『今でも俺を恨んでるってんなら——上等だ。殺してやるよ』
2日目 双対の一匹狼
7月27日
今日の作業は配信画面関連。ステージで演者がどう映るかの確認と修正作業。といっても、私たちは昨日と同じようにステージで演奏するだけ。
なのだけど、野音会場のテントで作業中の風見さんから「まだ準備できてないから、藤島さんに進捗報告しておいて欲しい」と頼まれる。そういえばあの人監督役だっけ。
忙しそうな風見さんの代わりに、別のテントにいる藤島さんの元へ向かう。そこには彼に加えて、初対面の男性と女性が机で話していた。
Uネックなシャツの男性は金ネックレスに白い歯と眩しい要素が目立つ。そんな人が私たちに気付いて爽やかな笑みで席を立った。年はやはりというか、20歳くらいに見える。
「もしかして君たちがCRYCHIC? 初めまして、おれ、こういうものです」
その人が胸ポケットから名刺を一枚取り出す。私は「ご丁寧に、どうも……」と言いながら頬を緩ませた。
紳士的、という言葉が思い浮かぶ振る舞いに、私はまたも油断していた。だから、名刺を見て眉を思いっきりしかめることになる。
『ニート 桑原 宏明』
CRYCHIC「……」
私を囲むみんなと絶句した。「あれ、ウケなかった? 最近の女子高生には通じないのかなぁ」なんてノンビリした声が耳を通り過ぎる。
私は名前の『宏』という文字を指し、みんなと頷き合った。そして確認する。
そよ「もしかして、ヒロさんですか? 探偵団の」
ヒロ「おれのこと知ってるの? 光栄だけど、おれが君たちを知らないなんて申し訳ないな。よかったらこの後カフェでお喋りしようよ」
ナルミ「ヒロさん、仕事放ってナンパしないでくださいよ」
ヒロ「これも俺の大事なライフワークだよ」
ナルミ「仕事よりヒモ業を上のステージに置かないでくださいよ……」
向こうで会話が弾んでる間に、私たちは小さく円になる。
むつみちゃんがヒモをググる。経済面が女性に頼り切りな男性、という意味。
紛うことなきニートに溜息が5つ重なる。しかも私たち的には過去一最悪だった。
ヒロ「どうかした?」
そよ「いえ」
私たちは笑顔で振り返る。ヒロさんと机を挟んで反対側に回り込むことで距離を取りながら。
そよ「ミンさんたちからお話は伺ってます。気を付けるように、と」
ヒロ「あちゃー。ミンさん、妬いちゃったかなぁ」
燈「えっと、ミンさんの、ヒモ? なんですか?」
ヒロ「いや違うよ。ゆくゆくは一緒に暮らすつもりなんだけどね」
そよ「結婚するつもりなんですか?」脈あるようには見えなかったけど。
祥子「それにしては、会って早々
ヒロ「いやいやそんな、ただの挨拶だって」
ナルミ「ヒロさん、今イーリンさんの家に居候してるんでしたっけ」
ヒロ「それ随分前だよ。今はあれから……何人変わったっけ」
立希「あぁダメだ。クズ中のクズだ」
睦「……振り切ったゴミクズ」
燈「こういう人が、お父さんじゃなくて、よかったな。奥さん可哀そう……」
祥子「控えめにいって下衆ですわね」
ヒロ「いやーみんな、当たりキツいなぁ」
女性に寄生しては次々と乗り移っていくタイプの穀潰し、か。心のバリアを何重にも張っていると、ヒモさん……じゃなくてヒロさんの対面に座っていた女性がこちらに体ごと向き直る。
「私はライブのトータルデザイナーを担当してます。美嘉って呼んでね!」
こちらも20代前半くらいの若い人だけど、髪もメイクも盛りまくりで、見るからにギャルっぽい。あまり関わらないタイプに、私は顔が引きつりそうになるのを我慢していた。
でもふと引っかかる。昨日テツさんからその名前を聞いた気がしたから。そうだ、去年やくざに襲われたっていう女性だ。笑顔のままさりげなく身体を観察する。当然というか、ケガしてる様子はなかった。
美嘉「どうかした? みんな私の身体ジロジロ見たりして。そんなにイケイケなプロポーションでもないでしょー」
そよ「い、いえ……」同じく気づいたみんなの顔に出てたか。どう誤魔化そう。
ナルミ「あー、もしかして去年の話聞いた?」この人デリカシーないなぁ。
美嘉「あたしが襲われた話? 1年も前の話だよ? 壮さんなんかと比べたらかすり傷にもならないし」
牧葉杖つくケガすら、かすり傷未満、か。四代目さんの負ったケガがそこまで重いとは想像してなかった。
美嘉さんは私たちが知ってるつもりで、知らない方がよかった話を続けてくれる。
美嘉「バット持った男4,5人に頭殴られて、意識不明の重傷負ったなんて。もしあのまま目覚まさなかったらと思うと、そっちが怖いよ」
さっきの絶句とは息の詰まり具合が違った。殺しさえ厭わないのが、やくざ……。背中に冷たい汗がつたう。
ヒロ「そこまでやる平坂も、殺されかけたのに恨み言1つ吐かない四代目も、ホントどうしようもないやつらだよ」
燈「え……」
急に刃物で刺されたようなうめき声。ともりちゃんはついに察してしまったんだ。
かつてスーパー盃とかいう秘密の交換までした義兄弟たちが、本気で殺し合ったことを。
ナルミ「もしかして、そこまでは聞いてなかった?」
祥子「そう、ですわね。美嘉さんが襲われたことしか、はっきりとは聞いてませんでしたわ」
さきちゃんがぎこちない微笑で白状すると、美嘉さんもヒロさんも苦笑いになる。余計なこと言ったという罪悪感は気の毒に思う。
でも私は、今が逆にチャンスだと思った。頭の後ろ辺りにずっと付き纏っている気掛かりを解消するために。
そよ「今年もそんなことが起きるかもしれないんですよね? 私たちにも今何が起きてるのか教えてください。敵の目的ってなんですか? 一昨日聞いた情報ってなんですか?」
無関係じゃいられないし、何より1人の問題じゃない。私には、何が起きていて何に巻き込まれそうか分からない不安はストレス過ぎた。
でも、藤島さんは静かに首を振る。
ナルミ「女子高生に話すことじゃないから。それに守秘義務もある」
そっちも高校生の分際で何言ってるの? しかも探偵みたいなこと言って。
という懐疑的な目に気付いたのか、またも新事実を突きつけてきた。
ナルミ「言ってなかったけど、僕も探偵団の1人。アリスの助手やってる」
燈「アリスちゃんの、助手……」
なるほど、ただの高校生がどうして事件に関わった噂があるのかと思えば、そういうことか。
探偵に守秘義務を言われてしまったら、これ以上は何も聞き出せない。口内に充満する不満を吐き出さないよう、苦い思いで喉の下に飲みこむ。
そこに、私たちから視線を外した藤島さんが、独り言のように呟く。
ナルミ「知ることは死ぬこと、か……」
燈「なんですか、それ」
ナルミ「あぁ、アリスがよく言うんだ。無知で保たれていた平穏は、知ったことで破壊される、って。要は知らない方が幸せなこともあるってこと。今の話みたいに」
四代目さんの話が、説得力となって胸に重くのしかかってくる。反駁できない以上、話はこれでお終いだった。
堅く重苦しい空気をどうにかしないと、とノロノロ思考を巡らせるけど。解消されるどころか増したストレスが頭を鈍らせている。
だから、明るい声で話題転換してくれるヒロさんに、このときばかりは感謝した。
ヒロ「おれたち、今グッズTシャツについて話してたんだけどさ。よかったらみんなも要る?」
祥子「グッズTシャツ、ですか?」
美嘉「ライブのイベント告知をプリントしたTシャツだよ! これを街で売って宣伝するの!」
美嘉さんが脇の紙袋から取り出したそれは、赤地のTシャツだった。背中側には公式サイトに繋がるらしいQRコードがプリントされている。
それよりも私たちは、表側のバンドロゴに色めきだった。崩れた文字で書かれたfeketerigoの1文字を、私は指さす。
そよ「ねぇ見て! iのところ!」
立希「あぁ、逆さまで点が雫になってる!」
祥子「私達のロゴも使って頂いてますのね!」
睦「……ロゴでもフェケテリコに混ぜてもらえるなんて、感無量……!」
燈「一番後ろのところ、鳥が2羽並んでる。なんの鳥だろ……」
ナルミ「黒つぐみだよ」
睦「……燈。フェケテリゴはハンガリー語でクロウタドリを表すんだって」
燈「そう、なんだ。同種、かな……」
1人だけ元気無さそうなともりちゃんが少し気になったけど、わいわいと盛り上がりながら有難く1人何着かずつもらう。「友達とかに配って宣伝よろしく!」とのこと。
渡す相手がお母さんぐらいしか思いつかないながら「喜んで~♪」と返していると。たきちゃんがTシャツを広げてしげしげ眺めて、私たちに向く。
満足感と適当感の混ざった、彼女がめんどくさくなったとき特有の顔だった。
立希「もうこれ着てライブ出ない? 所詮フェケテリコの前座なんだしさ」
そよ「CRYCHICなのにフェケテリコのロゴでライブしてたらややこしいでしょ」
祥子「昨日の妄言が現実として、観客に認識されかねませんわ。フェケテリコの姉妹分、でしたか」
睦「……それはそれで」冗談っぽいふざけた調子の声。
そよ「嫌だよ、せっかくなんだから衣装凝ろうよ!」
美嘉「衣装って、もしかして生地とか探してる感じ?」
美嘉さんに肯定すると、得意顔でTシャツのロゴを指さしてきた。
美嘉「このロゴデザインした人の手芸屋、私知ってるよ。品揃えもいいし行ってみて!」
そよ「本当ですか? ありがとうございます!」
私は美嘉さんとトークを交換して、住所を送ってもらう。評判に期待して、今日の作業が終わった後にでも早速行きたいな。
っと、そうだ。その作業の報告をしに来たんだった。私は藤島さんにこれまでの経過報告をして、そろそろ戻ることにした。
私たちは3人に挨拶した後、風見さんの元へ歩く。そこでふと、ともりちゃんが不景気な声を漏らす。
燈「四代目さんと錬次さん。あんな酷い、仲違いしてたんだ」
立希「あ、あぁ。そんな話もあったね」
燈「一番の仲良しなのに、どうしてそうなっちゃったんだろう。なんで仲直りしないんだろう」
人の心配より、私たちの心配した方がいいと思うよ? と言いかけて、やめる。昨晩と同じ展開にしかならないと思った私は。漠然と広がり続ける嫌な予感を1人で抱えるしかなかった。