CRYCHIC交響曲   作:りょーへい

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『変な女やったよ。俺なんて喜善(ヒソン)が働いてたキャバクラぶっ潰そうとしてたやつなのに、部屋にほいほい出入りさせて。壮だけやなく俺にまで裁縫教えようとしてな。アホか、誰がやるかっちゅうねん』
『元々やるつもりやった。壮の積み上げてきたもんを、全部ぶっ壊すちゅうて。——俺が壮と繋がっとる? ごっこ遊びの続きやるために東京戻ってきたんちゃうで』



12番 決裂の跡

 

 

 ビル2階のわかぎ手芸店を出て階段を降りる。今日こそ練習、と息巻くたきちゃんを先頭に、お店が入っていたビル沿いの道を歩いて駅へ向かう。

 ——数歩目で、電柱に隠れるように立っていた男性と鉢合わせて、お互いのけぞってしまう。金メッシュの髪にサングラス、間違いない。錬次さんとまさかの再会である。

 

燈「錬次さん?」

錬次「うおっ、トモリ!? どんな奇遇や!?」

立希「そう言うアンタはどんな不審者? 電柱に隠れてたみたいだけど」

錬次「べっ、別に隠れても覗き見もしてへんわっ」

 

 こっちもそこまで具体的に言ってないけど。

 さっきの話から、錬次さんが四代目さんだけでなくヨシキさんとも知り合いなのは想像つく。その人に会いにきたのかな。

 でも、私的にはどうしても突っ込みたい点が1つ。

 

そよ「昨日腕に傷の跡なんてなかったですよね?」

錬次「あの後もチンピラに絡まれたんや。戻って2日目やで? 世紀末か」

 

 心配そうな顔するともりちゃんに、錬次さんは「かすり傷や、そんな顔すんなや」と勝気に笑った。

 そんな明るい反応も虚しく、彼女の表情は晴れなかった。目を逸らして口ごもる。

 

燈「あの、錬次さんは……その……」

錬次「何や改まって。はっきり言えや」

 

 私は頭の中でこの面倒くさい場面を整理する。

 錬次さんは私たちに『平坂組の元組長』と認知されるのを嫌っている。だからそれに則って言葉を選ぶなきゃいけないんだけど、ともりちゃんには荷が重過ぎる。もごもごしてるこの子を相手するのも、錬次さんとしてはやってられないだろう。

 以上により、私は何も知らないフリしてお茶を濁すつもりだった。ニコッと表情筋を働かせて——

 ふぅ、っと緩める。鈍色のアスファルトを見下ろす少女の、苦渋に抗う目を捉えてしまったから。

 まぁ。私としては、気遣うべき相手は赤の他人よりも面倒くさい友達だから、仕方ないね。

 

そよ「錬次さん。私たちは、誰にもあなたのこと話してませんよ。四代目さんにも、ヨシキさんにも」

 

 サングラスに隠れた目は見えない。でも、頬に亀裂が入ったのを見逃さなかった。

 

錬次「……どこまで聞いたか知らんけど。全部終わった話や」

燈「なんで? せっかく会える距離にいるのに、2人とも終わったって……」

錬次「殺し合った仲で呑気に会えるか」

燈「死んでないじゃないですか!」

 

 私が悪いんだけど、こっちにも噛みつくともりちゃん。サングラスが額に上げられる。

 昨日も見たし、ついさっきも似たものを見た。狼の怪訝な眼。

 

錬次「なんでお前がそんな無気になんねん」

燈「一人ぼっちの錬次さん見てるの、私が耐えられない。私も、そうなったら、どうしようって……」

錬次「なんやっちゅうねん」

 

 不機嫌を通り越して困惑に歪む顔。私の方こそ見ていられなくて、3人と頷き合う。

 手芸店でのやりとりを話した。彼の機嫌を更に損ねるのは、承知の上で。

 

錬次「……人の喧嘩に、勝手に入れ込むなや。アホ過ぎやろ」

燈「錬次さんが、四代目さんを、襲ったんですよね。どうしてですか?」

錬次「聞いてどないすんねん。誰も得せぇへんぞ」

燈「どうなったら、2人だけの交換をする仲が、壊れるんですか? 仕方ないって、もう終わったって諦められる事情って、なんですか?」

錬次「人が洒落でやってたごっこ遊びを、いつまでもくっちゃべる連中やで」

 

 錬次さんは電柱に背中からもたれかかって、空を見上げる。彼の方は四代目さんほど無難に逃げられないらしい。「……もう()()()はナシやで」と前置きして、とつとつ語り始める。

 

 もう6年前くらいになるか。俺と壮と一緒に暮らしてた女がいたんや。どっちかがそいつよりいい女見つけるまで、お互い手出さないし誰にも手出しさせない。義兄弟としてそう誓っとったのに、破られた。俺が知らん間に全部終わってた。

 女は俺らと敵対してたやくざに刺し殺されたんやと。しかも現場におった壮が死体を処理した。公にしたくないやくざから、見返りとして一千万貰いながらや。それを壮自身から聞かされて、こうもほざいた。『俺が狙われてたけど女盾にした』てな。ボケが。

 

錬次「それで殴って、縁切って。去年復讐に戻って来て、壮をあと一歩のとこまで殺した。でも最後の最後であのアホの大嘘がアホ探偵共に暴かれて、死に底ないのアホと裁判した。コテンパンに負けた俺は土産と一緒に尻尾巻いて大阪に逃げましたとさ。めでたしめでたし」

 

 生々しい話から、血みどろの転機を経て、どうしようもない結末を辿ったらしい。嘘でどんな真実か隠されてたのか? 死ぬほど知りたくない。

 表情が見えないくらい、ともりちゃんの頭が垂れる。何もめでたくない話に打ちのめされてる彼女に代わって、さきちゃんが深く息をつきながら相手する。

 

祥子「話してくださったのは、貴方のことを隠した(わたくし)達への仁義ですの?」

錬次「トモリがひつこいからや。こんな調子で付き纏われたら敵わん」

 

 そういうことにしてあげようかな。ハエでも追い払うみたいに手ヒラヒラさせて、丸っきり嘘ってわけでもなさそうだし。

 そこに、一番ドライな子が正論を突っ込む。

 

立希「本当に会うつもりないなら大阪に引きこもってたらよかったのに。そっちが地元なんでしょ」

錬次「うっさいわ。借金とライブのタイミングが重なって丁度よかったんや」

睦「……というか立希。錬次さん、たぶん関西出身じゃない」

立希「は? いや、関西弁じゃん」

睦「……イントネーションが関西人の訛りじゃない。標準語に関西弁交ぜた話し方してるだけ」

燈「関西出身じゃないのに、関西弁……?」

錬次「お前もよう見抜いてくるなぁ。関西にいたんか?」

睦「……そっち出身の人と、小さい頃から関わることが多かったので」

 

 深掘りされたくない雰囲気を、そっぽ向いて分かりやすく演出するむつみちゃん。慮って、話を逸らす。

 

そよ「何はともあれ。話してくださってありがとうございます」

錬次「ホンマやで。何か奢らせればよかったわ」

立希「そういうダサいこと言わなきゃ同情できるのに」

錬次「同情するなら金をくれ」

睦「……そんなドラマ、昔あったけど」

燈「え、えっと……」

錬次「お前はこんなジョークだけ真に受けて財布出すなや! ったく、俺はボケ専門やぞ」

祥子「四代目さんがツッコミ担当でしたの?」

錬次「話広げんなアホ!」

 

 尖った髪と一緒に目を吊り上げる錬次さんに、ともりちゃんが急にクスクス笑う。1人で怒り出したり、1人で笑いだしたり。相変わらず捉えどころに困って、彼女以外の5人で呆れ笑いした。

 

錬次「まぁこんな訳分からん出逢いも、大切なんかなぁ」

祥子「妙な言い回しですわね」

錬次「出逢いはみんな大切って、言っとったやつがいたんや」

燈「いい、言葉ですね」

錬次「言葉はな。でも銭も女も、ダチも失くした俺には、過ぎた言葉らしかったわ」

燈「失くして、ません」

そよ「ともりちゃん。今日はもうやめとこう。言っても仕方ないでしょ」

 

 背中に手を添えて穏やかに窘める。重すぎる事情が、彼女を素直に「ごめん、なさい……」と言わせる。

 錬次さんは、「しゃあないやつやな」なんてぼやく。と思ったら、意地悪い笑みになった。

 

錬次「そんなに言うなら、トモリがダチになるか? したら確かにダチ失くしてないわ」

燈「え?」

錬次「ゆーて、俺ダチ作ってもすぐ喧嘩別れするからな。お試し……は、ちゃうんやっけ。やっぱあかんか」

燈「お試しが、あるんですか?」

錬次「へっ?」

 

 澄んだ目で尋ねられ、呆気にとられる錬次さん。

 

燈「CRYCHIC以外じゃ、友達、あんまり作れなかったから。だから、お試しって、なれなくても気楽で、いいな、って……」

錬次「……ハハッ、そうやんなぁ!? お試しがあってもええやんな? あいつはそういうとこ分かってへんねん」

燈「?」

錬次「気にすんな、冗談や。お前はまともにダチ作れ。俺みたいになりたくないんやろ?」

燈「錬次、さん……」

 

 「したらな」と言って、サングラスを降ろして駅とは反対方向へ歩いていく。

 その背中に、ともりちゃんが声をぶつける。

 

燈「最後に、1つだけ! 四代目さんと交換したもの、まだ持ってるんですか?」

錬次「……持つとか捨てるとか。そんな目に見えて(さわ)れるもんちゃうねん」

 

 ともりちゃんに横目だけ向けた彼は、今度こそ去っていった。

 

 

 

祥子「そういえば、そこは分からないままでしたわね」

そよ「それ以外のディープな話は聞いちゃったのにね」

 

 話しただけなのに、ハードな時間を過ごした私たち。ドッと疲労感に襲われながらも、たきちゃんの「今度の今度こそ練習!」という声に弱った笑みで同調する。

 でも、駅に着いて電車に乗っても。まだともりちゃんは1人で考え込んでいた。北千住で彼女に振り回された私たちは、もう構う気力が残ってなかったのだけど。

 

 列車の走行音に混じって、聞き憶えのあるセリフが囁かれる。

 

燈「知ることは、死ぬこと……」

立希「な、なんだっけそれ」

睦「……野音で藤島さんが言ってた、探偵さんの決まり文句、だっけ」

燈「何を交換したか、分かったかも、しれない。あべこべなところが、もしそうなら……」

祥子「何を交換したんですの?」

 

 ともりちゃんは項垂れながら、フルフルと首を振る。消え入りそうな声。

 

燈「こんなの、知らない方がよかった。そんなに想い合ってるのに、別れたままなんて、残酷過ぎる……。あの2人は、やっぱりまた会えるようにならないと……!」

 

 自分の両手を握り込む彼女に、私たちは困った顔を見合わせる。運命すら共有してきた私たちに隠し事されるのは寂しいし、1人で抱え込むなんて水臭いけど。何でも素直に話す彼女らしさを凝固するほどの想いに、私たちは誰も踏み込めなかった。

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