『そんな、よく分かんない人と。盃交わして、約束も交わして、よく分かんない人のためにみんな汚れひっかぶって、馬鹿みたいな
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ずっとずっと後。たまにやる飲み会でしか集まらなくなった、10数年先の未来。ともりちゃんは、当時の自分をこんな風に話す。
この頃は、解散という言葉にたまらなく忌避感を抱いてたのだとか。私たちにそんな気配がなくても、誰かのそういう話を聞くだけで胸が締め付けられた、と。
悪い夢を見たとかじゃないらしい。ただ漠然と、嫌な胸騒ぎがする。『想像力豊かな弊害ですわね~』なんてイジられて、彼女自身もにこやかに同意する。大人になり、私たちなりの別離を経て、割り切れるようになったのだ。
そうなる前の少女によって、義兄弟たちの物語がこじ開けられることになる。絶望に塗れても至福を願って抗い続ける、お節介の
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電車を乗り継いで北千住へ。私たちは駅からすぐのビル2階、わかぎ手芸店というお店に入る。
店内は天井に届きそうなほど高い木棚が壁に沿って並んでいて、色とりどりのリネンや麻の生地がいっぱい陳列されている。品揃え豊富という評判に偽りはなさそう。
私たちは美嘉さんから「今年もグッズTシャツに関わってる店長によろしく!」と言われていたので、品を見る前にまずカウンターへ挨拶に伺う。
そこにまさかの人物がいた。手芸店なんて女子向けの場所に似つかわしくない青年。灰色の髪を逆立てた、黒地のタンクトップ。右肩と左の二の腕に蝶の入れ墨が入った——
燈「四代目さん?」
その人はカウンターを挟んでイスに腰掛けている、エプロンつけた若い人と話していた。こちらに気づくと、鳩が豆鉄砲食らったみたいな顔で硬直なさる。
呑気に声をかけたともりちゃん以外の私たちも同じだった。なんで不良チームのボスが、こんなところに?
向こうも同じことを思ったらしく、ぎちぎちと口を動かす。
四代目「お前ら、なんでここに……」
燈「えっと。美嘉さんって人から、教えてもらいました。衣装のために、生地探してて……」
「美嘉ちゃん? もしかして、きみたちがCRYCHIC? 初めまして、店主のヨシキです」
品よくまとめられた黒の短髪に、眼鏡が似合うさっぱりとした青年だった。女性の身としてはかなり親しみやすい雰囲気で、私はその人に意識を集中した。他が目に入らないくらいに。
そよ「ど、どうも! フェケテリコのロゴをデザインされたんですよね?」
祥子「私達のロゴも取り入れてくださって、誠に感謝しておりますわ!」
睦「……感動しました」
ヨシキ「喜んでくれたならよかったよ。配信準備も頑張ってるんだって? ライブと一緒に応援してるね」
立希「あ、ありがとうこざいます」
燈「あの、四代目さんは、どうして、ここに?」
和みかけた空気にビシッと亀裂が入る。触れて欲しくなかっただろう四代目さんの顔も苦々しくなる。あ、そっぽ向いた。
そのまま無視するかと思われたけど、そう問屋が卸さなかった。
ヨシキ「ヒナは手芸が趣味でね。今日はぬいぐるみの目のボタンを買いにきたんだって」
四代目「ヨシキさん、やめろって」
たきちゃんから「は」という掠れ声が聞こえた。私だって反応を出さなかった自分を褒めてあげたい。
自称任侠団体の中でも硬派として頭1つ抜けてる、一匹狼みたいなこの人が? 手芸? そのために女性客ばかりな手芸店へ通う? クマのぬいぐるみに針をチクチク通す、厳つい顔の組長を想像してしまう。
ギャップ激し過ぎて頭おかしくなるんですけど?
カオス過ぎる情報に、対応として正解が思いつかず黙るしかないんだけど。そういう計算をして生きてこなかった子が、強すぎる。
燈「四代目さんも、アリスちゃんと一緒で、ぬいぐるみ好きなんですね」
立希「ちょ、バッ燈!」
狼の眼と歯が剥かれて、両隣の私とたきちゃんは焦りまくる。超贔屓の彼女がバカって言いかけるなんてよっぽどだよ。
私だってクーラー効いてる室内なのに一瞬で汗噴き出そうになったもん。迂闊なこと言ったら殺されるとか思わないのかな、この子?
案の定、危機感の働かない子に四代目さんは噛みつく。
四代目「ンなわけねぇだろ! そのアリスに直せって頼まれたんだ」
燈「そう、だったんですね。やっぱり、優しいですね」
四代目「あぁ?」
ヨシキ「こらヒナ、女の子相手に凄まない。ごめんね、こいつ昔から乱暴で」
燈「いえ……」
私は深い溜息を薄く薄ーく伸ばして吐き出す。何がすごいって、怖さの欠片もないヨシキさんが四代目さんを抑えてるところ。現に彼も獣みたいに喉鳴らしながら黙りこくってる。なんか飼い主みたい。
ヨシキ「にしても、この時期になるとヒナの知り合いに会うね」
四代目「ただ俺のライブに関わってるバンドってだけだ。知ってるだろ」
ヨシキ「ライブ、か……。あれからもう1年経つんだね」
感慨深そうに吐き出すヨシキさんの微笑は、この店にある生地の色を全部混ぜ込んたみたいに、筆舌にし難い。奇蹟的なバランスで成り立ってるような繊細さに、触れづらくて口を挟めない。
ヨシキ「去年はあんなことがあったけど、今年は大丈夫なの? ナルミくんもライブ以外で忙しそうだし」
四代目「心配ねぇよ。あのアホが関わってた去年に比べれば、ただの茶番だ」
錬次さんのことらしい話題に、ともりちゃんの頭がピクリと反応する。チラと伺うと、昼間四代目さんたちの決裂を聞いたときと、同じ亀裂が刻まれていた。どうも引きずっているその子に、小声で耳打ちする。
そよ「いい? 錬次さんのことは秘密だよ」
ともりちゃんは俯いたまま、小さく首を縦に振る。1センチ動かすのが精一杯みたいな危うさに、私はハラハラしながら四代目さんたちの会話を見守ることになる。
ヨシキ「今頃どこで何してるんだろうね。ちゃんと元気にやれてるかな」
四代目「悪運尽きてたら大阪辺りで野垂れ死んでるだろ。生きてようが、知ったことじゃないけどな」
ともりちゃんの、困惑で歪んだ顔が四代目さんに向けられる。彼はヨシキさんに向いて話しているので、同じ人間なのか疑うような目つきに気付いてない様子で悪態を続ける。
ヨシキ「ライブ観に来てたりして。って、そんなやつでもないか」
四代目「アホ過ぎて何考えてんのか分かんねぇけど、どっちにしろ会う気なんてサラサラねぇよ」
ヨシキ「またそういう憎まれ口をたたく……」
ともりちゃんの身体がわななき始めた。私は爆発しそうな予感に、彼女の後ろから両肩をさりげなく抑える。
でも、妙に感情移入してる子には、無駄なお節介だった。
四代目「本心だよ。あのアホ面を金輪際見ずに済むんだからな。清々する」
燈「どうしてそんな
そよ「ともりちゃんっ」
立希「燈?」
いつもは覇気に欠ける控えめな声は、煮えたぎった憤りの熱を孕んでいた。私たちの静止に、少しも弱まらない火が、目に燈っている。
ヨシキさんは目を丸くしたけど、それより意外に思ったのは四代目さんの反応だった。さっき見た驚愕顔にかなり近い強張り方をしている。あまり素の感情を表に出さない印象だったのに。
燈「一番の友達だったんですよね? 他の人とは交わさないものがあるくらいで、唯一対等で。そんな大切な人と喧嘩別れして、殺されかけても文句言わないのに。本心からそんなこと思うはずない」
普段はたどたどしい話口調が、剥き出しの感情で止まらなくなってる。よほど腹に据えかねてるらしい。
対して四代目さんは一息つく。安堵したように見えるけど、何に対してか見当もつかなくて気のせいに思えてくる。
彼は「あいつら、後で全員殴る」と物騒な捨て台詞を吐いて、こちらへ向き直った。
狼の眼がともりちゃんを睨む。迎え撃つ火は揺らがない。
四代目「あいつらから話聞いただけのお前が、なんでそんな無気になる」
燈「私だったら!」
店中に大きな声が響いて、他の客の話し声が消える。
私は、迷っていた。止めるべきと分かってはいたのに、一歩踏み出して私から離れたともりちゃんの声が、あまりに悲壮だったから。
燈「私だったら、耐えられない! みんなと出逢えて、友達になれたから、救われたのに! そ、それが壊れて、独りに戻って……そんな平気そうになんて、生きてられない!」
祥子「燈……そこまでになさい」
睦「……お店の迷惑になっちゃってる」
沈痛な表情の2人が、左右から肩に手を置く。
その手を2つとも握りしめて、最後に彼女は想いを床に零す。
燈「どうして、一番の友達と酷い別れ方したままでいられるんですか? どうして嘘ついて気持ちを誤魔化したまま、仲直りしようとしないんですか……」
「お前に何が……」
何か被せられたような気がした。下を向いたままのともりちゃんに代わって、そちらへ顔を向ける。四代目さんが、斜を向いて目をキツく力ませていた。
見えない重荷で潰れそうな狼の眼が、ふっと閉じられた。ギザギザだった声が、少しだけ丸みを帯びる。
四代目「……したよ」
燈「え?」顔を上げる。
四代目「殴り合って、抱えてるもん清算して。けじめつけた」
燈「殴……?」
四代目「だからもう、終わった話だ」
燈「そ、そんなの……!」
四代目「うるせぇな。終わりっつったら終わりだ。余計な気回すんじゃねぇ」
四代目さんはお金をカウンターへ叩き置く。保護者みたいに苦笑して受け取るヨシキさん。
こちらへ歩いて店から出ていこうとする平坂組のリーダーの前へ、ともりちゃんが慌てたように躍り出る。
燈「待って、四代目さん、あの……!」
四代目「心配すンな」
紫がかった黒髪がグシャッと撫でられる。ぶっきらぼうな声と不愛想な表情の割には、優しい手つき。
呆然と見上げるスーパーお節介娘に、スーパー盃を交わした片方が言葉を贈って、離れていく。
四代目「テメェの心配してろ。俺らみたいになりたくないんだろ」
もし私たちがそんなことになったら。また笑い合うために、一緒にいられる未来のために。私は、どこまでみんなに向き合えるだろう。
私は、何かをかなぐり捨ててでも、何より大切な仲間に向かって殴るくらい、本気でぶつかっていけるだろうか。
そんなことになる前になんとかしたいと、心の細胞全てが叫んでるんだけどね。
ヨシキ「本心でもあると思うんだ」
お店の入り口へ黄昏るともりちゃんに、さっぱりした声がかかる。
5人で振り返り、カウンターに寄る。儚い微笑を
ヨシキ「ヒナは見た目通り不器用だから、滅多に思ったこと口にしないんだけど。でも、顔合わせたくないって気持ちは、全部嘘ってわけじゃない」
燈「……どうしてですか」
いっぱいいっぱいそうに揺らぐ声。四代目さんの想いを受け取り切れずに、戸惑ってるみたい。
そんな彼女を落ち着かせるためなのか、それとも断ち切らせるつもりだったのか。
畳の目のような刺繍に目を落としながら、その人は偲ぶように言い切る。
ヨシキ「1度壊れたものは、2度と元には戻らないから」
私の胸奥がズキッと痛んだのは、ともりちゃんが胸元の服を押さえながら顔を凍り付かせたから、だけじゃない。
残酷な真実は、一般論だから。誰にでも起こり得るし、実際起きてる。
ヨシキ「ヒナが大阪からこっちに逃げてきた頃はね。まだ可愛げに溢れてたよ。地下鉄が複雑だとか、電車の蛍光灯にカバーがついてないとか、そんなことで怯えててね」
誰の昔話か、すぐには呑み込めなかった。小さな頃からやくざでございって顔して凄んでそうな四代目さんとは、全くイメージが重ならないから。
ヨシキ「でも無駄に強いし、強がるから。大勢寄ってくるんだよね。敵だったり、頼ろうって人たちが」
多くの組員を従え、多くの恨みを買う男。それでも弱み1つ見せず、真正面から食って掛かる姿こそ、彼にぴったりのイメージ。
どこか寂しいイメージ。
ヨシキ「そんなヒナが困ったとき、支えになる本当の友達って、あの頃は1人しかいなかった。そんなやつも、結局……」
声と手がパタリと沈む。きっと彼の辛いところをずっと見てきたんだろう。嫌というほど伝わってくる。
やっぱり『嘘』だ。人畜無害なともりちゃんを食ってかからせるくらい、酷い嘘をついてる。でもきっと、 どうしようもないしがらみが複雑に四代目さんを絡めとって、身動きとれなくしている。そうでなければ、彼をよく知るらしいヨシキさんは、言葉に詰まっていない。
ヨシキ「今は新しい義兄弟の子がいるから、もう1人じゃない。あいつの代わりだとは、少しも想ってないだろうけど」
平凡な高校生の顔が思い浮かぶ。スーパー盃を交わしたもう片方と同じ、義兄弟らしい。探偵助手は知ってるのだろうか。刺繍みたいに複雑そうなしがらみの真相を。どっちにしろ、私たちには推し測ることしかできない。
その歯がゆさにまだ気持ちの行き場を探しているともりちゃんへ、ヨシキさんが優しく声をかける。
ヨシキ「言葉で素直に気持ちを出すやつじゃないからさ。大目に見てあげて」
燈「でも、四代目さんも、ホントは……」
ヨシキ「たぶん、大丈夫。唯一壊れなかったものが、残ってたから」
縫い針が針山に刺され、布は半分にパタンと折られる。本を閉じるように。
ヨシキ「それを形にして、受け取って。それがあいつらなりの、けじめってやつだよ」
その後私たちは店内を回って、私はピンときた素材を見つけた。理想として思い描いてた、暖色のグラデーションになってるもの。
私はそれを持ってみんなと一緒にカウンターへ赴き、ヨシキさんにスマホで白い衣装を見せながら「上手く組み合わせられませんか?」と相談する。
ヨシキ「それなら、服に淡く転写する? 主張強くない方がバンドのイメージに合うと思うんだけど」
さきちゃんと一緒に身を乗り出し、「是非!」とお願いする。明日服を郵送するので、それに昇華転写してもらう手筈となった。
精緻そうな服飾なので値段も覚悟してたけど、思ってたほどじゃない。案外そんなものかな、なんて思いながら清算してるときだった。
善喜「トモリちゃん、だっけ。あいつに会ったら、お願いね」
燈「……はい」
曖昧なセリフに、話題の中心だった四代目さんのことだよね、と納得した。
——このときの私は。
俯瞰的にともりちゃんの騒ぎを振り返ると、明らかにおかしな熱の入れようだった。四代目さんしか認知してないなら、普通あそこまで激しくならない。
後から昇華転写の相場を調べながら思い返すと。ヨシキさんは、私たちの隠し事を見抜いていたのかもしれない。だとすると、諸々納得できた。
そんな人に、眉を垂れさせながらも目を合わせるともりちゃんが、どういうつもりで承ったのか。私は後になっても訊かなかった。彼女らしさを狂わせるほどの大切な想いを、言葉にさせたくなかったから。