愛莉「さて。各パート一通り仕上がったので、そろそろCRYCHICの皆さんに合わせてもらいまーす」
古城先輩の号令により集まった私たち5人。合わせなら近衛先輩とだけでなくたきちゃんともやって、まずまずな手応えを感じた私は案外やれるものか、と己惚れていた。結局、ここまで順調なだけだったのだ。
いきなり合わせる前に。準備運動としてシラブルを伸ばして合わせる。勿論ユニゾンではなく、各々別の音で。
5声という複雑さに最初こそみんなで戸惑って釣られかけるものの、そこは2年近くバンドしてきた私たち。そのうち慣れて、途中でピッチを変えても合わせられるようになる。そうして、次へ次へと段階を移していったのだけど。
問題は、曲演奏に入ってから。
祥子「全ッッッ然合いませんわー!」
燈「昨日聴いたアカペラと、全然違う……」
睦「……バラバラ」
まぁ難しい。別録りした5つの音声トラックを、なんの調整もせず同時再生したような、気持ち悪い感じがする。
立希「そもそも私ら、音もリズムも練習通りできてんの? どれが正しいのか分からなくなったんだけど」
たきちゃんの言う通り、いつしか迷ってくるのだ。とにかく教えてもらった譜面に従おうとしても、みんなの声に惑わされて上手くできない。ならいっそみんなの音を基準に調整しようと思っても、それぞれがピッチもリズムも見失っていて、どう合わせたらいいか分からない。
結果、譜面とみんなの歌声への調和という二兎を、中途半端に追ってぐちゃぐちゃになる。
そよ「……と、いうことでしょうか?」
玲音「まぁ初心者5人でやったら、最初はそうなるよ」
私の推察を慰めつつも否定はしなかった近衛先輩に、歯がゆい気持ちではにかんだ。
アカペラは難しい。それは最初からなんとなく想像してた。だから、いきなり合わせられなくてもまだ納得できる。問題なのは、ここからどうしたら合うのか。
当然基準となるレベルは、記憶に新しい元旦のライブだった。
祥子「どうすれば、アカペラ部のみなさんくらい綺麗なハーモニーへ近づけるのでしょうか……」
結「とにかく練習するしかないでしょ」
立希「ただ練習繰り返してもそこまで近づける気がしないから困ってんの」
たきちゃんの主張に、私たち4人も頷いた。例え練習通りのピッチとリズムを取り戻しても。何故か歌声が混ざる気がしない。正確な歌を5つ同時に流してるだけでは、アカペラ部みたいな本物のアカペラに届かない。そんな予感によって、上達への希望を叩き折られていた。
愛莉「はーい。みなさんにアカペラの難しさを痛感してもらったところで、良いハーモニーを作るための秘訣を教えまーす」
このタイミングで大事なことを教えて来る古城先輩に、意地の悪さを感じたけど。悩んでる今の方が、意識を向けやすいことは確かだから仕方ない。モヤモヤを押し隠しながら話を聞く。
愛莉「みなさんは今、歌が混ざらないことに悩んでいる。そして、椎名さんは練習しても混ざる気がしない、と言いました。それは、ピッチとリズムだけ正確にできても混ざる気がしない、という意味かな?」
立希「はい」
愛莉「その予想は正しいです。アカペラにおいては、音色も大事になってくるから」
祥子「音色……高さが違っても、同じような声に揃える、ということでしょうか」
音の大きさでもなく高さでもない、それ以外の性質を大雑把に音色と呼ぶ。さきちゃんの言う通りだとしたら、響きを合わせるとか、そういう感じかな?
愛莉「それも1つの正解。結果的には同じことなんだけど、私が教えたい形は、まずお互いの気持ちを合わせること」
そよ「気持ちを、合わせる……ですか?」
愛莉「気持ちを1つに同じ方向を見て歌うと、自然と歌声は近づいていくものなんだよ。お互いを理解しようと歩み寄る感じだね」
燈「お互い、歩み寄る……」
愛莉「だから、『アカペラでハモるためには、相手のことをしっかり見つめないといけない。お互いのことを分かろうとしなきゃいけない』」
これは、全体休憩中にみたインタビュー動画のセリフ。それも、『アカペラの好きなところは?』という質問に古城先輩が答えてたときのもの。
その続きを憶えていたらしいむつみちゃんが、そらんじる。
睦「……『音だけじゃなく、気持ちも合わせないと良いハーモニーにはならない。だから、相手を見つめる』」
愛莉「覚えてくれてたんだ、嬉しいなー。……うん。やっぱりそうやってできるアカペラが、私は好きだなぁ」
古城先輩の微笑みに翳が差すように見えたのは、俯いたことで照明の当たり方が変わったからだろうか。
少なくとも、彼女を深く見通そうと注視するさきちゃんだけは、そう思ってなさそうだった。
そんな熱視線に気づいてか、パッと顔を上げて話を戻す先輩。
愛莉「と、言う事なのですが。納得してもらえたかな?」
祥子「まぁ……そうですわね。お互い気持ちを合わせて演奏することは今までもやってきましたし、できるはずなのですが……」
歯切れの悪いさきちゃんが何に引っかかってるのかも分かる。何か違うのだ。歌と楽器で合わせてきた今までの演奏と、声だけの演奏とでは。これまで通りの感覚で合わせてるだけでは足りないような、言いようのない先を感じる。
玲音「愛莉の言う事も勿論覚えて欲しいけど。今はまだしっくりこないなら、とりあえず自分の譜面を覚え直すところからでもいいかな」
結「お互い正しい音を出せるようになったら、他パートとの音程も掴みやすいでしょ。そこから、綺麗にハモる位置関係を探っていけばいい」
立希「なるほど。まずはそっちのアプローチの方がイメージしやすいな」
睦「……立希は石橋叩いて渡る主義だから。私もこっちの考えのほうが、しっくりくるけど」
私も、基礎的な部分からステップアップしていく方が飲み込みやすいかな。古城先輩の言う事も素敵で重要なのは想像できるんだけど。まだちょっとイメージしきれない。
愛莉「う~ん、私良いこと言ったつもりなんだけどなー」
嬉歌「わ、私は部長がそう教えてくれたこと、大事にして歌ってきました!」
微妙な立場になってしまった部長をかばうように、また小牧さんが声を上げた。
嬉歌「初めてアカペラしたときから、気持ちが通う感じがして。そういうところが好きだから、アカペラでハモってるとき凄く楽しくて」
思い出すように目を閉じ胸に手を当てる小牧さん。
歌ってる最中に人の考えを汲み取る彼女らしい語りだった。
嬉歌「歌って、自分の喉から1人で出すものだけど。アカペラは誰かと一緒じゃないとできないから。1人じゃないって、感じる」
1人だと独唱だから当たり前なんだけど。そういう表面的なことを言ってる訳じゃないって、直感する。私以外のCRYCHICもみんな聴き入ってるし、何よりアカペラ部のみなさんが誇らし気に見守っているから。
古城先輩の話に通ずる、ハモるために大事な部分。
嬉歌「今でも初めて合わせたときのこと、覚えてる。手と手を繋いでるみたいに、すぐ傍でみんなの歌声を感じてた。時には支えてくれて、時には叱ってくれて、一緒にいてくれて。そんな声がたくさん重なって……」
手を繋ぐ、ときたか。それは確かに、私たちのいつもじゃできないな。そこまで深く繋がりを感じようとする小牧さんに、リードボーカルらしい説得力を感じて。
気持ちを重ねるように歌うアカペラを、納得しかけたときだった。
嬉歌「だからアカペラって、まるでミルフィーユみたいだよねっ」
燈「えっ?」
すっとんきょうな声が、ともりちゃんから自然に飛び出していた。いきなりお菓子の話に飛んで、私も全然ついていけなかった。
我に返ったように私たち5人は顔を見合わせる。みんなで理解できなかったことを共有した。
どこにミルフィーユが出てくる要素あったかな。段層なところ? いやにしても関連性遠すぎない?
閏「ウータン。それ通じんて」
結「私も最初聞いたときは意味不明だった」
愛莉「……ふふっ。まぁウタちゃんのおかげで、今この瞬間の皆さんは気持ちが揃ってると思うから、その感じを大事にしてくださーい♪」
CRYCHIC「は、はぁ……」
嬉歌「うぅ……ピッタリなはずなのに……」
哀しそうな小牧さんに熊井さんが寄り添ってるのを横目に、いい時間だったので今日の練習会は終了と宣言されるのだった。