玲音「盛り上がってるところ悪いけど。CRYCHICのみんなに、提案したいことがあるんだ」
そよ(あの……首絞められて泡吹いてる小牧さんが、部室の床に転がってるんですけど……)
その様を、涼しい顔で盛り上がりと片付ける近衛先輩が鬼畜なのか、これが日常なのか。
たぶん後者だと思うことにして、私たちは先輩に注目した。小牧さんは、熊井さんがマットに寝かせて膝枕してあげてるから、きっと大丈夫。
本当は話の雰囲気的にリーダーたるさきちゃんを立たせたかった。でも盛り上がってる間も考え込むように静かだったから、私が代理で受け答える。
そよ「提案ってなんですか?」
玲音「私達、路上ライブするって言ったよね? みんなも出ない?」
結「本気ですか? あと一週間しかありませんよ? さっきの酷い出来じゃ、絶対ムリですって」
玲音「だ、そうだけど。どうする、立希?」
立希「へ、へー……。近衛先輩はそういうムカツク煽りするようなタイプじゃないと思ってましたよ……」
こめかみピクピクなたきちゃんの目がメラメラしてきた。これでまず1人。
睦「……1週間。バンドも一旦忘れて集中するには、むしろ丁度いい。それに目標あった方が、身が入る」
そよ「むつみちゃんも意外に乗り気だね。1週間は無謀、って言うと思った」
睦「……さっきのハーモニーを、どこまで完成させられるか。挑戦してみたい」
大人しいソプラノボイスが、チリッと熱を帯びる。控えめな笑み以上に、内で闘志を燃やしてるみたい。これで2人。
燈「私も。みんなで頑張れば、できる気がする。アカペラ部くらい上手くは自信ないけど。私たちのアカペラは、作れる。さっき、そう感じた」
前の2人に乗せられてるところはあると思うけど。両拳を胸の前でムンっと握る彼女も、やる気十分。
さて。これで4人賛成となった。私は反対できるわけがなかった。本来部長から提案すべき話を、近衛先輩が出張るように持ち掛けた時点で、意図も今後どう展開するかまでなんとなく読めてしまったから。
その展開で一番カギを握る子がずっと黙ったままだから、そろそろ話を振りましょうかね。
そよ「どうする? リーダー」
私に倣って、3人もさきちゃんを見る。彼女は腕を組んで、さっきより深く考えに没頭していた。
祥子「気持ち通わせる、良いハーモニー……。そういうアカペラが、好き……」
愛莉「……!」
立希「祥子?」
祥子「……いえ」
何か聞き覚えのあるセリフを呟いたかと思ったら、フッと腕を解いて表情を楽にした。参った、ともとれる表情だった。
祥子「確かに、その期間で人前に出せるレベルまで仕上げるのは、難しいのでしょうね」
結「楽観集団かと思ったけど。1人は現実見れるヤツもいるか」
玲音「それはどうかな。祥子、難しいから、やめとく?」
祥子「……御冗談を」
やっとさきちゃんらしい力強い笑みが表れる。何考えてたかは置いといて、随分勿体ぶったね。
……違うか。たぶん、
祥子「唯一見えなかった私たちらしいハーモニーは、端っこですが掴みましたわ! あとはいつものように、想いをひたすら洗練させて、本番で叫ぶだけです!」
玲音「変わった啖呵だけど、悪くないね。了解、副部長として承認します。そよ、あとで詳細送るね」
そよ「りょーかいです♪」
祥子「……つきましては、ですね……古城先輩」
さきちゃんは再び真面目な顔に戻って、少し離れていた部長の前に歩み寄った。
セリフも相まってこのアカペラ騒動の始まりを一瞬思い出すけど。浮ついた色のない今の彼女に、その心配は要らないだろう。
祥子「教えて頂いた側からこんなこと言い出すのも無礼なのは、重々承知なのですが。ガーネット、アレンジしてもよろしいでしょうか?」
愛莉「アレンジ……」
祥子「本当に申し訳ありません。ですがライブをする以上、燈が言った通り私達のアカペラを追い求めたいと、思いましたの。やはり、駄目でしたか……?」
確かに言いづらいことだった。人によっては何様だって怒ってもおかしくない。
でも浮かない顔でしばらく黙っていた古城先輩は、むしろ後押しする行動に出た。
感情の読みづらいフラットな微笑になって、スマホを操作している。やがて、さきちゃんのスマホが鳴った。
愛莉「今送ったガーネットの演奏動画は、教えたものと全然違うから。即興アレンジだけど、よかったら参考にして。もちろん使わなくてもいいよ」
祥子「古城先輩……身勝手なお願いにもかかわらず、ここまで良くしてくださって、本当にありがとうございます」
愛莉「ううん……期待してる」
祥子「え?」
最後が極小の囁きで聞き取れなかったけど、ついぞ聞き直すことはできなかった。
古城先輩の背中側からひょいっと顔を出し、スマホを覗き込む人たちによって話は流れる。
嬉歌「この動画、懐かしいですね。私が初めて部長たちと出逢ったときの演奏だ……」
愛莉「そうだよー。ウタちゃんがアカペラのこと、ボロクソに言った日のことだねー」
結「まだ根に持ってる」
玲音「まだまだ根に持つだろうね」
和やかに思い出を話してるところ悪いんですけど。私的には半死まで追い込まれてた小牧さんが、何食わぬ顔で復活してるのが気になります。
愛莉「懐かしいな~。この辺からアカペラ部、始まった気がするんだよね~」
スマホで動画を再生する古城先輩の瞼は、慈しむように細められて。瞳は古めかしく霞んでいる。
流れる4声は、電子加工されてるのに切なくなるほど流麗で。その世界に入り込もうとする、生気の薄れた囁き。
愛莉「……あぁ……やっぱり戻りたいなぁ……」
小さな呟きだったけど。近くにいた私と、小牧さんと近衛先輩には、聞こえた。2人の顔が、歯がゆそうに曇る。
彼女の目の前にいたさきちゃんは、静かに目を伏せる。やがて開かれた目は、強い覚悟を秘めていた。
アカペラ部にお礼しながら失礼して、手鞠沢高校を後にし、電車に乗って地元に帰る。
いつもならそれぞれ最寄り駅で降りて解散していく。けれど今日は5人全員同じ駅で降りた。
陽も沈みそうで暗くなってきた街の中、4人でポツポツ雑談しながら、ずー--っと黙りこくってる子についていく。たぶんこの子は、私たちがいることにすら気づいてなさそう。一度も後ろを見ずに俯き気味で歩き続けてる。
そろそろ、整理させてあげたいかな。このままお屋敷の門扉越えられたら、私たちついてき損だし。
そよ「さきちゃん。さーきちゃん?」
祥子「……あら? そよ、家に帰ったのでは……」
立希「そんなことより。部室からずっと、何考えてんの?」
祥子「立希。……みんないましたのね」
周りに気づかないほど視野が狭かったことに、情けないと自嘲の笑み。さきちゃんにそういう表情は、やっぱり似合わないな。
彼女はふと辺りを見回して、公園を見つけるとそこに向かって行く。まぁ、街道で立ったままする話じゃないよね。ただでさえ、さきちゃんの中でまとまってなさそうだし。
整理できてたら、彼女は私たちを巻き込みながら、とっくに行動を起こしてる。
祥子「……どうして、あの曲だったんでしょう……」
公園のベンチに座ったさきちゃんは、そう切り出した。
どうも、今考えてるところはそこらしい。
そよ「曲って、ガーネットのこと?」
祥子「えぇ。元々アカペラ部で歌うために、古城先輩が選んで編曲したのでしょう。ですが、そもそも何故この曲を歌いたかったんでしょうか? 歌詞的には恋の歌みたいですが、どうも恋愛好きで選んだとは思えませんし……」
立希「恋……あれって恋愛映画の曲だっけ?」
睦「……うん。あらすじだけ追ったけど、それで間違ってないはず」
さきちゃんの隣に座っていたむつみちゃんが映画のあらすじをググって見せてくれる。タイムリープ能力を持った女子高生が、巻き戻しを繰り返す内に恋を知る物語。うん、歌詞ともリンクする。
そして、さきちゃんの推察も正しい。どうも彼女は、古城先輩の本質を選曲から読み取ろうとしていた。音楽家なさきちゃんらしい。でも、今そこでグジグジ悩むよりはっきりさせたい想いがあった。
そこを、むつみちゃんと反対側にいるともりちゃんがフォローしてくれる。彼女に自覚はないだろうけど。
燈「でも、どうして曲のこと考えてたの?」
祥子「……いえ。本当は、曲というより古城先輩のことを考えてたのです」
睦「……元旦に『気になる』って言ってたこと?」
立希「あぁ。思い出話の歌詞がどうして哀しいのかとか、どういう想いで作ったのか、とか言ってたね」
祥子「幸運にも、古城先輩と練習ペアになったおかげでヒントは得られましたわ。今ではなんとなく、彼女の苦悩に思い至ってます。それが間違ってなければ……私は、やはりあの人を放っておけません」
さきちゃんと同じだけの情報を聞けた私も、
初めて安らぎを覚えられた大切な居場所。そこで作った、自分たちだけの曲、自分達だけの思い出。大好きだから、失いたくないから、いつまでも変わらず続いて欲しいから。繰り返したいくらい、かけがえのない日々。それ以外何も要らない、空虚な自分。
自分を好きになれない人が、拠り所に留まっていたい気持ちは、分かる。何かに不安なのを誤魔化すような微笑を見た瞬間から、その予感はあった。人当たりの良い振る舞いから、心の内を明かす経験が乏し過ぎることも察していた。……まだ、私も偉そうなこと言えるほど前に進めてないんだけどね。
だからこそ。私もさきちゃんを支持したい。一年前の秋、みんなに救われたから。
祥子「傲慢かもしれません。ですが、あの人が何かに囚われてるのが看過できないのです。せっかく良い居場所にも恵まれているのに、このままでは取り返しのつかない後悔に繋がってしまう。そう思ったら……私だけは、見過ごせないのです」
確かに身勝手かもしれない。でも、そんなさきちゃんにしか救えない人がいるのも、確か。
完全に日が落ちて、ベンチの傍に佇む白い街灯が、ビカッと光る。誰かを案じるさきちゃんの、誠実に思いつめた表情が照らされた。私はそこに目線を合わせようと中腰になって、明るい調子で導きにかかる。
そよ「それで? さきちゃんは、どうしたいの?」
祥子「そよ……その完全に理解している顔は、やはり私より早く気づいてましたわね?」
そよ「今私のことはいいでしょ?」
笑顔で躱す私に、さきちゃんは嘆息して、濃紺の空を遠く見上げる。
ここにいない、明るそうでその実寂しがりな人を思い浮かべてることだろう。
祥子「私、アカペラを通して、古城先輩に何か伝えたいですわ」
立希「何かって何」
祥子「それはまだ、はっきりしてないのですが。彼女に最も伝わる方法がアカペラなのは間違いありません。先ほど本当のハーモニーを一端でも実感できたおかげで、より確信しましたわ」
そよ「周りと気持ちを合わせて良いハーモニーを作るのが好きって、言ってたしね」
燈「あ、そっか。それでガーネットのこと考えてたんだ」
祥子「えぇ。そこに何かヒントがあると思いましたの」
睦「……恋愛に興味無さそうな人が、どうして恋愛ソングを選んだか、かぁ」
改めて言語化すると、なかなか難問そう。ただでさえ、アカペラ演奏は課題で山盛りなのにね。
祥子「難しいことを言ってるのは承知してます。それでも、付き合ってくれませんか?」
真っすぐな瞳で私たちを見回すさきちゃん。さっきライブを提案された時点でとっくに決心していた私が、たまには一番乗りしますか。
そよ「やろう。さきちゃんがそこまで考えてくれてるのに、他でもない私が乗らないわけにはいかないよ」
燈「私も、乗る。よく分かってないけど、祥ちゃんのやろうとしてることは、優しいことだと思うから」
睦「……真面目な話で、私が祥の味方しないはずがない」
立希「ならまずは、曲の元になった映画から見るか。曲の解釈も深まるし、祥子の伝えたい何かも見つかるかも」
祥子「あら、練習主義な立希らしからぬ提案ですわね」
立希「古城先輩が言ってたでしょ。同じ方向を見て、気持ちを揃えて、息を合わせてハーモニーができるって。それを実践するのに最適なだけ」
睦「……とかいって。本当は映画見たかっただけじゃないの?」
立希「それお前じゃないの?」
睦「……否定はしない」
そよ「同じく~♪」
燈「わ、私も……」
祥子「そういえばみんなで映画見るの、初めてですわよね! 確かに楽しみですわ!」
立希「シリアスだったくせに一瞬で緩むし……。言っとくけど曲に対して共通のイメージを固めるためで、遊びじゃないんだから……」
そよ「相変わらず固いね~たきちゃん」
睦「……カチカチタッキー」
立希「タッキーやめろむっつん」
そこからは宮崎さんの微妙なネーミングセンスを酷評しながら(ともりちゃんだけは不満ないらしい)、落ち着いたところで解散となった。六本木駅まで電車に乗って、すぐ傍の高層マンションを上り、自宅に帰る。
夕飯を作って食べた後、明日からのアカペラ漬けな日々に備えて、数日分の着替えやボストンバッグを用意し始めた。時間がない以上、たぶんこれを持参することになる。
その最中、ふと窓を見ると勢いよく白が降り注いでいて、窓際に寄る。今年初めての雪を眺めた。48階の高さから街を見下ろすと、大雪が家の屋根や地面にぶつかっては沁み込んでいく。この勢いなら、明日の朝は積もってるかも。
私たちは、1週間後までにどこまで積み重ねられるだろう。雪がいずれ溶けるように、水の泡と化さないよう、5人で精一杯頑張り切りたい。私はガーネットの譜面をボストンバッグにしまって、チャックを閉めた。