この章は『うたごえはミルフィーユ』というアニメとクロスオーバーしています。章タイトル通りのアカペラアニメです。
1番 そのミルフィーユはどんな味?
そよside
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音楽において、倍音というものがある。ざっくり言うとピアノでドだけ鳴らしても、ミやソなどの周波数が倍な音も含まれている、みたいなこと。
そういった音の重なりは楽器だけでなく、人の声でも発生する。音楽でいうと、声で演奏するアカペラでは何より重要になってくる。
アカペラの象徴たるハモりというのは、どれだけ倍音を揃えるかで大きく左右される。つまり歌声の有機的な噛み合いが、洗練された
それは数人で歌ってるのに1つの歌声のように聞こえるし。
綺麗にまとまってるのに、いくつの声で構成されてるか分からない。
そんな和声には、豊かな快感を覚える。無伴奏声楽でしか味わえない心地よさ。
ある人はこう表した。
「まるでミルフィーユみたい」
意味が分からなかった。そのときはまだ。
やがて、声だけで千の重なりを作り上げることが、どれほど難しいことか痛感した先で。
仲間と心通わせて作る本物のハーモニーは、外から聴くよりもっと凄い、脳が震えるほど甘美な味と知ったのだった。
それを教えてくれた人達の中に。中学の頃の私とそっくりな人がいた。だからさきちゃんは余計に放っておけなかったのかもしれない。でも、『私』だから。会ったばかりの仲じゃ、言葉はまず届かない。
きっと、そんなときのために。大昔に音楽は生まれたんだ。それは遥かな時間をかけて朽ちることなく発展し、今という未来では
それを実感させられた、アカペラ挑戦だったな。
そのきっかけは、新年の始まりも始まり。
みんなで初詣に行ったとき、初めて生で本物のハーモニーと出逢ったからだった。
※ ※ ※
1月1日
そのライブ会場は、正直そう呼ぶには烏滸がましいステージだった。
なにせ箱の規模は、神社の境内隅っこに建つ小屋程度だし。学校の教室ほどもない広間奥にステージらしき30㎝くらいの段が作られてるだけで、その前にいるのは小学生以下の子どもばかり。小屋の玄関に立てかけてあった看板通り、子ども会のイベントだったのだ。
そんな、普通女子高生が入らないだろう場所に私たちが入ってしまったのは。その小屋から綺麗な歌声が聴こえたから。何をやってるのか、気になってしまったのだ。
誘われるように小屋の広間に入ってみると。お粗末なステージ上で女の子6人がマイク片手に声を響かせていた。複数の声がAhーと発声練習していて、他に楽器が見当たらない状況で、1人が口だけでパーカッションを鳴らした。そこでようやく、何のライブか察しが付く。
「これは……無伴奏、アカペラでしょうか?」
先ほど真っ先に「少し覗いていきましょう!」と言い出したさきちゃんが、物珍しいように呟く。私も同じ心境だった。だってハモネプでしか聞いたことなかったから。初めて生で聴くなぁ。
ワクワクしかける興奮を、部屋に蔓延する稚拙な様相が冷ましてくる。子ども会程度の規模で、メンバーも私たちと同じくらいの女の子達。あんまり期待できないのかも、と。
そんな風に思ってたところで、ステージ上の6人がアイコンタクトし合い、マイクが構えられる。どうやら始まるみたい。辺りが静まり返った。
この時点で気づくべきだった。わんぱく盛りではしゃぎたがりな小学生ばかりなのに、静まり返ったのだ。誰に注意されずとも一瞬で。子どもにそこまで期待させるほど、心に響くものがある証拠だったのに。
どうやらリードボーカルらしい、明るい茶髪で左右に小さなお団子を作ってる子が、大きく息を吸う。そこからたった数小節で、侮っていた私は心を持って行かれた。
祈るように、あるいは懐かしむように。目を伏せるボーカルが無垢な主旋律を紡ぐ。それを、神聖なくらい透き通ったコーラス群が包み込む。喧嘩することなく調和する双唱を耳にしながら、私は耳を疑わずにはいられなかった。
ハーモニーが聴いたことないほど整っているのだ。なんて美しい纏まりだろう。一体感があり過ぎて、ステージ上で動く口を見なければ5声とは分からなかった。まるで声たちが融合して、進化した声帯が歌っているみたい。それほど超越的な衝撃に全身が粟立つほどだった。
子ども向けのお遊戯な印象なんてすっかり忘れて、快晴な朝の空気みたいに爽やかな声楽を愉しんでいた。良い1日になりそうな予感を覚えて、気分が穏やかに高まる。そこにボイパが参入してきた。バスがエアブレーキを効かせるみたいな、高音の鋭い排出音——ライドシンバルから、力強い重低音のバスドラムへ繋げる王道のフィルイン。胸の鼓動が弾む。
笑顔を咲かせたリードボーカルが、夢のスタートを高らかにうたった。
——思い出話をしよう——
願うように伸ばされる宣誓を、4つ打ちのバスドラとコーラスが後押しする。
そこで、はたと気づく。この曲は有名でも人気でもない、初めて聴く曲だった。なのに子どもから大人まで聴き入るのは演奏が本物なのか、曲もいいからなのか。後でウチの専門家に聞いてみようかな。
そんなことを考えてる内に、演奏は1番が終わるところだった。リードボーカルが情感豊かなチェストボイスで、切なる希望を明るい未来へ投げかける。
雰囲気が変わり始めたのは、そこからだった。
前向きに進もうとしていたメロディアスな演奏に、停滞の翳が差し始める。再び盛り上げるためのブランクかと思ったけど、何かが違う。
コーラスによる子気味良いスタッカートの3拍子から、ブレイクで音が消えた。
寂寥感さえ覚える無音の中、見るからに上品そうな女性が、繊細なソロを響かせる。
——夢がついに醒めてしまう。その記憶、まだ忘れないで——
触れただけで壊れていまいそうなほど脆く、だからこそ心に突き刺さる悲壮な叫びだった。
その時。私の隣にいた、同じく上品そうなお嬢様が、息を吞むのが聴こえた。
チラッと目を向ける。さきちゃんは、打ちひしがれたように目を大きく見開いて立ち尽くしていた。
彼女の中でどれだけの感情が駆け巡ったのか。この時はまだ、分からなかった。
ライブが終わった後。子ども会のプログラムらしく、今はお姉さん方が子どもたちにアカペラを教える時間らしい。その様子を見つめながら、微笑ましいと感じる余裕もなく、私たちはまだ余韻の中から抜け出せていない。
そんな中、いつものキツい声が、かなりマイルドになってポツリと呟かれる。
「正直、舐めてた。子ども会程度のライブで、聴き入るほどのアカペラなんて想像してなかった」
いつだって自分にも人にも(ともりちゃん以外)厳しめに評するたきちゃんがこれだ。私と同じくらい響いたってことなんだろう。
「……初めて生で聴いたけど。無伴奏ってここまで綺麗なハーモニーなんだ」
むつみちゃんの鈴の音みたいな声が、心ここにあらずなのかフワフワこぼされる。頭の中ではまださっきの曲が鳴ってるんだろう。私もまだ耳に残ったハーモニーに浸ってるから、よく分かる。
「声だけで、曲ができてるって、すごい。声だけのはずなのに、声じゃない音色がある、みたいで……」
CRYCHICが誇るボーカルの、フェアリーボイスに興奮の熱が混じってる。ともりちゃんが抱いてる不思議は、私も強く感じていた。アカペラという無伴奏声楽の奥深さに、鳥肌が立つほどだったから。
ともりちゃんの興奮がうつったように、私も声を弾ませる。
「アカペラってこんなに豊かな音楽だったんだね! 素直に感動しちゃったな~。ね、さきちゃん?」
唯一黙ったままの1人に話を振るけど。何の反応も返ってこなかった。
気になってそちらを見ると、さきちゃんは誰もいなくなったステージをまだ見つめてる。まさか余韻に浸るどころか、現実に帰って来てないなんて。音楽に対する感受性が人一倍強く深い彼女は、私たち以上に感じ入るものがあったらしい。
それでも、ライブも終わったのにまだお邪魔するのもどうかと思った私は、さきちゃんを現実に戻さなきゃと思ったところで。
私たち5人に、声がかけられる。件のアカペラバンドがお揃いで寄って来ていた。
「ライブ、見てくれてありがと~。私たちのライブ、どうだった?」
私と似て、鼻にかかったような柔らかく甘い声で訊ねられる。さっきソロで歌ってた、上品そうな人だと気づく。鶯茶色の長い髪につけている、黒地に金縁のカチューシャがエレガントさを醸し出してる。肩にかかる髪がクルクル巻かれていて、良い所のお嬢様を思わせる。
そんな人がする人当たりの良い微笑みに、私は背中を這うゾワゾワに耐えながら笑顔を保つので精一杯だった。他3人はお世辞にもこういう状況の対応は得手ではないし、対応に困っていると。
まだ現実に帰ってなかったはずの子が、いつも綺麗に整っている声を爆発させた。
「とっっっっっっても、素晴らしいライブでしたわ! 私、感銘を受けました!」
「ありがとー。距離近いねー」
急接近したさきちゃんにゼロ距離で両手を握られても、笑顔のままなのは流石だなと思う私だった。
いや、感心してる場合じゃない。私たちは、我らがリーダーのとあるワードに反応していた。
そよ(感銘、かぁ……)
立希(この勢い、この流れは……)
睦(……間違いない。祥のスイッチが入った)
ちなみにともりちゃんは、私たちのこそこそ話にのほほんと首を傾げるだけ。彼女はもう少しさきちゃんに警戒心を覚えてもいいと思う。
でないと、巻き込まれる急展開に心の準備すらできないのだから。
祥子「私、豊川祥子と申します! こちらのみんなと一緒に、アカペラに挑戦しますわ!」
3人「やっぱり……」
燈「え、アカペラするの、祥ちゃん?」
愛莉「そちらの皆さんは初耳みたいだけど、頑張ってね~。あ、私は古城愛莉。このアカペラ部の部長をやってまーす」
祥子「そうでしたか! 丁度良かったです!」
何が良かったのか全然分からなくて、私たち4人は顔を見合わせる。ただ、あまり楽観できるような気配がしないことは確かだった。
部屋の照明よりも明るいんじゃないかってくらい顔を輝かせるさきちゃんが、興奮、というより暴走したような勢いで宣うことは。いっつも碌な事じゃなかったから。
その推測は正しく、彼女は非常に不躾で身勝手極まりないお願いを堂々と言い放つ。そこまではまだ、ちょっと度が過ぎた粗相って程で、和んだ空気ではあったのだけど——
祥子「つきましては、先ほど演奏されていた曲でアカペラの指導をして頂きたいですわ! いずれはあの曲も楽器バンドアレンジして、私たちのライブでも演奏してみたいと思って——」
愛莉「絶対嫌でーす」
柔和で癒しだった声に、膨れ上がった嫌悪感を極限まで圧縮したような、ギッザギザな怒気が沈殿していた。
遮ってまで強い拒絶を刺しこんでるのに、その人はにこやかな笑顔のままだった。それがかえって凄絶に見え、氷水ぶっかけられたみたいに神経が硬直してしまう。周りも言葉を発さないから同じだろう。
一瞬で凍りついた空気に、アカペラ部の部長さん以外全員固まるのだった。