絶対、イベントはこういうストーリーではないだろうと確信を持った上であえて勢いに任せて書き上げる愚行。
「アイドルにご興味はありませんか!!」
「えぇっと……」
ある、晴れた日の出来事でした。
トリニティに新しく出展したというケーキ屋がその日の会合場所の近くでしたので、普段着ているシスター服ではなく外行の私服に着替え念の為、マスクを着けて、私がシスターフッドの歌住 サクラコだとバレない様に外出しとても美味しいケーキを堪能した帰り道で彼女に突然、勧誘を受けたのです。
「っと、申し訳ありません。素性も分からぬ者に突然、詰め寄られても恐怖を煽るだけでしたね。自分はこういう者です」
「あ、これはご丁寧にありがとうございます……『ミレニアム学園アイドル促進部所属の三年生、藍堂 イッシン』さん」
「はい。自分が作り上げた部活動は学園の垣根を越え、多くの人に夢と希望そして愛を届けるアイドルをプロデュースする事を目的としております。いえ、正確にはしていました。諸先輩方が卒業し、お恥ずかしい事にアイドルを勧誘出来ず数ヶ月前にセミナーからは実績なしと見放されかつてその様な部活があったという程度に落ちぶれてしまっています」
それは……なんとも心苦しい事ですが既に部活としての資格を剥奪されているのなら、わざわざトリニティに足を運んでまでアイドルを探そうとしなくても良かったのではないでしょうか?
そう言えばミレニアムは『千年難題』という今の技術では解けない七つの難題に立ち向かうというのが創立理念でしたっけ……もしかしてミレニアムでアイドルを勧誘しても皆が、『千年難題』に忙しい為に集まらなかったという訳ですかね。
「ですが、自分はまだ一年生であった頃に見たライブが忘れないのです。ステージの上でアイドルがそれぞれの輝きを放ち、その光に魅了されたファンの皆様が笑顔になり幸せに満ちた表情でライブという限られた時間を過ごすあの光景が……なので、是非とも協力して頂けませんか!!」
「あ、あのそのち、近いです。一度離れてください……他の人の目をありますから」
「っとこれは申し訳ありません。昔から一つのことに集中してしまうと周りが見えなくなってしまいがちで」
いきなり両手を掴まれて、グイッと顔を近づけられるのは流石に恐怖でした……ですがそれだけこの方の熱意が伝わってきました。
しかし私はシスターフッドの長です。
アイドルというものに興味がない訳ではありませんが、藍堂さんは自分の人生を賭けているご様子ですし安請け合いは出来ませんね。
「……その大変ありがたい申し出なのですが、私にもやらねばならぬ事がありますので……」
「そうですか……ここ数日間、張ってる間では貴女の笑顔が一番愛らしくそして他者を惹きつける魅力に満ちていると思ったのですが……」
「え?私の笑顔がですか?その、結構私は避けられる事が多いのですが」
藍堂さんが言ってる様な可愛らしい笑顔を私が浮かべる事が出来たのなら、以前から何度も『先生』に相談している様な事柄は簡単に解決すると思うのですが。
あら?何やら藍堂さんのご様子がおかしい様な……まるで、火山が噴火する前兆みたいな。
「貴女の笑顔は大変素晴らしいものです!!メニューを見てどのケーキを注文するべきかと悩んでいる時は、まるで万物の裁定者の如き鋭い眼光と蓄えられた確かな知性を感じられる真剣そのものでしたが、一度ケーキが届いた瞬間、そこには花畑かと見間違うほどの満面の笑顔が咲き誇り先程までの裁定者の姿はおらず、無邪気な童女の如き愛くるしい方が居ました!!所謂、ギャップ萌えというものですがそれが素晴らしい!!世の中には意図的にこのギャップ萌えを作り出す方が居ますが、それは所詮作りもの!!貴女の笑顔の様な天然物を前には砂上の楼閣が如き容易く崩れ去る代物でしょう。更に普段はクールな顔つきであるというのもポイントが高いですね。綺麗、美しいと称される表情が一点可愛らしさ全開になる……この魅力に打ち勝てる者はそう居ないと自分は思います!!」
「えぇっと……ありがとうございます?」
矢継ぎ早に言葉の切れ目も殆どなく告げられたので、殆ど聞き取れませんでしたが藍堂さんが私の事を褒めてくれている事だけはなんとなく分かりましたのでお礼をしましたが本当に熱意の凄い方ですね。
「っとすみません……また熱くなりすぎました。もしも気が変わればいつでもご連絡ください。其方の名刺に自分の電話番号が書いてありますので。それと一週間ほどはトリニティに滞在する予定なので、また会えましたら是非本日とは異なる魅力を見させてください。それでは失礼します」
「あっ……嵐の様な方でしたね。突然話しかけて来て突然去っていくとは……愛らしい……」
懐からコンパクトミラーを取り出して、笑顔を浮かべてみます。
なんの変哲のない普段、皆様に怖がられる笑顔なのですが……これを藍堂さんは愛らしいと言ってくれたのですね。
「夢と希望、そして愛を学園の垣根を越えて届けたい……それで多くの方が救われるのなら……いえ、シスターフッドの事も……」
藍堂さんの強すぎる熱意を受けたせいなのでしょうか。
彼女が握り締めてくれた手を通し、私の胸の奥に確かな熱があるのをまだこの時は気が付けていませんでした。
「……んっ、もう朝ですか」
射し込んできた暖かな朝の光に揺られ、目を開けて身体を起こせばすぐ近くの机の上に並べられた『アイドル特集』というタイトルが目立つ雑誌が目に入る。
あの後、アイドルの事がどうしても頭から離れず近くにあるコンビニでアイドル特集の本と目についたライブのDVDを借りて見たのですがとても凄かったです。
キラキラと輝くステージで歌って踊り、可愛らしい笑顔を浮かべるアイドル達とファンの方々が生み出す一体感はまるでライブ会場が一つの生命体の様で……この景色を藍堂さんが目指しているのならあの熱量も納得がいくと思いました。
「ふぁぁ……そのせいで少し寝不足ですが。今日はミサがありますからね」
シスターフッドの正装に着替え、会場となる教会へと向かう。
いつも通りの慣れた道で、これと言って何も不思議なことはない平和な道……少し目を横に向ければ手入れのされた花々がとても綺麗に咲いていて反対側に目を向ければ──
「アイドルにご興味はありませんか!!」
「え、えぇ!?」
──掃除の行き届いた教会のすぐ近くでいつもの様にアイドル勧誘を行なっている藍堂さんと彼女に詰め寄られて困惑しているマリーさんが……ん?
「先程、ミサにやってくる方々に向けて挨拶する姿を見させて貰いましたが昨日見かけた彼女はまた違う魅力が貴女にはある。これぞシスターというべき清楚な雰囲気によく似合う愛くるしい笑顔は聞いているだけで癒されるその声も相まって、清純派としてきっと人気が出ること間違いなしです!!しかも何故か感じる色気……とても不思議だ。夕闇に灯りへと誘われる蛾のように貴女に吸い寄せられるそんな色気すらも兼ね備えているのは流石の一言に尽きません!!」
「あ、あの皆さんが見てますからその辺に……えっとえぇ……」
何処からどう見ても藍堂さんですねアレは。
マリーさんも困って、涙目になっていますし此処は私が言って一先ず帰っていただきましょうか。
「んんっ、藍堂さん?」
「サ、サクラコ様!!」
「ん?──おぉ!!貴女もシスターだったのですね!!なるほどなるほど……昨日とは打って変わりに感じられる清楚な雰囲気と何処か近寄り難い黒幕のような雰囲気はまた違う魅力が掻き立てられる。何やら怖い笑顔を浮かべられている様ですが……その、もしかして自分何かやってしまったでしょうか?」
「何かやってしまったのでしょうか?ではありません……藍堂さん、ちょっとお時間いただきますよ」
「ヒュッ……は、はい」
そんなに怯えないでください……昨日あんなに褒めてくださった私の笑顔ですよ?
すっかり縮こまってしまった藍堂さんを連れて、シスターフッドが使う部屋の一つに案内し私達は向かい合う様に座りました。
「朝から何をしてたんですか?」
「その折角、トリニティに来たのでミサの一つでも参加してみようかと思って……」
「そうしたらマリーさん……貴女が勧誘していた彼女を見つけたと」
「はい……まさか貴女に続いてアイドル候補をこんなに簡単に見つけられるとは思わずつい」
全くこの人はと思わず溜息が溢れてしまいまいした。
活動に熱心なのは良いことですが、場所をしっかりと選ぶ様にして欲しいものですね……これからミサが行われるという場所であんな騒ぎを起こせば良い印象を抱かれなくて当たり前なのですから。
「まぁ、マリーさんはとても可愛らしい方ですから貴女がそうなるのも分かりますが。場所は選んでくださいね」
「はい……」
ショボンっとしている姿は少しマスコットみたいで可愛らしいですね藍堂さん。
「そういえば昨日、あの後アイドルを少し調べて見たのですが確かに藍堂さんが言う様にとても煌びやかでした。誰もが皆楽しそうで……沢山の笑顔が広がっていましたね」
「はい!!そうなのです!!アイドルに興味が出てきましたか?」
「そうですね……以前よりは少なくともアイドルがどの様なものか知りました。その上でやはり私が出来るものではないなと。見ての通り、シスターとしての役割もありますから。そんな片手間で目指して良いものでは──」
あの場所はきっと沢山の努力をした者だけが立てる場所で、私の様なシスターとの二足の草鞋を履く様な者が立って良い場所ではないと思いました。
だから昨日の申し出は辞退しようとそう口を開いた時でした。
「良いんです!!!!!シスターとしての役割があったとしても、もしも貴女の心の中に少しでもアイドルに憧れる気持ちがあるのならそれだけで目指す資格はあるんです!!他の人達は貴女がシスターとしての仕事をしている間も、アイドルとしての研鑽を積むでしょうがそこは自分が補ってみせます。シスターをやりながらアイドルとして一番の輝きを貴女が発揮出来る様に!!」
胸の奥が熱くなる。
目の前の彼女から燃え移った様に心の奥が、芯が確かな熱を帯びていくのを自覚する。
「サクラコさん!!どうか自分と一緒に皆さんに多くの夢と希望、愛を届けてみませんか?」
……本音を言えば少しだけ嫉妬していたのもあるのですが、そんなものが気にならなくぐらいに藍堂さんは私に真っ直ぐな手を差し出してくれました。
その手を取るべきか迷う……本当にシスターとアイドルの二足の草鞋を履いて良いのか、怖がられてばかりの私が藍堂さんの言う夢と希望、そして愛を届ける事が出来るのか考えれば考えるほどに多くの不安が顔を覗かせますが。
「大丈夫。サクラコさんならアイドルになれます」
そんな不安を見透かした様に微笑んでくれる藍堂さんによって、不安は全て燃え尽き──気がつけば私は彼女の手を取っていたのです。
「歌住 サクラコをよろしくお願いしますね。藍堂さん」
「はい!!任されました!!」
こうして、私のアイドル人生が始まったのです。