『僕の真似?』
『そう。物語さ』
『おそらく、ぼくの中に未来がないから、だろうね』
7月31日
私たちはむつみちゃんの家に集まり、地下のスタジオでライブに向け練習しようとしていた。それぞれ準備が整ったところで始めよう、というところで。妙にソワソワしているたきちゃんが、ドラムセットから離れてともりちゃんの前まで歩み寄った。
立希「その、燈。昨日は、言い方きつかったっていうか、燈にあんな怒るつもりはなかったっていうか……」
燈「???」
首をかしげるともりちゃん以外は何のことか察した。でも当の本人がこの通り気にしてる風でもなかったので、誰も気にかけてなかったのだ。フェアリーボイスが疑問符に塗れる。
燈「えっと……? 立希ちゃん、何の、話?」
立希「いやだから、昨日アリスの態度で、私怒ったでしょ。それで、流れで燈にも怒鳴ったの、謝ろうと——」
燈「あ、そうだった」
ようやく思い至った彼女は、気まずそうにビクビク萎れる……ことはなく、むしろ微笑んだ。
燈「怒ってくれて、ありがとう、立希ちゃん。嬉しかった」
立希「は? な、なんでそうなるの? 燈が怒られる筋合い何もなかったのに……」
燈「だって。みんなが傷つけられたことに、誰より怒るのが立希ちゃんだから。それを私にぶつけてくれたのは、対等な仲間って、認めてくれてるんだって、思って」
立希「いやそんなっ、対等なんて当たり前だし……ていうかっ私はただあいつの態度が気に入らなかっただけで、別にこいつらがどうとか……」
燈「むしろ、アリスちゃんを味方した私に怒ったのに、押し殺されたら、そっちの方が悲しかった、かも……」
立希「えっ!? いや、ちょっ待っ、えっ、と、そのぉ…………」
たきちゃんは困惑の表情から、ついに顔を真っ赤にして目を回し始めた。頭がパンクしそうなくらい混乱してるらしい。
なかなかない2人の喧嘩のオチとして非常に喜劇チックなので、私たちもククッと笑い合って、気持ちの整理を手伝ってあげた。
そよ「仲間思いなところを言われて恥ずかしいのと~」
祥子「燈を仲間として信じてたのが伝わっていて嬉しくもあり~」
睦「……傷つけたと思ってたらまさかの正解で感情ぐちゃぐちゃになってる図」
立希「いちいち言葉にしなくていいんだよ殺す気かー!」
ついにウガーっと叫んで暴れ出したので、私たちはともりちゃんの後ろに隠れてニマニマ笑ってた。うん、いつもの私たちだ。私は意地悪の笑みじゃなくて、心が華やぐままに咲かせた。さきちゃんとむつみちゃんもそんな笑みなのが、余計幸せ。
「話終わり! 練習練習!」なんてたきちゃんが仕切り直そうとしたときだった。5つの着信音が同時に鳴った。みんなでスマホを取り出すと、妙なことにCRYCHICのグループトークに今新規の投稿があった。
みんなで訝しりながら開く。見慣れないクマのぬいぐるみをアイコンにしたアカウントが、何かのデータと……詞? をあげている。そして、さらにメッセージが追加された。
『曲も詞も、プロに監修してもらったから形にはなっているはずだ。勿論、使う使わないはきみたちの自由だ、好きにしてくれ』
そのメッセージを読み終わった頃には、謎のアカウントはグループから退出していた。ネット周りでこんなにルール無用な行いができるのを、1人しか思いつかない。アイコンのテディベアはお気に入りのお友達、かな。
睦「……いつもいつも、突然かましてくる探偵さんだね」
そよ「まったくだよ」
祥子「曲データですが、いいと思いませんか、立希?」
立希「あぁ。アレンジしがいがある。大本として曲データはいいんだけど……」
私たちは春日影の頃から、詞を作ってからさきちゃんが作曲してきた。つまり、ベースとして大事にするのは歌詞の部分。それを担っているボーカルがどう思っているのか、4人で伺う。
ともりちゃんは、言葉にならないメッセージで胸を突き刺されたみたいに、顔を痛切に歪めている。スマホを震える手で包み、膝をついた。今にも泣きそうな瞳が、伏せられる。
燈「アリスちゃん、言ってた。助手の藤島さんは、真実を捻じ曲げて物語を創れる、って」
祥子「物語……探偵助手が作家というのは定番ですが……」
燈「至福と絶望の雛型って、言い換えてた。『それを紡いで誰かの想いを救う助手みたいにはなれない。ぼくには未来を
ともりちゃんはスマホを自分の胸に押し付けた。少しも零れるものがないよう、抱きしめている。その姿が、なんとなくアリスちゃんと被った。薄暗く冷たい部屋に、1人で、ぬいぐるみを抱きしめている彼女と。
強く、重くなった声が、幻像を打ち消す。
燈「そうじゃないって、この詞で証明したい」
覚悟が宿ったことは、私たち4人にも伝播していた。4人で顔を見合わせて、頷き合う。
そんな私たちに気付かないまま、ともりちゃんはスマホを胸から離して、題名のない詞が映る画面を見つめながら問いかけてくる。
燈「ライブって、3000人も来てくれるんだよね」
立希「そうだね。もうとっくに完売してる」
燈「有料配信も、何万って、売れてるんだよね?」
睦「……広報戦略が効いて、十数万って見込みらしい」
燈「その人たちには失礼、かもしれない。でも、私は……」
そよ「アリスちゃんのために、歌いたいんだよね?」
言葉なく紫がかった黒髪が頷く。そうだと思った。1度流し読みした私にも、あの子の、小さな探偵の切実な想いが伝わってきたから。
ともりちゃんは顔を上げて、心細げな目で私たちを伺う。霜夜に1人でか細い弧月を見上げるみたいに。
燈「ごめん、みんな。これは、アリスちゃんの想いだから、CRYCHICの、みんなの代弁に、ならない、と思う。でも……それでも」
祥子「それは違いますわ、燈」
私たちの作詞担当は、この件の始まりの日、響子さんから言われたことを気にしていたらしい。
そんな彼女に、さきちゃんが目の前まで歩み寄り、しゃがんで目を合わせる。
祥子「
戸惑ったこと、喜んだこと、傷つき悲しんだこと、そして、救われたこと。全部分かち合ってきた。それが信条だったから。
それを結成時に宣言したリーダーが、私たちの代弁者に手を差し伸べる。
祥子「アリスさんに応えたいと想うのが、自分だけだと本気で思っていたのですか? ——同じものを見て、同じところにいた私達を、もう少し信じなさい」
燈「……!」
ともりちゃんのびっくりした表情が雪解け、しっとりした花が綻ぶ。縋るようにさきちゃんへ手を伸ばし、その手が優しく取られた。
立ち上がった2人の手に、別の手が重なっていく。
立希「前と変わらないよ。燈の
睦「……誰の歌詞でも、どんなステージでも、私達の在り方は変わらない。それを証明しよう」
手が4つ重なっている。残るは私だけ。1番上に乗せながら、ともりちゃんへ微笑む。
そよ「そういえば。アリスちゃんにお礼、言い損ねてたんだった。大切な想いは、ちゃんと伝えないとね」
燈「うん……うん!」
祥子「やりますわよ、CRYCHIC。私達の恩人に、燈の友人に。誰かを助けようと必死に生きている小さな探偵のために。私達ができるたった1つの冴えたやり方で、最大限の返礼をします! その上でライブも大成功させて、今回の騒動をハッピーエンドで締めましょう!」
4人「おぉー!」
5つの掌が高く舞い上がった。スタジオの天井の先、野音会場へ繋がる大空を思い浮かべながら、改めて決心を固める。
ハッピーエンド。つまり、絶望を乗り越えた至福の雛形。ニート探偵という不思議な存在のアリスちゃんが言う、物語の理想像を目指す。うん、私たちがこの大事件を乗り越える目標として、これ以上なく相応しいね。
フェケテリコとのライブ祭りは、もう8日後。そこに向けて、私たち5人は走り始めたのだった。