〇1stコーラスパート 睦×結
繭森結さん。
首の後ろで2つに結んだ、長い黒髪。気の強そうな吊り目。笑う機能ないんじゃないかってくらいの、クールな真顔。
あー、すっごいたきちゃんだなー。
立希「……何こっち見てんの?」
そよ「そうやって睨んでると、余計にあの子……繭森さんぽいよ?」
立希「だー! うるさいうるさい! 私は私! 外見が誰に似てようと知らない!」
どうも自覚はあったらしい。まぁこっちの方がまだ表情豊かだから、まだマシだと思うけど。外見についてはね。
さてさて、中身の方はどうかな。リードを担当する繭森さんに、むつみちゃんがコーラスする練習が一段落ついて話を始めた。
結「そんな感じ。1stはリードに字ハモする機会一番多いから、コーラスに調和するだけじゃなくてリードとも息合わせて。リズム担当のベースにも注意しながら」
睦「……つまり、全部意識する」
結「そう、全部」
睦「……要求レベル高い」
結「私、音楽のことで妥協できないの」
ザ・ストイック。それを相手にも要求する遠慮なさ。それを全く悪びれないし当たり前とすら思う、我の強さ。
ここまで尖ってないとはいえ。まぁ似てる似てる。
立希「だからこっち見んな!」
そよ「私さっきから何も言い出してないのになー。たきちゃんこそ図星なんじゃなーい?」
立希「クソッ、未来の鏡見てるみたいで背中かゆくなってくる! 一歩間違えればあぁなりそうで……でも間違ってないと思うことすらなんかモヤモヤして……わけがわからん!」
玲音「頭グシャグシャしてすんごい苦しんでるけど、大丈夫?」
そよ「ただの同族嫌悪だと思うのでお構いなく~♪」
クマ「そんな軽く流して大丈夫なのかな……」
心配そうな近衛先輩と熊井さんを制して放っておく。これから先たきちゃんがどうなるかも見ものだし、人が自分自身と出逢って苦しむ姿は貴重だから、見ててなんだか面白い♪
(……同族嫌悪……)
やっぱり様子見てフォローしてあげよう。
とりあえずたきちゃんはそっとして、視線を移す。たきちゃん似の繭森さんに、むつみちゃんが話しかけてるところだった。
睦「……繭森さんは、歌上手い」
結「当然。私はいずれ、母親と同じ声楽のプロになるから」
睦「……正統派なボーカリストとして、上手過ぎるくらい」
結「……何が言いたいの」
睦「……プロ目指してるのに、どうしてアカペラ部やってるの?」
結「それは……」
睦「……そこまで音楽にストイックで上昇志向強くて。……何より、才能があるのに。アカペラで上を目指すバンドならともかく、学校の部活やってるのが、ちぐはぐで違和感」
触れづらいことにツッコんでいくむつみちゃん。私はむしろ、そんな彼女に強い違和感を抱く。
むつみちゃんは基本的に無表情の子。だから表情からあんまり読めないこともあるんだけど。私たちと関わるようになって2年弱で、その無表情も結構色づいてきた。
でも今は、初めて会った頃くらいに無色過ぎる。繭森さんに向けている瞳が、心なしか揺れてるように見えることしか、読み取れない。
そんな、どこか調子のおかしい彼女に対して。繭森さんはふっ、と表情を和らげた。
結「なつかし……」
睦「……え?」
結「前まで、私もそう思ってた。部活程度の音楽させようとする母親が理解できなかった。意味があると思えなかったから。でも、あった」
睦「……」
結「私はアカペラで将来食べていこうとか考えてるわけじゃないし、いつかこの連中とも離れて全然違う道をいくと思う。それでも、私はテトテを、このアカペラ部をやめない」
睦「……なんで、って聞くのは野暮みたいだね」
結「なら言わんでいいでしょ」
最後にニコリと、いやニンマリと笑ったむつみちゃんを見届けて。私はふぅ、と肩を楽にした。よく分からないけど納得か安心か、気持ちの置き場を見つけた感じ、かなぁ?
と、全く同じタイミングで溜息が横で吐かれた。なんとなくたきちゃんと顔を合わせるけど、お互い苦笑だけ交わしてそれ以上は触れなかった。
2年近くバンドして特別な仲になってきたのに。それでも踏みこめない一線があるのを、私も、たきちゃんですら勘付いていた。
なんていう空気を読まずにか、読んだ上でか。宮崎さんが一際陽気に絡んでいった。
閏「ウェーイ、オムスビ! 大人しそうなムッツン、イビってNAイだろうNAー?」
結「練習中に絡むな!」
アメリカンだったり、よく分からない語尾だったり。絡み方にバリエーションある子だなぁ。月ノ森じゃまず見ない子なのは間違いない。
睦「……繭森さんは、大丈夫」
閏「お、ムッツンと仲良くなってんだ。ウータンもだけど、意外とやるじゃんおむすび」
結「大きなお世話。ていうか、私ら仲良くなった?」
睦「……ウチにね。繭森さんみたいな子がいるから。愛着湧くぐらい馴染む」
むつみちゃんは本当に愛おしそうに繭森さんを見て、そんな彼女に繭森さんが引いていた。
そうして話題に巻き込まれると思ったのか、遠距離ツッコミする子がこちらにいる。
立希「おい睦! わざわざ私のこと引き合いに出さなくていいでしょ、練習に集中しろ!」
結「あんな遠くからわざわざ絡むとか……。まさか私がアレに似てるなんて言わないでしょうね」
立希「聞こえてんぞ! 何がアレ呼ばわりだ、そっちの方がよっぽどアレでしょ!」
結「は? 私のどこがアレっていうつもり?」
立希「はい自覚なしー。この時点で私の方がマシだからー」
結「ムカツク……何であいつ、一方的に喧嘩ふっかけて勝手に勝ったつもりでいんの? 売られた喧嘩は買う主義なんだけど」
立希「だから私はお前じゃないんだから、そんな荒っぽいことしないんだよ。そういうとこだぞ」
結「はぁ!? さっきからその問題児扱いは何なの!?」
閏「いや……割と間違ってないやん?」
睦「ぷぷぷ……立希が分身して自分自身と喧嘩してる……急いで動画に残さなきゃ……」
閏「はっ、確かに! なんでこんな面白シーン撮ろうとしてないんだ私! 配信者失格か!?」
立希、結「人の喧嘩をネットにあげようとすなー--!」
全く同時に同じ熱量の絶叫ツッコミが部室に響いて、大半は笑いを堪えるのに必死だった。もう練習なんて雰囲気じゃない。
同じく肩と顔を震わす勢の1人なのに、さきちゃんが珍しく窘めにかかる。
祥子「た、立希も睦も……お、教えを乞うてる立場で、し、失礼ですわよ……ふっふふっ……」
遊ぶときとかは一番アレなくせに、音楽になると切り替えるさきちゃん。しかも外ではお嬢様らしく礼節も重んじるから、リーダーとして気を張ろうとしてるんだろう。いつもCRYCHICじゃこういうの、たきちゃんの役だったからね。
愛莉「あははははっ、いいよいいよー。丁度1時間くらい練習したし、このまま休憩にしよっかー。それにしても、ホント面白い……ウルルちゃん、私にも後でデータちょうだーい?」
結「だから撮らせないって言ってんでしょ!」
こうして、愉快な雰囲気で談笑に向かって行くCRYCHICとアカペラ部なのでした。
……年上にもタメ口なところは、確かにたきちゃんより問題児っぽそうな感じはした。