『祥ちゃんがいないと、私……!』
『燈はお前を待ってたんだよ!』
『待って! ちゃんと話し合おうよ、ね?』
『……バンド、楽しいと思ったことなんて——一度もない』
5日目、6日目 ミライニカケル
✿ ✿ ✿
事件はどうなったら解決と言えるのか。
被害者が生還する、犯人が捕まる、全貌を明らかにして刑罰が決まる。
ニュースで他人事としてしか触れなかった私は、そんな浅はかな認識で止まっていた。
友達を傷つけられて、日常を壊されて、初めて判った。
事件としての解決と、被害者にとっての解決は、全く遠いところにあるんだ。罪と罰がつまびらかになったところで、傷ついた人生が元に戻るわけじゃない。
つまり。犯人を抑え、拉致から解放されても。私たちの事件は、まだ終わっていなかったのだ。
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昼間なのに駅の明るい照明が目を痛める。寝不足と天気の悪い日が最悪な噛み合いをしていた。
俯き気味で駅ホームから構内に入った私は、渋谷駅の改札を出るところだった。左隣のレーンで騒ぐ女子高生らしき集団が、こちらを見て一瞬黙った気がした。睨み返すのを我慢して、クスクス笑いから離れる。
左頬の湿布を手で抑えながら、下唇を噛んで歩く。改札前の壁際にいる4人を見た瞬間、笑みを取り繕った。
たきちゃん以外が心配そうな顔で駆け寄ってくる。彼女は私の顔をチラ見して、忌々しそうにそっぽ向いた。
祥子「そよ、大丈夫でしたか? お医者様はなんと?」
そよ「うん、脳も問題ないって。踏んづけられた割に、大したことなくてよかった♪」
燈「そよちゃん……」
昨日は私だけヒロさんに病院へ連れてってもらった。本当は包帯を巻くよう言われたほどなのを、側頭部の腫傷が裂けそうなくらい明るい笑顔で誤魔化す。みんな、出逢った頃みたいに固い表情してるから。これ以上重くしたくない。
そこまで思って、作り笑いしてる私もあの頃と同じだと気づいて。心臓辺りがすぅっと冷めて、頑張れなくなる。
少し緩めた微笑で、一番精神的に傷つけられた子へ向く。むつみちゃんの目の下には、隈ができていた。
そよ「むつみちゃんは大丈夫?」
死んだ表情の彼女が、芸能人に抱えられる人形みたいに見えて、私は余計に心配だった。
なのに。
睦「……スキャンダルになりそうな記録も撮られてない。大丈夫なはず」
一瞬で頭に血が上る。そういうことじゃないでしょって、瘦せ細った両肩を荒く揺さぶる衝動に駆られる。抑え込むために、私は両腕をきつく組む。なんでこの子が、自分の気持ちを見失うまで追い詰められなきゃいけない。ともりちゃんは表情を痛々しく曇らせる。さきちゃんが左腕に爪を立てて俯いた。
立希「全員揃った。行こう」
私たちの間に広がる沈鬱な空気を、ヅカヅカ歩くたきちゃんが断ち割り突き進んで行く。彼女らしい思い遣りが健在なことに、私は心から苦笑して後に続いた。
今日は元々、野音ライブに向けたバンド練習の日。でも私たちは、ここ最近よく訪れるビルを目指していた。ライブだのバンドだの言える状況なんて、誰も思ってなかった。
駅を出て雨を傘でしのぎながら、はなまると探偵事務所のあるビルへ歩いていく。中間地点にある公園の脇まで、雨音だけが耳を打つ。沈黙で窒息しそうな私は、無理やり隣に話しかける。
そよ「謝罪と事件の説明をしたい、って話だったけど。さきちゃんはホントに1人で聞きにいくつもりだったの?」
祥子「どうせろくでもない事情に決まっています。リーダーとして……いえ、巻き込んだ
こちらへ向いてくれない冷淡な声が、私の喉を引きつらせる。明るいお日様みたいな彼女が、影も形も見られなかった。
昨日、みんなでヒロさんの車に乗って帰っているときだった。四代目さんから運転してる彼に電話がかかって、スピーカーモードでそういう話をしたのだ。結局みんなで来たのは、さきちゃんの返答にキレ気味で「私も行く」と被せる子がいたから。私たちも同調したのだった。
そのときの怒りを一晩熟成させたみたいにドロドロした怒り声が、空気を更に悪くする。
立希「お前のそういうところがムカつくんだよ」
祥子「何ですの……」
たきちゃんのギザギザな目が傘の翳の中でギラつく。ヅカヅカ詰め寄り、傘と傘をぶつける。対してさきちゃんはキッと睨み返した。
立希「昨日だって自分だけ犠牲になろうとするし。ふざけてんの?」
祥子「あの場で他に採れる手段があったとでも!?」
立希「それで私らが救われるなんて、本気で思ってんのかって訊いてんだ!」
そよ「止めて!」
雨雲による薄暗さ。陰鬱な雰囲気に引っ張られる私たち。繋がりが千切れていく攻撃的な口論。
覚えのないシーンが朧気に頭を過って、私は訳も分からず激昂する。
窘めるつもりで開いた口から、怒声が飛び出る。
そよ「たきちゃんだって無茶したよね!? むつみちゃんをかばうためとはいえ、自分を襲わせようとしたでしょ!」
祥子「そうですわ! その貴女が言えた分際ですの!? どれほど肝を冷やしたと思ってるんです!」
立希「し、仕方ないでしょ! あんなの黙って見てられるかッ!」
祥子「私だってそうですわよッ!」
立希「だいたい、私のことなんて今どうでもいい……」
睦「よくない!」
張り詰めた風船が針で破裂したような叫びに、私たちは一斉に口をつぐむ。むつみちゃんは傘を捨て、震えながらたきちゃんの腕にしがみついている。
萎びれて皺だらけなソプラノボイスが雨に紛れる。
睦「……ごめん、あんなことさせてごめん立希。でも、もう2度とあんなことしないで。私なんかのことで、もう……」
燈「睦ちゃん……」
ともりちゃんが傘を拾い上げて、緑がかった灰髪を守る。たきちゃんは顔に憤怒を滲ませて、目を瞑って口を引き結び、傘のグリップを手が白くなるくらい握り込む。
息が揺れながら漏れた。
立希「大丈夫。もう大丈夫。あんなこともう起きない、もう大丈夫だから」
彼女が落ち着くまで、押し殺した声色で呪文みたいに唱え続けた。
私は錆びつき崩れていくCRYCHICから背を向けて歯噛みしながら、頭をぐちゃぐちゃとかき乱す感情の行き場を決定づける。
何も分かってないから
だから全部明らかにして、整理つけて清算すれば、
青空も太陽も覆い隠す曇天を睨みつけて、私は先頭きって探偵事務所へ再出発した。
昨日拉致られといて、私たちだけで外を出歩くなんて能天気さは持ち合わせていない。各々家を出てから、平坂組員が護衛についていた。
そして、はなまるの暖簾が見えてきたところで。黙ってついてきた5人の平坂組員が、声をかけてきた。
私たちは振り返る。顔中アザだらけな黒Tシャツの男たちが、脚を肩幅に開いて腰を屈め、曲げた両膝に両手を乗せて頭を垂れる。傘なんて会ったときからさしてなかったから、ずぶ濡れだった。
「すまなかった」「俺たちへの返しに、巻き込んじまった」「女の顔に傷までつけさせた」「怖い思いさせちまって……」「クソッ、あいつら汚ぇ真似しやがって……!」
漢たちの水侵だしな手の甲に血管が浮き出る。今まで探偵団と一緒に数々の事件へ当たり、誰かを助けてきた任侠集団。深い悔恨の念に苦しんでいるのが伝わってくる。
だから私は、空元気を振り絞って笑った。
そよ「謝らないでください。助けにきてくださったじゃないですか」
祥子「えぇ。むしろ、感謝していますわ」
立希「……アンタたちが悪いわけじゃないって、分かってるから」
「嬢ちゃんたち……」「……すまねぇ」
それっきり、平坂組員はついてこなかった。私たちがはなまるの店前で曲がって見えなくなるまで、頭を下げ続けていた。見えてなかったら護衛にならないのに。そんな、最後まで馬鹿真っすぐな漢たちを、私は横目で見ていた。
ヒロ「みんな。四代目はもう事務所に来てるよ」
テツ「……巻き込んで悪かった」少佐「済まない」
そよ「いえ。お2人も、助けてに来てくれてありがとうございました」
はなまるの閉じた勝手口前にいた2人にも謝られる。昨日謝ったヒロさんは苦い微笑に留めるだけだった。
3人とも声を抑えていたけど、その意図が分からなかった私は声量を合わせなかった。それを悔やむことになる。
お店の方から慌ただしい足音と、「彩夏!」とミンさんの怒鳴り声が聞こえた。驚いてそちらに向くと、勝手口を開けて彩夏さんが飛び出してくる。酷く狼狽しきった顔で。
彩夏「みんな無事!? そ、そよちゃん顔に湿布……」
そよ「あ、彩夏さんも聞いてたんですね、でも大丈夫……」
彩夏「ごめんなさいっ!!」
この人に謝られるとは思わなかった。しかも、誰よりも必死に。どういう関係が……
彩夏「平坂組の人が話してるの、聞いて……。あたしのせいだ……あたしが、あんな花育てたから、あのクスリが……それで何も関係ない、何も悪いことしてないそよちゃんたちが、巻き込まれて……!」
ナルミ「彩夏ッ!」
シンプルに聞き入れ難い話に戸惑っていると、非常階段の上から藤島さんが血相変えて数段飛ばしながら落ちるように降りてくる。その勢いのまま彩夏さんの肩を抱いて、勝手口の中へ連れ込む。
ナルミ「彩夏のせいじゃない、今度こそ終わった、彩夏が気に病む必要ないから……」
彩夏「あのクスリの実験してたんでしょ!? もしかしたらあの子たちまで……私みたいに——」
扉が乱暴に閉められる音で、最悪な過去が遮られる。
ヒロ「行こう。四代目が待ってる」
ヒロさんが私たちの肩へ手を回して、強引めに歩ませようとする。聞いたら何かが死ぬ話。傘をたたんだ私たちは促されるまま非常階段を上る。
これから知る真実が、どれほど惨いものなのか想像して、喉の奥に吐き気が溜まる。バチバチと鉄階段を叩く水音に嫌気がさす。
雨はまだ、止む気配がなかった。
ビルの308号室。真冬並みの室温対策に持ってきた上着を羽織り、四代目に謝られながら話しているうちに、藤島さんも部屋に入ってきた。ベットの横で四代目と並び、私たちを座らせてから話が始まる。
私たちに背を向け続ける探偵ではなく、その助手によって。
ナルミ「まず、どうしてきみたちが巻き込まれたのかって話だけど。今更だけど、本当に聞く?」
そよ「言いたいことは分かります。彩夏さんの様子を見て、余計に惨い事件が発端なのはなんとなく察しました」
祥子「ですがここまで来たからには教えて頂かないと、余計整理がつきません」
燈「でも、睦ちゃんは……」
睦「……一緒にいさせて」
立希「無理そうなら、私が外連れてく。それまでは5人でいよう」
燈「うん……」
酷く精神を乱しているむつみちゃんを連れてきたのは、そういうことだった。1人でいる方が、きっと怖いから。せめて一緒にいる。
ナルミ「なら、主犯と一番関わりのある事件から話すよ」
こうして。2度に渡るエンジェル・フィックス事件と、その事件で生み出された亡霊の話が語られるのであった。
✿後書き✿
四代目「済まなかった。巻き込んじまった」
燈「四代目……」
会う人みんなに謝られて、対応にもそろそろ慣れそうなところで、私より先にともりちゃんが口を出す。何気にさんを付けなくなったのは、まぁいいか。
燈「錬次さんと、話せましたか?」
四代目「……あぁ」
謝るときより言いにくそうに顔をそっぽ向け、簡素に返す。淡泊な返事に、ともりちゃんが心底救われたように顔を綻ばせた。
燈「よかったぁ……!」
四代目「お前……」
ずっとずっと案じていたんだろう。押し込まれていた心配が解き放たれたような声に、彼も毒気を抜かされた顔で呻く。
四代目「……古馴染み共々、迷惑かけたな」
燈「え?」
四代目「甲斐性のないあいつはどうせ借り返さねぇ。その内俺から返しとく」
燈「でも、助けてもらって……」
アリス「いいんだよトモリ。そういうことにしておかないと、四代目が借りを返せなくなってしまうだろう?」
四代目「余計なこと言うんじゃねえ」
四代目さんがベットの上でこちらに背を向けているアリスちゃんへ舌打ちを飛ばす。素直じゃないところもよくお似合いな2人だと思う。アリスちゃんがこちらに背を向けたままなのが気になるけど。平坂組員たちが並ぶお店前や裏の勝手口付近の映像以外、画面が全部真っ暗なのも珍しかった。