蒼き翼よ、果てまでも   作:時雨0014

1 / 2
火の記憶

 コーラルが燃える。ルビコンが、燃えていく。

 バスキュラープラントにザイレムが突っ込み、アーキバスによってひとつ所に集められたコーラルに火が点いて、そして――全てが紅く染まった。

 わたしはただ、それを見ている。

 カーラが事前に用意してくれた脱出艇の中から見るその景色は、紅い海でも見ているようで。ルビコンを中心にコーラルが燃える紅い輝きが広がっていくこの海が、恐ろしいほどに美しく思えてしまった。

「……終わったよ、ウォルター」

 音にすらならないような小さな声で呟く。わたしの仕事は、これで終わった。ウォルターの、カーラの、オーバーシアー達の意志は継がれた。これでコーラルによる危険性は回避される。たとえルビコン全てを巻き込んだものだとしても、宇宙に比べればきっと些細なものなのだろうと、自分に言い含めた。

 それでも——。

 隣に立つ人物に横目でそっと視線を送る。そこには燃えるルビコンをわたしと同じようにただ見つめ続ける——ラスティの姿があった。

 彼の顔を、直視する事が出来ない。横目にしか見れない彼の目には、何が見えている? この炎に何を思っている? 紅く燃え盛るルビコンに、どんな感情を抱く?

 そんなもの、分かりきっているだろう。

 わたしは暗い気持ちでそれを想像した。悲しみだろうか、苦しみだろうか。恨みだろうか憎しみだろうか。およそ負の感情に襲われていて当然だろう。故郷が燃えるこの景色は、彼にとって耐え難い、地獄以外の何物でもないはずだ。それなのに——。

 

「ああ……美しいな」

 

 ぽつりと、掠れきった声が聞こえてきた。それはあまりにも小さく、聞き取れたのすら偶然と思えるような声で……。そしてその言葉に耳を疑ってしまった。弾かれたように彼の顔を見る。わたしの視線に気付いていないまま、ラスティは静かに艇のガラス窓越しに燃える海を見続けていた。ふとその頬に光が落ちる。深緑色をした瞳から零れ落ちた小さな雫は、コーラルの紅い輝きに照らされて血の涙でも流しているかのように見えた。

 その瞬間わたしの胸に鋭い痛みが走った。彼を、ラスティの心を、傷付けているのは——わたしだ。わたしが、この人に地獄を見せている。これはもう変えることの出来ない現実で。そしてラスティにそれを選ばせたのは紛れもなくわたしだった。

 ルビコンを焼いた罪。ラスティに地獄を見せた罪。生きるために、わたしは二重の罪を背負う。片方の罪はウォルターの為。何があろうと彼の意志を継いで使命を成し遂げると決めた時に背負った。そしてもう片方は——わたしの為の、罪だ。

 

 

     ◈

 

 

『ラスティ。堕ちて来い、わたしに』

 

 口の中に鉄の味が広がる。コア内のあらゆる機器がけたたましい警告音を響かせてくる。新型機体(スティールヘイズ・オルトゥス)は至る所が激しく損傷して、実弾オービットの弾は切れどこかのタイミングで外れていた。頼みのレーザースライサーも、機構の一部が破損したのか回転する気配を見せない。

 身体中が悲鳴を上げ、衝撃で肋骨が何本か折れているのがわかる。肺に突き刺さっていないだけましだろう。額が切れたのか生温い血がこめかみを伝って首元に染みを作った。

 死の気配が背後まで迫ってきているのを感じる中、目の前の機体がオルトゥスのコアに冷たい銃口を向け、更に冷たい声で通信を行ってきたのを私は驚愕の思いで聞いていた。

 届かなかった、届きたかった戦友の姿。私の命の終わりなど、その引き金を引けばすぐに為されるはずなのに、それをせず戦友はなぜか問いかけを送ってきた。

 

 〝堕ちて来い〟

 

 なんだ、それは。その問いに命乞いでもするべきなのか? それを望んでいるのか? だがノイズ混じりで見えづらくなったモニター越しに映るACは、ただ静かに、まっすぐに私を捉えているように感じた。命乞いを求めているのでは無いと。決めろ、と。

「見逃して……くれるとでも?」

 それでも私は目の前の死に問いを返した。そんなはずでは無いと思いながら。

『……それは、あなたの返答次第。だけどその機体はもうもたないだろう。選ばないのならせめて確実に終わらせてあげる』

 戦友のヘッドパーツがオルトゥスをぐるりと舐めまわすように動いた。戦友との戦闘でオルトゥスの損傷は激しい。ターミナルアーマーも発動し、リペアキットも使い切った。もう残っているものは何も無い。それを知っての言葉だろう。

 確実に、というのは彼女なりの慈悲なのだろうという気がした。確かにこのまま何もせず放置すれば辛うじて生き残ることは出来る。だがその先に待つ地獄もまた分かりきっている。そうさせない為にきっと確実に殺してくれる筈だ。それなのに、その方が早いはずなのに、なぜ、こんな問いをしてくるのだろう。

「……聞いてもいいか。なぜ、私にそんなことを聞く? 何のためだ?」

 まだどうにか動く右腕を操作し、己を捉える銃口に機体の手を添える。ぎしりと鳴りながら今にも壊れそうなオルトゥスの腕で、戦友を掴む。離さないように。離れないように。

『…………わたしの、為に』

 沈黙の後に聞こえてきた答えに思わず目を見開いた。戦友のため? 私を殺さないことが君の為になるのだと?

 カーマンラインに漂うコーラルの紅い輝き。その光に照らされて戦友の機体は紅々と燃えていた。それはまるで私の心の鋼鉄を溶かし尽くす業火のようで、目が離せなくなった。全てをぶつけ、より高くと願い——そして敗れた今の私に残された道。夜明けを求め、飛び続けて辿り着いたこの先にはただただ炎があった。

 全て見透かされているような気がした。苦悩も、葛藤も、自分を殺し続けて保っていた意志も。コーラルの炎を纏う戦友の前では全てが燃え暴かれ晒されていくようで。そうして私の中に僅かに残っていたこの惑星(ルビコン)夜明け(未来)への渇望が、この一瞬の業火に焼かれ、ふっと堕ちていくのを頭のどこかで感じていた。

 君に敗れた私を、君が求めるというのなら。それが君の為になるというのなら。それなら、私は——。

「それを——君が、望んでいるなら」

 口をついて出たのは全てを捨てる言葉。ルビコンを、そして自分を捨て去り諦めることを選択した。彼女を、戦友の手を、私は取る。

『それがあなたの選択か』

 そう言った戦友は銃を持つ腕と反対側、左腕の武装をパージしてオルトゥスを掴んだ。未だ銃口が向いているのは私が心変わりして逃げられないようにする為だろうか。もう、そんな気力も無いというのに。

『なら、わたしの地獄に着いてきてもらう』

 機体ごと抱えられ戦友の手の中に堕ちる。どの道この先に待つのは地獄だ。それなら、戦友の為に堕ちてしまおう。選べなかった、届かなかった未来に背を向けて。

 

 

      ◇

 

 

 はじめて『ラスティ』という人物と接触したのは「壁越え」の時だ。事前のブリーフィングからヴェスパー第四隊長が僚機として途中合流してくるとは聞いていたが、どのような人物かまでは情報共有はされていなかった為、壁内部に入った時に通信を行ってきた声が印象に残っている。

『速いな。どうやら話に聞くよりできるらしい。こちらもスピードを上げていく』

 突然やってきた独立傭兵にも合わせ動いてくれる様子に——V.Ⅳ、ラスティか。なかなかやるんだな——と少なからず好印象を持った。普通なら独立傭兵と聞いて軽んじてくる輩も多いのに。

 その後のジャガーノート戦でも彼は上手く動いてくれた。スティールヘイズのスピードで撹乱するという言葉通りに囮役を買って出てくれたお陰で、楽に背後を取る事が出来た。プラズマミサイルと銃弾によりスタッガーが取られた隙に、火薬の詰まった砲弾を浴びせる。(ひらめ)くような動きでジャガーノートを切り刻まんとするレーザースライサーの蒼い光も、目に付いて覚えている。『見せてくれる』と言っていた彼の言葉に——そちらこそ——と心の中で返した。

 あともう少しという所で向こうの司令部からの情報により、敵の増援が来ているとかで彼は離脱して行ったが、ラスティと共に大方削っていた事もありその後難なくジャガーノートを撃破することに成功した。ウォルターはV.Ⅳの言動に若干の難色を示していたが、些細な事だろう。どうせ一介の独立傭兵の事など企業(アーキバス)にとっては使い捨ての手駒のようなものなのだから。

 そう思っていたのに、V.Ⅳはその後個人で通信を送ってきた。しかもアーキバスの計画を暴露し忠告さえしてきたのだ。

『上の連中も、君の名を覚える気になるだろう。——この私と同じようにね』

 含みを持ったその言動にほんの少しだけ違和感を覚える。

 ——この人は、他とは違う何かを持っているんじゃないか? 企業に従順でいるだけでは無い、何かを。

 この違和感が何なのかまだ分からない。けれどこれが、ラスティに対するはじめて持った個人的な感情だった。

 

 

     ◇

 

 

 エアによって狙撃され制御が効かなくなったザイレムの中で、ラスティの機体をカーラに預けた。

「カーラ、お願いがある。ラスティを死なせないようにして欲しい。わたしの仕事が終わるまで。終わったら、迎えに来るから」

 わたしが真剣な顔でカーラに呟くと、彼女は困った顔をしてわたしに向き合った。

「ビジター。どういうつもりなのかは知らないが、本当にいいのかい? あいつは、あんたを倒しに来た。言ってしまえば敵だろう? ビジターの願いなら聞いてやるけど、大丈夫なのか心配だよ、私は」

 カーラの目元がほんのりと赤い。チャティにお別れを言ってきたと、聞いた。カーラだってチャティを失ったばかりで辛いはずなのに、わたしの身を案じてくれている。

「ありがとう、カーラ。でもこうするのがわたしの為なんだ。引いてはウォルターの為にもなる。これからやる事の為に必要なんだ」

 カーラの言葉が身に染みる。その通りなのも分かっていた。けれどわたしにはこうする事しか思い付かなかったのだ。ウォルターの言葉を聞いてから、ずっと悩み続けていた事——。

 

 

 わたしは、ウォルターの為にこのルビコンに火を点ける。ウォルターは廃棄処分寸前のわたしを買ってくれた。人としての尊厳を守ってくれた。わたしの力を信じ託してくれた。だからウォルターの為に意志を継いで全てを燃やすと決めたのだ。

 それなのにわたしの心には迷いがあった。勝手に来て、勝手に火を点けて、その後わたしはどうなるのだろう。ルビコンの人々は? ウォルターは? カーラは? ラスティは? 人と関わって生まれた感情が邪魔をする。燃えるルビコンを見て正常でいられる気がしなかった。狂ってしまうと、思った。でも勝手に死ぬことはそれこそ許されないとも思った。

 惑星(ほし)を焼くのは、きっと重い罪だろう。オーバーシアーであるウォルターとカーラはそんな覚悟を背負って今までずっと生きていたはずだ。でもわたしにはまだそこまでの覚悟があるかと言われれば、そうだと断言出来るほどの強い意志を持ててはいない。ただただ、ウォルターの為にと言うだけの感情でここまで来たのだ。

 そんな中、わたしを追って、こんな空高いザイレムの上まで飛んできたラスティの姿を見て、恐ろしい考えが浮かんでしまった。——この気高く強い人を、わたしを戦友と呼んでくれたこの人を楔にしてしまおう。彼を堕としてその罪の意識でわたしが死なないようにしよう。

 ルビコンの地下深く、コーラルの中心にほど近いあの場所で、為すべきことがあると言って戦ったラスティはきっとわたしを否定する。それを押し退けて楔にして、罪に罪を重ねてしまえば、きっとわたしの退路は絶たれる。エアを裏切り、ラスティを堕とし、そしてウォルターの為にコーラルを焼く。もう、それしか考えつかなかった。だから彼に伝えた。「堕ちて来い」と。

 そして駆けることを諦めた狼は堕ちて来たのだ。わたしの願いの元に。これでわたしは後には引けない。もう、戻らない。

 

 

 目の前にいるカーラに静かに視線を送る。この覚悟は、カーラに伝わっているのだろうか。こんな歪んだ覚悟は知られたくないなと思ったけれど、伝わって欲しいとも少しだけ思った。そんなカーラは、神妙な面持ちで頷いた。

「わかったよ、ビジター。ラスティとか言ったか? あいつの事は何とかするよ。あんたは行きな。……誰かが、待ってるんだろう? 後は頼んだよ、ビジター」

「うん。カーラも」

 きっとカーラに会うのはこれで最後になるだろうという気がしていた。艦の制御を失ったザイレムは、このままバスキュラープラントに突っ込む以外の選択肢など残されていなかったからだ。

「仕事は果たす。何としてでも」

 カーラに強く言葉を残し、自分のACに乗り込む。行かなくては。エアが、わたしを待っている。

 

 

     ◈

  

 

 ビジターが行ったのを確認して、件のラスティの元へ足を向けた。V.Ⅳとして知っていたアーキバスのものとは違う機体を見ると、まぁ色々な所がぶち壊れていた。とんだ激しい戦いをするものだと呆れる。バスキュラープラントに着くまでまだ時間はあった。ラスティが死なないようにしてくれというのならまずはこの機体を動くようにはしておかないとね。幸い動くようになるにはここにある装備で何とかなりそうなのが救いではあるか。

 コアによじ登りコックピットハッチを開けると、中には半ば気絶した状態で座席に背を預け俯く男の姿があった。

 ——こいつが、ビジターがよく言っていたラスティか。なかなかいい男じゃないか。でもあんたも可哀想な男だね。同情するよ、全く。

 中に入って様子を確認する。額から血を流してはいたが、それ以外に目立った外傷は無く、乱れたモニターから得られる情報からも心拍共に大きな異常は見られなかった。ACと繋がっている神経接続部を強引に引き抜くと、その肉体への反動でラスティは呻き声を上げながら目を開けた。

「起きな、V.Ⅳ。いや、今はただのラスティって呼んだ方がいいのかい? ああ、無駄な抵抗はやめときな。意味無いからね」

「貴女は……ああ、RaDの頭目か。カーラ、と言ったか?」

 掠れた声でラスティは言葉を発する。アイスワーム戦の時に会話したくらいだったが、その時ほどの覇気は今は薄れてしまっていた。しかし静かに見つめてくる瞳の奥には、未だ強い光を醸し出している。中々に強い男だ。

「そうさ。ビジターに頼まれたんだ。仕事が終わるまであんたを死なせるな、ってね。だから死んでもらっちゃ困るのさ」

「戦友が……」

 ビジターの言葉を伝えると、ラスティは暗いコアの中でぽつりとそう呟いた。

 ——戦友、ねぇ。

 なおもビジターの事を戦友と呼び続けるこの男に興味が湧いた。どうせ残った時間は少ない。それなら心残りは少ない方がいいだろう。ビジターがいない間に聞いてみるのも悪くないか。

「あんたはまだビジターの事を戦友って呼ぶんだね。殺し合ったのに。あんただって、企業を利用してビジターをどうにかしようとしてたんだろ? それなのになんでだい?」

「貴女に言う必要があるか?」

 ハッと思わず声が漏れた。命を握っているのはこっちなのに、軽く睨みつけながら噛み付くように言ってくるものだから笑える。

「ただ気になっただけさ。それに、ビジターもあんたにはただならぬものを持っているようだったからね。ビジターのあの顔。私らの為にしてくれているんだと理解はするけど、それにあんたを巻き込んだのには同情するよ」

 そう言い捨てると、ラスティは途端に表情を歪めた。俯いてしばらく黙り込んでいるようだったが、ぽつりぽつりと言葉が聞こえてきた。心の内を吐き出すように。

「戦友、は……。彼女は、私にとってひとつの可能性でしか無かった。ルビコンの未来の為に繋がるいくつもある可能性のひとつ。それが……それが、いつしか彼女自身を追い求めるようになった。あの強い光を手にしたくて、求めて、そして……。それは最後まで変わらなかった。たとえ相対しようとも、私には戦友は戦友でしかないんだ」

 重く苦しげに吐くその言葉に、思わず何も無い空間を睨みつけた。

 ビジターもビジターなら、この男もこの男だ。本当に、同情する。戦場で抱いちゃいけない感情だろう、それは。こいつはその意味に気付いているんだろうか?

 思い返せばアイスワーム戦でもそうだった。この男はぎりぎりまでビジターの事を気にかけていた。リミッターを外して撃ったレールキャノンから流れるフィードバックで、バイタルはぐちゃぐちゃだったくせにそれをおくびにも出さず、ビジターに掛ける言葉は冷静さを保っていた。あの子に心配をかけさせまいとしている様子が手に取るように分かって、苦笑したことを覚えている。

 それに、さっきのビジターの顔。「ラスティを死なせないようにして欲しい」。そう言ったあの子の顔は自分では気付いてなかったんだろうがとても哀しそうな顔をしていた。あの顔は――〝願う〟顔だ。何かを願って、それが苦しいものだと分かっていながら、それでもそう思わざるを得ないような、そんな顔。

 この子たちは、きっとお互いに何か想いを抱えている。もっと前、いや、このルビコンで出会わなければきっと良い関係になれたんだろうに。——でももう、どうしようもない。どうしようもないんだ。可哀想な子たちだよ。

「そうかい。それならそれでいいさ。ビジターの覚悟も、あんたの気持ちも理解はした。その上で私らオーバーシアーの目的の為には正直あんたは邪魔なんだが、あんたを死なせないというビジターの願いを聞き届けなくちゃならない。ほら、分かったらさっさと出てきな」

 あえて強く言ってラスティの体を強引に引く。怪我の手当と機体の整備がある為、これ以上時間は割けられそうに無かった。いきなり動かしたことでラスティの顔が痛みに歪む。

「手荒い人だな。肋骨が折れてるんだ、加減してくれ」

「それくらいじゃ死なないさ。ビジターの為にも動きな。……どの道、あんたにはきっとこの先、もっとしんどい痛みが待ってるよ」

 心配したわけじゃない。でもルビコンの為にと空を駆けここまでやってきた覚悟を持った男にとって、この先に待つものなんて地獄以外の何物でもないだろう。ビジターとどんな話をしてここに来たのかは知らないが、それでもラスティの気持ちをほんの少しだけ案じてしまった。

「それは……」

 痛む脇腹を押さえながらコックピットから出てきたラスティは暗い表情をして一瞬立ち止まった。でもそれは本当に一瞬のこと。すぐに伏せていた目を上げて足を踏み出す。

「痛みには慣れている。それに戦友の手を取った時に、今までの私は捨てた。もう、戻れない」

 暗い目をした男を見やる。口ではそう言いつつも、顔には未だ迷いがあるように見えた。そんなに簡単に割りきれてしまうほど、この男が背負ったものも軽くは無さそうだった。……ビジターは、どんな呪いをこの男にかけて行ったんだろう。こうさせてしまったあの()の覚悟に、私の中にも哀しみが広がってきた。

 ——ビジター、あんたに全てを託すことしか出来ない私らを、どうか許しておくれ。

 胸の内で懺悔する。これは決してビジターには聞かせられない言葉だ。あの()はきっと、こんな言葉を望んじゃいないだろう。それでも思わずにはいられなかった。

 後ろからラスティの足音が聞こえてくる。ちゃんと着いてきているらしい。それを感じ、顔にゆっくりと笑みを浮かべた。そして振り返らずに自分に着いてきているだろうラスティに声を掛ける。

「あんたに、私のモットーを教えてやろう。『生きてるなら笑え』だ。どんなに痛くとも、どんなに苦しくとも、生きているなら笑ってな。——たとえ笑えなくても、覚えてな」

 ラスティが息を飲んだ音が聞こえてきた。濁った空気がしんと張り詰める。そして彼は何か考え込むような気配をさせて、足取りがゆっくりになった。

 さて、今のこいつはどんな顔をしているだろうか。私の言葉に何を思ったんだろう。気にはなるが振り返らない。あとはもう、こいつ次第だ。

 

 結局私らが進むのは炎に包まれた地獄の道なんだ。それなら共に、最後まで笑っていようじゃないか。なぁ、そうだろう? ————

 

 

     ◈

     

 

 指定されたステーション31に着くと、エアがそこで待っていた。技研都市で見つけてきたのだろうか、見た事のない機体を操っている。彼女の意志もまた固かった。

『レイヴン、考えを変える気はありませんか』

 重厚な機体の中からエアがそう問いかけてくる。わたしの事を諦めきれず、まだ共生の道を歩みたがっているのだとエアの全てが物語っていた。

 エアの気持ちも、理解出来る。コーラルに意思があるのだと知った時から、その可能性もほんの少し考えていた。彼女は、わたしをずっと助けてくれたから。それでもわたしは決めたのだ。彼女の前でウォルターの意志を継ぎ——彼女の同胞を焼くと、決めたのだ。そしてその為にわたしは暗い道を選んだ。重く、辛く、苦しい道を。

「分かっているはずだよ、エア」

『……残念です、レイヴン』

 苦しみに満ちた低い声でエアが呟く。そしてエアはコーラルの紅い光を纏った。始まってしまえばもう止められない。わたしたちの道は分かたれた。

「エアのことは好きだった。わたしに出来たはじめての友人。でもウォルターの事をわたしは裏切れない。だからここでお別れだ、エア」

 左右に柱が建ち並ぶ円形のステーション。その後ろにはバスキュラープラントと、それに砲撃を続けるザイレムの姿が見える。友人との別れの舞台としてはあまりにも眩しく、激しい光景だ。

 きらきらと紅く輝くコーラルがわたしたちの周囲を舞う。その円の中心に悠然と立つエアに武器を向けた。先程衛星砲から飛んで来た時の速さを見るに、エアのあの機体は見た目の割にかなり高機動のようだ。はたして、わたしの武装であの速さについていけるのだろうか。

 ——まぁ、やるしか無いのだけど。

 ひとつ息をつく。エアを倒さない限り、ウォルターの意志は果たされない。ウォルターがわたしに託した使命も、彼女(エア)を裏切った事も、ラスティを——堕とした事も、全てが無になる。コーラルを、焼く。エアを、倒す。それだけを考えろ。

『レイヴン。あなたは私が止めます。この惑星(ほし)を、焼かせはしない』

「止められるものなら」

 強く言葉を放つ。わたしの退路は既に絶ってきた。あとはエアを倒すだけだ。

 

 エアの攻撃は全てコーラルで出来ていた。紅い粒子が舞い、レーザーが四方からわたしを貫こうと追ってくる。それを避けると、今度はエアが瞬時に迫ってきてその手に持つコーラルの刃で切り裂こうとして来た。

『私の……全力で当たります』

 その言葉のままにわたしへの殺意に満ちた攻撃。予想の通りエアの機体はかなりの高機動だ。FCSで追うのも精一杯の挙動。攻撃を避け、お返しにと砲弾を浴びせても、彼女の纏う紅いアーマーに弾かれる。あれが厄介だ。それに、コーラルによる攻撃を受ける度、きぃんと耳障りな音が響く。じわじわと耳に残り続けるあの音は、コーラルの悲鳴なのだろうか。人と、わたしと共に歩めなかった、コーラルの悲しみの声なのだろうか。

 そんなはずは無い、と考えるのをやめる。コーラルに意思を感じてはいけない。既にわたしにはその資格は無いのだから。エアを倒し、コーラルを、ルビコンを焼く。それが今のわたしの為すべきことだ。

 ——ああ、ラスティとは真逆だな。

 目の前に迫り来る紅い刃を避けながら、そんなことが頭に浮かんだ。唇の端がつと歪んでいく。なんて罪深い生だろう。こんなにも故郷を思い守ろうとしてくる人達がいるのに、わたしはその全てを奪おうとしている。きっと(彼女)らは多くの命と希望を背負って戦っているのだろう。それが彼らの為すべきことなのだから。

 でもわたしは、たった一人の、慕って(愛して)やまない一人のためにこうして武器を取っている。どちらの方が重いかなんて(はた)から見れば分かり切っている事だろう。それでもわたしにとってはこちらの方が重い。だから——それを為す(火を点ける)のは、わたしだ。

 エアが迫ってくる。コーラルの刃を振りかざし、わたしの命を絶とうと狙ってくる。それをクイックブーストで左に避け、あえてエアの機体に近付く。そしてすれ違いざま、己のアサルトアーマーを発動させた。

 エアの纏う紅いコーラルのアーマーと、わたしの翠のアサルトアーマーがぶつかり合って光が爆発する。かなり限界に近い挙動をした為か激しくフィードバックが起こり、目の前に翠の光が舞い脳に衝撃が走った。ホワイトアウト寸前になりながらもエアの機体を視界に捉え続ける。アサルトアーマーをぶつけた事でエアのアーマーは剥がれ、機体に直接ダメージを与えられるようになっているのを確認した。すかさずそこへ大口径グレネードとレーザーランスを叩き込む。そして今回は——パイルバンカーを、背負ってきた。

 ブーストを吹かしエアに迫る。そしてその中心へ、パイルバンカーの重い杭を突き刺した。その後も何度も、何度も何度も削っては杭を刺す。エアの攻撃も激しさを増し、毒々しい色になったコーラルの紅がわたしの周りでばちばちと爆ぜた。

 レーザーランスの蒼と、プラズマミサイルの紫と、コーラルの紅で輝く光たちが混ざり合って幻のような美しい色合いを魅せている。こんな時でなければ「綺麗だね」と言っていたかもしれない。でも実際は生と死がせめぎ合う、血の戦場だ。エアに身体は無いけれど、その心はきっと血を流しているだろう。

『まだです……! 同胞たちの生命を……!』

 エアの言葉をかき消す様に無常にレーザーランスで突撃していく。蒼光が機体を貫いたその刹那、エアの動きが止まって見えた。——ああ、エア。これで終わりだ——わたしはそのままパイルバンカーに持ち替え、そして……ズン、と重い感触を味わった。

『ああ……レイヴン……。それでも……私は……』

 白と赤で出来た機体が、爆ぜる。

『人と……コーラル……の……』

 紅い光を撒き散らしながら、爆ぜていく。その手は光の中でなおもわたしに向かって伸びてきていた。掴んであげたかった。友人である彼女の手を取ってあげたかった。けれどもわたしは何もせず、ただそれを見つめている。

「さようなら、エア」

 光に包まれ消えていく友人へ別れの言葉を呟く。ごめんなさい、とは言えなかった。言えるはずもない。だが心の中で謝罪した。コーラルを焼く事へでは無く、エアを、友人の手を取れなかった事への謝罪だ。

 

 

 紅く紅く燃え上がって、そして沈黙したエアの機体の傍に立つ。後は——ザイレムがバスキュラープラントに着けば全てが終わる。衛星砲の後ろ、目的のバスキュラープラントを見上げればもうザイレムはすぐ側まで迫っていた。

「……ラスティ」

 はっとして声を上げる。カーラに、終わったら迎えに行くと言ってここに来たのだ。

「っ!」

 ブースターを吹かして飛んで行こうと思ったが、限界まで酷使しすぎたせいかジェネレーターが悲鳴を上げている。EN出力が目に見えて低下していた。このままではザイレムごと燃えてしまう。カーラも、ラスティも居なくなってしまう。それではだめだ。あそこに、ザイレムに行かなくては——。

 

『……終わったのか』

 

 突然回線が繋がる音と共に、ここに居るはずもない声がコアの中に響いた。声の主を探してカメラをぐるりと回すと——そこにはラスティの機体が無言で立っていた。

「ラス……ティ。どうして、ここに」

『カーラに言われてここまで来た。君を迎えに行って来いと』

 わたしを迎えに?

 彼の機体をよく見ると、ルビコンの空の上でわたしがつけた損傷が幾分か修理されていた。外れた武装はそのままだったが、あのままでは動くこともままならなかったろう状態から、カーラが動かせるようにしてくれたのだろう。でも、カーラは? カーラはどうしている?

「ラスティ、カーラは……?」

 嫌な予感を胸にラスティに問いかける。

『……彼女は、ザイレムにいる。制御を失った船を、コーラルを……焼く為にバスキュラープラントに着かせるには、手動で操縦するしかないからと』

「っ……!!」

 顔が歪む。分かっていた。あれが最後になるだろうということは。それでもザイレムごと突っ込むだなんて。

『カーラは最後まで君の事を心配していた。だから私を君の所へ来させたんだ。追い出されるような形ではあったが』

 わたしの気持ちに気付いているのか、ラスティは落ち着いた声で言葉を紡ぐ。でもそこでひとつ引っかかった。追い出された、と彼は言った。それならラスティはここまで一人で来たという事だ。ここから去る事だって、出来たはず。

「追い出されて……逃げなかったんだ」

 わたしは彼に聞いた。

『逃げる? なぜ? 私を捕らえたのは君だろう。逃げた所でどうしろというんだ』

「……」

 通信越しのラスティの声では、彼がどんな表情をしているか分からない。冷静なようにも、怒っているようにも聞こえる。わたしが何も言えずに黙っていると、再びラスティは声を掛けてきた。

『カーラが用意した船がある。そこまで行けば安全だと言っていた。……君のすべき事も終わったんだろう。なら、行こう』

「船?」

『そうだ。ルビコンを去るための船』

 その答えにわたしはひとつの船の姿を思い出した。以前カーラに会いにグリッド086に行った時に見た大きな船。これは何? とカーラに聞いたら「宇宙にも行ける船さ。まぁ、直さないと動かないけどね」と言っていた。興味があったので中を見せてもらったら、ぼろぼろだったけどたくさんの機器が並んでいて、動くようになればそれは立派な船になりそうだった。

 あの船を、直していたのか。

 そしてカーラはわたしたちのために逃げる船として用意してくれた。自分は乗らない船を。

 ——ありがとう、カーラ。貴女のことは忘れない。絶対に。

 胸の中で彼女に向かって感謝を伝える。あの豪快な女性を忘れる事など出来はしない。強くて、激しくて、そして優しいあのと(ひと)の事を。

「分かった。行こう、ラスティ。でもわたしのACは今まともに動けない。連れて行ってもらえる?」

『ああ。君の言う通りに』

 そう伝えるとラスティはゆっくりと近付き、わたしのACの腕を掴んで支えるように傍に立った。わたしもジェネレーターにあまり負荷がかからない程度でブースターを吹かし、ステーション31から離れていく。エアを、その場に残したままにして。

 

 

 

 そうして辿り着いた脱出艇の中で、わたしはルビコンが燃えるのを見た。カーラもあの場所にいる。きっとウォルターもあそこにいる。わたしが起こした火を、見てくれているはずだ。

 ルビコンから遠ざかる最中、解除されたウォルターからの最後のメッセージが頭から離れない。

『621。お前を縛るものはもう何もない』

 ああ、ごめんなさいウォルター。それは違う。それは違うんだ。わたしは自分で自分を縛ってしまった。ラスティという楔を作って生き方を縛った。貴方たちが背負ったという遺産を清算することは果たせたけれど、それだけは果たせない。わたしは貴方の猟犬なのに。

 ラスティの涙を見てわたしの心は更に縛られていった。わたしはウォルターの望みとは別の選択をしたのだ。戻る事は出来ない罪の道。でも許して欲しい。これはわたしが生きる為の選択なのだから。

 これから先、やることは沢山あった。まずはルビコンから離れる。このままここにはいられない。脱出艇の中の事は、以前見ていたのと、カーラが前に話してくれたものでおおよそ理解は出来た。向かう先も、ずっと前にエアと一緒に星外の事を調べていた時に検討はつけていた。まさか実際にその知識を使うことになるとは思わなかったけれど。その為にまずは——。

「ラスティ」

 静かに隣に立つラスティに声を掛ける。

「なんだ——」

 ラスティがこちらに顔を向ける前に、隠し持っていた接続端子を彼の神経接続部に強引に差し込んだ。

「なっ、」

 ばちんと音がするとラスティの顔が苦痛に歪み、そしてそのままくずおれた。

 差し込んだのは強化人間の神経を遮断する装置。本来であればACからのフィードバックを緩和する為の装置だったが、わたしはそれを逆に利用した。

 ひと声掛けない方が楽だったかもしれないが、それだとあまりにも急なブラックアウトに脳が混乱するだろうかと思った。だがこの様子ではそれも意味をなさなかったかもしれない。

「ごめん、ラスティ。少しだけ眠ってて」

 聞こえてはいないだろうが、倒れ込むラスティに向かって囁いた。彼がこれ以上ルビコンを見なくていいように。目が覚めた時にはルビコンは遥か遠くにあるはずだ。これでいい。あとはわたしがやる。

 

 向かう先は、遠い星系。そこにも、独立傭兵の仕事がある。わたしはまた、戦場へ赴くのだ。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。