「……君は馬鹿なのか?」
流石にそう呟かざるを得ない。
「だって、暁がいっぱい攻め立てるのが悪い……」
「まぁ、京楓が馬鹿なのは僕もよく知ってるけどさ」
「な、何を~~~~~!?」
「そういうとこだぞ」
医者は他の人より頭が良くなければ務まらないから、そういう意味で僕はみんなよりかは頭がいい方ということを自覚した上で、優しく患者に語り掛けることが求められる。それは目の前の幼馴染についてもそう。それが患者である限り。
――という話で終われば簡単なのだけれど。
「暁の気持ちいいし……そしたら暁に抱き着かないとどうにもできないし……そしたら背中に爪立っちゃっても仕方ないじゃん……」
「君が爪をもうちょっと切ればいいだけの話だよな!?」
目の前の女、ズボラが過ぎて、少し伸びた爪で暁の背中をひっかき傷でボロボロにしたとか抜かす。
それは流石にどうなんだ。いることが当たり前すぎて色々と雑になってないか。当たり前が当たり前であるとは限らないということを、僕たちはあの双六で学んだんじゃないのか……というのはさておき。
「で、私の背中もそんな感じなんだけどさ」
「君たちは馬鹿なのか!?」
となるとつける薬なんてなくなってくる。はっきり言って放置でいいレベルだ。
昼休みに、ちょっと近く寄ったからってことで幼馴染同士の惚気話を聞かされることになったこちらの身にもなってほしい。たまたまとはいえ、僕の所に来たなら、欲しいものがあるんだろうけど。
「……一応見ようか、背中」
「え、大誠からそういうの出てくるの怖い……」
「一応アレだよ、アレ。というかそれ以外にあるか」
「あぁそっか、あれね。大誠じゃなきゃセクハラだけど、大誠だからねー」
「君にセクハラ言われてもね……」
まぁ、これについては、他の医者でも駄目で、僕だからこそのというのは、身内での暗黙の了解があるけど……って。
「……おいおい」
なんというか、これをずっと放っておいたのか、みたいな感があった。割と跡残ってるし、どんだけ強く爪が立ったんだ。
「はぁ……診といてよかった、これ普通に暁以外には見られたら不審がられるぞ……」
「暁と琥珀ちゃん以外には見せないから……」
「後日琥珀に話聞いておくか……」
「ご、後生~~~!」
後生と言われても。多分二人の世界に入っちゃってるんだろうし、琥珀は恐らくいい迷惑なんだろうなという想像はつく。
はぁ、こんな形で旧知の仲の濡れ場の想像なんてさせられるとは。別に恋愛感情も何も元からないけど、それはそうと複雑だ。
「はいわかったので服着る。『これ』は服の上からでも出来るから」
「えっと……お願いします……」
「はいはい……そんなんで金取るわけにもいかないしね……」
全く、こんなんで世話掛けさせるのは本当にこの二人ぐらいだ。それ以外のことも含めてこれやれるのはあと数人だけとはいえさ。
「病縁」
少し光が浮かび上がって、みるみる内に京楓の背中が色白にも近いすべすべの肌に戻っていく。
……入手の理由が理由とはいえ、本当にチートだよなぁ、これ。
「その内暁にもやっておくよ。僕から呼び出すから」
「ごめんね、お願いします」
「それはいいから、爪をちゃんと切ってるということをBOINEでもなんでもいいから僕に見せること」
「はい……」
にしても、これ暁の背中は恐らくもっとひどい。なんなら暁より京楓の方がその辺りの力は強いだろうし、となると暁の背中は推して知るべしというところもあって。
「いつになったら幼馴染離れしてくれるのかね、あの二人は」
京楓が帰ってから独り言ちる。全く、いつまでたっても世話の焼ける二人だ。
今日は予定的には特になかったから、ちゃんと勉強をしなきゃなと思っていて、だけど京楓に邪魔され、この後暁にも邪魔されることになるんだろうなと思っていたんだけど。
「ん……?」
ピロンと、BOINEの着信。見れば、みさきからの連絡だった。
『縁ちゃんとのお勉強会が終わったからちょっと寄っていい?』
「ふむ、となると二人が来るのか。今日は騒がしいな」
『わかった、今は手が空いてるからいいよ』
それをひとまず送信するが早いか。
「大誠くーん!」
「いや早いな!?」
流石にびっくりしてしまった。これはもう着いた上で押しかける気満々だったな。
「ということで、今日はお昼ぐらいここで食べようかなーって。お邪魔しまーす」
「あの、大誠くん、みさきがうるさくない?」
「鹿乃よりその辺りは慣れてるから。とりあえずあがって」
みさきがここに通う必要なんて、今となってはもう全くない。それでも、機を見ては遊びに来てくれている。
学院までは一緒だった僕らが、大学で初めてバラバラになったのがどことなく寂しくて、だから理由を付けてはこうやって誰かしらともすぐ会えるように整えている。あのバカップル二人はともかくとしても、僕とみさきは理由をつけてでもしないと、中々タイミングも合わせられないから。
――そういう意味では。
「何? 大誠くん」
ある意味では、鹿乃に対する勉強会が、僕とみさきを常に繋げてくれる糸みたいな感じになっていた。
「いや何、鹿乃もちゃんと溶け込めてるなって思っただけ」
「それは……大誠くんのお陰だよ」
「むー、私のお陰じゃないんだ」
「みさきは……まぁいいや」
「それ逆にひどくない!?」
「クソ野郎のお陰ではないから」
「そうかなぁ? 暁くん、かなり縁ちゃんに対しての働きかけはしてくれたと思うけどな」
「暁がクソ野郎、のところの訂正はかけないのね……」
まぁ、ここについては、鹿乃が一々言うのに訂正を入れるのも疲れたというのもある。あとクソ野郎とまでは言わずともちょっとご迷惑様な気があるのも否定はしない。
「けど、暁は京楓に助けられたからこそってのはあって、だからこそ鹿乃に対してもというのは確かにあると思うよ」
「えぇ……? 京楓はともかく、あいつにぃ……?」
「だからだよ。救われた経験があるからこそ、今度こそ鹿乃を救いたいというのは、暁も本気で思ってるはずだよ」
というより、その話は以前に聞いた。僕も助けになってあげられたとは思いたいけど。でも、京楓がしてきたことを考えれば、僕も助けたというには烏滸がましくて。
だから僕は、今度こそ助けようと、屋上に立つ彼女を見た時に思ったんだ。男子なら大概は抱く、誰かに対してのヒーローになるという夢が、叶うかもしれないというさもしい正義感。
……なんていうのは、誰にも話すことはないけど。思い起こしたのが、現実に帰ってきてしばらくしてからだったから、クレアにもバレてはいないよね。
「にしてもさぁ、そろそろ京楓のことも嫌いになりそうなんだけど」
「京ちゃんのこともって? 何かあったの?」
「何かも何も、いっつもあいつとイチャイチャイチャイチャ……」
「あーうん、それはもう諦めろ」
それこそ、あの二人はそうなるのは、それこそ必然だったろうというのは容易に想像がついてしまうから、もう突っ込もうとも思わない。単に僕も諦めただけとも言う。
「まぁあいつらは……まぁいいや」
「何ー? そこで止められると、私気になっちゃうんだけどなー?」
「いや……みさきは知らなくていいよ、うん」
さっきまで京楓がここにいて、その上で聞かされた話が犬も食わないようなものだったことを、わざわざみさきに聞かせるまでもない。
……みさきが暁の事を好きなのは、傍から見ていても知ってはいたから。京楓の状況的にも関係性的にもチートだっただけで、暁もみさきに対して悪く思ってなかったのもわかってるから。
だから、僕からは何も言わないようにしている。今でも二人は友達でいられているのだし、二人には二人の関係性があるだろうから。
それに、下手につつかれたくないところをつつかないのも友達の条件だしね……って。
「それで、大誠くんは最近縁ちゃんとはどうなの?」
「つつかれたくないとこ来たー!」
「んー? 折角二人が揃ってるから聞いちゃおうかなって」
「み、みさき、それは、その」
「……親しい先輩後輩だよ」
とりあえずはそういうことにする。僕らは僕らで歩くペースが違うのだから、それが揃うか揃わないかという時に、無理して歩こうとしなくていい。一歩ずつ、着実に。
ま、みさきが気になるのもよくわかるんだけどね。付き合い抜きにして女子は恋バナ好きだもんね。
「……なんだかんだ、僕もみんなといるのが好きなんだよな」
昼食が終わって、みさきは帰って、鹿乃は所用があるからってことで別のところ行って。独り言ちた呟きは誰の耳にも入らずに消えていく。
「ま、みんな円満だったら、それでいいよ」
……僕からすれば。暁と京楓がくっついてくれてよかったと思う。少なくとも、あの双六を経た後では、暁は誰とくっついてもよかったのかもしれないけれど。でも京楓の相手は間違いなく暁だけで、そして暁に一番ふさわしいと感じるのも京楓だった。
「こんなこと、みさきの前じゃ言えないな」
みさきには悪いけど、少なくとも京楓には暁しかいないのは確かで、暁も京楓しかいないようにずっと見えてたのも確かだったから。
ひとまずは末永くやってくれればそれでいい。あの二人が別れるとも思えないけどね。
「大誠いるかー?」
「悪いね、呼び出す格好になっちゃって」
おやつ時を過ぎて、連絡をしていた暁がやってきた。うん、暁は本当に変わらないな。
「で、早速本題に入るけど、ちょっと背中を見せてくれ」
「背中を? ちょっとあんまり見せたくないような……」
「あぁいや、事情は聞いてるからね……京楓から」
「あー……なんか理解したけど理解されたくない……!」
そして、がばっとシャツを脱いでもらって、思わず。
「……うわぁ」
かさぶただらけの暁の背中に、嘆息するのだった。