『分類されてからその理由を推測されたんだ、理由を基に分類されたわけじゃない』
『そこに略されている意味以上の、どんな言霊も有していない。だからこそ』
『神様のメモ帳って、宿命のことなの?』
機械とぬいぐるみだらけの部屋をお絵描きしながら、ともりちゃんはそう問いかけた。冷え切った部屋の一部みたいにクールなアリスちゃんは、一時パソコン作業を止めた後、手と口を再起動させた。タイピング音がBGMになる。
アリス「なるべくしてなったのは認めるよ。なにせ、世界を創った神様が、そう書いたらしいからね。でもねトモリ、ただそれだけだよ」
燈「それ、だけ?」
アリス「さきほどの話と被るが。要はラベルを貼られただけなんだ」
厳密には違うのに、知ったことかと雑に括られた。そんなニートの定義談から繋がっているらしい。
アリス「例えばきみは羽丘女子高校の1年生というラベルを貼られているだろう。そこに、学校と学年以上のどんな意味がある?」
燈「…………」
アリス「考えたこともなかったかい? 囚われていないという意味ではぼくも一緒さ。だからこそ、ぼくはこの言葉を選んだ」
断固たる口調で、意味不明な接続がされた。口を挟む余地がなくて、会話からすっかり外れる。
ともりちゃんも、黙ってお絵描きしてる。受け取っているのか、受け取るつもりがないのか、よく分からない。
無反応を気にする様子もなく、引きこもりニートが言葉を投げ続ける。誰も受け取れない方へ、ポンポンポンポン。
アリス「自分を定義する
池に石を投げ入れるみたいな語り。ポチャン。ポチャン。キャッチされることなく水面を割り、冷たい底に沈んでいく。私たちはただ、子どもじみた自己満足を、黙って眺めるだけ。ピクリとも振り返らない黒い後頭部が、何故だか無性に歯がゆい。
アリス「断じて、神の掌で愚昧に踊らされてるわけではない。この生き方はぼく自身が選んだ、たった1つの冴えたやり方なんだ」
言葉による投石が終わり、波紋のように沈黙が広がる。
そこへ、1人。放られた意志を拾いに池へ飛び込むのではなく、こちらに向かって投げるよう呼びかけるのではなく。
小さなニートと同じ様に、足下の石を拾いあげる。小さな頃から積み重ねてきた石。
彼女は、ノートに視線を落としたまま、投げる。
燈「アリスちゃんが、気になってた」
打鍵は鳴り止まない。けれど、ともりちゃんも投げかけるのを止めない。
燈「みんなとすごく違うのに、どうして平気そうなんだろう。独りで地面ばかり見てた私と、何が違うんだろう」
即興で書いた詞をぶつけてるみたいだった。1年以上付き合ってきた私たち4人は、複雑な顔を見合わせる。全く知らない相手は、どんな思いで耳にしてるのだろう。
燈「話はよく分からなかったけど。アリスちゃんは運命に負けたくないんだって、思った。私は、みんなと共有して人になるまで、丸まって、堪えるだけだったのに。だから、そうだ……」
きっと言葉にして投げかけてることで、自分の想いを整理できたんだろう。
前を向いた声に、一番強い熱がこもっていた。
燈「独りでも立ち向かう強さに、私は惹かれたんだ」
だからだろうか。キーボードの音が止まった。空調機が下ろす極寒のカーテンに阻まれることなく、その一投の余波が、彼女に届いたんだ。
燈「アリスちゃんは、凄い。強すぎて、真似できないけど。そんな強さが在ることを、私は忘れない。いつか私も、自分を強く持ちたいから」
噛みしめるように最後の一石が放られた。こうして、一方通行なキャッチボールは終わり、結果、澄まし顔のアリスちゃんは体を回してともりちゃんへ向き直る。
アリス「好きにするといい。ぼくもきみのような変わりものにはなれないし、忘れそうにもない」
立希「良く言うよ。自分も相当なくせに」
アリス「まるで自分は違うと言わんばかりだね、椎名立希」
立希「フルネームやめろ」
睦「……探偵さんの言葉を借りるなら、変わりものが故に椎名立希。でなければ椎名立希にあらず」
立希「バカにしながら連呼すんな!」
どうも無理矢理砕けた空気に持って行くためふざけた感じを受けて、私もさきちゃんと一緒にクスクス笑う。うん、呼吸を忘れて重い話に浸かる必要もないよね。
そもそもなんでこんな話になったんだっけ? って、私がテツさんを話にあげたからだった。抱えていたモヤモヤを思い出す。
それが解消されたかというと、むしろ逆だった。
そよ「私はニートがなんなのか、よく分かんなくなってきたよ」
アリス「その言葉に意味はないと言ったつもりだったのだけどね」
小ばかにしたような口ぶりにカチンときたけど、同調してくれるみんなのおかげで溜飲を下げられた。
立希「いや、そういうことじゃなくてさ。普通の社会人と何が違うのか分かんなくなるんだよ」
睦「……所得あってもニートに含まれるし」
祥子「社会で十分通用する能力を持っている方もいますわ。一体どういう人がニートになるのでしょう?」
燈「アリスちゃんには、なれないけど、ニートには、なりそう、かも……」
そよ「そんなこと思っちゃだめだよ」ホントになっちゃいそうで怖い。
アリス「ふむ。トモリもまだ絵を描いてるようだし、耳慰めにぼくなりの解釈を垂れようか」
探偵は飲み終わった深紅の缶をテーブルに置いて、私たちの問いに答え始める。今度はまだキャッチボールといえなくもない会話だった。
アリス「ニートというのはね。何かが『できない』人間や、何かを『しようとしない』人間のことじゃないんだ」
こうしてニート探偵は不思議系少女に、生きることについて語った。後から思い返すと、どうも慰めていたらしい。
この時の私は独特過ぎる通じ合いについていけなくて、探偵事務所を出る頃には別のことへ意識を向けていた。
今日1日ですっかり軽視できなくなった存在の足音を、背中のずっと向こう側に幻聴していたから。
もうバンド練習の時間もなくなって、たきちゃんが憤然と宣言する。
立希「今日の練習なしにした分は、明日取り返すから」
燈「うん。練習、頑張ろうね、立希ちゃん」
睦「……こういうとき燈が熱心に一番乗りするの、珍しい」
祥子「それだけ燃えているということでしょう。良いことですわ!」
ワイワイ盛り上がる4人。その空気を壊すと分かっていながら、私は伺ずにはいられなかった。
そよ「あのさ……みんなは怖くないの」
立希「は? 何急に」
そよ「ほら、はなまる襲おうとしたやくざって、ライブにちょっかいかけてるやくざ……っぽくない?」
立希「それは飛躍し過ぎじゃない?」
そよ「だとしても、テツさんの忠告もあるし……」
祥子「確かにただのこけおどしな集団ではなさそうですが、昨日そよも言った通りですわ」
睦「……高校生として、危機管理するしかない」
燈「で、でも、そうだよね。暴力振るわれるかも、しれないんだよね……」
立希「ちょっとそよ! お前のせいで燈が怖がってるじゃん!」
そよ「私のせいって……ううん、ごめんねともりちゃん、気にしないで?」
燈「? う、うん……」
祥子「なるべく人通りの多い道を歩くなど、できるだけの警戒は尽くしましょう」
そよ「そう、だよね……」
さきちゃんの方針にぎこちなく頷く。それしかない、よね。
たきちゃんが「燈が熱い内に明日こそ猛練習!」と息巻いて、私が「衣装のことも忘れないでよ?」って釘さす。そうやっていつも通りのお喋りに意識を向けた。そうしている間は、みんなの話し声と足音しか聞こえなかった。