ブルーアーカイブ 貪食の家族   作:koth3

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花婿を取り返せ

 風紀委員会から無事逃げ切り、フウカ達はトリニティの教会へ着いた。

 その教会は小さく古びたものながらよく手入れがされ、花壇では小ぶりの美しい花々が咲き誇って訪れた者を歓迎している。

 その前でシスターフッドの一団が集まっていた。

 

「サ、サクラコ様」

「シスターマリー、大丈夫ですから目をこすってはいけませんよ。誰か救護騎士団に」

 

 マリーが涙をぽろぽろこぼし、サクラコの修道服の裾をそっと掴んでいた。サクラコは自らの手をマリーの手にそっと重ねる。そのおかげか少し落ち着いた様子のマリーを、救護騎士団に連れて行くよう他のシスターフッドへ任せた。

 

「サクラコ」

「おや、先生。こんにちは」

 

 先生がサクラコを呼べば、少し驚いた表情を浮かべた。

 

「そちらの方々は……。ゲヘナの方とお見受けしますが、何故トリニティの教会に」

「ちょっと色々あってね。それよりサクラコ達はどうしたの。それにマリーは」

 

 先生が尋ねると、サクラコは困った顔をした。やがて何か決心したのか口を開いた。

 

「実は昨日ある新婦から式を挙げたいと連絡があり。ご家族からは反対されており、密かにしたいと。急な話でしたが、愛を誓うのを否定される謂れはありません。シスターフッドの名において式を挙げることを決めまして。その際、新婦の方がどうしても新郎に手料理を食べさせてあげたい、とのことでしたので、設備のあるこの教会を紹介しました。そして先ほどまでシスターフッドで式の準備を進めていたんです。いらっしゃった新郎新婦なのですが」

 

 そこでサクラコは一度口をつぐんだ。先生が優しく先を促す。それに勇気づけられたのか、彼女は続きを口にした。

 

「新婦が調理を始めた頃でした。刺激臭のする煙が立ちこめてきて」

 

 今度はフウカが苦虫を噛んだような顔をした。

 

「耐えきれず皆逃げ出してしまいまして。特にマリーは五感が優れているので。涙が止まらなくなってしまい」

「そうなんだ。ありがとう、サクラコ」

 

 そこまで聞き届けたフウカは教会の扉に手をかける。

 

「お、お待ちください。中には新たな門出をむかえるお二人が。邪魔をしてはなりません」

「フウカは関係者なんだ。新郎の」

「え、妹さんなんですか」

「母よ!」

「一寸待ってください、どういうことですか!?」

 

 驚きを露わにしたサクラコを相手にすることなく、フウカは重い扉を開け放つ。

 教会の内部は光を冷たく反射する十字架が一番奥に掛けられ、シスターフッドの手で埃一つなく綺麗に整えられた式場と化していた。その中央はステンドグラスの光によって照らされている。そこにはいくつかの長机がくっつけられており、所狭しと皿が並んでいた。料理は全てパンちゃんだが。

 そしてウェディングドレスで身を飾り幸せそう表情を浮かべたジュリが、タキシードを着せられたイビルジョーへとパンちゃんを食べさせていた。

 

「ジュリッ」

 

 ジュリが入り口へ顔を向ける。その目は見たことがないほど冷たかった。

 その瞳の温度のなさに気圧されたか、先生とハルナ、そして一人着いてきたサクラコは後退った。

 

「来てしまわれたんですね、先輩」

 

 ジュリがすっくと立ち上がる。その手には銃が握られており、フウカへと迷いなく向けられている。

 

「ジュリ。どうして結婚式を挙げるなんて(こんなことを)したんだい」

「こんなこと、ですか。先生には分かりません」

 

 ぴしゃりと告げられた言葉に先生は「あっ」と漏らし、口を手で覆った。周囲の女の子からの視線が突き刺さり、その身を小さくする。

 

「分からないでしょうから教えて差し上げます」

「は、はい。お願いします」

「私とて女の子です。好きになった人にお腹いっぱい手料理を食べてほしいんです。当然その人と一緒になって。フウカ先輩ならこの気持ち、分かってくださいますよね」

「……ええ、そうね。良く分かるわ。私も同じですもの」

「でも、それは私にとって叶わない夢でしかありません。だって、私の手料理を食べられる男の人はいないんですから。イビちゃん以外には」

 

 ジュリがイビルジョーの頭を抱きかかえる。その顔はどこか泣きそうだった。

 

「そんなことはないよ、ジュリ」

 

 先生がなだめに掛かる。しかしそれは失敗だった。ジュリは拳を握りしめ、その身を震わす。

 

「気楽に言わないでくださいっ。頑張ったんですよ。何度も包丁を握りました。何度もフライパンを振りました。何度も計量カップで量りました。それでも最後に出来るのはパンちゃんです」

 

 張り上げた声が教会にわんわん響く。

 

「それを食べられるのはイズミさんにイビちゃんだけです。私には二人しかいなくて、男の人はイビちゃんだけで」

「他にも食べられる人がいるかもしれない。まだ諦めるのは早いんじゃないかな」

「じゃあ、食べてくださいよ。私の料理を食べてそれを証明してみてくださいよッ」

 

 ジュリが指差した先では活きの良いパンちゃんが蠢いていた。先生はゴクリと唾を呑みこみ、ゆっくりと歩きだす。しかし一歩二歩と歩いたところで足がピタリと止まる。

 

「先生、どうなされたんですか」

 

 サクラコが恐る恐る尋ねる。先生は歯をむき出しに、顔を赤くするほど力をこめていた。だというのに、足が一歩も前へ進んでいない。

 

「そ、そんな……。身体が動かない……」

「ほら。やっぱり。先生が駄目ならもう相手なんていませんよ。……これで分かったでしょう。私の運命の相手はイビちゃんなんです。邪魔しないでください」

 

 ジュリが腕を横に薙ぎ払うと、それまで皿で大人しくしていたパンちゃん達が飛びだした。フシュー、ブジュルと奇怪な音を立てながら、明らかな敵意を露わにしている。

 

「クッ、何て数」

 

 ジュリはイビルジョーのためにと腕を奮ったらしく、ジュリ達のいるあたりの床が埋めつくされるほどのパンちゃんがひしめいていた。触手を蠢かしたパンちゃんがジリジリと近寄ってくる。ハルナが銃を構える。

 そんな中フウカがスッと前に出た。

 

「先輩」

 

 ジュリが不思議そうに問いかける。フウカは返答することなく、愛銃を構え、パンちゃん達へ掃射した。

 

「フ、フウカっ」

「さっきから黙って聞いていれば勝手なことばかり」

「……先輩には申しわけありませんが、それでもこれはもう決めたことです」

 

 フウカは撃ちつくしたマガジンを後ろへ放り投げ、新しい弾倉をたたき込む。

 

「そもそもジョーと結婚するなら親の私に挨拶をするのが順当でしょうがッ」

「フウカ、ずれている、何かずれているよっ」

 

 先生に同意するように、ハルナとサクラコ、そしてジュリまでもがうなずいた。

 

「大体ね、あなたは自信がないようだけれど、どれだけ私が助けてもらっていることか。あれだけの量の下処理をしてもらって文句を言う奴いるはずないでしょうが。ハルナが厨房に入ってもなにひとつ役に立たないわよ」

「フウカさんっ。どうして味方を後ろから撃つようなまねを」

 

 ハルナの抗議を気にもとめず、フウカはパンちゃんへ弾を撃ちこんでいく。

 

「レシピだってそうよ。どんな料理でも美味しい調理法を見つけて。私ではそんなこと出来ないわ。当然美食研究会なんて謳っているわりに、料理が出来ないハルナはなおさらよ」

「フウカさんッ」

 

 ハルナが顔を真っ赤に染める。サクラコと羞恥に襲われているだろうハルナがパンちゃんへ銃口を向けた。

 

「申しわけありませんが先生、戦闘指示をお願いします」

「うん。任せて、サクラコ」

 

 三人の火力に先生の指揮も合わさり、次々とパンちゃんが蹴散らされていく。

 不利を悟ったのか、ジュリが懐から何かを取りだした。ガラスの小瓶だ。中は無色透明な液体が入っている。それをパンちゃんの中心目がけて投げた。

 ガラスが割れ中の液体がぶち撒かれる。

 

「な、何でしょう。悪魔染みたこの生物の様子が……」

 

 サクラコの言う通り、液体のかかったパンちゃん達がぶるぶる震えていた。明らかな異常に、嫌な予感が足下に忍び寄る。

 

「皆、様子のおかしいパンちゃんを狙って」

「駄目ですわ、もう間に合いません」

 

 震えていたパンちゃんが一斉に触手を四方八方へ伸ばす。目にもとまらぬ速さのそれは槍のように他のパンちゃんを貫く。そのまま貫かれビクビクと断末魔の痙攣を起こすパンちゃんをたぐり寄せて吸収しだす。一体取り込めば、その身が少し大きくなった。次々に共食いし、そのかさが増していく。

 

「ゲヘナの地下水です。不思議な力があるそうで」

「一寸待ってください。ゲヘナの方々は何てものを飲んでいるんですか」

 

 サクラコが悲鳴を上げている間にもパンちゃんの同化吸収は進み、しまいには巨大な一体になった。

 

「た、弾が通じません」

 

 ハルナの言う通り、巨大化したパンちゃんは見た目だけのでくの坊というわけではないらしく、撃ちこまれる弾丸が、その柔らかでクッション性抜群の表皮で受けとめられてしまう。

 その巨体がズリズリとにじり寄ってくる。皆必死になってトリガーを引くも、その動きを止められない。

 

「まずい。このままじゃ教会から追い出される」

「諦めてください、フウカ先輩。私はイビちゃんと幸せになるんです」

「認められるわけないでしょう、そんなの。まだあの子は子供なのよ!」

 

 フウカの叫び。それに呼応するかのように、上方から凄まじい威力の弾幕が降り注ぎ、パンちゃんを襲った。

 

「な、何が」

「天窓からですわ」

 

 ハルナの指し示した先にはステンドグラスがあった。円形の窓にはめこまれたもので、人物を模していたのであろうが、その中央部である顔が破られている。その縁に銃口と白いふわふわした何かが一瞬だけ覗いていた。

 

「れ、歴史的にとても貴重なステンドグラスが……」

「良く分かりませんが今がチャンスです。皆さん、行きますわよ」

 

 パンちゃんはその巨体をしぼませ穴だらけになっていた。かすかに触手を動かしているが、それも徐々に弱っている。その横をフウカ達は捕まらないよう気をつけて通り過ぎた。

 まだ混乱から立ち直れていないジュリを三人で囲む。

 

「あきらめなさい、ジュリ」

「ま、まだです。まだ私は諦めません」

 

 まだ諦めていないジュリ。その眼前に、パンちゃんを全て平らげたイビルジョーがやってきた。

 

「ジョー」

「イビ……ちゃん」

 

 イビルジョーはケプ、と口からもらし、にっこりと笑う。

 

「ジュリ、ゴハン、オイシカッタ」

 

 たどたどしい言葉。しかしそれを聞いたジュリは涙を眦に溜め、顔を覆ってくずおれた。

 

「うぇえええん……ごめんなさい。先輩、イビちゃん。ごめんなさい」

 

 悩み過ちを犯した悪魔の懺悔を、光を温かく反射する十字架が静かに聞き続けた。

 

 

 

 後日のことである。放課後、ゲヘナの食堂に今回の事件の関係者が集まっていた。先生、ウタハ、サヤ、美食研究会、風紀委員、シスターフッドが。

 

「この度はお騒がせしてしまい、誠に申しわけありませんでした。これはその謝罪とお礼です」

 

 フウカとジュリが謝りながら、料理を配膳していく。

 皆の前に配られた皿にはクローシュが被せられており、中身が何であるか分からない。配膳される間にハルナが盛大にフウカの料理を褒めちぎっていたため、皆わくわくしながら全員の皿が配られるのを待っていた。

 待ち構えていた「どうぞ」の言葉にクローシュが外される。途端、温かな湯気が焼けた肉の香りを伴って広がる。

 

「まあ。こんな見事なステーキ、そうそうお目にかかれません。さすがはフウカさんですわね」

「たまにはこんな贅沢も良いものだね。気がつけばゼリーとエナジードリンクばかりなのがミレニアムだ」

「あ、コラ、ネズ助。ネズ助が食べたら駄目なのだ。ネズ助には塩分が多すぎるのだ」

「銀鏡隊長。美食研究会を捕まえなくて大丈夫なんですか」

「ううん。でも、委員長が今日は見逃して良いって言っていたし……」

「うう。私たちだけこんなご馳走、本当に良いのでしょうか」

「大丈夫ですよ、シスターマリー。今日は皆さん羽を伸ばすよう伝えてありますから。それにこれは謝意を示したもの。受けとらない方が失礼ですから」

「それじゃあ冷めないうちにいただこうか。いただきます」

「「「いただきます」」」

 

 先生の音頭で食事が始まる。

 ステーキにナイフを通せば豆腐に包丁を入れるようにスーッと通った。レアに焼かれたその断面は美しい赤みがまぶしい。手頃な大きさにカットし口に運べば、温かな肉がソースもないのに存在感をこれでもかと示す。

 

「わ、凄い。噛んだら肉汁が吹き出てきた」

 

 シスターフッドの子が言う通り、噛むとジュワリ。肉の旨みを全く逃さず、濃縮した肉汁が溢れてくる。

 何よりも焼き方が絶妙だ。表面はほどよい弾力があり肉を食べていると実感できる。そこを越えれば途端に力を入れずとも肉の線維が解けるように噛みきれる。一体どうすればこんな美味しく肉を焼けるのか。先生には分からなかった。

 

「フウカさん、また腕を上げたようで。五つ星のレストランをも上回る出来ですわ」

 

 ハルナの褒め言葉にフウカは隣にいたジュリを意味ありげに見つめ肘で小突く。

 

「良かったわね。ジュリ」

「はい」

 

 二人のやりとりに、その場にいた全員の頭にはハテナが浮かぶ。まるでいたずらに成功したような、一寸あくどい笑みをしたフウカがネタばらしする。

 

「実は今日のステーキ、焼いたのは私じゃないんです。ジュリが一から焼き上げたんですよ」

「「「えっ」」」

 

 ジュリの腕前を知っているものの口から驚きが突いて出る。

 

「実はあの後、夢を見たんです。見たこともない大自然の風景が広がる中、摩訶不思議な素材で作られた鎧を着て、とても人が使うとは思えないような大きな剣を背負った人が、焚き火の前でお肉を焼いているのが。そこでそれをまねしてみたら、こうしてお肉が焼けたんです。今はこれしか出来ませんが、きっといつかはいろんな料理も成功させてみせます」

 

 決意新たに胸の前で拳を握りしめるジュリ。そんな彼女に先生は満面の笑みを浮かべた。

 

「応援するよ、ジュリ」

 

 

 

 ゲヘナ学園のグラウンドの片隅。そこには元の姿に戻ったイビルジョーがいた。いつものようにたっぷりの食事を平らげている。そんな彼の側に人影があった。

 

「今日もいっぱい食べているのね。……元気そうで良かった」

 

 ヒナだ。食事の邪魔をしないよう、首筋を優しくさする。

 そうしていると、いつの間にか食事を終えたのか、イビルジョーがヒナに目を向けていた。

 

「あら。まだ残っているわよ」

 

 イビルジョーの口元には、そのサイズ差からすると非常に器用に、ジュリの焼いた肉が咥えられている。この程度たとえお腹がいっぱいであろうともペロリと平らげてしまう量だ。それなのに彼は肉を咥えるだけでそれ以上食べようとしない。ヒナが小首を傾げていると、その肉を彼女の口元に押しつけてきた。

 

「わぷっ。いきなりどうしたの。……もしかして私に食べてほしいの」

 

 ヒナは自分のことは良いから食べなさいと諭すも、イビルジョーは決して食べようとしない。ひたすら彼女の口に肉を入れようとするばかりだ。まるでヒナもこれを食べる権利があると言わんばかりに。とうとう根負けしたヒナが一口だけ肉を切り取り口に含む。

 

「美味しいわ。……でも私はお肉よりもあなたとお昼寝がしたいのよ」

 

 イビルジョーはヒナをじっと見つめたかと思うと、残っていた肉を一口に飲み込み、その身を横にした。

 目を丸くしたヒナだが、クスクス笑うとイビルジョーの巨躯を枕にした。

 

 

 

 謝罪とお礼を兼ねた食事会を終えたフウカは、イビルジョーの所までやってきた。

 もう空は赤焼けに染まっている。どこかで烏が鳴いている。

 顔をこすりつけてくるイビルジョーをこれでもかと撫で、フウカは笑って言った。

 

「さあ、帰りましょう。ジョー」

 

 その言葉にイビルジョーは咆哮をあげると、フウカの後ろをズシズシと音を立てて歩いて行く。

 今日もキヴォトスは平和で、貪食の狂王(イビルジョー)は家族とともに生きている。




これにて愚作、「ブルーアーカイブ 貪食の家族」を完結します。
短い作品でしたが、御愛読くださりありがとうございました。
新しい作品か、再び何か思いついて続きを書いた時は、そのときはどうぞよろしくお願いします。
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