〇マスク・ド・CRYCHIC
かき氷も食べ終わって、再び屋台巡りに戻った私たち。
その内の1つに、ともりちゃんが反応した。
燈「あっ、お面屋あそこにもあった」
立希「あぁ、着いて早々睦が買ったんだっけ。ていうか、もう1回聞くけどなんで能面のお面選んだの?」
むつみちゃんの横顔には今も薄笑いを浮かべる女性のお面がついていた。いくら彼女が色んな意味で変わり種とはいえ、謎過ぎるチョイスは私も引っかかていた。
そよ「他にも何かあったでしょ。例えば……ほら、アニメっぽい女の子のお面とか」
睦「……興味ない」
立希「ウルトラマンなんていいじゃん。何か睦っぽい」
睦「……私のこと宇宙人扱いしてる?」
祥子「可愛い動物で良かったじゃありませんか。ほら、ネコやクマや、パンダまであるじゃないですか」
立希「そうだそうだ、パンダが正解だったじゃん」
睦「……それは立希の正解でしょ」
燈「ゆるキャラも、嫌だった?」
睦「…………あったっけ? 目に入らなかった」
目に入らなかった、って。まるで能面のお面しか注目してなかったみたいに言って。どうせいつもみたいにくだらないネタで選んだんでしょ?
……その割に、お面をネタにしてくることなかったな。何が目的だったんだろう……。
私が考えこんだ顔をしたとき、何考えてるか分からない系の無表情なむつみちゃんと目が合う。それから彼女は、みんなに向かって突然提案した。
睦「……せっかくだし、みんなもお面買おう」
そよ、立希「いやいらないから」
睦「……祥と燈は付き合ってくれるよね?」
祥子「そーですわねー……あまりこういったお店にも関わりありませんし、まずは見るだけならいいですわよ」
燈「私も、見るだけならいいかな」
睦「……ありがとう。2人は友達想いで、優しい」
そよ「見るだけなら私だっていいよ!」
立希「というかお前がわがままなだけでしょ!」
よく分からない流れで、人生においてほとんど関わりのなかったお面屋を覗くことになった。
そのお面屋は、さっき話題に上がった系統ならだいぶ揃っていた。豊富そうな品揃えから、私はどれならまだ買ってもいいか見繕う。こんな機会も二度とないだろうし、たまにはいいかな。
そよ「この中から選ぶなら……サンリオ系かな? マイメロディかシナモンロールがいいかな~」
睦「……なるほど。可愛い且つ女子高生に好まれてるキャラだから不自然に見られにくい。実にそよらしい」
そよ「こんなことで分析してこないで」
まさにそういう思考で選んだので、お面選択で性格診断されたような気恥ずかしさがある。もしかしてこれが目的でお面屋に誘導したのかな? どういう楽しみ方してるの?
睦「……立希は……これ?」
立希「おい、なんで般若のお面を私が選ぶと思った?」
睦「……よくこんな風に怒ってるから」
立希「大体お前のせいだよね!?」
睦「……冗談。立希はパンダのお面でしょ? 買ってあげようか?」
立希「いらない。自分で買う」
そよ「買うんだ……」
お面なんて子どもっぽくて無意味そうなもの、たきちゃん嫌いそうなのに。それでも買わせるパンダパワー、恐るべし。
燈「私、これにする……!」
睦「……ペンギンか。まぁ、燈過ぎてつまらないけど、いっか」
燈「つ、つまらない……」
立希「何がつまらないだよ。能面のお面の方がよっぽどつまんないじゃん。可愛くないし、お前が好きそうなネタにもならないし。あのさ、マジでなんでそれ買った……」
睦「くどい」
そよ「それだけむつみちゃんのチョイスは謎だったんだよー」
フンっとたきちゃんから顔を背けるむつみちゃんは……どこか本気で苛立ってるように見えたけど、気のせいに違いない。だってたかがお面だし。
もし本気だったとしても、怒る場面じゃないし、たぶんそこまで気に掛けなくてもいいでしょう。私は特に気にすることもなく流した。
祥子「私はこれにしますわ!」
睦「……どれどれ……って……」
立希「なぁ祥子。本気でそれ買うの? 本当にそれ、顔につける気?」
さきちゃんが手に取ったのは、お面というより仮面だった。目の周りと片方の頬を隠すハーフマスク的な黒い仮面。
そのマスクにはレース的な意匠がほどこされるため、なんとなく妖艶な雰囲気を放っている。女子高生が遊びの場で身に着けるには、ちょっと異様過ぎてハードルが高かった。
つまり、一言でまとめると……。
そよ「そのお面つけてる人と一緒に歩くの、恥ずかしいな。イタいコスプレしてる人みたい」
祥子「な、何おっしゃいますのそよ! このマスク、カッコイイじゃありませんか!」
立希、そよ、睦「かっこいいぃ~~~?」
祥子「キマってますわ! 燈は、燈は分かってくださいますわよねっ!?」
燈「う、う~ん……」
祥子「孤立無援四面楚歌ですわ!」
そりゃそうだよ。誰がそんな恥ずかしいマスクを擁護したり賛同するの。誰もいないよ。さきちゃんの狂信的信者でもない限り。
睦「……まぁ、家でつけるだけなら、止めはしない。幼馴染として、せめてもの情け」
祥子「キ~~~! そこまで言うなら、睦の分も買いますわ! 私と一緒につけなさい!」
睦「……なんで私が。断固拒否する」
祥子「いーえ! 私がつけるときは、絶対睦にもつけさせますわ! 神に誓っても構いません!」
睦「……こんな下着みたいなふざけた仮面ごときに、神と私を巻き込まないで」
祥子「し、下着なんて破廉恥なこと言わないでくださいまし!」
実はちょっと思ってたけど言わずにいたことを、ついにむつみちゃんが発してしまった。
下着を顔につけて喜んでる変態さんみたいになってしまったさきちゃんがキーキー騒おだけど、結局さきちゃんはお面を買うのを断念したのだった。まぁむつみちゃんのぶっちゃけが効いたみたい。せめてもの慰めに、私もお面を買わなかった仲間になってあげたのでした。
……単純に、恥ずかしいし。
「睦、ちゃん……」
「……何、燈?」
「立希ちゃんがくどかったのは。たぶん、心配だったからだと、思う。なんとなく、睦ちゃんらしくないから」
「……」
「言いたくなかったら、言わなくていい、けど。どうして、そのお面を選んだの?」
(……一番はぐらかしずらい子が、一番はぐらかしずらい形で聞いて来た。これを天然でやるのが、燈なんだよね……)
「……一番私らしいと思ったから」
「睦ちゃん、らしい? 能面のお面が?」
「……なんとなく。他のアニメキャラとか、動物より選びやすかった。それだけだよ」
「そう……。そう、かな……」
「……燈。どう?」
「えっ?」
燈は唐突に訊かれて、戸惑いつつも正対する。
睦は横につけていたお面を正面に回していた。本当の顔を見失わせるそのお面は、薄笑いを浮かべる女性の、不気味な貌。
「……似合う?」
声はおどけて冗談のような雰囲気なのに。燈には、どうしても睦が笑ってると思えず、本音が口をつく。
「あんまり……好きじゃない」
「……燈は正直だね」
「ご、ごめん……」
「……いい。嫌じゃなかったから」
(なんで……嫌じゃないんだろう……)
「……はぐれないように、みんなについていこう」
燈は睦に差し出された手を握る。無機質な陶器を思わせる冷たさが、一連の違和感を強くさせた。
しかし、それを言語化できなかった燈は、一旦忘れることにした。それよりも、睦を温めることに専念する。
「睦ちゃんは、他に行きたい出店、あるの?」
「……夏祭りらしく、金魚すくいがしたい。掬っても持って帰らないけど」
「飼うのは、ちょっと難しいよね……」
みんなに追いつく。「何の話?」と反応してきた立希に、金魚すくいの話をして。
そよと祥子も承諾したから、出店を探すことにしたCRYCHICだった。
(……ただの気まぐれというか。何となく、自嘲的に買ったお面で、ここまで食いつかれるとは思えなかったな。……燈も立希も、よく勘付くよ。みんなと一緒いれば、いつかこのお面を突き破る日も来るのかな……)
〇CRYCHIC VS 金魚
祥子「金魚すくいも夏祭りによくある、鉄板な出店なのですわよね?」
そよ「そうだね」
祥子「どうしてでしょう?」
燈「どうしてって……。そんなの疑問に思ったことすら、ないよ」
立希「大体、そんなこと言ったらキリなくない?」
祥子「祭事に食べ物があるのは神仏へのお供えとしても民へのご馳走としても伝統的に理解できます。お面屋は今でこそキャラものばかりでしたが、おそらく元々は神仏や妖怪を模していたのでしょう。そうやって舞や神事に結び付いてるのでしたら、これも納得ですわ。けれど、金魚に祭事への関連性を思いつきませんわ」
真剣な顔で考察しているさきちゃん。射的でダッシュから飛び上がりながら撃ったのと同一人物とは、この瞬間だけ切り取られたら信じてもらえないだろうな。
そういったハジケ具合で忘れがちだけど。さきちゃんは根本的には聡明で、読書が趣味なだけに知性も高く思慮深い(はず)。なのでこういったセリフが飛び出してもおかしくはないのだけど、急なキャラ変は勘弁して欲しかった。
睦「……どうした急に」
立希「睦のは言いたいだけのネットミームだから流しといて。祥子が知らないだけで、本当は関連性があるんじゃないの?」
睦「……雑に流された睦ちゃんが、祥の疑問を解き明かしてあげよう」
立希「はいはい、好きにググれば?」
そよ「人混みの中歩きながらはやめなよ。もう金魚すくいの出店見えたから、列に並んでからにしたら?」
睦「……はーい」
なんとなく、口うるさい母親に対して仕方なく返事した感が声に現れてたけど。ツッコむのはやめておいた。
無事金魚すくいの順番待ちに並んでから、むつみちゃんはスマホを取り出す。
睦「……元々金魚は室町時代に中国から伝わったらしい。それが江戸時代に観賞魚として流行り、露店で売られるようになって、明治からは金魚を掬って持ち帰る遊びへ流行が変わった。らしい」
祥子「なるほど。祭りとしてではなく、露店の流れで今も根付いてるんでしたのね」
燈「掬って持ち帰るのが、流行……。私は、よく分からないかも……」
命に敏感なともりちゃんとしては、生命を弄ぶのをみんなで楽しんでるように見えたのかもしれない。彼女らしい感性を否定したくはないけど、今日はお祭りを楽しむ日だからもう少し気楽に捉えて欲しい。私はともりちゃんの考えに介入することにした。
そよ「掬っても返していいらしいよ? それならともりちゃんも気軽にやれるんじゃない?」
燈「う、うん」
立希「まったく。祥子が変なところに引っかかったりするから、燈が重く考え過ぎちゃったでしょ」
祥子「いくらなんでも言いがかり過ぎですわよ!」
睦「……まさしくモンペレベルのクレーム」
そんな話をしてたら私たちの番になったので、料金を渡してお椀とポイ3つを貰い、ビニールプールの前に1列でしゃがんだ。
祥子「何はともあれ、早速すくいますわ! せっかくですからあの一番大きな金魚を……あらっ? ポイに穴が開きましたわ!」
そよ「また典型的な失敗だね~。さきちゃん、ポイは水で破れるようにできてるから、気をつけて入れないとダメだよ~?」
祥子「そういうのは先に教えておくべきことではないですか!?」
立希「店員につっかからない。小さい子ですら分かってることだから言うまでもないって思ったんだろうよ」
祥子「私を小さい子以下とおっしゃりたいんですの!?」
立希「うん」
祥子「キ~~~! はっきり馬鹿にして~~~~!」
睦「……祥。しゃがみながら地団駄踏むなんて器用な暴れ方しないで。金魚すくいの邪魔」
燈「私も、金魚すくう前に破れちゃった……。むつかしい……」
立希「燈。ポイはなるべく水につけないで。水を切るように斜めに入れて、素早く掬うんだよ」
燈「う、うん。やってみる」
祥子「私にも燈と同じくらい優しく教えてくださいまし!」
立希「今言ったので全部だよ。せいぜい頑張れ」
祥子「相も変わらず扱いの差が酷い立希ですわね!」
そよ「さきちゃん、あんまり大きな声で騒ぐから金魚が離れていっちゃうでしょ。大人しくして」
祥子「はい……」
睦「……やーい。お母さんに怒られてやんの」
そよ「むつみちゃんはお母さん扱いやめてね」
やかましく騒ぎ立てながらも、金魚をすくう私たち。最後にはともりちゃんもさきちゃんも1匹はすくえて喜んでいた。
こうして、みんな自分がすくった金魚をプールに返していく。……むつみちゃんだけ、異様に数が多かった。
そよ「むつみちゃん何匹すくったの?」
睦「……お椀がいっぱいになるまですくった。8匹くらい?」
燈「す、すごいね……」
祥子「睦はこういう、一人で静かに集中できる作業が得意ですものね」
立希「あー、分かる。なんかこういう地味な作業に1人で熱中するの、睦っぽい」
睦「……私をぼっち性って笑いたいなら、立希もどうせ人のこと言えないでしょ。クラスにちゃんと友達いる?」
立希「は? ちゃんとしょっちゅう話すやつくらい居る」
睦「…………ふーん」
立希「そういうお前はいるの?」
睦「……いる。いっつも一緒で、よくお喋りして、お昼も一緒な友達が」
立希「あっそ」
心なしかなんとなく面白くなさそうに見えるたきちゃん。でも反応的に、その友達が私であることを想像すらしてなさそうだった。……面白そうだから黙っとこう。
そよ「2人とも、自分以外に仲良しがいるのが嫌って素直に言えばいいのに」
睦「……誰もそんなこと思ってない」
立希「勝手に決めつけんなっ!」
ほら仲良しじゃん。まぁ、それだけ仲良しだから嫉妬しちゃうのかな?
祥子「みんなっ! 次行きましょ、次! 燈はどこか行きたいお店。ありませんか?」
燈「うーん……喉、乾いたかな」
祥子「では夏祭りらしい飲み物探しましょ! そよ、立希、何かありませんか?」
立希「自分から言い出しといて丸投げするし……。私も喉乾いたからちょうどいいけど」
そよ「私も。まぁ、それを探しながら回るのもいいかもね」
睦「……それじゃ、夏らしい飲み物探し、出発」
そよ、立希、燈「おぉー!」
祥子「睦! 私のセリフを奪らないでくださいまし!」
こうして、再びゴミゴミした人混みに紛れていく私たちだった。