4日目
7月29日
風見「あぁみなさん! よく分からないんですが朗報です、プラットフォーム運営会社から問題解決の連絡が来ましたよ」
野音の会場に着いた私たちを出迎えたのは、さっぱりした笑顔と弾んだ声だった。テントの机に荷物を降ろしながら、私とさきちゃんで対応する。
そよ「えっ、そうなんですか!? 昨日の今日で急な話ですけど、よかったです♪」
祥子「えぇ。これで問題なく配信が行えるのですね」
風見「いやぁ、みなさんのおかげで何もかも上手く進みそうです。ありがとうございます」
心底嬉しそうな顔をさきちゃんへ向ける風見さんは、本当に上機嫌そうだった。そりゃ訳分からない内にどん詰まった状況が、一夜明けたら勝手に解決されてるんだもん。テンションもおかしいくらい上がるよね。
立希「ということは、今日の確認作業で私達の手伝いもひとまず終わりですか」
風見「えぇ。早速済ませちゃいましょうか。あぁ、今から演奏の準備できますか?」
睦「……大丈夫です」
燈「それじゃ、いこっか」
もう3度目ともなると、いくら大きな会場といえど慣れてきたともりちゃんに私たちも賛同する。準備にも貢献しつつステージ慣れにもなった、大変意義のある配信準備が終わりを迎えようとしていた。
配信上の音と画面の最終確認が終わった後。私たちは風見さんに連れられて、日比谷公園から東に歩いたところの、高架橋沿いの道から1本裏に入った喫茶店へ来ていた。
「ひとまずお疲れ様会ということで、お茶を御馳走させてください」ということらしい。私たちも託された作業の完遂をお祝いしたい気分だったので、お言葉に甘える。
個人経営してるカフェらしく、人気の少ない立地なのもあって客は私たちだけだった。
風見「こういう隠れ家的な雰囲気を気に入って、実はよく来ていたんです」
祥子「静かで落ち着きますわね。紅茶をお供に読書を愉しみたくなります」
立希「お嬢様か」祥子「お嬢様でしてよ!」
という漫才はともかく。
メニューを頼み終わった後、一足さきに飲み物がやってきて、コーヒーをすすりながら風見さんが本題に入る。
風見「先ほども言いましたが、ここまでこれたのはみなさんに出逢えたおかげです。本当にありがとうございました」
祥子「恐縮ですわ。
燈「お兄さんに、良い報告ができそうで、よかったです」
風見「えぇ、一番はそれですね。天使に連れて行かれた兄まで届くと尚いいのですが」
睦「……天使に、連れて行かれた?」
風見「兄はエンジェルフィックスという薬物に巻き込まれて亡くなったんですよ」
燈「や、やくぶつ……?」
よく分からない単語を聞き返す声色に、とても共感していた。
あれ? 急に話が物騒になったような?
風見「1年半前渋谷に出回った新種だそうで……あ、あんまり重く受け止めなくて大丈夫ですよ?」
立希「いや無理です。ドラッグですよ?」
たはは、と笑う風見さん。いくら大好きなお兄さん絡みとはいえ、天地がひっくり返ってもお祝い会でする話じゃないんですが。
それでも話したいらしく、趣向を変えて続けてきた。
風見「そうですね……では元になった小説の話をしましょう」
祥子「小説、ですか。ちなみにそれはドラッグのお話などでは……」
風見「それが違うんですよ。5人の地球人が、外星からやってきたエイリアンと対話で交流する話です」
ファーストコンタクト的なお話だろうか。エイリアンと友達になって涙のお別れ、みたいな?
燈「エイリアンは、何しに来たんですか?」
風見「善人な地球人を選んで、別世界に案内するんです。そこは楽園のような場所として描かれていました」
そよ「な、なるほど~。相応に心が綺麗な人しか入れなかったんですね~」
立希「それで、案内してもらった人たちは幸せに暮らしてめでたしめでたし、ですか?」そうであって欲しい。
風見「そうなんじゃないですか? その別世界に依存して帰って来られないので、地球人たちがどうなったかは分かりませんが」
他人事みたいにおっしゃるけれど。残念ながら後味悪いメリーバッドエンドみたい。店内に流れるジャズが哀し気に聴こえてきた。
燈「あれ? エイリアンは一緒に行かないんですか?」
風見「えぇ。善良な人間はその世界へ幽閉し、それ以外が戦争で死に絶えたところで地球を侵略するのがエイリアンの真の目的、というオチなんです」
どっちにしろ人がこの世から消える。私が好むようなタイプの物語じゃないことは確かだった。えっと、確か名前が……
風見「天国の門、という短編小説です。そこから名前を取った薬物が、エンジェルフィックス。適合する者は快楽に溺れてあの世へ、そうでないものは自殺衝動に駆られて、というところが類似点なんだとか」
この人意地でもドラッグの話しようとしてくる! お兄さんに関わることだからって薬物に詳し過ぎじゃないですかね!?
内心でツッコミつつも、私はとんでもない薬効を忘れるために、さっきの物語で記憶を上書きするのに必死だった。
祥子「よ、よくそこまで詳細に知ってらっしゃるのですね」愛想笑いが苦しそうでも相槌打つのはご令嬢っぽい。
風見「兄が亡くなってから、
立希「あの、悪いんですけどそろそろドラッグの話やめません? お祝いの気分じゃなくなりますって」
よく言ってくれたたきちゃん! 空気読まないところが光ってる!
風見「あはは、すみません。でもせっかくなので兄のことを知って欲しかったんです。志半ばで亡くなった兄の顛末と、僕が兄の無念を少しでも晴らすために生きているのだと」
祥子「え、えぇ。風見さんが素晴らしい仕事をなされたことは私達もよく存じています。それも演奏に乗せて、天まで響かせてみせましょう」
睦「……おあつらえ向きに、天井塞ぐものもない野外ステージ」
風見「ありがとうございます。君たちに受け入れてもらえると、何より喜ばしいです」
2人に微笑む風見さんの目から、ギラギラ滾る熱を感じた。今まで感じたことのない熱意を見るに、風見さんの仕事はここからが本番なのかもしれない。
風見「そういうことで、みなさんに感謝を示したかったんです。——マスター、1人1つずつデザートをつけてあげてください。料金は払っておきますから」
そよ「いえいえ、そんな——」
風見「こういうとき年上は驕るのが社会常識らしいですよ。これでも社会人ですから、格好つけさせてください」
立希「そういうもんですか?」
風見「そういうもんです。では私は細々した雑務が残ってますので、お先に失礼します」
燈「えっ、コーヒーだけでいいんですか?」
風見「恥ずかしながら、本当に話を聞いて頂きたかっただけなんですよ。それでは」
席を立って、カウンターでマスターと会計した後、ドアのベルを鳴らしながら出ていく。そのときの表情が生き生きとした笑みだったので、本当に気にする必要もなさそうだった。
残された5人の間に、しばし重たい沈黙が広がる。どうしても昏い話を引きずっていた。
立希「薬物か。そんなもんに手を出すような人生だけは何があっても避けないとな」
睦「……バンドマンの3要素として、酒、女、ドラッグっていうのがあるらしいけど」
燈「女って?」睦「……性行為のこと」
祥子「下品な話はそこまでになさい」
そよ「私たちには関わりのない世界だよね~」
そんな話をしている内にマスターがデザートを訊きに来たので、私たちはメニューを開きながらあれこれと悩み始めた。
パフェやクレープを堪能した後、お店を出る。これからむつみちゃんの家でバンド練しよう、というときだった。
不気味なほど閑散とした裏道に着信音が響き渡る。ともりちゃんがスマホを取り出したけど、キョトン顔だった。
燈「知らない番号だ……」
立希「燈、すぐ切って着拒しよう。どうせ迷惑電話」
そよ「すーぐブロックしたがるたきちゃんらしいけど……」
睦「……無難な選択なのは認める」
燈「もしもし……?」
祥子「そこで出るのが純真な燈らしいですわね」
同意だけど少しくらい警戒心を覚えて欲しい。なんて呆れを吹き飛ばす大声がスマホから流れた。
『トモリッ! 無事かい!?』
燈「その声……アリスちゃん?」
そよ「なんで番号知ってる……」
睦「……ハッキング」
祥子「流石に失礼ではありませんこと——」
アリス『話は後だ、今どこだい!?』
いつもクールな彼女らしくない、切羽詰まった口調だった。何を慌ててるのか分からず、私たちは怪訝な顔を見合わせる。
燈「えっと、野音から有楽町駅近くまで歩いた、喫茶店の……」
アリス『——聞こえたねヒロ、すぐ向かってくれ! きみたちは今すぐ駅前に移動するんだ、一秒でも早く人通りの多いところに!』
立希「何なの?」
何なのかを訊ねるにはタッチの差で、遅すぎた。
バチチッっという音が背後から聞こえて、『できれば車が入ってこれない場所に……』なんて声が落下していく。
燈「ウッ……!?」
振り返ると、ともりちゃんが崩れるように倒れ、彼女のすぐ後ろには男が立っていた。右手に黒いリモコンみたいな物体、先端で尖った銀色が火花を散らしている。
そよ「え」
立希「ともr……」
脳が硬直している間に今度はたきちゃんが、背後から近づいた別の男によってのけ反り倒れていく。そこまで認識した瞬間、私の身体に焼き焦げるような電流が奔った。一瞬の痛みのあと、意識が急速に遠のいていく。
視界が閉ざされていく中、聴覚と触覚だけが最後に生きていた。地面から名前を連呼する微かな声。自分の身体が抱き抱えられて、車のエンジン音が真横で止まり、その方へ投げ入れられたところで、全ての感覚がブツリと切れた。