『今日もありがとうございます先生。これで午後の任務もバッチリ決めてみせるっすよ!』
「うん、気を付けてね。落ちた羽根は後で拾っておくから」
『はい、でもいつも先生に掃除を押し付けてしまって申し訳ないっす。たまには私も手伝いくらい...』
「気にしないで、ほら早く行かないと集合に遅れちゃうよ」
時計の針は昼休憩が終わる前だ。先生のせいで遅刻させたなんて言われたら私の立つ瀬がない。
整えたばかりの羽に触れないように、気を付けて背中を押すとしぶしぶと言わんばかりの足取りでドアまで向かった。
『そうだ、今度何かお礼させてくださいよ』
「はいはい今度ね。ほら早くいってらっしゃい」
『約束っすよ!それじゃいってくるっす~』
ドアを丁寧に閉じて静かに走り去ったのを確認してから部屋に向き直る。
「お礼なんていいんだけどな」
そばに落ちていた黒い羽根を一本拾い上げる。大きいものなら私の肘から手指の先まで、小さいものでも手のひらを横断するサイズの羽根は部屋のそこらで見つかる。
だから時間をかけて、机の下やソファの裏、ファイリングされた資料の隙間ももれなく調べる。
ここまで来ると失せ物探しのような感覚になるが、うんざりすることはなかった。サイズの違いで艶や張り、重さが違うのはコレクター魂が煽られるし、なにより黒い羽というのは心がくすぐられる。
小さい頃から落ちていた羽根を集めては両親に「汚いから捨てなさい!」と怒られたものだ。
しかし幾つになっても黒い…いや、この艶やかな漆黒の羽根を見てときめかない男子はいないと断言できる。
だからこそ、その気持ちが押さえられなかった。「一度でいいから羽を持ってみたい、黒い羽根ペンで仕事してみたいな」なんて適当にこぼしたのが発端だった気がする。もう3ヶ月も前のことだからあまり覚えていない。
『じゃあ、触ってみるっすか?..あ、そうだ!
手入れ!手入れしてくれるなら落ちた羽根は差し上げるっす!どうですか、先』
即断即決、あのときの目の輝きったら彼女も若干引いていたに違いない。
それから月に何度かシャーレに来てもらい、羽根の手入れをさせてもらっている。最初こそ手入れに不馴れで彼女の綺麗に並んだ羽を痛めることが何度もあった。その度に土下座して謝ると
『いいっすいいっす。初めてですもんね、ゆっくり覚えればいいっすよ。あ、でも他の子にはこれやっちゃだめっすからね。いいっすね...?』
曰く、人によって手入れの仕方が千差万別だという。彼女には彼女の、他の人には他の人のやり方があり、それを同じように扱ってはいけないというのが暗黙の了解だと。
人だって肌の治安でその日の化粧は変わるのだから、外の影響を受けやすい羽もそうなのだろうと、特に疑問もない。
一月である程度はこなせるようになり、二月もすれば出来ることが増えた。凝る性格が災いしてか、最近は実費でも手入れ用のブラシやオイル、クリーム等を探している。
いくつか購入しては試してみるとこれがまた奥が深い。もちろん使う前に彼女に断りをいれるが、またっすか~と困り顔でも拒否はしない辺り彼女も興味はあるみたいだ。
羽のコンディションは彼女の業務の意欲にも繋がるようで、月一、二度が月に二度三度となり、今は週に一、二度は通ってもらうのが習慣化した。いちいちトリニティとシャーレの往復は大変だろうと当番も兼任してもらっている。
ある程度両手一杯に集めると、特別綺麗な幾枚かを選び、残りはロッカーに仕舞っているトランクへと入れる。
パチンと鍵を開ければなにもせずとも上蓋が起き上がる。そうしてこうして貯まった羽根はもうトランクから溢れんばかりだった。
不要な分はごみとして処理してよい、と言われているのは事実だが、ごみの分類が未だにわからないのと、髪やホコリと違って体の一部?であった羽根を捨てるというのは、なんだか彼女に対して失礼なのではないかと思い気が進まない。
何かに使えないか、少し考えてみる。
これだけ貯まれば羽毛布団はムリでも枕くらいなら作れそうだな。生徒の抜け羽根で作ったなんて知れたらと考えたら怖いけど興味がある。
それともハロウィーンが近いから、梅花園の子供たちとお化けの仮装に使っても面白いか。ペストマスクに合わせたり、工作のお供に何かと使えるかも。
そちらの方が世のためだろう。よし、そうと決まれば。
トランクをひっくり返し、ネットの中へと詰めてしまう。一本一本は軽いとはいえ量が量なので、全部詰めると片手では持てないくらいになった。
よたよたと全自動洗濯機に放り込み、スイッチを押して待つこと30分。乾燥まで済ませた羽根はふわふわで、顔を埋めると石鹸の香りとほのかに彼女の匂いがした。
それをサイズごとに仕分けて、最後に包装をすませば準備万端。あとは梅花園宛に送るだけだ。
中々の重労働になったなぁ。
少し高めな回転いすに体を預けて勢いのまま背もたれに寄りかかる。からだが低反発に押し戻される。
改めて見てもすごい量だ。ざっと二桁キログラムか。3ヶ月でこれならトリニティ学園の中はどうなっているんだろう。きっと羽根で埋れ、て......。
そういえば。
...待てよ、そういえば学園内で落ちた羽根を見かけたことがあったか?
もちろん戦闘後や運動後は話が別だとしても、少なくとも廊下や会議室、バルコニーや教室で見かけたことはない。
手元の端末で検索画面を開き、画面を叩く。
「トリニティ 羽根 抜ける」
検索結果3件
どれもこれも当たり障りがない記事ばかり。検索言葉を変えてもぼかした内容ばかりで役に立たない。
私に置き換えて考えてみよう。毛が抜けるのはどういうときだ。特に大量に抜けるのは...。
「……………」
羽をもたない私には羽を持つ生徒の悩みは理解が追い付かないことも多いだろう。なるべく理解し、歩み寄りたいと努力はするが、やはり及ばぬところがあるのだと思う。
もしかしたら色々な化粧をしたのが良くなかったのか。あの顔は本気で困っていても言えないところから来た愛想笑いだったのだろうか。
それとも別の何か悩みとか、ストレスか。
頼られやすい人柄であるから、溜め込みすぎて影響がでたのかもしれない。もともと抑え込みな生徒だしあり得なくない。
一度で考えれば連鎖的に悪い考えが止まらない。たらればの思考がぬぐえない。
「…………」
少ない知識と片寄った考え方では余計に拗らせかねない。ここはその道の先輩に聞く方がいい。
モモトークを開くと、覚えのある生徒へと連絡を取る
「いま大丈夫かな。
明日以降でどこか時間作れないかな。二人きりで話したいことがあるんだ。出来れば誰にも見られないところがいいんだけど...」
端末を仕舞う前に連絡が来た。はやいな。
『本来であれば何かとお尋ねしたいところですが...わかりました。では場所は明日朝にご連絡差し上げます。』
「ありがとう。待ってるね」
『私も先生に会えるのを楽しみにしています。
それでは失礼します。』