10月25日
昨日の記憶から目覚めた私は、何故かさきちゃんの顔を見上げていた。膝枕をしていたけど、4人が起きた後も寝ていた私をお返しに膝枕してくれたらしい。照れ臭いような、やっぱり嬉しいような、くすぐったい心境でさきちゃんにありがとうを言う。「姉になったみたいで新鮮でしたわ!」と屈託ない笑顔で返すさきちゃんは、膝枕をするのもされるのも何とも思わないんだろうな。羨ましい純真さ。
睦「……ちなみに筋としては私がしてあげるべきだったけど、祥の方が寝心地良さそうだから代わった」
祥子「遠まわしに私が太ってると言いたいんですの? 私、健康的と自負してますがそよほど快適な膝枕には敵いませんわよ。流石、母なるそよですわ」
そよ「それは遠まわしに私は太ってるって言いたいのかしら、豊川さーん?」
立希「でも、一番体重多いの絶対そよでしょ」
そよ「身長が一番高いんだから当たり前でしょ!」
燈「うん。おっぱいも、一番大きいもんね」
そよ「ともりちゃんはいつからデリカシー無い子になったのかな? 流石にほっぺギューの刑だよ~♪」
立希「やめろ! 燈の神聖なほっぺに乱暴するな、このポッチャリおかん!」
そよ「ポっ!? ふ、ふふふ……なら代わりに、たきちゃんの頬引きちぎってあげる!」
祥子、睦「珍しくそよが本気でキレてる……」
たきちゃんとの取っ組み合いが一段落ついた後、私たちはハイキングを再開した。ちなみに私を怒らせたたきちゃんには何か奢ってもらうことで、矛を収めてあげた。美容に気を遣ってる私にはあり得ない暴言を吐かれても許してあげるんだから、私はなんて大人なんだろう。まぁ誕生日的にもグループで一番お姉さんだからね。……絶対太ってない、はず。
それはともかく。広大な敷地の端っこから見て反対側にあるコスモス畑を目指して、ひたすら歩く私たち。自然公園らしく大きな池や、色んな種類の花が植えてある広場を眺めながら進んでいると、やがて一際大きな広場に出くわした。そこにはいくつものテントが立っていて、たくさんの人で賑わっている。
そよ「何のイベントかな?」
燈「あ、さっきチラシもらったイベント、かな?」
立希「どれどれ……フリーマーケットみたいな感じっぽい」
睦「……奥の広場には、キッチンカーもある」
祥子「今はお昼前ですし、その、ふりーまーけっと? とやら回ったらお弁当食べましょうか」
貴族なお嬢様らしくフリマを知らなさそうなさきちゃんに反対意見もなく、私たちは8月以来となる出店回りを始めるのであった。
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フリマを回って、お昼も食べた私たちは、ようやく本来の目的であるコスモス畑に辿り着く。というのも、お昼を食べた広場の目と鼻の先にあったから、歩くというほどでもなかったのだ。
短い坂を上った私たちは、目の前に広がる紫色の絨毯を前に立ち尽くす。全て同じ花なのに、濃淡の違いから生じる豊かなグラデーションに目を惹かれた。と同時に既視感を覚える。これと似た光景を、つい最近見た気がした。そうだ、夕暮れ時に遠く見上げた空だ。
濃紺に沈んだ東の空に、明るい色の西日が差し込む。夜と陽が混ざった若紫に心揺さぶられるのは、涼しくクリアになった空気できめ細やかに勾配されるから。秋は夕暮れ、とは良く言ったものだけど。それを象徴する切なくも妖艶な色彩が、空も夕陽もなしに、秋を冠する花1種類で描かれてるなんて。自然の壮大な奥深さに、つい黄昏てしまいそうだった。
祥子「こんなに鮮やかなコスモスがずっと先まで続いてるなんて……壮麗ですわね!」
睦「……秋桜って、ここまで色に差が出るんだ」
燈「花は紫と白の2色だけど、紫の中でも濃さが違うから……」
立希「2色とは思えないほどの彩りになるんだ」
みんなも同じような印象を受けてると思うと、絢爛な景色が心にも現れたように気持ちが華やぐ。いつもそうだ。特別な景色に同じ想いを重ねてると、私は特別な繋がりを感じて嬉しくなってしまうのだ。
さきちゃんじゃないけど、高揚したのかじっとしてるのがもどかしい。
そよ「ねぇ、このコスモス畑一周しようよ!」
祥子「そうですわね! 色んな角度から楽しみたいですわ!」
立希「とか言って。祥子はじっとしてられない性分ってだけでしょ」
睦「……そう言う立希が、真っ先に歩き出してる」
燈「でも、分かる。ずっと向こうまで続いてるのに、1か所から見てても、勿体ないよね」
こうして私たちは花畑に沿って歩く。紫が濃すぎて渋みすら感じさせる、くっきりした花や。桜の名にふさわしい、可愛らしい桃色や。ピンクに紛れるようにポツポツ散らばっていた白い花や。高く咲き誇ってるものから、一足早く枯れ始めてるのか萎れてるものまで。色んなコスモスの顔を見る。それらが作る様々なコスモスの画を全部形に残したくて、私はパシャパシャ撮りまくった。
私以外の4人が中腰で花畑を覗き込んでるところを、後ろから撮った時。妙な感慨に襲われた。いつからこんなことが当たり前になったんだっけ。たった2年巻き戻しただけで、こんなところまで遊びにくることも、そもそも一緒に遊ぶ(付き合いではなく)ような友達も、いなかったのに。当時が遥か遠い過去に思えて——
燈「そよちゃん。どうかしたの?」
そよ「え?」
立希「なんか変な顔してた」
睦「……しみじみした顔」
祥子「このコスモス畑の美しさに浸っていたのでしょう? おかしなことではありませんわ」
センチメンタルな考えが顔に出てたらしい。外面に人一倍気を付ける私としては不覚もいいところだった。馬鹿正直に話すのも重くて恥ずかしいし、さきちゃんの勘違いに乗りかけたけど。
……そうだよね。あの頃の私とは、もう違うんだった。
そよ「コスモスが綺麗なのはそうだけど。昔の私と比べてたの。花を見に誰かと自然公園まで遊びにくるなんて、ちょっと前じゃ考えもしなかったな、って」
立希「何おセンチになってんの」
睦「……そよはそういうところがある」
せっかく外面外して素直に話したのに
意地悪コンビのおかげで後悔しそうだった。
しそう、で済んだのは。いつも味方になってくれる優しい子が、散華を予感させるような儚い笑みで共感してくれたから。
燈「私、ずっと1人だった。だからそよちゃんの気持ち、なんとなく分かる。前とは世界が違い過ぎて、たまに夢なのかな、って思うから」
そよ「あははっ、そんなわけないのにね。でも……分かっちゃうな……」
なんとなく。ともりちゃんはそうだって、思ってた。引っ込み思案で控えめな彼女は、溢れるほどの幸せを疑わずに享受するのが、怖くなるときもあるんじゃないかって。それを無くしたときぽっかり穴が空く喪失感を、想像上でも耐えられないから。失いたくないからこそ躊躇ってしまう矛盾は、私には理解できた。
祥子「2人とも。感慨にふけるのは良いですが、悲観的過ぎではありませんか? 何がどうなったら、今の日々が嘘になったり壊れたりするんですの。疑うだけ損ですわよ?」
立希「流石に祥子の言う通りだって。現実に起こってることを疑うなんて、馬鹿馬鹿しいでしょ」
睦「……ナンセンス」
そよ「いいでしょ、偶に感傷的になるくらい。それくらい今が幸せってことなんだから」
燈「えへへ……そうだよね。今日も、みんなでコスモス畑、来れてよかったな……」
そよ「うん! 身近じゃこんなコスモス畑見られないもんね、私もそうだよ♪」
ともりちゃんと私で満面の笑みを交わしてから、手元のスマホ画面をスイスイ動かす。画像フォルダには、たくさん撮ったコスモスの写真たち。また1つ、CRYCHICの素敵な思い出を増やせたな。
かけがえのない幸福を胸に抱いてると、横から声をかけられた。
「ふぉっふぉ。若い子たちにそう言って楽しんでもらえると嬉しいわい」
作業服を着たお爺さんだった。セリフ通り、穏やかに微笑んでらっしゃる。急に話しかけられて戸惑いつつも、とりあえず「あはは」と愛想笑いしておいた。
内心困ってると、グループ一遠慮という言葉を知らないたきちゃんが切り込んでくれる。
立希「おじいさん、どちら様?」
爺「あぁ、急に話しかけてすまんのう。ここの畑を管理してるものじゃ」
祥子「そうだったんですのね。コスモス、大変楽しませて頂いておりますわ」
睦「……秋桜、綺麗に咲いてました」
燈「う、うん。あの、ありがとうございます」
爺「お客さんにお礼を言われるなんて光栄じゃ。丹精込めて世話した甲斐があったの。君たちには是非明日のコスモス積み取りに来て欲しかったのぅ」
5人「コスモス積み取り?」
みんなときょとん顔を見合わせる。詳しく聞いてみると、名前の通りコスモスを摘み取るイベントらしい。綺麗に咲いた花を摘んで、それを持って帰っていいなんて、素敵なイベントやってたんだ。
燈「そっか。なら明日来た方が、よかったね」
爺「ところがそうでもない。明日は雨だから、どうせ中止になったんじゃて」
睦「……なら、今日来てよかった」
立希「流石に雨の中じゃ楽しめないしね」
爺「そこでじゃ。どうせ中止になるし、今は他のお客さんもおらん。よかったらお嬢ちゃん達、摘んでいくか?」
そよ「えっ、いいんですか? そういうの、よくないんじゃ……」
爺「まぁそうじゃの。だから、内緒じゃて。なーに、黙ってればバレやせん」
祥子「し、しかしなんだかズルいといいますか、気が引けるところが……」
立希「まぁここのスタッフさんが許可してるならいいんじゃない?」
睦「……もう摘み取る機会、ないかもしれない」
そう言われたらそうなんだけど。他のお客さんのことを考えると、良心が痛んでお言葉に甘えづらい。どう返答しようか迷っていると、ともりちゃんが自然体の表情で口を開く。
燈「せっかくですけど、遠慮します。他のお客さんに悪いので」
爺「そうか……すまん、余計なお世話じゃったか?」
燈「いえ。また来年、みんなで来たらいいって、思えるので」
昔からともりちゃんは、気弱な表情にオドオドした態度でモゴモゴ話す子だった。そんな内向少女とは思えないほど、希望という光を顔中に満たして、きっぱり言い切った。真っすぐコスモス畑を見つめるその瞳に、2年生になった私たち5人を映してるみたい。
祥子「よく言ってくれましたわ! それでこそCRYCHICが誇る作詞担当のボーカルでしてよ!」
立希「それ関係ある? でもまぁ、燈にここまで言われちゃしょーがないな」
睦「……秋はここに来るのが、定例になりそう」
そよ「ふふっ。そういうことで、また来年お世話になりますね♪」
爺「ふぉっふぉっふぉ。気持ちのいい娘たちじゃ。こっちこそまた来年、待っておるぞい」
愉快そうにクツクツ笑うおじいさんに、私たちはどう映ってるのか、ちょっと気になった。来年も再来年も、その先もずっと運命を共有してる5人組に見られていたら、誇らしいな。
お花摘みの代わりに、おじいさんに花畑をバックにして写真を撮ってもらった。秋風にそよぐ花々と共に、5人の乙女達が真心を咲かせる一瞬。写真に写る全てが自然体で笑っていて、私はとっても気に入った。