『簡単だよ。藤島くんにもできるよ。——』
私たち4人は1階に降りて、ラーメンはなまるのカウンター席に並んでいた。ラーメンができたら、アリスちゃんのところにいるともりちゃんにもトークで教えてあげよう。
待っている間、彩夏さんから「アリスに依頼したの?」と訊かれたので、経緯と事務所でのやり取りを話した。
ミンさんが私を、うさんくさい人を見るような目で見てくる。
ミンさん「アンタ、ナルミみたいに口八丁で丸め込むのが得意なんだな」
そよ「い、いえ、そういうつもりじゃ……」
得体の知れない高校生と同じことしてたのがショックで、碌な訂正できない。
祥子「いえ、あれほど鮮やかに形勢逆転したそよの交渉術はお見事でしたわ」
立希「おためごかし、とか言われたな。去年は死ぬほど気にしてたくせに、よくあそこまで開き直れるよ」
そよ「覚えてるよ。たきちゃんが偽善者なんて励ましてくれたときだよね」
睦「……今思うと酷い言葉のチョイス」
祥子「ですが、結成当時はそんなそよのおかげでバンドとして成り立ってたじゃないですか。やはり、悪いことじゃありませんわ」
そよ「ふふっ。あのときはありがとう♪」
睦「……それが今じゃ、あんなにも黒くなって……」
そよ「誰かさんのためでもあったんだよー?」
私はニッコリしたまま、せっかく慮ってあげた相手の頬をつねった。
そんな話をしていたら、勝手口の方が賑やかになる。声で分かる、ニート探偵団4人組だ。そこに彩夏さんが丼を持って行って「藤島君、アリスのところに運んであげてね」と言って帰ってくる。その後の会話がまさにニート集団だった。
ナルミ「アリスの弱みとか漏らしたのバレてるし、今会いたくないんですよ。誰か代わりに行ってくれません?」
少佐「いつから中将は我々をこき使えるほど偉くなったんだ?」
ナルミ「中将は少佐より偉いはずなんですけどね」
テツ「まぁたまにはナルミが調子乗り過ぎないよう、先輩として灸をすえてやるか」
ヒロ「いいね。山手線ゲームで負けたやつが届けることにしてあげよう」
少佐「お題は『無職になったときやっておくべきこと』」
ナルミ「また僕に不利なお題じゃないですか!」
店内に溜息が6つ重なった。何が残念って、3周くらいしてるのに高校生がまだ粘ってるところだった。ニートになる準備は万端らしい。
ミンさん「あいつらホント、どこに出しても恥ずかしいクズだな」
そよ「で、でも探偵として誰かの役に立ってるんですよね? ……あれでも」
立希「かばいきれてないよ、そよ」
彩夏「まぁやるときはやるニートだから、藤島くんたち!」
ミンさん「そのやるときってのが普通の数十分の一くらいしかないんだけどな。働け」
ダメだ。同感すぎて愛想笑いが精一杯。
ミンさん「でも、あいつらにしか助けられないやつもいるんだから。因果な世界だよ」
今度も何も言えなかった。あの人たちが誰かの平穏を守るために戦っているのを知っているから。
中華鍋が焼かれる音にしんみり耳を澄ませる。クーラーの音が、ここよりずっと冷房効かせた部屋でのやり取りを思い出させた。
『アリスちゃんしか、頼れる人が、いなかった』
本当だったら、私たちの依頼だって普通は叶えられるものじゃなくて。仕方のないことだって、この世界で数えきれないほど踏みにじられてきた願いと同じ末路を辿る、はずだった。
そんな、どうにもならなくて消えそうだった想いを、あのバカ騒ぎする人達は掬い上げてきたんだな。
でもニート相手に改まるのもどうかと思って、私はコップの水をぐいっとあおってから、ミンさんに笑いかける。
そよ「でも、やっぱりあぁはなりたくないな、って心底思っちゃいます」
ミンさん「真っ当な感性だよ」
睦「……ニートは、普通の人とルールが違う人たち、だっけ」
祥子「そのルールを忘れないよう生きたいものですわね」
立希「ふつーに生きてたら忘れなさそうだけどね。よっぽどの仕事嫌いでもない限り」
彩夏「んー、どうだろね。たぶんニートの人たちって仕事が嫌いだから、とかじゃないと思うよ? ほら、藤島くんだってニート候補筆頭なのにライブ準備頑張ってるし」
それは確かに。そんな人にかなり近しいらしい彩夏さんが、ニート論を展開してくれた。
彩夏「食べ物に例えるとね。人参とかセロリとか、小さい頃は嫌いだったけど、大人になったら食べられるようになったりするじゃない?」
そよ「そうですね」
彩夏「でも長靴やタイヤを食べるのって、年をとっても無理だよね」
立希「好き嫌いの問題じゃないですからね」
睦「……自分が食べているところを想像できない?」
彩夏「そうそう」
祥子「なるほど。社会人として働くことが生理的に受け付けないのですね」
そよ「例え話上手いですね~」
彩夏「伊達にニートたちに囲まれてないから!」
それって自慢気に胸張れることなのかな。まぁ本人がドヤ顔してるなら、いっか。
勝手口からのバカ騒ぎから馬鹿が伝染ったような話をしてる間にラーメンができたので、ともりちゃんにトークする。一番まともからはずれたニートのところに好き好んで残った彼女のことが心配になって、彩夏さんに愚痴みたいにこぼす。
そよ「ともりちゃん、アリスちゃんと凄く仲良いみたいなんですけど、心配なんです。あの子にまでニート伝染ったらどうしようって」
ミンさん「あんた本当に同級生? その年でなに母親みたいなこと言ってんの」
昨日一昨日会ったばかりの人にまでお母さん扱いされた!
横の3人にクスクス笑われながら、火照った顔で割り箸を折っていると、
彩夏「じゃあ、そよちゃんが見守ってあげたらいいんじゃないかな」
優しい笑顔と声をかけてくれる。手を差し伸べてくれてるみたい。
彩夏「怒ったら普通に怒鳴って、嬉しかったら普通に笑って、欲しいものがあれば普通に言う。それができるように、ね」
真水で絵に描いたような、理想論だった。あるいはCRYCHIC以外でもそんな生き方できるのが、私にとっての理想なのかもしれない。偽りのない、普通。外面がないと淡水で泳げない私には、とても難しかった。
それでも、胸奥が苦しくなるくらい綺麗な言葉だと思ったから。「重度のニートって、そういうの怠るから」と付け加えて、ひまわりみたいな笑顔に少しだけ翳がさした彩夏さんを少し気にかけつつ、私は明るい笑顔を返した。
そよ「彩夏さん、ありがとうございます。私もともりちゃんを支えますね。藤島さんを支える彩夏さんみたいに」
彩夏「えー、支えられてるのかなー、私。藤島くん元気にするの、いつもアリスなんだけどなぁ」
祥子「ちなみにお2人は、どのようなご関係で……」恋バナを期待する、自称お淑やかなお嬢様。
彩夏「んー……同級生で……あ、きっかけは部活、だっけ。私が園芸部に誘って……で、色々あって私がはなまるのバイト、藤島君は探偵助手してるの」
どんな色々だろう。曖昧な言い回し含めて、ちょっと気になる私だった。さきちゃんみたいな野暮な野次馬じゃないけどね。
立希「なんにしても、助手までやってる藤島さんもアリスと類友の変わり者そう」私もそう思う。
睦「……まるで自分は違うと言わんばかりだね、椎名立希」
立希「ぶっ!? 声真似やめろ睦っ、ラーメン吹いちゃったでしょ!」
祥子「似すぎていて本人かと思いましたわ!」
彩夏「すごい睦ちゃん! 私よりアリスの真似上手ー!」
睦「……ぼくはニート探偵。死者の代弁者だ」
ミンさん「おいおいマジか。生意気な表情までそっくりだな」
そよ「アハハ、黒髪にしたら大きくなったアリスちゃんそのものだねー!」
睦「……髪が何色だろうと身長が伸びようと、ぼくがぼくであるのは永遠に不変の真実だ。墓の下に埋まろうとも、うんたらかんたら」
ミンさん「ほ、ホントにアリスが言いそうなこと言ってるし!」
祥子「や、やめてくださいまし睦……笑いが収まらなくてラーメンが食べれませんわ……」
店内に笑い声が溢れると、勝手口から聴きつけた探偵団たちが混じる。スンっとした澄まし顔で声を幼くしたむつみちゃんのアリスちゃんっぷりに、彼らも腹を抱えて笑う。
そこへ、ともりちゃんに手を引かれて降りてきたアリスちゃんが勝手口から現れる。
アリス「アイスを食べに降りてきたら……。な、なんだい、何をそんなバカ騒ぎしてるんだ」
睦「……おや、珍しい客だね。引きこもりと聞いていたが、たまには外に出るようで安心したよ」
アリス「まさかぼくの真似をして笑いものにしているつもりかい!」
テツ「激似だろ?」
ヒロ「アリスの真似大会開いたら圧勝だね」
少佐「むぅ、自分が密かに制作しているAIアリスより真に迫っているかもしれん……」
睦「……やれやれ。このぼくがAIごときに劣るはずがないだろう。電子の海を泳ぎ回り、三千世界を見通すニート探偵をうんたらかんたら……」
立希「ハハッ、最後まで真似てやりなよ、残念な子みたいじゃん!」
アリス「そもそもぼくの真似で盛り上がるんじゃない!」
ピーピー喚くニート探偵を、たくさんの笑い声が囲んだ。そんなどうしようもなく下らない、ラーメン屋でのとある一幕でしたとさ。