけでなく、身体さえ揺さぶられる。風に混じった煙たい匂いで、映像じゃなく本物の爆発現象だと思い知らされた。あぁ、もし花火が味覚も刺激するものだったら、本当に全てを支配されちゃうな。
今まで澄まし顔で花火を見飽きていたはずの私は、映像でしか知らないも同然だったみたい。なんだか恥ずかしくなって、つい自嘲気味に零す。
そよ「本当の花火がこんなに凄いなんて、知らなかったな……」
みんな花火に夢中で気づかれないかと思ったけど、不思議なことに反応される。
立希「本当の花火って。大げさじゃない?」
睦「……一度も生で見たことない人みたい」
燈「そよちゃん、花火見たことなかった?」
祥子「あぁ、だから花火大会を希望されたんですの?」
煩い破裂音の中、独り言みたいな声量なのによく聞こえたね。と口に出すのも気恥ずかしくて躊躇した。結局、苦笑いに押し留めてさきちゃんの問いに答えようとする。
そうすることで。花火同様、夜闇に溶けるはずだった本音を、拾い上げてくれたみんなに応えられるから。
そよ「逆に飽きるほど見たよ。でもあんまり真っ当な形じゃなかったから、こうして花火会場の近くまで来て見たかったの」
立希「いや会場まで来ないと見れないでしょ。どうやって飽きるほど見てたの?」
そよ「私の家って、都心の高層マンションの最上階でしょ? だから、会場まで行かなくても、バルコニーから見れちゃうの」
燈「す、凄い……。そよちゃん専用の穴場、だね」
そよ「うん、そう。私だけの……私しかいない穴場だったから……」
睦「……なぜそれを先に教えてくれなかったのか。知ってたらこんな人混みとは無縁で楽しめた……ムグッ」
祥子「お黙り、睦」
立希「お前ね。ここは空気読んで飲み込むとこでしょ」
睦「……立希にKY扱いされるなんて……」
隣のたきちゃんに口を塞がれてションボリするむつみちゃん。彼女の言いかけたことは正論なので、ちゃんと答える。
そよ「今まで一人で、何の苦労もなく遠くから花火眺めててね。虚しかったの。月ノ森の子たちから話聞いてると、大変そうなのに後悔どころか満足してるくらいだから、羨ましく思っちゃって……」
語りながら、華やかなさを増していく花火に浸る。流星のように尾を引いて描かれるのは火華の大輪。内が赤く、外がピンクのそれは菊のように花開く。これも去年まで家でよく見かけたけど、どうやって1度の爆発で2色を綺麗に構成してるんだろうって、見る度に不思議だった。
覚えのある疑問が引き金となって、意識は目の前から色褪せた記憶へと埋没していく。その頃の、色のついた模様をぼんやり眺めていた私が思い出されて、眠っていた感情がはっきり蘇る。
その時の私が、願うように強く思っていたことは……
そよ「憧れてたんだと思う。面倒な思いしてでも、仲の良い人達と一緒に花火を楽しむのを。だから、CRYCHICのみんなと一度くらい来たかった。きっと、家から一人で見てたのとは何か違うって思ってたから」
モノクロ映像みたいに味気ない過去から、五感のほとんどを強く刺激してくる爆発によって現実に引き戻された。物思いに耽ってられない程なんて、やっぱりあの頃の夢見がちな予感は当たってたな。
でも。この瞬間の私は、まだ分かってないことがあった。
祥子「確かに、1人で見るのとは全然違うんでしょうね。こんなに素敵な光景を、誰かと共有できないなんて勿体ないですもの!」
燈「そうだね。1人で見てても綺麗だろうけど、たぶん寂しくて、こんなに楽しめなかったと思う」
立希「それはまぁ……そうだろうね。花火大会に1人で来る人なんて、中々いないし」
睦「……みんなと見て、感動を口にし合えるから。素直に楽しめるんだろうね」
祥子「えぇ! 見惚れるほど素晴らしく感じるのは、きっとみんなと見てるからですわね!」
そよ「……あぁ、そっか……」
さきちゃんの言葉に心底納得した瞬間、目に広がる花火がより鮮やかに焼きついた。昔見た記憶を塗りつぶすほど鮮烈に。そうなった理由が、心に爛々と息づいている。
そうだ。今宵闇を照らしてる満開の業火だって、決して初めて見たわけじゃない。なのに光の一筋一筋が見惚れるほど美しいのは、大音響の轟音に胸が高鳴るのは。きっと、大好きなみんなと見てるからなんだ。
心の空にも花火が上がったみたいに、私の中で目映い感情が満ち溢れる。この胸が弾けそうなほどの幸せは、いつか夢見ていたもの。それを叶えてくれたのが、私に初めてできた大切な居場所の仲間たち。友達と花火見る程度に、大げさかもしれないけど。
やっぱりCRYCHICは、私にとってかけがえのない存在だった。
そよ「そっか……そうだよね。みんなとだから、こんなに綺麗なんだね」
祥子「ふふっ、提案してくれたそよには感謝しませんと。そよが言い出さなかったら、きっとこの景色もありませんでしたわ!」
立希「花火くらいで大げさな。って言いたいところだけど……実際、悪くないな」
睦「……どんなに綺麗な花火でも、このツンデレを完全には素直にさせられないらしい」
立希「そういうお前こそ、私を揶揄ってないで素直に浸ってればいいんだよ」
燈「そうだね。せっかくみんなと見れてる打ち上げ花火、目に焼き付けないと、勿体ないもんね」
そよ「記憶にも残したいけど。記録にも残したいよね」
私はスマホを取り出してカメラアプリを起動する。横一列の並びの中でちょうど真ん中にいた私は、両腕で4人を抱き寄せた。右側でムーっと睨み合っていたたきちゃんとむつみちゃんは、同時にそっぽ向きながらも表情を和らげていて。左側のさきちゃんとともりちゃんは、ニコニコ笑顔で身を寄せてくれた。
そよ「どうせだったら、花火と一緒に撮りたいよね」
立希「今はちょうど花火が途切れてる時か」
睦「……ということは、次から更に凄くなるかもしれない」
燈「じゃあ、次の花火が、シャッターチャンスだね」
祥子「任せてくださいまし! 最初のときのように、私がその瞬間を察知してみせますわ!」
真剣に煙の溜まった空を見つめていたさきちゃん。そして、甲高い笛のような音が聞こえた瞬間に「来ますわ!」と叫んだ。
私は打ちあがった花火に背を向けて、インカメにしたカメラを構える。みんなも私にギュッと寄ってくれた。
ドドドンッ! という爆音が連続して、金色の花火が夜空を埋め尽くすほど咲き誇った。目が眩むほど絢爛な火華は、徐々に先端がしだれ落ちて、極光の雨となり降り注ごうとしている。その一瞬を、永遠に閉じ込めた。
祥子「圧巻ですわ! 空一面を埋めるほど派手なのに落ちていく光がどこか繊細で……」
睦「……あんなに幻想的な雨、見たことない……」
立希「あんなのホントに浴びたら火傷じゃ済まないから、ここから眺めるのでちょうどいいな」
燈「また、私たちだけの凄い思い出、増えたね。そよちゃん」
そよ「うん! すっごく嬉しい♪」
スマホを抱きしめて満面の笑みをこぼす私を、左端のさきちゃんがみんなごと抱きしめる。
たきちゃんは「暑苦しいんだけど」って口先だけで毒づきつつも抵抗せず。むつみちゃんはこれ以上なく映えた写真を見て、無邪気に顔を輝かせた。さきちゃんが「まだ凄いの続きますわよ!」と明るい声色で指差して。ともりちゃんはライブ後みたいに良い笑顔で、瞳に色とりどりの爆華を映していた。
CRYCHICのみんなと思い出を重ねて、また1つ知らなかったことを知った。
暑い時期に密着しあって暑苦しいはずなのに、幸福に満ちた私は少しも気にならない。
次はどんなことが待ってるんだろう。どんな想いで、シャッターを切るんだろう。
私は花火に負けないくらい輝かしい未来に想いをはせつつ、どんどん凄くなっていく打ち上げ花火を、みんなと一緒に歓声上げながら楽しむのであった。
〇花火終了後のお約束
燈「うぅ……。駅までの道、行きより凄い人混み……」
祥子「というか、さっきから牛歩のように進みませんわね」
そよ「……」
睦「……そよ。全然進まないね。この混雑も、憧れだった?」
立希「この『いつになったら帰れるんだよ』って感じが最高だわ。でしょ、そよ」
そよ「憧れてないし最悪だよ! 来年は絶対私の家から見るから!」
せっかく来て良かったと思えたのに、綺麗な想い出で終わらずに地獄の渋滞に苦しむなんて。なんて恨み言をブチブチ吐きながら、私たちは気が遠くなるほど遅い歩みで帰宅を目指すのだった。