CRYCHIC交響曲   作:りょーへい

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6番 手と手

 

 

 あれから私たちは毎日むつみちゃんの家に集まり、地下スタジオでアカペラの練習をした。みんな、結構な熱の入りようだった。

 家では自分の譜面を覚え直して。練習で他パートに惑わされないよう、みんな準備していた。

 そのおかげで、ピッチもリズムもだいぶマシになった。初心者としては形になったと思う。

 でも、誰も納得しなかった。あの人たちの一体感と比べて、遠すぎる。こんな出来で納めるなら知らなかった方がマシだって、私もみんなも躍起になった。

 練習音声を録って聞き直し、意見をぶつけ合って、練習を繰り返す。それでも一向に良くなる気配がしなかった。

 3日目のお昼。ギブアップとばかりに、恥を承知で、私たちは連絡を送り再び手鞠沢高校へ向かった。

 

 

 1月5日

 

 まだ冬休み中なのに、アカペラ部は学校で練習していたのだという。思ってたより活動熱心だ。

 

玲音「冬休み明けに路上ライブしようってなっててね。新曲もできたから、追い込み期間なんだ」

 

 部室に着いた私たちを迎えながら、近衛先輩からそんな話を聞く。

 先日教えてもらったばかりなのに、早々にお邪魔し直して恐縮だった私は、とりあえず世辞を返す。

 

そよ「そうなんですね。よかったら日程とか教えてください。予定が合えば見に行きたいです」

結「私達のことより。自分たちのことで来たんじゃないの?」

 

 あぁ、この子は社交辞令とか嫌いそうだもんなぁ。いつもならムキになったり悪ノリする子たちによってわちゃわちゃ展開になるのだけど。この時ばかりは真剣に悩んでる最中。むしろ話が速くて助かるとばかりに、むつみちゃんは切り出した。

 

睦「……何度練習しても、やっぱり歌が混ざらない」

立希「聞き直しても、みんな大体は譜面通り歌えてるのに……」

愛莉「うーん。それじゃあ1度、聞かせてくれる?」

祥子「ありがとうございます。今日も朝から練習してきましたので、準備に時間は割きませんわ」

 

 私たちはステージ代わりのマットにあがり、ガーネットを歌う。とにかく最近の練習通り、譜面に沿いながらみんなの歌声にも注意を払う。

 歌い終わると、体が虚しい疲労に覆われる。全然ダメだ、アカペラ部のハーモニーにはほど遠い。

 しかし意外にも、音楽に厳しい繭森さんはダメ出ししてこなかった。

 

結「初心者の集まりにしてはピッチも大きくはズレてない。特にリズムはキープできてた。少なくともアンタはもっと堂々としたら?」

 

 後半はたきちゃんに向けられていた。でも、何だかんだやり始めたらガチなたきちゃんには、不服でしかなかった。

 

立希「自分の仕事さえできてたらいいってもんじゃ、絶対ないでしょ。それくらい素人でも分かる」

結「……」

 

 普段の楽器演奏と同じ。自分の仕事を仕上げて、それを周りとどう合わせていくか。私たちは当たり前のように追究してきた。繭森さんの慰めを、素直に受け取れる人はウチにいない。

 その繭森さんは思うところがあるのかバツが悪そうに黙ってしまい、入れ替わるように近衛先輩が対応してくれる。

 

玲音「結の言ってたことは間違ってないよ? 始めて4日でここまで教えたこと押さえた演奏できるの、凄いよ。かなり練習したでしょ?」

祥子「練習するのは当然なのですが。やはり私達の目標は、アカペラ部のみなさんみたいなハーモニーなので……」

閏「そーれはガチムズいって。リズム合わせただけでもマジ尊敬レベル。だよね、クマちゃん」

クマ「う、うん。私達なんて、何か月もリズム隊として仕事できてなかったから……」

玲音「……それに私達がハーモニーを作れたのだって、恵まれた理由がある」

 

 近衛先輩は、このタイミングで真剣な表情になる。今までの気遣い的な教えと違う雰囲気に、私はつい背筋を伸ばした。

 

玲音「私と愛莉は中学の頃から大学生に混じって練習してきたし、結は声楽に精通したプロの卵。ウタは前も話した通り、アカペラの才能がある。リズム隊だってクマちゃんには声質の適正が、ウルルには素養があった。それでも元旦のライブのレベルになるまで半年かかったんだ。……アカペラは、簡単じゃないよ?」

 

 いくら君達が仲良しで練習熱心でもね、と付け加えたところで。近衛先輩は優しい微笑に戻った。甘く見積もり過ぎだと、これ以上ないくらい思い遣りを込めて教えてくださった。それが分からない私たちじゃない。それでも……。

 

燈「それでも、このままは、嫌です。古城先輩や嬉歌ちゃんが言ってた、歌で気持ちを通わすこともできないなんて……私たちじゃ、ないです」

 

 結局それだった。両拳を握って床にボトボト零すともりちゃんも。イライラ顔でそっぽ向いてるたきちゃんも。バンドを楽しめなかった頃みたいに、つまらなそうな顔のむつみちゃんも。どうすればハーモニーになるか誰よりも意見して、今も糸口がないかと顎に手を当て目に力が入ってるさきちゃんも。喜びも悲しみも分かち合う運命共同体として、せめてそこだけは物にしたいんだ。なのに……。

 私は歯噛みするのを抑えられない。どうすれば改善していける? 譜面と一緒に、古城先輩が言ってた考えを統一することだって、練習音声を聞き直して意見をぶつける過程で実践していた。他にやりようが……。

 暖気を吐き出すエアコンの音が、異様に大きく聴こえる。そんな静寂がふと気になり、顔を上げて周りを見回す。そして、まだ発言していない2人が視界に入った。

  

愛莉「……」

嬉歌「……」

 

 演奏を聴いてから、いつもの微笑みもなく、ずっと黙っている古城先輩。その彼女をどうしてか気にするみたいに視線を向ける小牧さん。元旦からそうだったけど、小牧さんは要所要所古城先輩を気にしていた。それがどうしてかは、結局最後まで分からなかったのだけど。

 小牧さんは一度目を閉じ、意を決したように芯の通った瞳を向けてきた。

 

嬉歌「トモリちゃんが言ってた、歌で気持ちを通わすこと。できるかもしれない」

燈「ホント?」

嬉歌「うん。手を繋いで歌うの」

立希「は? 手を……?」

嬉歌「うん。よければ一度試して欲しい、です……」

 

 幼稚なやり方にたきちゃんが険しい表情で訝しむ。流石に尻込みしていく小牧さんだったけど、すぐビクビクする彼女にしては、背筋を伸ばして毅然とした物言いだった。

 顔を見合わせる私たち。最初に乗り出したのはやはりというか、ともりちゃんだった。

 

燈「やってみよう。アカペラが好きで上手な嬉歌ちゃんが、言ってくれたんだもん」

祥子「そうですわね。なんだか幼稚舎を思い出して気恥ずかしい部分があるのは確かですが……」

睦「……他に手もないし、この手を試そう」

立希「はいはい、その手を繋いでみますか。……あと小牧さん。キツイ態度、ごめん」

そよ「ふふっ、たきちゃんも殊勝になったところで、早速やってみようか」

祥子「……あの、古城先輩。やってみても、よろしいでしょうか?」

 

 さきちゃんも、ずっとだんまりだった彼女を気にしてる風に、声をかける。

 古城先輩は意表を突かれたみたいに目を開いて小牧さんを見ていたけど。

 

愛莉「……うん。是非やってみて」

 

 淡く目を細めた複雑な表情でこちらに向き直り、笑声を返してきた。

 

 

 

 今まで私たちは、端からたきちゃん、私、ともりちゃん、さきちゃん、むつみちゃんの順で横に並んでた。それを丸めて、みんなで手を繋ぐ。たきちゃんとむつみちゃんが手を繋いだところで、私たちはまだアイコンタクトしなかった。

 目を瞑って、手から伝わる情報に感じ入っていたから。手の柔らかさ、体温、握り方とその強さ。……いや、なんかそれだけじゃない、気がする。思わず隣のともりちゃんとたきちゃんの顔を、そこで初めて見た。私の胸に生まれた言語化できない感情を、戸惑う表情の2人からも感じた。

 さきちゃんとむつみちゃんを見る。とにかくやってみますわよと、真剣な顔と頷きだけで伝えてくるさきちゃん。彼女はまずシラブルを1語伸ばした。一度区切って2カウント、次からは私たちも合わせる。

 今までこの練習は、各々の音を維持するためのウォーミングアップ代わりにやっていた。そして、こんなものかって出来でさっさと切り上げていた。でも今は、指定の音は参考程度に留め、本練習ぐらい集中してのめり込む。

 いつも譜面が示す正しい音に従おうとしてきた。それが楽器バンドしてきた私たちの当たり前だったから。だから、最初の内はみんな不安そうな発声だった。それでも、何度も繰り返してみる。正解を追うんじゃない、目の前で流れてる歌に寄り添おう。みんなも同じこと考えてるって、何故か伝わってくる感覚を信じて。

 

「……!」

 

 ピタッと歌声が止まった。今までなかった感覚に、みんな驚いたように顔を合わせた。もう一度、会話なくさきちゃんが2カウントをとる。

 分厚くて濃密な歌声が、教室に響き渡った。5人で歌ってるのに、私たちは確かにまとまっていて、1つだった。予感が確信に変わって、驚きながら鳥肌が立ってる。1単語歌ってるだけで完全感に満たされるのは初めてだ。本当の意味でハモるのって、こんなに気持ちのいいものなの? 魅惑的な音の奔流につま先から頭まで浸かって、脳が甘く震えてる。

 4人で一斉にさきちゃんを見る。もはや言葉にすることさえもどかしかった。今私たちは、それくらい深く繋がってる。

 さきちゃんはうなずき、私を見つめて4カウントとった。ガーネットの入りは、3rdコーラスの私からだ。

 同じフレーズで順々に参入する輪唱(カノン)のイントロ。ダメ、さっきみたいに混ざらない。みんながたきちゃんを見る。頷きが返されて、ペースが落とされた。ゆっくりの方が、落ち着いてみんなに集中しやすい。

 リズムという概念さえ無視して、ガタガタになっていく演奏。それに構わず私たちはお互いの歌に耳を澄ませる。顔から情報を読み合う。繋ぐ手から伝う感情に声を合わせる。徐々に、徐々に目指す景色に近づいていき。サビに入ったところで、やっと辿り着いた。

 その頃には、私たちは教わってきた難しいことを全部忘れていた。ただお互いの音を感じて、重ねて。ハモる楽しさを歌声から、明るい表情から、手の熱から確かめ合って。それをゴールまでみんなで運んでいく。一番繋がりを感じる位置から離れないように、足並み揃えながら進んで。気づいたら、歌い終わっていた。

 この4日間ではまず見なかった、笑顔に満ちた空間に。私たちは久しぶりに会話を思い出した。

 

祥子「今の……今の!」

燈「うん! 混ざってた!」

立希「これが、声だけで作る本物のハーモニーの、内側か……」

睦「……外から聞いたら、まだまだ全然アカペラ部には遠いかもだけど……」

そよ「でも見えたよ。私たちでハモる方法!」

 

 手を繋いだまま頷き合う。ようやくスタートラインに立てた気がして、心晴れやかだった。

 ……ここまでは。

 

結「喜んでるけど、ピッチもリズムもめちゃくちゃだから」

立希「うっさいな。今そこはいいんだよ」

 

 本当に水差す子だなぁ。

 

睦「……実に立希っぽい」

立希「いくら私でもあそこまで空気読めないヤツじゃないって」

結「あぁん?」

閏「いやおむすびが空気読めないのホントのことだしょ?」

嬉歌「う、ウルルちゃん! ムスブちゃん般若みたいな顔してるから火に油注がないで!」

結「誰が般若だぁ~!」

クマ「ま、繭森さん。ウタちゃん失言しただけだから、襟首締め上げないであげて‥‥…」

 

 1年生9人集まって、ギャーギャー騒ぎになってしまったけど。

 ようやく私たちらしいギャグなやりとりができるまで落ち着けたことに、私とともりちゃんも楽しそうに笑うのだった。

 

 

「…………」

「あの子達には私達の、愛莉のやり方通じないって思った?」

「……実際、前に私が言ったときは、あんまり飲み込めてなかったでしょ?」

「それはあの子達が元々楽器バンドだからだよ。アカペラより譜面への忠実さが求められる音楽だったから、仕方なかったんだ」

「……それでも。私が大切にしてることが伝わらなかったら、否定されるって思ったから。せっかく嫌な子じゃないって、思えそうだったのに……」

「だから、教えるかどうか迷ってる間に、ウタが言ってくれた。そして、ちゃんと届いた。受け取ってもらえたじゃない」

「……」

「確かに初めは酷い出逢いで、そんな子がリーダーしてる集団を信じれなくても仕方ないよね。でも。もう大丈夫だよ」

「……大丈夫、って?」

「あの子達は、アカペラとひたむきに向き合ってる。だから、アカペラを大事にしてる愛莉の気持ちも、絶対伝わる。お互い通じ合える。愛莉だって、今はそう思えるでしょ? あの子のことだって」

「……どうかな。私にはやっぱり……眩しいままで、良く分からないよ」

「なら。試してみよう」

「れ、レイレイ?」

 

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