『大概自分のせいやけどな。——東京にいた頃のダチ、もう1人もおらへんし。ほんで反省したんや。もう完全にぶっ壊れたんは仕方ないから、そうでなかったら、逢えたときにちゃんとダチになっとこう、って』
『——結局言う通りやってんな。ナルミともぶっ壊れたわ』
風見「ニートが宿命、ですか……」
テントに戻り、水分を取りながら椅子で休憩する私たち。ここに来る途中話していた人たちについて訊ねられたので、物騒な部分を除いて話す。自然、ニートについての話題になった。
一笑に付してもおかしくない話なのに、眼鏡のポジションを指で直す風見さんは嗤わなかった。力の抜けた声で反応してくる。
風見「少なくとも、僕は馬鹿にできませんね。つい最近まで同じくニートでしたから」
祥子「そうでしたのね……」
燈「あの、どうして……」
そよ「ともりちゃんっ」
テツさんの言った通り、妙に出過ぎたこと訊くなぁ。知り合って間もない人に自分から話しかける子じゃなかったのに。まだ引きこもりニートを気にしてるのかなぁ。
風見さんは掌を左右に振って「お気遣いなく」なんて気遣う。ウチの子が不躾ですみません……。
風見「別に大した経緯じゃありませんから。1年半前に父が失業して、高校に通えなくなっただけです」
立希「十分大した不幸に聞こえますけど……」
風見「学校に思い入れもありませんでしたし、退学自体はどうでもよかったんです。1年生のうちに辞めれてよかったぐらいですよ」
哀しい学校生活故に悲しくなかったと言うのが哀しくて、口も気分も重くなってしまう。
返しに困っていると、パソコン作業しながら風見さんが続けてきた。
風見「その人みたいに宿命だの、昨日の人みたいに誇りだの思えたらある意味恰好よかったのかもしれませんけどね。社会の日陰者にしか思えませんでした」
睦「……でも、今は立派に働いてらっしゃる」
風見「ありがとうございます。環境が変われば人って案外簡単に変わるものですね」
燈「そういう、もの、なんですね……」
風見「えぇ。どれだけ準備を頑張ってきても、予定通りいかないこともあるみたいですが」
そよ「やっぱり働くって、色々大変そうですね。私たちもいつかはそうなるんだろうな、って今から不安です」
立希「そもそもどんな仕事してるのか すらイメージできない」
風見「僕だって在学中はそうでしたよ」
あははと笑い合って、ようやく和やかな空気になってきた。ふぅ、ニート関連の話題は難しくて困るよ。
いい流れを維持すべく、私は元の話からさらに遠ざける。
そよ「そういえば。どうして映像制作の会社を選んだんですか?」
風見「あぁ、小さい頃から趣味で動画作ってたんです。動画投稿サイトにもあげてました」
祥子「なるほど。好きなものを仕事にするのは素敵ですわね」
睦「……どんな動画ですか? よかったら見てみたいです」
風見「勘弁してください、数字も全然でしたので人に見せられるものじゃありませんよ」
燈「私が詞を書いてたのと、同じ、かな……」
風見「高松さんの動機は分かりませんが、一言でいうと下手の横好きです。動画見るのが好きだったので、自分でもなんとなくやってみたんです。ネットのウケは芳しくありませんでしたが、現実で褒めてくれる人がいたからそのまま続けた、という感じです」
立希「褒めてくれる人の存在って大きそうですよね」
風見「えぇ。だから、その経験を活かせる仕事に就けたのは僥倖でした」
ニートの話のときとは全然違う、明るい表情の風見さん。話しながらも両手を片時も休ませない様子から、充実してそうに見える。
私もこんな風に働きたいな。そのためにも真面目に学業頑張ろう。そうしていれば、少なくともニートにならないはずだし。
未来に向け密かに気を引き締めていると、昨日も会った風見さんの同僚さんがやってきた。そのまま風見さんに荒い勢いで肩を組む。
同僚「お疲れ、はかせっ! 我が社のビックプロジェクトは順調かね?」
風見「お疲れ様です。おかげさまで、同僚が面倒くさい以外に問題はありません。博史郎と呼んでくれませんし」
同僚「言いやがる……なぁ、嬢ちゃんたちも博士っぽく見えるよな?」
正直見える。メガネが盛大にズレて露になった目の下はクマみたいに窪んでいるし、白衣着てるし控えめな態度だし。研究に没頭して寝不足な科学者みたい。
ということは勿論口にせず「アハハ」と誤魔化す私。仕事相手として、溜息つきながらメガネ直す風見さんの機嫌を損ねたくない。
風見「そんなことより何用ですか」
同僚「あぁ、配信プラットフォームの運営会社から仕事の連絡返ってこなくてさ。なんか怪しいから近々直接つついてくるわ。一応主任様に報告」
風見「わざわざご苦労さまです。お願いします」
同僚「あぁそうだ、嬢ちゃんたちいい演奏だったぜ! 今日はまだ演るのか?」
風見「演奏して頂きますが仕事に集中してください」
同僚「ちぇー、相変わらずお堅いはかせー」
ブツブツ言いながら来た道を引き返していった。邪険にしてるけどむしろ遠慮のない仕事仲間でいい職場に感じる。
なんて人のこと案じてる場合でもなくなった。
風見「さて、こちらは調整完了しました。確認したいのでもう一度演奏してもらえますか?」
祥子「承知しましたわ」
お仕事再開。私たちはステージに向けてテントを出て、照り付ける陽射しに顔をしかめながら歩き出した。
✿ ✿ ✿
作業を終えて野音を後にした私たちは、今日も渋谷に来ていた。目的地はラーメンはなまる、ではなく駅から見て反対側の繁華街。衣装作りのための買い物に来たのだ。
5月にみんなで渋谷散策をしたとき目をつけていた手芸屋に向かう。道中、たきちゃんがダルそうに文句をあげる。
立希「今更衣装凝る必要ある? それより練習に集中すべきじゃない?」
そよ「何言ってるの。見てくれる人が今までと比べ物にならないんだよ?」
祥子「現地で3000人。配信だとその数倍以上にもなるのですよね、睦?」
睦「……ハードロックなんて海外受けするフェケテリコのライブ配信は、有料でも世界的にみて数万は固い。立希こそ、普段のライブ感覚で野音に立つつもり?」
立希「そ、そうか。数百の箱と配信付きの野音は違うよな。もうちょい見栄えも気にするべきか」
燈「今の衣装、好きだけど……」
そよ「それは私もだけど、良さを保ったままもう少し手を加えたいなってことだよ」
今は白を基調にしたシンプルなデザイン。個々で細かい違いがあるとはいえ、大きな野外ステージで数万人に見られることを意識すると地味なのは否めない。
何か鮮やかな彩りを足して、上品だけでなく華やかな衣装にしたい。それが私の思い描いてる理想。
だったのだけど。結論から言うと、手芸屋ではピンとくる素材を見つけられなかった。店を出て大きく息をつく私たち。
そよ「う~ん。残念」
立希「どうする? 他探す? 渋谷なんて探せばいくらでもありそうでしょ」
睦「……結局立希が一番乗り気になってるし」
祥子「てすが闇雲に探すのも時間の無駄では?」
燈「これから、睦ちゃんの家で練習する予定、だったよね?」
立希「しょーがない。店は言い出しっぺのそよとググリ厨の睦に探してもらうか」
睦「……他力本願」
そよ「自分でも探そうねー?」
軽口叩きながら渋谷駅に向かう。その道中だった。バンド練習の予定を変更するようなアクシデントに見舞われたのは。
人気の少ない路地裏を通ってしまったのが災いした。昼間のやくざな話に危機感を抱き、私たちは足早に通り抜けようとはしたのだけど。
聞き憶えのあるワードが、T字路にさしかかる直前、曲がり角の向こうから聞こえてしまったのだ。
「なんではなまる襲う計画してたんや。お前ら探偵団に恨みでもあるんか?」
「関係ねぇだろ」「首突っ込むな」「お前こそ誰だ」「まずてめぇから潰してもいいんだぞ」
ピタッと、一斉に足が止まってしまった。私たちは強張った顔を見合わせてから、不穏な会話の方へ顔を向ける。昨日知り合った、温かみのある女性2人がどうしても思い浮かぶ。流石に見て見ぬふりはできない。
全員息を殺して、T字の交差点へ忍び歩きしていく。建物の角から出ないギリギリのところで立ち止まり、覗き込んだ。
アフロやスキンヘッドといったガラの悪い男たち4人がまず目に入る。その向こう側に、金メッシュを何筋かいれた黒髪でサングラスかけた男性一人が正対していた。4人組は見るからにやくざで、最初に聞いた緊張感の無さそうな関西弁がサングラス男のものだった。
「まぁまぁ、そうイキり立たんと。俺、今度こそ上品に生きたいねん。せや、せっかくやし飲みながら話そうや。ダチになれそうやしな」
「ふざけんな」「誰が乗ると思ってんだ」「頭わいてんのか」
サングラス男が4人に詰め寄られる。いつ殴られてもおかしくない距離で半円状に囲まれたのに、その人はヘラついた口角のままだった。見てるこっちが神経おかしくなりそう。
「せや、この出逢いを記念しておご……る金持ってへんかったわ。ほな、飲み比べで負けた方の驕りってことで――」
「いつまでも舐めたこと言ってんじゃねぇぞ!」
やくざ側が怒声をあげながら拳を後ろに引く。予感していた喧嘩の始まりに、私は身を固くして動けなくなってしまう。視界の端でともりちゃんが目を覆った——
——後から思い返すと。この時点で逃げていれば、禄でもない出逢いを1つ減らすことはできたのだけど。
固唾を飲んで見守ったことが幸か不幸かというと、どちらとも言い切れない複雑な奇蹟では、あったのだった。