CRYCHIC交響曲   作:りょーへい

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※前書き※
 (前略)
 
 春の初めより、かぐや姫、月のおもしろくいでたるを見て、常よりももの思ひたるさまなり。ある人の、「月の顔見るは忌むこと」と制しけれども、ともすれば人間にも月を見ては、いみじく泣きたまふ。

「おのが身はこの国の人にもあらず。月の都の人なり。いまは帰るべきになりにければ、この月の十五日に、かのもとの国より、迎へに人々まうで来むず。さらずまかりぬべければ、思しなげかむが悲しきことを、この春より思ひなげき侍るなり」

(中略)

 今はとて天の羽衣着るをりぞ君をあはれと思ひいでけるとて、壺の薬添へて、頭中将呼び寄せて奉らす。中将に天人取りて伝ふ。中将取りつれば、ふと天の羽衣うち着せ奉りつれば、翁をいとほしく、かなしとおぼしつることも失せぬ。この衣着つる人は、もの思ひなくなりにければ、車に乗りて、百人ばかり天人具して上りぬ。



3番 別離の運命

 

 

そよ「ともりちゃん。月に見入ってるけど、何か考え事?」

 

 口を小さく開けて目を少し見開いてる様は、まるで何かに気付いたみたいだった。

 そんなともりちゃんが気になって声をかけたけど。

 

燈「……連れていかれる……本当なら、断れない……」

 

 ぶつぶつ独り言を唱えて、会話にならない。いよいよ心配になって、席が隣だった私は彼女の肩を揺さぶった。

 

そよ「ともりちゃん! ……もう、聞こえないくらい、考え込んでたの?」

燈「あっ……ごめん、そよちゃん」

 

 そして我に返ったともりちゃんは、不思議系少女に恥じない突拍子もないことを言い出した。

 

燈「さきちゃんのお母さんは……月に帰らなかったかぐや姫、みたいだなって……」

 

 は? と、いくつも声か被った。かぐや姫? 光る竹から見つけ出されて、帝も巻き込んだ色んな求婚騒動の後、最後には月に帰ったっていう、あの有名な竹取物語の?

 このシチュエーションと符号する要素が月しか思いつかない。意味が分からず絶句してると、読書が趣味なお嬢様らしく、クスクス笑いながら反応する子が1人。

 

祥子「もう、燈? それじゃあお母様が罪を犯して月から堕とされたみたいでしょう?」

 

 かぐや姫が地球に来た理由に当たる設定、だったっけ。古典の授業で習う範囲だからパッと思い出せたけど。どうも学業に不真面目らしい子は、ついていけないのか隣をコソコソ頼っていた。

 

立希「ねぇ睦。かぐや姫ってそういう話だったっけ?」

睦「……物語上では、月から迎えに来た王がそう言ってる。罪状は明らかにされてない」

立希「で。かぐや姫と祥子のお母さんで、どういう共通点があるの?」

睦「…………この世の者とは思えないほどの、美貌?」

立希「絶対違うでしょ。いや美人だけど今関係ないよね?」

瑞穂「もう、かぐや姫くらい綺麗なんて言い過ぎよ~♪」

 

 2人のコソコソ漫談をちゃんと聞いてたらしい。さきちゃんのお母さんは謙遜したようなこと言いつつニッコニコだった。こうして素直に感情を見せるところが、なんだか親子らしくてほっこりする。

 でも、お気楽に浮かれてるだけじゃなかった。この人もちゃんと、ともりちゃんの言ってることを理解していたのだ。

 

瑞穂「燈ちゃんは面白い発想するのね。あの世を月に見立てるなんて」

そよ「え?」

瑞穂「確かにそうね。私も本当ならきっと、還らなきゃいけなかった。かぐや姫は惜しみながらも従う選択を取ったけど、私は嫌でしかなかったから。天からのお迎えを突っぱねちゃったわ♪」

 

 重い話を明るい顔で笑い話にしたがる人だなぁ。

 私はお母さんのお茶目さに苦笑いしつつ、授業の記憶をさらに掘り起こす。確か、かぐや姫は月に帰らなければいけないことを分かっていたはずだった。本来避けられない運命のはずだったのに、この人は見事振り払ってみせたのだ。

 そう考えると奇跡を超えた壮大な御伽噺のように感じるし、それをこの場で考え付いちゃうともりちゃんもなかなか常軌を逸してる。流石、誰にも真似できない歌詞を書いちゃう作詞の天才。命だの名家のしがらみだの、深刻過ぎる話の中でよくそんなこと思いつくなぁ。

 

祥子「なら、お母様は天の羽衣を着させられそうになって振り払った、とかでしょうか?」

瑞穂「ふふっ、それならドラマチックで良いわね」

立希「……睦」

睦「……天の羽衣を着たかぐや姫は、地上に残す人たちへ憂う気持ちを忘れたんだって。ちなみに別の昔話でも扱われるんだけど、大体月へ帰るときに扱われるアイテム」

立希「なるほど。それ着たら最後、色んな意味でこの世から離れるってことか」

 

 豊川版かぐや姫のストーリーで盛り上がる親子と、話についていけない子と付き合ってあげる組。さきちゃんの壮絶な過去から、いつの間にかSFチックに盛り上がるムードになっていた。せっかく真面目な話してたのに、なんだかなぁと複雑な心境。

 その発端であるともりちゃんを見る。私は、彼女がどうしてかぐや姫を連想したのかが気になった。さきちゃんの過去を聞いて、何を想って、そこに辿り着いだんだろう。

 

そよ「ともりちゃん。どうしてかぐや姫のこと考えついたの?」

燈「月を見てたら……かぐや姫が月に帰るときのこと、思い出して。残されたおじいさんたちも、帰る決断をしたかぐや姫自身も、悲しかっただろうから。……祥ちゃんたちがそうならなくて、本当によかった……」

 

 ハッピーエンドを喜ぶ感じ、ではなかった。

 声を震わせるともりちゃんは、まるで自分が死ぬ思いをしたかのように胸元の服を握り込んでいた。彼女が抱いてる、大切な人の大切な人が失われる恐怖は、さきちゃんの大切な友達としてよく分かる。だから、それがうつったのかもしれない。私も、たきちゃんも、快い表情でいられなかった。

 

睦「…………燈は想像力が豊過ぎる」

祥子「そ、そうですわよ燈。こうしてお母様も元気になったのですから、何もそこまで考えこまなくてもいいでしょう?」

燈「そ、そっか。そうだよね……その、私はただ、誰も悲しい思いしなくてよかった、って言いたくて……」

 

 あわあわと表情を焦らせながら、方向転換するともりちゃん。それを他所に、私も表情筋を張り直した。茶化す2人の意図が伝わったから。

 

(昔のことなのに、あんまりナイーブに捉えて欲しくないよね。その気持ちは分かる、けど……)

 

 私は口の中でわだかまっていた重苦しいもやもやを、無理矢理飲み込む。でも残る1人は、どうもまだ難しいらしい。

 

瑞穂「……優しい心遣いをありがとう、燈ちゃん。皆さんも、祥子と一緒に歩んでくれてありがとう。どうかこれからも、不肖の娘を末永くよろしくね?」

立希「と言われましても。正直ついていきづらいのが本音ですけど。……色んな意味で」

祥子「どっ、どういう意味ですのっ!?」

 

 二つ結びした髪を逆立てるくらい、さきちゃんにオーバーリアクションをとらせるたきちゃん。普段通り遠慮のない毒づきに見えて、その顔も声も、どこか迷いや戸惑いのような淀んだ色で沈んでいるから。

 だから私がフォローする。いつものおふざけムードに持っていけるように。

 

そよ「あ、あはは……。そうだなー、せっかくだから主な理由から対策したいかな。さきちゃんのお母さん、この子を上手に世話するコツとかないですか?」

祥子「そよまでっ、この私を問題児みたいに扱って~!」

 

 みたいに、は要らないかな。恥ずかしい思いも、疲れる思いも散々させられたから。なのでこれは雰囲気作りのためだけじゃなく、本心からの質問でもあった。

 でも考え込むように宙に視線を彷徨わせた母親からは、期待してた方面のアドバイスは貰えなかった。

 

瑞穂「そうねぇ……。かぐや姫はギリギリだけど月に帰ることをちゃんとおじいさんたちに告げたわよね? でも祥子は黙って行動しちゃう子だから、様子がおかしいときはちゃんと気づいてあげてね」

 

 実に母親らしく、娘を案じたお願いをされてしまった。内心ガクッとしたけど。芯の強さを感じる微笑みもあって無碍にはできなかった。

 

立希「それは、まぁ。さっきの話で、よく分かりましたよ」

そよ「そうですね。勝手なことしないよう、注意して見張るようにしますね!」

睦「……どうせ、その辺はあの頃から変わらない」

祥子「なんなんですのみんなして! 燈は味方してくださいますわよね!?」

燈「祥ちゃん……勝手にいなくなっちゃ、嫌だよ……?」

祥子「だからそんな勝手な人間じゃありませんわよー!」

 

 憤慨するさきちゃんを、いつもより乾燥した笑い声が囲む。なんだかんだ、始まりの緩い雰囲気に近くはなっていた。本来は月見を楽しみに来たんだから、こうなっていかないとね。

 その後も、たきちゃんがむつみちゃんに乗せられる形で、さきちゃんをぎこちなくイジる流れが続く。さきちゃんはともりちゃんを味方にしようと助けを求め、私は両サイドにほどよく付き合っていると。

 ザアァっと草木を揺らす風に塗れる声が、耳を掠めた。

 

「本当に……お願いね。次はきっと、振り払えないだろうから……」

 

 気のせいかと思った。気のせいだと、思いたかった。深く消え入るような声色は、楽しい今へと向いてなかったから。

 さりげなさ最優先で、極々一瞬チラ見する。いつの間にかお猪口に注いだお酒を舐めるように嗜んでいたその人は、希望と憂いがない交ぜになった複雑な瞳をしていた。

 視線を移す。テーブルに置かれた『富士山』と野太く書かれた酒瓶を挟んで、その娘も伺う。お喋りにはちゃんと混ざってる風なのに、ふとした瞬間同じ瞳を見せるのが、たまらなく不安を煽る。

 

(……今日は()()祝いに来たんだから。考え過ぎに決まってるよね。嫌なこと考えてないで、私も今を楽しもう!)

 

 それからは月見だということも忘れて、会話に夢中になった。空に意識を向けないくらい、ただひらすらに。

 それでも頭上からは、お開きになるまで照らされ続けた。ずっとずっと昔から、誰に対しても等しく明かりをもたらしてきた()()は。これからも、変わりなく私たちを見守るんだろう。その時まで。

 

 

 

 月夜を恐ろしく感じたのは、初めてのことだった。

 

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