50話
生まれてこの方、豪勢なパーティーというものの経験はない。
物心着く頃には【暗黒期】だったし、両親とした誕生日パーティも、血と炎でボヤけ朧気だ。
爺さんはパーティーなんてするタイプじゃなかったし、誕生日にちょっと良い日用品をくれるのと、普段より豪華な晩飯とシフォンケーキを作るくらいだった。それでも、両親を亡くした俺には十分に嬉しいものだったわけだが。
そんなわけで、多くの人が集まるパーティー……まして、ドレスコードがあるものなんて縁も無かったので、自分でもかなり緊張しているのがわかる。
「そんなに緊張しなくても大丈夫よ。どうせ、ここに来る神なんて暇を持て余しているか、自慢の
「いえ、俺の一挙手一投足が神様の評価や評判に繋がると思うと、下手なことはできませんから」
「あら……ふふっ、優しい子。でも、いいの。私は貴方が楽しんでいてくれる方が嬉しいし、楽しいから。だからほら、気を楽にして?」
「……善処します」
神様の事だから、本当に気にしていないのだろうが、やはり俺が気にしてしまう。神様達だけならまだしも、他にもその眷属である人達もいる訳だし、俺自身のためにも気にしておきたい。
後、爺さんは何だかんだ礼儀作法とマナーには煩かったから、それを無駄にしたくないという気持ちもある。
緊張を紛らわせるために深呼吸をしている間に、乗っていた馬車が止まる。
相も変わらず、鼓動は早いし呼吸も少し浅い、背中が妙な汗で濡れているが、最初よりは幾分マシになっている。
一足先に馬車から降りて、服についた皺や緩みを整える。
装備の善し悪しは分かるんだが、服装の善し悪しはあまり分からない。言葉を選ばずいえば、俺にはセンスがない。神様もちょっと苦笑いしちゃうくらいにはない。
そのため、今夜の服装は神様に選んでいただいたものだ。
深い紫の燕尾服に黒シャツ。全体的に黒い色で統一し、ワンポイントでネクタイと手袋だけがくすみのない白。
髪はオールバックにしている。額が夜風に撫でられる感触が慣れず、少し眉を
一通り整えられたので、神様を馬車から降ろすためのエスコートととして、馬車の中で楽しげに笑う神様へ手を差し出す。
「神様、どうぞ」
「あら、ここには色んな神様が居るから、誰のことか分からないわねー」
「……メ、メガイラ様、お手をどうぞ」
「ふふ、ありがとう。今日もカッコイイわよ、ズィーヤ」
「かみ……メガイラ様も、とてもお綺麗です」
豊満な体に纏うのは俺の燕尾服と同じ深い紫のロングドレス。
鎖骨より下のラインに沿う形のドレスは、豊かな胸部に押し上げられ、その下でいっそ不安になるほど細く引き締まる。広がる裾は地面に着きそうな程で、動きに合わせてサラリと音を奏でて揺れる。
普段隠された肩と華奢な腕が月光を反射して白く輝いている。
そして、いつもは三つ編みでまとめられた髪は首元で団子状に纏められて、細く艶やかな
「ふふ、そう言って貰えるならちょっとだけ勇気を出した甲斐があったわ」
神様がちょっと勇気を出すと、俺の心臓がちょっと口から出てしまうので、その勇気と素肌はしまって欲しい……いや、俺が神様の自由を縛るのは、良くない。
彼女は自由にしている姿がもっとも美しいんだ。
「あら、あそこにいるのは……」
「ん?あれは……ベル君とヘスティア様、それにミアハ様とナァーザさんですね」
馬車を預け、集まっている四人のもとへ向かう。少し近づくと、近づく俺達に気づいたらしいベル君と目が合った。
「ん……?あっ!ズィーヤさん!」
「こんばんは、ベル君、ヘスティア様。燕尾服、似合っているじゃないか」
「そ、そうですか?って、ズィーヤさんの方もよく似合ってます!こう、大人って感じでかっこいいです!」
「はは、ありがとう」
なんというか、この兎みたいな少年は屈託なく人を褒めるから気恥しいな。
この素直さが彼の人に好かれるゆえんなんだろう。
「メガイラ!君も来ていたのかい!」
「こんばんは、ヘスティア、ベル君。今日は随分と気合いが入っているみたいじゃない。綺麗よ、ヘスティア」
「へへ、ありがとう!そういうメガイラも、随分気合いが入っているみたいだね」
「えぇ、今日はズィーヤも一緒だから……ねぇ?」
神様の目が俺に向けて流れる。切れ長の目尻から覗く紫の宝石が夜闇の中でも艶やかに光っていた。
ゴクリと、生唾を飲み込んだ音が嫌に鮮明に聞こえた。
「はは、分かるぞメガイラ。主神が情けない姿では、大切な
「多分、ミアハ様の考えていることとは違うと思いますけど……。こんばんは、メガイラ様。それと、久しぶり、ズィーヤ」
「ミアハ様、ナァーザさん、お二人ともお久しぶりです」
「そう堅苦しくしなくていい。うむ、その服も似合っている。前髪がないからか、その美しい碧眼もよく見える」
「……よく似合ってる」
「お二人とも、ありがとうございます。ナァーザさんも、ドレスお似合いですよ。とても綺麗です」
「……ありがとう」
「ふふ、さて、みんな揃ったようだし……そろそろ行きましょうか?」
言うやいなや、神様が腕を絡めてくる。
神様の体温と、四肢のやわらかさ、普段よりも布が薄いからこそ顕著に感じる微かに触れるおっ……胸部の柔らかさに、気が、気が狂う。
「ベルくん、頼んだぜ!」
「は、はい!」
「では、我々も行くとしよう」
「はい」
緊張した様子のベル君と余裕を感じられるミアハ様は、それぞれヘスティア様とナァーザさんの手を取って歩き出す。
俺達も、そっちの方が良かったんじゃ……というか、そっちで居てくれないと俺が冷静でいられな
「ねぇ、ズィーヤ」
「ひゃっひ!」
耳元で神様の声が響く。僅かに湿った温かな息が、耳をくすぐる。
「私も、綺麗かしら?」
「も、もちろん!ドレスもそうですが……神様は、いつだって綺麗です」
「ふふ、そう。ナァーザちゃんにちょっと嫉妬しちゃったから、ごめんなさいね?」
「い、いえ。それでその……手を握って、エスコートしても、よろしいですか?」
「そうねぇ……ふふ、このまま行きましょう?みんなに、誰が誰の
「は、はい……」
頑張れ、俺の理性。集中しろ、神様の体じゃなく、周囲の様子を……!
そうだ、ここは【アポロン・ファミリア】の主催するパーティー会場!何らかの罠があったとしても不思議では無い!
「さぁ、行きましょう?」
押し付けられた胸が、俺の腕をつつつつ
「…………はい」
悪ぃ、爺さん。俺はここまでかもしれねぇ。
***
外観と同じか、それ以上に絢爛な玄関ホールを抜け、パーティ会場となっている2階を目指す。
様々な神様やその眷属が着飾って談笑する中で、同一の制服を着た存在が楚々としながらも忙しそうに歩き回っている。
制服の肩に刻まれたエンブレムは【アポロン・ファミリア】のもの。
どれほど絢爛であろうと、楽しげな夜会に見えようとも、その本質は敵の本陣。腹の中。
隙を見せれば、それが命取りになりかねない。
「ズィーヤ」
「はい」
「警戒するのは構わないけれど、気を張りすぎちゃダメよ。気取られてしまうもの」
「精進します」
「それに、私が隣にいるんだから、目移りしちゃ嫌よ?」
上目がちに見られ、警戒と緊張で冷えていた脳みそが熱くなる。
美しい御髪から覗く瞳は潤んで、頬は僅かに紅潮している。
普段とは違った服、違った環境でも、変わることのない美しさの中に、小さな不安が揺れている。
神様は……メガイラ様は勇気を出したと仰っていた。
であれば、眷属として、男として、彼女の勇気に敬意をはらい、その姿を目に焼き付けておくべきだ。それに──
「──今日は、デートですもんね」
「!……ふふ、そうよ。だから、私をちゃんと見ててね」
「もちろんです」
俺の頬を撫ぜる手の細さと柔らかさに目を細める。小さな不安は氷解し緩やかに笑う神様の顔はとても可愛かった。
「随分、見せつけてくれるじゃない」
「眷属との長くが良いのはいいんたが、この大衆の中でよくやれるな……」
「いやぁ、まさかメガイラがあんな表情するようになるとはね。本当に、ズィーヤ君には驚かされるよ」
「見ているこっちが胸焼けしそうですよ……」
「あ、あわわわっ!」
「はっ!?」
「あら、ヘファイストスにタケミカヅチ、命ちゃんにアスフィちゃんじゃない」
「あれ?メガイラ?俺は、俺もいるんだけどな〜?」
「黙れヘルメス」
どうやら、俺と神様の会話は他の人達にも聞かれていたらしい。
声をかけて来てくださった、ヘファイストス様達の顔が微笑ましいものを見るような、恥ずかしいものに呆れるような生暖かいもので……とても、気恥しい。
「はは、男子であればあれくらいの甲斐性を持っているべきだ。胸を張れ、ズィーヤ」
「そうだぜ、ズィーヤくん!いやぁ、ボクもベルくんに、あんな風に求められてみたいなぁって思っちゃったよ!」
「ズィーヤ、中々大胆だね」
「わ、わわわわ……!」
「ミアハ様達まで……」
友人たちに一連の会話を見られていたことに顔が熱くなるのを感じながらも、知己の面々が揃い少し安心する。
これで少なくとも不意打ちには対応できるだろう。言説によって悪評を流されようと、俺たちの味方をしてくれる人が近くにいるというのは大きい。
「──諸君、今日はよく足を運んでくれた!」
大広間の奥から明朗な声が響く。
太陽の輝きを宿した金髪が揺れ、男であれ見惚れる端正な顔には和かな笑みが象られている。
頭の上には若々しい緑を備えた月桂樹の冠。
左右に控える美しい男女は給仕をこなす者たちと同じ制服を身につけている。
「あれが、神アポロン……」
「今回は私の一存で趣向を変えてみたが、気に入って貰えただろうか?日々可愛がっている者達を着飾り、こうして我々の宴に連れ出すのもまた一興だろう!」
会場全体に広がる声もまた美声。
とはいえ、神々から見れば神アポロンもまた単なる一柱でしかないのか、神アポロンの口上を囃し立てる。
「多くの同族、そして愛する子供達の顔を見れて、私自身喜ばしい限りだ。──今宵は新しき出会いに恵まれる、そんな予感すらする」
?今一瞬、視線がどこかに固定されていたような……
「アポロンは、やっぱりベルくん目当てみたいね」
「……今の視線はベルくんへですか」
「間違いなくね。恐らく、今日仕掛けてくるわ」
「──ぜひ楽しんでいってくれ!」
神様と話している間に口上は済み、神アポロンは挨拶回りとして周囲の神々と話している。
周囲を囲んだ人垣を見れば、少なくとも、今すぐどうこうすることは無さそうだし、こちらから接触することも難しいそうだ。
「一先ずは、このパーティーを素直に楽しみましょうか?」
「そうですね。どうせなら、普段食べられない分、ここにある料理全部食べてしまいましょうか?」
「あら、ふふっ、いいわね」
差し出された神様の手をそっとリードしながら、二人で会場を巡り、料理を食べていく。
「美味しいですね」
「流石に神々を誘うだけあってちゃんとしたものを用意しているみたいね。このお肉もほろほろで美味しいわ」
「こっちのサラダも濃厚ですけど後味はさっぱりしてて美味しいですよ」
「じゃあ、はい。あーん」
「うぇっ!?……あ、あーん」
「美味しいかしら?」
「……ちょっと、照れちゃってあんまり味わからなかったです」
「ふふ、正直ね。じゃあ、次はズィーヤの番ね、あーん」
「え……あ、あーん」
「ん〜……ほんと、このサラダも美味しいわね。ソースが美味しいのかしら」
「確かに、ソースの味が濃いからこそ、野菜の味も際立ってるのかもしれませんね」
「それから……ズィーヤが食べさせてくれたからかしら?」
「っ!?」
「ふふ、顔真っ赤」
「……神様も、ちょっと顔赤いですよ」
「もう、名前」
「……メガイラ様も、照れてくれていますか?」
「えぇ、少し恥ずかしいわ」
そう言ってはにかむ神様の顔は、初心な少女のように可愛くて、美しいドレスと相まって美しくもあって──目が離せない。
敵地と分かっていても、油断しちゃいけないと思っていても、それ以上に心を、魂を、揺さぶられてしまっていた。
***
「え、我々は何を見せられているんですか?」
「いやぁ……仲がいいとは思っていたが、これ程とはね……俺達もあんな風にやっておくかい?」
「殴りますよ、ヘルメス様」
「も、もう殴っでまずよ……」
「あの二人は仲睦まじいようで何よりだな」
「ミ、ミアハ様……」
「む?何だ、ナァーザ」
「あーん……です」
「おぉ、では、ありがたく貰おうか。うむ、ナァーザのお陰で何倍も美味しく感じるな」
「……!」
「あっっっまいわねぇ……なんか、無性に鎚を振るいたくなってきたわ」
「口の中が砂糖でジャリジャリしている気さえしてくるな……命、大丈夫か?」
「はっ!はいっ!!み、命は、大丈夫です!」
「完全に当てられているな……少し、命と風に当たってくる」
「いってらっしゃい。……はぁ、私にも良い相手いないかしらね……」
「ベルくん!ほら、あーんだよ!あーん、口を開けておくれ!」
「え、えぇ!?いや、そんな……!」
「もしかして、ベルくんの方がしたかったかい!?それなら……
「ちょっ!?神様!口開けたままにじり寄られてもぉ!?」
2人の世界を作ってるのって、いいですよね。
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