境内のジャリジャリした道を抜けて、鳥居をくぐり石階段を降りていく。本来の目的であった参拝を終えて、帰る途中だった。
ここは手鞠町の神社。私の家から電車で1時間かけてまでやってきた。
どうしてこんな遠くまで来たのかというと、年末に豊川家に来た占い師が、さきちゃんにここを勧めたらしい。
『ここへお参りにいくと、良いご縁に恵まれるそうですの! 勿論、みんなにもお裾分けですわ!」
今でこそ色々言いたいことがあるんだけど。とりあえずその占い師によって今日という波乱に誘導されたんじゃないかな、いやそうに違いない。豊川家のお祖父様、その得体の知れない不審者を出禁にされてはいかがでしょうか。
やつ当たり気味な願望を息と共に吐き出すと、白い靄が真冬の空気に消えていく。いかにも寒そうな現象から目を背けるため顔を上げると、空では灰色の雲がどんより広がっていた。なんだか雪でも降りそうな雰囲気に、余計気が滅入ってしまう。時と場合によっては風情あってよろしいけれど、傘がない屋外じゃ煩わしいことこの上ない。
精神的負のスパイラルから抜け出せないから、みんなを巻き込んで無理やり紛らわすことにした。私は唐突に話題を上げる。
そよ「みんなはお願い事何にしたー? 私はこれからも勉強についていけますようにって」
ここは学問の神様を祀ってるらしい。春から高校2年生になるし、授業はより難しくなりそうだから、祈っておいて損はないと思う。
陸「……睦月たる今月は、年に一度級のいいことがありますように、って」
立希「お前年末からしつこいな! ちゃんと考えてるから大人しく待っといてよ……」
燈「私は冤罪を晴らしてくれる神様って聞いたから、何かに巻き込まれたら助けてくれますように、って」
祥子「前半は大げさに思えますが、後半は去年の夏を思うと何とも言えませんわね……。私は早速アカペラのことをお願いしましたわ! 上手なハーモニーが作れますように、と!」
3人「それだよそれ!」
疲れていたからなんとなく誰も触れなかった話題を、張本人から持ち出されて即総ツッコミする私たち(ともりちゃん以外)。
立希「お前が突拍子もないことに巻き込んでくるのは今さらだから、そこは置いとくけど!」
睦「……それだけでも十分やれやれだけど」
立希「あんな失礼過ぎるお願いして相手怒らせて、むちゃくちゃ気まずかったんだけど!」
そよ「向こうの人がフォローしてくれなかったら、どうなってたか……」
私は溜息を思いっっっきり吐き出す。あの氷河時代を思わせる空気に比べたら、この寒空の下の方が天国なくらいだった。
完全にやらかしてくれたさきちゃんは、しおらしい表情で縮こまる。
祥子「わ、私もあの時は、ライブの感動を抑えきれず、衝動的に口走ってましたが。思い返せばなんて無礼極まりないことを……今日ほど自分を恥ずかしいと思ったこともありませんわ……」
そよ「それはしょっちゅう思って」
祥子「と、とにかく! 無事アカペラを教えて頂けることになったのですから! 終わりよければ全て良し、でしょう!?」
睦「……よく祥の立場で言える」
祥子「これ以上虐めないでくださいまし~……」
さきちゃんに泣きつかれて、むつみちゃんも魂が抜けそうなほど深い溜息を吐いた。私とたきちゃんも自然と同調する。
本当にやれやれと思いながら、また薄暗い曇天を見上げる。
子どもたちがはしゃぐ小屋の中、さきちゃんが古城先輩から絶対零度の拒絶を受けたとき。機嫌をとてつもなく損ねたことは分かりきっていた。なのにその人はニコニコ笑顔なものだから、底の見えない谷底ほどのギャップが恐ろしくて、謝ったり口を挟んだりもできずにいた。
そこへ、ライブでリードボーカルをしていた子が、かなりビクビクしながらも仲介してくれた。あの曲はオリジナルで、教えたり使われるのは認められないということ。他のカバー曲だったらまだいいことを、迂遠な言い回しで教えてくれた。……誰よりテンパってる様子から、こういう立ち回りが本来苦手なことも、伝わってきた。
そこからショート髪のカッコイイ女性も、助け船を出してくれた。今度の人は、見た目通り頼もしい振る舞いだった。
『そのカバー曲でいいなら、教えてあげれるよ。それでどうかな』
失言を自覚していたさきちゃんは慌てて同意し、この空気をなんとかするため私たちや他のアカペラメンバーもとにかく頷いた。
なんだかんだ、アカペラ指導は確定した流れとなって。1人ニコニコしたままだった古城先輩は、途端に渋々顔へ急落下しながら、深い深いため息交じりにスマホを取り出し、連絡先交換をしてくださったのだった。
あの迫真の溜息を思い出して、私はまたつられそうになる。どうして新年早々、幸せが逃げそうなことばかり繰り返さなきゃいけないんだろう。不幸を運ぶ水色の少女へ、ジロッと視線を突き刺す。それは他にも2本あって、私たち3人は自然と徒党を組んだ。
せめて毎度毎度のトラブルメーカーを虐めて溜飲下げようと、しばらく囲んでグチグチ責め立てたのだけど。
頭を抱えてトホホ顔なさきちゃんに、おずおずと投げかけられる問いがあった。
燈「祥ちゃんは、何に感銘を受けたの?」
祥子「うぅ……ふぇえ?」
情けない顔のまま情けない声出すさきちゃん。ひとまず私たちは、ともりちゃんのためにイジメるのをやめる。
燈「あの曲を演りたいって思うほど、だったんだよね。どうしてそこまで思ったのかな、って」
ともりちゃんの純粋な疑問に、私たちも考えこんだ。
確かに心揺さぶるいい演奏だった。それでもさきちゃんは音楽に真摯なCRYCHICの作曲担当。間違っても曲に対する配慮が分からない子じゃない。それを忘れるほどに、何が彼女を搔き立てたのか。
さきちゃんは咳払いの後顔を引き締めて、思い出すように目を伏せる。
祥子「あのアカペラは曲も演奏も綺麗で、強く惹かれたのは確かですわ」
睦「……称賛の割に、引っかかってる顔してる」
祥子「えぇ。曲についてなのですが。明るい曲調でアップテンポな、一見すると前向きな曲としても受け取れますわよね?」
立希「あぁ……そうだな。自然とリズムに乗って、気分上がる感じが……」
そよ「……あれ?」
2人の言う事は間違ってない。でも一方で違和感を抱くところもあった。
聴いていて元気になりそうなはずなのに、そこまで高揚しきれなかったような——
燈「歌詞が、どことなく哀し気な、ままだった」
祥子「そう。そこが気になりましたの」
さきちゃんは顎に手を当てる。反目する曲調と歌詞に対して、意味を見出そうとしてるかのように。
私も記憶を遡って、歌詞を拾ってみる。想像する未来は逃げ出したいことばかりで、この先手にするのはガラクタばかり。止まらない時の中で1人立ち尽くし、そしてアカペラ部の部長さんによる、夢が醒めるのを嘆くような絶叫のソロ。
祥子「恐らくあの曲の本質は、歌詞の方。未来に悲観的な歌詞を、明るい曲調で誤魔化してるように感じて。それがまた、無性に気になるのです」
睦「……曲を理解しきれなくて、モヤモヤするってこと?」
祥子「いえ、音楽的な問題ではなく。ただあの曲に込められた想いが気になるのです。どういう苦悩があって、あの曲を作ったのか。私はそれを知っているような気がして。だから他人事と思えず……何か、放置できないといいますか……」
まるでさきちゃんが深い苦悩に落ちようとしてるかのように、その顔を曇らせる。言ってることはかなり曖昧で要領得ないし、彼女のやろうとしてることは踏み込み過ぎてるとも思うのに。
言葉にしたくない何かが、さきちゃんは正しいと直感させていた。この感覚は私にしかないだろうな。
そよ「……それで、あの曲を扱ったら、その正体が分かるかもって?」
祥子「そう、ですわね。指導等お願いしたのはそれもありますが……」
そこまで言ってから、さきちゃんは首を振った。今考えてもしょうがないと言わんばかりに、一息つく。
再び開かれた彼女の目は、キラキラな光に満ちていた。すっかりいつもの調子なさきちゃんに戻ったらしい。
祥子「アカペラって、あんなに素敵だったんですのよ? 運命共同体たる私達も、あのハーモニーを奏でられたら最高だと思いませんか!?」
立希「今まで通り楽器バンドでハーモニー追えばいいでしょうが。って思うんだけど」
そよ「さきちゃんがこう言い出したら止まらないからね」
燈「バンドでボーカルするのと、違うのかな」
睦「……普段のコーラスとも違うはずだけど。より難しそう」
そよ「そっか、そう考えると学べるところもありそうだね」
立希「まぁ確かに。あんまり触れない音楽だし、どうせなら盗める分だけ盗むか」
祥子「盛り上がってきましたわね! 目標は古城先輩たちくらい美しいハーモニーですわ! やりますわよ、CRYCHIC!」
4人「……」
祥子「どうして乗ってくれないですの!?」
ともりちゃんにまで苦笑いでスルーされるさきちゃんが、立ち止まって何故を叫ぶけど。今日の凄まじい気疲れの原因はほとんど彼女からだと思うと、素直に乗ってあげるのはとっても抵抗がある。
話も一段落ついたし。違う話題にしようかな。4人で後ろのさきちゃんからクルッと前へ向き直り、再び歩き始める。
そよ「帰り、どこか寄ってく?」
立希「今日元旦でしょ。やってる店ある?」
睦「……そういうときのために、グーグル先生がいる」
燈「温かいもの、食べたいね」
祥子「ちょっと! 仮にもリーダーたる私を蔑ろにするとは、どういう了見ですの~!?」
蔑ろにされたくなければ、もう少し事前に相談して欲しいな。そうすれば、あんな地雷大爆発な事態にもならなかっただろうし。
ピーピー叫ぶさきちゃんを仕方なく輪に加えながら、私たちはワイワイ歩いた。