CRYCHIC交響曲   作:りょーへい

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3番 最上の世界

 

 

 自然公園最寄り駅のホームに、遠くからうら寂しい電子音が流れてくる。夕方5時を伝えるその曲は、家路。その元となったドヴォルザークが交響曲は、中学の頃から部活で扱ってきた。正直吹部の記憶よりも先に浮かぶのは、さきちゃんから「お家に帰るイメージが浸透してますけど、本当は望郷の想いを綴った曲なんですのよ」と教えてもらった思い出。それはたぶん、家よりもみんなとの思い出が詰まった地元への愛着が強い私には、妙に納得できたからだろうな。

 郷愁の旋律と共に懐かしい記憶に浸っていたら、同じく聞き入っていたらしいたきちゃんがポツリと呟く。

 

立希「家路が聞こえてくると、1日の終わりを感じる」

祥子「この寂しい曲調と、学校終わりに流れるタイミングが、そう思わせるんでしょうね」

睦「……そんな時間まで遊んでたのに、いつもより体がダルくない」

そよ「お昼寝したからじゃない?」

燈「そうかも……。そよちゃん枕、凄く快適だった、から」

そよ「すっかり枕にされるの定着しちゃった……」

 

 どうして今日一日でそんなよろしくない流れになったのか。よくよく思い出してみると、ネット大好きっ娘の夜更かしが原因だった。このもやもやをぶつけるようにジ~っと睨む。視線に気づいたのか、フイっと逸らしつつモゴモゴ零す。

 

睦「……昨晩夜更かししちゃったのは、興味引かれる話を見つけたから」

立希「何急に。昼寝の言い訳みたいなこと言い出すじゃん」

睦「……パラレルワールドって、聞いたことある?」

 

 茶々入れる相方をガン無視して、むつみちゃんは問うてきた。SF映画好きじゃなくても『並行世界』という名が示す意味くらい知ってるだろう。だから、どうしてその話題を挙げたのか、なんとなく心当たりがある。

 

燈「私たちが生きてる現実と違う世界、だよね?」

祥子「そのような御伽噺な世界がどうしたというのです?」

睦「……つまり、色んな可能性があったかもしれない、ということ。例えば祥がピアニストとしてプロを目指してた可能性とか、立希がお姉さん以上のトランペッターになってた可能性とか」

祥子「確かに、お母様達次第ではそうなったかもしれない、でしょうか……」

立希「それ、私自身が全然思い描けないんだけど」

 

 さきちゃんは想像するように宙を見つめ、たきちゃんは黄色い点字ブロックに溜息を落とした。何とも正反対な反応で面白い。

 

睦「……祥が言った通り、本当にそんな可能性を持った世界が存在してるか分からないけど。何かボタンの掛け違いがあったら、今とは全然別の自分になれたかもしれない。そういう妄想をできるのが、パラレルワールドの魅力、って思った」

燈「今と、別……」

 

 むつみちゃんはポジティブな話として語ったように聞こえた。もっと言うと、そう聞こえるように意識して話してたように感じる。

 それでも、ともりちゃんの顔は曇るのだ。私の心の中と同じで。

 

睦「……そう。こういう話を聞いて、『あぁなったかもしれない』と思うより先に『こうはならなかったかもしれない』ってなるのが、燈とそよなんだな、って」

 

 主旨に辿り着いたむつみちゃんの無表情は、少しだけ優しくて、微かに悲しみが滲んだ微笑みに変わる。コスモス畑を見回ってた途中にともりちゃんと私が話した、悲観的な夢のことについて触れている。

 自分でも無自覚だった本質が、結び目を解くように暴かれる。いかにつまらなくて勿体ない人間か、改めて辟易した。

 けれど。残酷な話で終わると思っていたのは、私と、俯き気味なともりちゃんだけだった。

 

立希「それで? これで終わるんだったら、切り出した意味ないもんな」

祥子「私の幼馴染は、何と言いたいんですの?」

 

 不敵な笑みと、信頼に満ちた微笑みに背中を押されるようにして。むつみちゃんから悲しみが消し払われた。

 

睦「……なら。ここを、パラレルワールドだと思ったらいい」

そよ「ここを?」

睦「……そう。2人が怖いからこそ想像しちゃうのが、CRYCHICのない世界でしょ? そんなふざけた世界の自分が何より強く願った世界。それが、今だと思うの」

燈「CRYCHICが、ない世界……。そこから、逃げてこれた、の?」

睦「……そう思ってもいい。今度またそんな想像するときは、本当にCRYCHICを無くして傷ついた自分が望んだ世界にいるんだって、思うの」

立希「なるほど。せっかくベストな世界を見つけれたのに、また別のパラレルのこと考えてもな」

祥子「えぇ。まさにナンセンス、ですわね!」

睦「……思いがけず、いいセリフを使えてた」

 

 むつみちゃんは本当に言いたかったことを言い終えて満足したのか、腰に両手を当てムンと反り返るおふざけモードだった。そのヘンテコな振る舞いも相まって、私はプッと噴き出す。

 

そよ「ふふっ」

燈「ふふふっ」

 

 全く同じタイミングで笑ったことに、私たちは見合わせてまた笑い合う。そんな私たちに、3人も穏やかに微笑んでくれる。

 気持ちが雄弁に伝わってくるんだ。無意味でつまんない想像して悲しくなるな、楽しいなら素直に浸りましょう、嫌な世界を思い描くくらいなら、今に逃げよう。

 自傷的な自己防衛をしやすい私たちを、癒すように守ってくれる。やっぱりここは、世界で一番温かくて優しくて、綺麗で眩しい陽だまり。どんな闇だって、照らし払ってくれる。

 

そよ「ありがとう、むつみちゃん。2人もね」

燈「うん。きっともう、大丈夫だと、思う」

睦「……膝枕分のお返しをしただけ」

立希「おっ。その素っ気ない反応は、珍しく語って恥ずかしくなったって感じ?」

祥子「一瞬で睦の心情を察するとは、やりますわね立希」

睦「……勝手に決めつけないでくださーい」

 

 冗談っぽい雰囲気で誤魔化そうとしてるみたいだけど、頬が茜色になってるから無駄なんだよね。まぁさっきのお礼にからかうのはやめてあげよう。

 私はまだ続いてるむつみちゃん弄りに加わらずに、スマホを開いて今日の思い出フォルダを眺めてみる。最新の方はいろんなコスモスの写真がズラーっと並んでいて、今日もたくさん撮ったなって感慨深くなる。

 コスモスといえば。そもそもなことを聞いてなかったな。

 

そよ「ともりちゃん。どうしてコスモスが見たかったの? コスモスが一番好きな花だったっけ?」

 

 絶対的に弄りには参加しないともりちゃんへ訊ねる。同じく気になってたのか、3人もこちらへ向いて聞く姿勢だった。

 対してともりちゃんは、目を閉じ噛みしめるように答え始めた。

 

燈「私たちは最初の春に出逢って、夏には睦ちゃんが、秋にはそよちゃんが壁を乗り越えて、冬に私も目標を見つけられた。また巡った春には祥ちゃんが花見しようって言って。これを私たちの決まりにしようって、言った」

 

 それぞれの季節を思い浮かべるようなともりちゃんに、私も同じように目を閉じ続く。CRYCHICという運命共同体を(あか)す思い出たち。そのときのことを大切にするように作った、春夏秋冬それぞれの曲。

 かつて私たちには、四季がなかった。氷河期の中、心が無機質に固まり、思い出なんて積もらない時期があった。そこに、思いがけず陽だまりが広がったから。感じられるようになった世界を、今まで損なった分埋めるように楽しんだ。

 そんな心境変化は私だけじゃなかったから。遊びに消極的なたきちゃんも、ものぐさで引きこもりがちなむつみちゃんも。毎月のように起こるイベント事へ、なんだかんだ言いつつ楽しむのだろう。

 ともりちゃんが目を開く。未来へ期待を込めるように、穏やかな微笑みを称えながら。

 

燈「なら、他の季節を象徴する花も、みんなと一緒に焼き付けたいって思った。これからも四季を大切にしながらみんなと歩いていきたいから。私たちの思い出を、鮮やかに彩りたいな、って」

 

 そして、四季を一番表すのは確かに花だと思う。春の芽吹きを、夏の輝きを、秋の哀愁を、冬の静謐を。みんなと同じものを見て、思い出に残す。

 そう望んではにかむともりちゃんに、2人のともりちゃん大好き勢がダバーッと泣き出した。

 

祥子「なんて……なんてCRYCHICなことを言うんでしょう。流石、私が見出した燈ですわ……!」

立希「祥子上げな戯言は流すけど……響いた。めっちゃ響いたよ、燈……!」

睦「……何気に2人が泣きながら共調してるの、珍しい」

そよ「まぁ今のセリフはそれだけ素敵だったから」

 

 私も写真という形で思い出を大切に残すから、ともりちゃんの想いはとっても分かる。私たちがこれからもずっと仲良く歩んで行くために、これ以上なくピッタリたと思った。

 だから私は、高まったテンションを抑えることなく話に乗っかる。私にも好きな色を塗らせて欲しいな、って。

 

そよ「はいはい! 私、夏は向日葵がいーなー!」

燈「う、うん! 私も夏は向日葵がいい、って思ってた……!」

睦「……冬は、梅?」

立希「それお前の誕生日頃咲くってだけで、桜とか向日葵に比べて弱くない? や、決して嫌なわけじゃないけど」

祥子「ではスノードロップなんてどうでしょう? 冬の終わりごろだから、コスモスほど季節真っ只中ではありませんが……」

そよ「いいね! まさに冬の花っぽい♪」

燈「そしたら、次の冬は梅にして、他は……」

 

 あれよあれよと、CRYCHICの四季を象徴する花々が決まっていく。これから思い出になっていくものたち。それをみんなで思い浮かべては、どこが一番綺麗に咲いてるだろうってスマホで調べて。

 そうこうしてる間に、駅のホームにアナウンスが響く。帰りの電車が来たんだ。

 列車が甲高い汽笛を上げながら近づき、目の前を流れ、やがて止まる。

 私たちを郷へと送る扉が開いた。そこに、輝かしいこれからを話しながら乗り込み、5人で我らがホームに帰るのであった。

 

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