〇ヒモという生き物について
ヒロ「そういえば、みんなは彼氏とかいないの?」
何気ない話題として、その人はあげたつもりなのかもしれない。でも数多の女性を手籠めにしてきたジゴロ風情が言い出すと、女性として危機感を覚えざる得ない。
というところを、ちゃんと彩夏さんが釘さしてくれた。
彩夏「もーヒロさん! ヒモ業は余所でやってよ!」
ヒロ「いや違うって。みんな可愛いだし、女子高生だよ? いてもおかしくないって思ってさ」
彩夏「みんな可愛いのはそうだけどさー……。……で、どう、みんな?」
そよ「彩夏さんまで乗り気になってどうするんですか……」
ミイラ取りがミイラになってしまった。まぁ、正直に話しても問題ないし、いいか。
そよ「みんないませんよ? ……いないよね?」
立希「確かめる間でもないでしょ。ほとんど毎日会ってるのに、恋人だの作る機会ないって分かるでしょ」
ヒロ「学校にいないの?」
祥子「全員女子高ですわ」
彩夏「あー、そりゃあ作ろうとしなきゃできないねー」
睦「……同い年の男性に接する機会がないので」
燈「男の人と、付き合う……よく、分かんない」
ヒロ「おれが教えて……」
声の調子が分かりやすくキザで、冗談っていうのはすぐ分かった。それでもアリスちゃんがヒロさんに向けて、ラーメンスープ入りの丼を持ち上げるので、ヒロさんも慌てて「冗談、冗談!」と制する。
アリス「まったく。女の隙を見つけたらつけこまないと死ぬ呪いにでもかかっているようだ」
ヒロ「それは間違ってないかも」
睦「……めちゃくちゃ受け入れてる。染みついた習性みたい」
立希「いつからそんなことやってんの」
ヒロ「中学の頃にはキャバ嬢の家に転がり込んでた」
どういう人生を歩んだら10代前半からキャバクラ嬢の家に転がりこむことになるんだろう。まぁ、理解する必要がなさそうなところが救いかな。
燈「その頃から、ヒモ、だったんですか?」
ヒロ「まぁそういうことだね。あの頃はまだガキだったから、その立場に甘えてまだまだ未熟だったけど」
祥子「まるで今は成熟したような口ぶりですが。今も経済面は女性に頼りきりで何もしてないのですよね?」
ヒロ「何もできないと何もしないじゃ、ヒモとして雲泥の差だよ。ちゃんと女性の保護欲をコントロールしないと、ヒモはやっていけない」
睦「……なるほど。ヒモにも秘訣がある、と」
そよ「世界から永久に封印すべき極意だねー」ヒロさんと一緒に。
燈「保護欲……」
深刻そうな顔で呟くともりちゃん。何を考えているのか私にはわからなかったけど、他の3人には伝心したらしい。
祥子「確かに、よく考えるとマズいですわね……」
睦「……クリティカルな存在がいる」
立希「そよ。お前のことだぞ」
燈「そよちゃんダメだよっ、誰でもお世話焼いちゃ」
そよ「みんな私のことなんだと思っているの!?」
ヒロ「いやいや、そよちゃんはそういうところなくても素敵だよ。どう? この後よかったら2人で語り合ったり——」
彩夏「ミンさーん! ヒロさんがそよちゃん口説いてるー!」
ヒロ「じょ、冗談だって彩夏やだなぁ!」
そよ「冗談ですか。残念です」
彩夏「え!?」
みんな驚いた表情をしているけど、私は微笑を保ったままだった。密かに溜め込んでいたモヤモヤを解放するいい機会。多分、ここ以上に絶好な状況はもうないだろうな。
ヒロ「え、ホント? なら男として期待に応えないわけにはいかない——」
そよ「冗談じゃなかったら、どれだけ甲斐性がなくて女性に寄生することしか考えていない、女性を泣かせた分だけ刺されればいい素敵な男性としてお母さんに紹介しようと思ってましたから」
ヒロ「そよちゃん? いい笑顔で最後に素敵ってつければどんな罵倒も許されるわけじゃないんだよ?」
そよ「ちゃんと素敵に思ってますよ? ゴキブリとナメクジを合わせた存在並みに。あれ? ゴキブリとナメクシに失礼かなぁ」
ヒロ「俺、女の子にここまで言われたの始めてだよ……」
アリス「素晴らしい口撃だね。これなら心配いらなそうだ」
そよ「すり寄られる度に何言おうかなって、楽しみにしてる♪」
すごすごと距離を置いていくヒロさんを横目に、私は満面の笑みで彩夏さんとハイタッチした。はー、スッキリした。女性を裏切って辛い目に遭わせる男は酷い目に遭えばいいと思うよ。
〇ニート談義~睦パート~
アリス「ヒロと比べたら、大人しく引きこもっているぼくのような存在がまだマシな存在に思えてくるよ」
燈「? 有子ちゃんは、ヒモなんて人より、ずっと素敵だよ?」
アリス「ありがとう。でもひきこもりニートなことに変わりはないんだ」
苦笑いなヒモは置いといて。ニコニコなともりちゃんに、アリスちゃんは困ったような、眩しいものを見るような微笑をしている。このほんわか空気がきっかけとなり、話題はニートに流れた。
睦「……ニート、か。多分私も、才能あると思うけど」
立希「才能いうな。まぁ……分かんなくもないけど」
祥子「嫌ですわ! 幼馴染として、不登校になど認めませんわよ!」
隣のさきちゃんからガクガク揺さぶられるむつみちゃんは、ヌボーっとされるがまま。昔っからこの子はじっとしてることに慣れ切っている節があるので、確かにひきこもり適正はありそう。ギターさえあれば、多分苦に思わないんだろうな。そんなの絶対許さないけど。
しかし、揺さぶりが終わったむつみちゃんは、満更じゃなさそうに1人ごちる。
睦「……外に出ず、嫌な人に関わることもなく、何してもいい。なんて楽で自由なんだろ……ギター演奏だけネットにあげて食べていけたら、ワンチャン……」
立希「ワンチャンいうな。しかも今の時代、下手したらできそうなのが怖いわ」
祥子「しかし睦。ネットに出たら自分のこと全世界に知られてしまいますわよ?」
睦「……顔出さなければ……」
そよ「それで生計立てれるほど稼げるかな~」
睦「……閃いた。Vに目覚めよう」
燈「V?」
ヒロ「ちょっと前ならヴィジュアル系のこと言ってたんだけど、もう違うんだよなぁ」
彩夏さんが「CRYCHICはV系に興味ないの?」と言い出してひと悶着あったんだけど、ここでは割愛する。アリスちゃんが話を戻した。
アリス「ヴァーチャル配信者のことだね。仮想アバターを映して声も加工できるのだから、正体を隠したい人には確かにうってつけだ」
そよ「すんごい今時だけど……それでいいの?」
睦「……あんな低次元の存在に堕ちるメリットはあるけど、あれほどしょうもない連中に混ざるのは……」
こう思う人もいるだろうけど、日本ではとてつもなく流行っているのは確か。こういうのを生きがいにして日々を過ごしている人には、とても聞かせられない台詞ではあった。私もむつみちゃんと同意見なんだけど。
祥子「よくわかりませんが、睦にとって好都合なはずなのにそれでも忌避するほどの存在なんですのね、そのバーチャル配信者というのは」
まさに、人によるんだろう。大好きな人はそれこそ大金をはたいてでもかじりついてるけど。私からしたら、姿も名前もキャラも全部が嘘なのにそれが現実みたいにのめり込んでお金まで投げてるあの界隈は、なんだか受け付けなかった。
人それぞれ何に夢中になるかは自由だけど。少なくとも私は、あぁはなりたくないと思わせる醜さがあそこにはあった。
〇ニート談義~燈パート~
燈「睦ちゃんがニートになったら、私も、なってもいい、かな……」
睦「……ウェルカム」
アリス「きみが前向きな理由でこちら側に来るなら、歓迎しよう。何なら、このビルの空き室をあてがってもいい」
立希「何言ってんだものぐさども」
ちなみにアリスちゃんはなんと住んでるビルのオーナーなので、言ってることも大言壮語でも何でもないらしい。
それは置いといて。ともりちゃんの雰囲気が、前みたいに悲しいものではなくなんだか興味惹かれているように見えるのが、私の不安を煽る。
そよ「ともりちゃん、今本気でニートのこと考えてるでしょ」
祥子「普通に縛られないという意味では燈にも適正を感じますが。だからといって認めませんわ。家まで行って連れ出します! 2人とも!」
睦「……幼馴染がニートアンチしてくる」
燈「でも、睦ちゃんが言ってた通り、自由そうだな、って」
アリス「自由さ。自由過ぎて何をすればいいか分からないほどにね」
立希「なるほどな。何の目的もないと、ただの自堕落に落ちるってわけだ」
そよ「縛られていた方が楽っていう典型だね」
アリス「でもね。きっとそういう世界に生きる者にしか紡げない詩もあるんだろう」
燈「そう、かな」
アリス「何にも囚われず、しかし何にも守られない吹き曝しの世界で、石を拾い、好ましいものを集め、星を見て、詩を
燈「吟遊詩人、みたいだね」
アリス「雇用されていなければニートである以上、吟遊詩人も立派なニートだ。でも、価値ある存在に思えないかい?」
ニート探偵よりかは、昔から存在しているからね。口にしたらKYだから言わないけど。
燈「詩人、か……。私は詩を書いて、生きていけるのかな」
アリス「月並みな私見だがね。できるかどうかではない。それをやりたいか、やるかどうかだよ。だから、そのときが来るまで悩まなくていいさ」
燈「うん。あ、ネットにもあげる方法、考えとかなきゃ……」
アリス「楽しみにしているよ」
睦「……なるほど。燈を売れっ子作家にしてそのマネージャーになるという手もあるか……」
立希「どんだけニート的に生きたいんだよ。ていうかそれなら私がマネージメントする」
祥子「なら私は燈の詩を世界中に売り込む会社を立ち上げましょう」
そよ「資金力にもの言わせるねー」
ふんわりした空気に馴染みつつ、私は本気でともりちゃんの未来を案じてみる。
確かに彼女がOLとして会社務めをこなすのは想像しづらい。それなら詩を書いて出版している方が、確かに彼女らしいしイメージもできる。
何より。彼女らしく生きている、という風に感じるのだ。想いを言葉をにして書き溜めてきたことが、バンドという転機に繋がった。その先でも作詞に打ち込んで更に磨きをかけ、その果てに仕事にする。高松燈という人間のルーツから変遷を辿り、そのまま金銭へと変換できるまものへと昇華する流れは、一本筋通っていて人として憧れを抱く部分もあるなと、私は素直に思うのだった。
〇ニート談義~立希パート~
睦「……立希はニートになったらマズそう」
立希「ならないっつーの」
祥子「大概の人が、なったら碌なことにならないのでは?」
そよ「健全な生き方は難しそうだねー」
すっかり『もしもニートになったら』な流れになってしまった。まぁニートの巣窟にいるんだし、せっかくだから乗ってみる。
燈「立希ちゃんが、ニートになったら……?」
睦「……自室に引きこもって音楽ばっかり聴いたり作ってそう」
立希「そういう動画投稿者もいるでしょ」
睦「……飽きたらブラブラ散歩して、クサクサしながら一日を浪費してそう。とても充実してそうな顔が浮かばない」
立希「何でだよ。想像上でいいから成功させといてよ。曲上げてそれなりの数字あげてるとかさ」
祥子「わざわざニートになってまでそれなりという結果で満足できますの?」
立希「グッ……。曲投稿でバズるのは難易度高いんだよっ」
ヒロ「女の子なんだから、そういうところも活かしたら数字あげれそうだけど。何より立希ちゃん可愛いんだしさ」
立希「音楽に容姿は関係ないでしょ」
そよ「たきちゃんが一番嫌がる方向性だよねー」
多分そういう道を選ぶくらいなら、彼女は音楽をやめると思う。
彩夏「でも、そういう方向性でバズったネットミュージシャン、いるよね。最近見たよ」
睦「……PNO?」
彩夏「そうそう!」
立希「確かにあれも女子高生バンド、ですけど。容姿云々っていうより、音楽もよくてバズってたと思うんですけど」
彩夏「んー、PNOってバンド名が公表される前は、MUSA男ってアカウント名で女の子の恰好してた人が演奏してる動画あげてたよ?」
睦「……今見つけました。確かに、サムネで女の子の足みたいなのが見えるようになってから、露骨に再生数伸び始めてる」
立希「うげ……結局そういうのに頼らないと数字とれないのか……」
アリス「フェケテリコだって、容姿の良さを自ら利用してプロモーションしている節はある。何事も割り切りは大事さ」
立希「いーや! 私はそういうのには屈しない! 音楽は耳だけで浸るもんだ!」
祥子「そういう、音楽に実直な立希の姿勢は好きですわ」
立希「うっ、うるさいな。当たり前のこと言っただけしょ」
睦「……照れない照れない」
そよ「顔赤いよー?」
立希「暑いからだよ!」
クスクス笑うみんながそれを真に受けてないのは明白だった。
〇ニート談義~祥子パート~
燈「祥ちゃんは……ニートとか社会人とか、そういうのじゃ、なさそうだよね」
そよ「社会的地位が確立されてるからね」
立希「覆りそうにない盤石な立場がな」
睦「……こういう話だと膨らまなくてつまらない」
祥子「豊川家の立派な家柄を貶されてるように感じますが。この私は、ニートだの労働者だの、そんなラベルで上書きされないところにいますの」
むつみちゃんのつまらないを擁護するわけじゃないけど。私はこれで話は流れると思っていた。
けど、1人が面白がって言い始めた。
立希「んじゃ、もしもその豊川家が没落したら、って設定で考えてみるか」
祥子「なんて失礼な設定をあげるんですのこのお馬鹿さんは! 自分から義兄弟になったくせに~!」
彩夏「ぎきょうだい?」
そよ「いえ、ごっこ遊びなのでお構いなく~」
睦「……まぁ、確かに豊川家の資産は何百億とくだらないだろうし。それが没落なんて、転生モノよりイメージしづらいかも」
祥子「そもそも、そんな失態すら起きませんが」
例えそんなことになっても、さきちゃんは『周りが無事なら』逞しく生きていそうだった。むしろお嬢様という似つかわしくないラベルがなくなって、より彼女らしいのでは?
という思考が顔に出ていたのか、さきちゃんにジロッと睨まれる。
祥子「そよは失礼なこと考えてましたわね?」
そよ「そんなことないよー?」
心からのニコニコ笑顔で誤魔化せた。どんな状況に陥っても屈しない、魂から気高いさきちゃんを誇らしくすら思うから、馬鹿になんてしてないもんね。
〇ニート談義~そよパート~
さて。4人について妄想を巡らしたので、当然残る一名にも話は及ぶわけで。
燈「そよちゃんが……」
そよ「思ったけど、ともりちゃんはよっぽどみんながニートになることに興味あるみたいだね」
睦「……でも、面白いは面白い。特にそよは祥とは違う意味でニートなんて想像つかないし」
祥子「誰より堅実に生きそうですからね」
燈「うん。スーツ着てバリバリ働いてるそよちゃん、格好いいね」
自分から話を振ったくせに、私の社会人姿を思い描いてるともりちゃんには少し面映ゆいけど。全く反対意見はなかった。私もお母さんみたいになっちゃったりするのかなぁ……。
少し複雑に思う未来予想をしていると、たきちゃんの声がおかしな方向へと話を展開させた。
立希「どっちかというとさ。ニートを養ってそうだもんな」
祥子「それですわ! ヒロさんのようなヒモの毒牙にかかってはいけませんわよ、そよ!」
睦「……『この人は私が支えてあげないとダメなんだ』って思ったら、要注意」
そよ「なんで私のことダメ男に引っかかるチョロい女認定してるの?」
燈「そよちゃん、優しいから……」
クズにまで優しいつもりはないんだけどな。でも誰にでも優しくしようと意識して生きてきたという経緯を考えると、否定しきれなかった。
密かに気を付けようと決意した16の夏だった。女の優しさにつけこむような人に、出逢ってしまったからにはね。