3日目 探偵に依頼を
7月28日
今日も今日とて野音へ。予定では作業納めの日。の、はずだったのだけど。
会場に着くと、テントの下で風見さんと同僚さんが珍しく真剣、というか深刻な雰囲気で話をしていた。
風見「……事態がいまいち飲み込めないのですが」
同僚「それは俺もだけど。部長が最悪のケースも想定しとけ、って」
風見「お偉い方は簡単におっしゃってくださいますね……」
不穏な感じに、声をかけようとテントに入る。そのときだった。
風見さんが溜息つく方向に回り込んでいたともりちゃんが、「ヒッ」と悲鳴を漏らす。
その反応で彼が慌てたようにこちらへ振り返った。
風見「み、みなさん来ていたんですね」
祥子「何かございましたか?」
風見「あー……」
いたたまれない様子で私たちから顔を逸らす風見さん。けど。
風見「あぁすいません、僕は一服しにいきます。ちょっと落ち着きたくて……」
急に反対方向へ向き直ってそのままテントから出て行ってしまった。
不可解な言動に戸惑っていると、風見さんが出て行った方とは逆側から藤島さんがやってきた。
ナルミ「あの、トラブルがあったってチラッと聞いたんですけど」
同僚「あぁ、藤島さん。丁度よかった」
同僚さんが私たちにも説明してくれた。どうも、今回のライブを配信するプラットフォームの運営会社からメールが届いたらしい。それをノートパソコンで見せながら、問題の箇所を指す。
現在、弊社配信基盤の一部コンポーネントに重大な不具合が確認されております。
影響範囲の精査中ですが、御社イベント当日の配信認証・視聴セッション管理に影響が出る可能性がございます。
現時点では安定提供を確約できない状況で——
ナルミ「……つまり、その不具合が直らなかったらライブ配信できない、ということですか」
同僚「その最悪を想定して動けと、上から指示されているのが現状です」
ナルミ「配信チケットが10万くらい売れた後にこんなこと言われて、最悪もクソもないですよ……」
同僚「これで録画配信します、なんて発表したら炎上じゃ済まないですもんね」
私は理解しているのに信じられなかった。こんなちゃぶ台返しが許されるの? 私たちが響子さんから託されてやってきたことって、こんなメール一通で無かったことにされるものなの?
視界がグニャァと歪みそうな感覚に、額に手を当てて頭の整理に努めていると、元気な足音が近づいてきた。
風見「いやーすいません。あまりの急展開にやられたメンタル、直してきました」
ナルミ「は、はぁ……」
同僚「あぁ、こいつ一服するとキャラおかしくなるんです。電子タバコかなんか知らんけど、コロッと立ち直れるのは幸せモンですよね」
風見「放っといてください。それはそうと、そのメールだけじゃ埒が明かない。先方にアポ取ってもらえますか?」
同僚「殴り込みかよ。まぁ確かに、こうなったら直接話聞かないとな。了解」
ナルミ「僕も同行——」風見「いえいえ、藤島さんは多方面でお忙しいでしょう。僕の仕事まで奪わないでくださいよ」
ナルミ「えっ、まぁ……分かりました」
いつもの風見さんらしくない明るさに戸惑いつつも、元気みたいだしまぁいいか、と受け入れる。目の下の隈もないくらい顔色良いし。
彼の勢いで、グルグルと迷走していた思考に風穴が開いたのもあった。確かに、このまま考え込んでもしょうがない。
それは「悩むぐらいなら行動あるのみ!」というタイプの子も同じだった。
祥子「
風見「えっ、し、しかし高校生を他会社に連れていくのは流石に……」
そよ「確かにただの学生という身分です。それでもライブを主催する響子さんに、配信を託された身でもあるんです」
立希「響子さんに報告する義務もあるよな」
睦「……このままじゃ、碌な報告ができない」
燈「配信できないかもしれない、だけじゃ、納得できない、よね……」
風見「…………ふぅ。分かりました、6人で向かいます」
同僚「若いって素晴らしいねぇ。ま、じっとしてる方が辛いのは大人も一緒か」
なんて言いながら、同僚さんはスマホを耳に当てて遠ざかっていく。正直まだ展開についていけてないところもあるけど、とにかく食らいつかないと。
みんなで大きな目標に向けて頑張ってきたことが、理不尽に壊されそうなんだ。踏ん張りどころ。
「地下鉄で向かいます」と言って歩き出した風見さんに、私たちも決意を固めた顔で頷き合ってついていった。
風見「高松さん、さっきは嫌な顔見せてすみませんでした」
燈「えっ、い、いえ……」
電車に揺られて5人で横並びに座ってるときだった。横長の座席の脇で吊り革に手をかける風見さんが急に謝ってきた。
風見「みなさんがこのライブにかけていたように、僕もこの仕事にかけていたんです。なのに、どれもこれも上手くいかなくて、うんざりしてしまいました」
祥子「お気持ちは分かるつもりです。私も、到底受け入れられない思いでした」
さきちゃんの相槌に、風見さんが軽く会釈してから窓の方を向く。さっきまでとは違う、風見さんらしい落ち着いた微笑。でも瞼は下げられて、暗い。
風見「天国にいる兄へ、胸を張れる仕事を捧げたかった。兄が僕を誇らしく思えるように」
ガタンゴトン。電車の音だけが車内に響いた。お兄さんの話で妙に重かったのも納得の事情。
風見「海外で新種の植物を発見し、帰国後も研究を続けていた兄は、1年半前亡くなりました。もっと偉大な功績をあげるはずだったのに」
確かその時期に高校を辞めたと言ってたはず。色々あったのだろう。家族との交流もなくなるくらい。
風見さんと反対向きの私が窓ガラスに薄く映る。狭いアパートで教科書の名字を書き直している少女に見えて、視界をクリーム色の床へ逃がした。
風見「僕は貰ってばかりでした。動画への賛辞もドクペも、この眼鏡も白衣も生きる意味も。だから、何か1つくらい報いたかった。例え届かないとしても」
ギリリッと、革が軋む音。私も右手を左手で包み込む。でも同調じゃない。私にはない無念にズレを覚えたから、息をついて体を軽くし、顔を上げる。
俯く彼へ、引き締めた声をかけた。
そよ「とにかく、状況を少しでもはっきりさせましょう。まだ何とかなるかもしれません」
祥子「えぇ。素人ながら、私達もご助力致します」
立希「勿論、足を引っ張らない程度に」
睦「……不具合か何か知らないけど、台無しにしたまま碌な説明もなかったらふざけ過ぎてる」
風見「みなさんの言う通りですね。来て頂いて正解でした、心強いです」
燈「えっと、その……頑張り、ましょう」
風見「はい」
目的地の駅名がアナウンスされ、私たちは一斉に立ち上がる。配信プラットフォーム運営の会社は、地上に出てすぐのビルだ。
結果的に言うと、やっぱりただの高校生に過ぎない私たちが出る幕じゃなかった。風見さんが被害者側の立場を存分に利用して、チクチク嫌味を混じえながらズバズバ斬り込むものだから、黙っているだけで具体的な状況がつまびらかにされた。そして、口を挟める部分が無いことも、よく分かった。
出されたお茶菓子に一切触らないまま会議室を出て、会社のエントランスを抜ける。近くの街路樹の影まで歩いたところで円になり、さきちゃんがスマホを出す。スピーカーモードで藤島さんに電話をかけた。
ナルミ『……なるほど。サーバーに致命的なバグが発生していて、復旧の見込みが立たないからあんなメールを寄こした、と」
風見「そのようです。配信チケットの返金対応のために違約金についても、拙いながら釘刺しときましたよ」
ナルミ『金で解決できる問題ならいいんですけどね』
風見「今から別の会社に乗り換えるのも無理ですしね。どうにしろ我々としては打つ手なし、という状況です」
会議で前衛的だった風見さんも、毒気が抜けたように虚ろな口調だった。無理もないか、結局これからどうなるかも分からないのだから。
ほとんど発言できなかった私たちだって歯がゆかった。たきちゃんがそのモヤモヤを発散する。
立希「祥子の家でなんとかできないの? 大財閥パワーでさ」
風見「……大財閥? 豊川さんの豊川って、まさか……」
そよ「はい、彼女は豊川グループの令嬢です」生涯、この発言を悔やむことになる
祥子「お金で解決できる話ならまだやりようはあったのでしょうが。総合商社に技術的トラブルへの介入は難しいでしょう」
ナルミ『こっちとしても、大企業がいきなり関わってきたら困るんだけどね』
風見「……とにかく。今日はもう解散、ということでいいですか? 準備事態はほとんど終わってましたし」
ナルミ「え、えぇ」風見「では、みなさんもお疲れ様でした……」
返事を聞き終わる前に、力の抜けた笑みで会釈してフラフラ~っと流れ去っていった。完全に無気力な感じで少し心配してしまう。
でも彼よりも配信の方だった。すぐ傍の車道から走行音と共に風の煽りを受けて髪が乱れるけど、顎に手を当てたまま頭を巡らせる。本当にできることは何もないのかな。
ここで、一番車道側で緑がかった灰髪を押さえる子が、一石を投じる。
睦「……探偵さんに相談しよう」
燈「探偵……アリスちゃんに?」
睦「……私達のプライバシーを隅々まで暴き立てるほどのハッキング技術。この問題にうってつけの人材かもしれない」
立希「言われてみたら、そうかも?」
ナルミ『確かにあいつなら何とかできるだろうけど、依頼を受けさせること自体無理だと思う』
そよ「こんな問題も解決しちゃうんですか!?」
ナルミ『勝手に会社のネットワークに侵入して勝手にバグ直すだろうね』
祥子「相談役として頼るぐらいに思ってましたが、そこまでとは……これは、話してみるしかありませんわ!」
ナルミ「いやだから、あいつ受けない……」
勢い余って電話を切っちゃったさきちゃんが、張り切った声をあげる。あんな小さい子相手に、とか藤島さんの渋り具合とか、色々気になったけど。
手段を選んでられないし、それ以上にじっとしていられないのだ。反対する子は誰もいなかった。
また電車を乗り継ぎ歩いて、もはや3度目となるラーメン屋の裏に回り、非常階段を上がる。
昼間の内に訪れたのは初めてだった。だから、ニート探偵事務所という看板の下に書いてある、標語らしき英文もこのとき気づいた。
It's the only NEET thing to do.
むつみちゃんがスマホに音声入力する。訳された文を、私たちにも見せてくれた。
画面を見ずに、ともりちゃんが当てる。
燈「たった1つの、冴えたやり方」
本当はneatだから、この文じゃ当てられないはずだった。それでも分かったのは、一昨日のあの子の語りから推測できたんだろう。
ここに来るまで、藤島さんとのトークアプリで情報収集していた私は、その英文をじっと眺める。私が最後の手段として用意したものが、本当に冴えたものかは分からない。それでも、私たちが望む最上の未来のために。
インターフォンを鳴らし、青ランプが点滅する。扉を開き玄関に入るさきちゃんへ、「いざというとき話合わせてね」と耳打ちして、私も氷牢の308号室に足を踏み入れた。