愛莉side
神社でのライブイベントも全部終わって、お参りしていくという1年生4人と別れた私たち2年生組。
日の明るいうちに帰りたくなんてなかったから、街の適当なカフェにレイレイと入って時間を潰すことにした。窓際の2人席に着いて、注文したチャイラテが来るのを待つ間。当然のように思い起こされるのは今日のライブのこと。
今回も、凄く良かったな。せっかくライブ自体は大成功だったのに、とんでもない子に出逢うきっかけにもなっちゃって、なんだかな。
疲れた顔を隠さずにはぁ、とため息をつく。10年来の幼馴染と2人きりでしかできない振る舞いだった。
そのレイレイが少しだけ首を傾げてフッと、目が柔らかく細められる。アッシュブロンドのショートヘアで、中性的に整った顔立ちがイケメンな微笑みをしたからか、近くの席から黄色い歓声が小さく上がった。いつものこと過ぎて何も思わない。
対してレイレイも、そんなことより、とばかりに私を気にかけてくれる。
「愛莉。まだあの子のことで憂いでるの?」
「……あの子、なんか
「それは……年下相手に言い過ぎな気もするけど。彷彿とさせるところも、あるかなぁ」
困ったように眉を寄せるレイレイは、いつものように同調してくれる。少し前までは噛み合わないときもあったけど、今では無事戻っていた。こういう、私第一なところも改めて愛おしく思う。……いつか無くなるかもしれないから。
細く息を吐き出して、あの子の話題に意識を逃がす。
「即断的で、無神経で、不躾で。自分本位で向こう見ず。全部聖さんそっくり」
「曲教えてとか、自分のバンドで演奏するとか言ってたもんね。初対面のバンドにそこまでお願いしちゃうなんて、遠慮がないとこはあの人に似てるかも」
「聖さんは慮るって言葉を知らないからね。しかもあの子、バンドメンバーに相談もなく勝手に決めてた感じだったでしょ?」
「あはは、周りを振り回すところも似てる。類似点多いなぁ。まだ私たちの1個下なのに、その傍若無人っぷりは逆に凄い」
愉快そうに笑って言うことじゃないと思うけど。ともかく私としては、あんな人でなし(……今もレイレイとアカペラできてるのは、あの人のおかげでもあるけど)がダブる子に、他でもないアカペラで接しようとしてるんだから、憂鬱にもなる。
「次はどんなこと言ってくるかとか、また曲寄こせって言ってくるんじゃないかとか。想像するだけでも嫌になってくるよ」
「あぁ……。そういう心配してたんだ。てっきり別の理由であの子避けてたいのかと思ってた」
「別の理由?」
「聖さんに似てて嫌って言うけど。ホントにそれだけ?」
「……それだけだよ?」
ウソだった。習慣のように口から流れ出た誤魔化しだったけど、心配そうに見つめて来る幼馴染には通じない。レイレイからも逃げるように俯いた。
この際、あの人でなしのことは忘れよう。それ抜きでも、今日出逢ったあの子は苦手だった。できれば近くで関わりたくない。
纏う光が強すぎるから。感情を表す顔や口調や、全身から発せられる充実オーラが全て眩しい。何1つ不平不満に悩まされてないって顔で今を謳歌していて、何の不安もなく未来へ突き進む力に溢れている。変わっていくことの恐怖なんて1ミリも無さそうで。近くで光を浴びてると私の影が色濃く強調されて、薄っぺらい本質を浮き彫りにされそうで嫌だった。
足下の陰をじっと睨んだまま、顔を上げれなかった。私は、あんな風には絶対なれない。あの子には、ハモってる時だけ安心できる気持ちや、前にしか進まない時間が嫌になる気持ちなんて、絶対分からないだろうな。幼稚な考えに閉じこもる自分を、嫌いになる苦しさも。
頭も目の前も真っ暗になりそうなとき。唐突に違う話題を持ち出された。
「そういえばさ。さっきのウタ、凄い頑張ってたよね」
レイレイにしては少し明るすぎるような声が、記憶を呼び起こす。
爆発しそうなくらい思ったことがあるのに笑顔のまま黙る私を、かばってくれた後輩。頼りない醜態ながらも、私たちの曲を、大切な想いを守ってくれたリードボーカル。年明け前の晩年からずっと私に寄り添い、助けてくれた。カッコ悪くてカッコイイ、不思議な後輩。
胸にわだかまっていたモヤモヤが少し軽くなったおかげで、レイレイに顔を向けられた。
「最近のウタちゃんには驚かされてばっかり。出逢った頃は人見知りで臆病で意気地なしだったのに」
「それが今じゃ、本気で怒る愛莉にみんな怖がってる中、自分から割って入るんだから。1年生で一番の成長株だね」
前半の意地悪いセリフに、流石に恥ずかしくなってくる。あんなところ見せないように、誰に対しても振る舞いを気を付けてきたのに。昨年のParabolaのライブに続いて、失態続きだなぁ。しかも、何故かアカペラ指導する展開になって……
「って、全然関わりのない子たちにアカペラ教えることになったの、ウタちゃんがきっかけだった!」
あの時から怒りやら憂鬱やらでぐちゃぐちゃだったから、今の今まで気づかなかった。
という間の抜けた私に、レイレイは今頃気づいたの? みたいな呆れ気味の声色になる。
「ウタのおかげであの場は丸く収まったんだから、いいじゃない。終わりよければ全てよし、だよ」
王子様みたいな甘い微笑みして。それで魅了されちゃう同性の子も多いけど、今さら私には効かないんだから。
「……最終的にその流れに持って行ったレイレイとウタちゃんには、特に頑張ってもらおうかな。部長の私になんのことわりもなかったぐらいやりたいだろうし。そもそもアレンジャーも私なのに無視して教えようなんて……」
「ごめんごめん、この通り。ここのカフェ代おごるから許して?」
「指導の日に全員分の飲み物も買ってくること」
「喜んでご馳走させていただきます」
両手合わせて神妙な顔するレイレイをフンッと無視して、そのまま窓の外を眺めた。
空一面を分厚い雲が覆っていて、車道も車がほとんど通らないから、風景が動かない。世界が止まったように見えて落ち着いてくる。でも、そんなのは錯覚なのだ。
やがて歩道には、赤白な袋を両手いっぱいに下げた中年男性や、着物で飾っている女子大生みたいな集団が行き交う。車道を挟んで道沿いの家では、正月祝いの門松がかけられた玄関が開いて、老夫婦と親子がゾロゾロ出てきて車に乗り込んで。
ヒュルル、という冷たい風切り音が窓の外を過ぎていく。暖房の効いた室内にいるのに、胸の内が寒く感じる。冬は、雪が積もった夜は好き。だけど寒さがいつも以上に際立つところは、嫌いだった。
そう、もう冬になったんだ。夢が始まった暖かな春から、すっかり変わってしまった。もう少しでまた春になって、それを繰り返して。大学生か、社会人か、それとも何かしら別の、大人になっていく。……のだろう。親の言いつけ通りに。
想像できなかった。高校を卒業する自分すらも。
「……みんな、変わったよね」
「え?」
「レイレイもムスブちゃんも、ウルルちゃんもクマちゃんも。特にウタちゃんなんて、みんなが変わっていくきっかけになって、自分も一番変わって。凄いよね」
「愛莉……」
心配そうな声は、今までと違ってそれ以上追ってこない。日常生活では相変わらず私に甘々なレイレイだけど。私に合わせて立ち止まることをやめた幼馴染は、私を置いて行こうとする。
みんなもそうだ。一緒に変わりたいと言ってくれたウタちゃんですら。私がまだ、時が止まらないなんて当たり前のことを受け入れようとしてるだけの、受け身な人間だから。流されたまま、私だけ思い出という過去にしがみついてる。
子どもっぽい独りよがりなのは分かってる。それでも……
「私には……やっぱり無理だよ……」
ひとり言のような呟きは、やっぱり拾われることはなかった。
「いやー。アイリさん怒ると笑ってても怖いんだもんなー」
「あそこによくウタは割り込めたわ」
「……絶対余計なこと言った……。カバー曲も部長がアレンジしたのに、私なんかが勝手に使っていいとか口走っちゃって……あぁあー私のバカー!」
「でも……。ウタちゃん、どうしてそこまで言っちゃったの?」
「なんか……あの子、豊川さん、だよね? 部長と関わると、良いんじゃないか、って思って」
「なんで?」
「私たちの、誰とも違うから。きっとあの子にしか部長に与えられないものがあるっていうか。そんな、部長にとって良い出会いっていう……予感がしたから」
「……ウタちゃん、今日仏滅で凄く縁起悪がってたよね?」
「なのによくそんなポジティブ直感働くわー」
「言われてみるとそうでした全然見当違いだったらごめんなさいー!」
「もう今さら遅いでしょ」