『それができないのが、ニートたる所以なのだよ』
あれから私たちは風見さんの指示で、昨日と同じようにステージで演奏する。一通り撮り終えたところで一旦休憩となり、風見さんがパソコン作業するテントへ戻る。
風見「お疲れ様です。そうだ、会場スクリーンに配信コメントを流す仕様が整いました。今からテストしますよ」
睦「……なんと」
顔合わせのときの希望が叶えられることに、むつみちゃんがウキウキ顔になる。本当にテレビにはない文化が好きな子だな。
彼女が振り返る先は会場最後方で、巨大スクリーンを乗せたトラックが停まっている。画面にはステージが映っていた。
風見「視聴者コメントを配信画面に反映するのはプラットフォームの仕様上できなかったので、現地のスクリーンに表示したんです。——テストコメント、お願いします」
最後のは手元のスマホへ向けられた指示。その後、スクリーンにコメントが流れる。
むつみちゃんのウキウキ顔が怪訝に歪む。私たちの顔も普通に歪んだ。何あのコメント。
風見「すいません、最近ネットでバズったバンドの熱狂的ファンがスタッフにいまして……キモいですよね、後でヤキ入れときます」
無味無臭な微笑の割に怖いこと言う人だった。
「私たち太もも出す衣装じゃないのでたぶん大丈夫でーす」と適当に返す私は、貰ったTシャツを手に取って品のないコメントを流すことにした。
風見さんにも話す。
風見「なるほど、広報効果もあるグッズ販売ですか。上手い商売ですね」
祥子「はい、一石二鳥ですわ」
睦「……貢献したいけど、特に配る人がいない」
そよ「私もお母さんくらいかな」
立希「私は……家族に渡してもな」
風見「ご家族と上手くいってないんですか?」
立希「は、なに……」
露骨に嫌そうな顔するたきちゃん。彼女のことを知らなければ窘めてもおかしくないシーンだっだけど。
PC画面とキーボードの打鍵に集中しているのか、意識を感じさせない声が風見さんから流れてくる。
風見「僕もです。元から親との仲は良くありませんでしたが、ニートになってからは家族らしい関わりもなくなりました」
さしものたきちゃんも目を丸くする。唐突な重い話に、5人で口をつぐんでしまう。
風見「あ、すいません変な話を。ただ親を大事に、なんてくだらない一般論を振りかざしたくなかった。それだけです」
立希「い、いや。伝わりましたから」
風見「えーっと……そうだ、親よりも兄と親しかったです。だから、家族に恵まれなかったわけじゃ、ないんですよ?」
気まずい空気を気にしてか、手を止めてまで絞り出す風見さん。私はすかさず繋ぐ。
そよ「な、仲良い家族が1人でもいると救われますよね~」
睦「……そういうものかもしれない」
燈「もしかして、その人が、動画褒めてくれたっていう……?」
風見「分かりますか。えぇ、兄は優しい人でしたから。それだけでなく、大学で優秀な成績を修めたり海外で新種を発見し研究に大きく貢献するなど、偉大でもあります」
祥子「とても尊敬してらっしゃるのですね」
風見「えぇ。友達もいない僕にとって、兄は光そのもので。兄に出逢えなかったらと思うとぞっとします」
陽だまりに微睡むように目を伏せる風見さん。両親と交わす分の愛がそのままお兄さんに向いてるのなら、そこはかとない重さも納得するべきなのかもしれない。
でもやっぱり重くて対応が苦しい私は視線を彷徨わせる。何か、何か良い話題は……
風見さんの右手辺りに、最近よく見る深紅の缶を見つける。
そよ「あ、その炭酸ジュースってドクターペッパーですよね?」
風見「あぁ、兄も好んで飲んでましたので。私も倣っています」
隙あらばお兄さん出すようになったなぁこの人。
祥子「それをよく飲む子に会いましたわ。
風見「その子と気が合うか分かりませんが……どうでしょうね」
立希「少なくともコーラほど人気じゃないですよね」
睦「……でも、ドクペばかり飲んで医者に注意されてたおばあさんは、その医者たちより長生きしたって逸話は有名」
風見「えぇ、僕も知ってます。医療飲料だっただけに、本当に体にいいのかもしれませんね」
燈「そうなんだ。おいしいのかな」
風見「よければ今度飲んでみてください。売ってるところは少ないですけど」
そよ「機会があったら、是非~♪」
社交辞令で逃げると「画面設定イジりました。もう一度演奏お願いします」と言われたので、休憩終了。再びステージで演奏し、本日のお仕事を全うした。
会場から出発するときに、ともりちゃんが「今日こそペン返さなきゃ」と言い出したので、私たちは辺りを見回しながらエントランスへ向かう。だから私は、建物の影に隠れていく集団を見かけることができた。
その人たちを追ったのは、探し人が混じってたから。そこへみんなでこっそり忍び寄ったのは、私の指示。状況を知るチャンスだと思ったから。
建物の影に隠れて会話を盗み聞きする。昨日もこんなことしてたな。げんなりしつつ聴こえてきた声は、予想通り全員聞いたことがあった。
ナルミ「整理しましょう。一昨日捕獲した下っ端から、組織について尋問しました」
テツ「奴ら、平坂組と探偵団に恨みのあるやくざのグルなんだってな。クソ、あいつらに偉そうなこと言っといて巻き込んでたのは俺らかよ」
少佐「アリスが割り出した連中のアジトに盗聴器を仕掛けてウラ取りました。間違いなさそうです」
風見さんも絶賛していた技術力で犯罪的に探偵してたのか。ハッキングで探偵する子もいるし、今更……なのかな?
ヒロ「おれも、柳田組と田原組に付き合いのある女の子、何人かありつけたよ。組員たち、近々大きな動きがあるって息巻いてるらしい」
まさか女性との繋がりを情報収集に生かすなんて。恐れ入るけど、逆にどこまでの数を手ごまにしたのか、恐ろしくもある。
でもここからが、私の知りたかったこと。
ナルミ「それがフェケテリコを拉致する計画ですね。去年のライブ事件を模倣してライブ当日に襲撃するよう見せかける。実際はその日を迎える前に攫って身代金を要求しつつ、救出にきた僕たちを叩き潰す」
テツ「危ねぇところだったが、分かっちまえばこっちのもんだ」
少佐「えぇ、情報収集を継続してXデイを掴みます」
ヒロ「おれも、例の女の子たちとのラインを温めておくよ。何か知ったらすぐ教えてもらえるようにね」
テツ「俺はカモフラでライブハウス荒らし回ってる小物叩いて、尋問だな」
想像通り荒っぽい役目を自ら担う人だった。
ナルミ「僕は平坂組員を編成し直します。念のため四代目を1人にせず、いつでも荒事に投入できる人員を確保して、残りは各箱とはなまるの警備にあたらせます」
ヒロ「ナルミ君は広報とグッズTシャツの仕事もだろ」
テツ「ライブ当日の統括も四代目と折半するんだろ? 頑張れよ、ナルミ」
少佐「ライブイベントのサイト更新も怠るなよ、藤島中将。あと盗聴盗撮に必要な人員も確保しておくように」
ナルミ「僕だけ仕事多すぎじゃないですか!?」
やがて足音と一緒に声が遠のいていく。
ともりちゃんの「借りたペン、また返せなかった……」という声を気遣う余裕がない。私はさっきの情報を精査するのに頭がいっぱいだった。
(フェケテリコが本命、でも私たちが無関係なのは保証されたわけじゃない、ライブの関係者って連中に認知されたら何かしら利用される可能性が……)
祥子「……よ。……そよっ!」
両肩を揺さぶられて我に返る。さきちゃんの顔が視界いっぱいに広がる。その後ろから、無遠慮な声が飛んでくる。
立希「何考えこんでんの。私達が気にしてもしょうがない問題でしょ」
そよ「だって、もし私たちが巻き込まれたらって考えたら……」
立希「そんなこと言い出したらキリないでしょ」
そよ「でも……」
睦「……そよの気配り屋は美徳だけど、心配性が玉に瑕」
そよ「それも、分かってるけど……」
燈「ライブ……辞退、する?」
そう。私の不安を完全に解消しようとしたら、そうなるんだよね。いくらなんでもそれは……。
最近見聞きした暴力沙汰で凝り固まった頭に、出演を決めた日の記憶が重くのしかかる。
みんなとの誓いは守りたい。でも私は、みんなの無事が脅かされる状況を看過できなくて……。
祥子「そよ。明日で配信準備も一区切りでしょう? そこまで神経質に考え込まなくても、よろしいのではなくて?」
そよ「あ……そう、そうだったね……」
さきちゃんの困ったような笑みと柔らかい声に、私はハッとした。視界が広がったような感覚に見舞われる。配信準備のスケジュールも忘れる間抜けさに、恥ずかしいくらいだった。
そよ「そうだよね。ライブまでずっと通うわけでもないのに、考え過ぎちゃった」
立希「まったく、ここまで来て辞退なんて冗談じゃないから」
そよ「ごめんごめん、ちゃんと野音でライブしたいもんね。新しい衣装着て!」
祥子「えぇ! そのためにも、美嘉さんに教えて頂いた手芸屋へ向かいましょう!」
立希「せっかく夕方前に終わって、練習時間も取れるのに……」
睦「……手芸屋行ってもおつりくる」
燈「いい衣装が見つかるといいね」
心晴れやかにエントランスを抜ける私たち。途中、喉が渇いたのでみんなで自販機に寄ってジュースを飲んだ。
誰も炭酸を買ってないのに、プシュッと空気が飛び出す音を幻聴する。随分毒されてるな。
しばらく頭の中は炭酸泡が弾け続けていたけど、それでも私はみんなとのお喋りを純粋に楽しめた。